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『魔女の置き土産』ーー魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する  作者: キョウ
第4章 幽霊屋敷

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第47話 おじいちゃんの嘘つき

アナとシグレが、孫のリカナを連れ出した頃。


つい先ほどまで響いていたリカナの声は廊下の向こうへ消え、村長の家には静けさが戻る。


村長ダイクはしばらく扉を見つめていた。


「話の続きを頼む」


ユキが言うと、ダイクは小さく頷く。


「……はい」


膝の上に置いた手を握り、老人はゆっくりと言葉を探す。


「屋敷に現れる人影ですが、最初に見たのは村の老婆でした。もう十年ほど前に亡くなった夫が、二階の窓辺に立っていた、と」


「見間違いではなく?」


「本人は、そう言っております。夜で、距離もありました。ですが、あれは間違いなく夫だったと。若い頃によく着ていた上着まで同じだったそうです」


「他にもいるのか」


「ええ。病で妹を亡くした若者が、その妹を見たと言いました。数年前に母を亡くした子供も、屋敷の窓に母親がいたと泣きながら訴えてきたことがあります」


ダイクの声は重かった。


ユキは窓の外へ視線を向けた。


昼間の屋敷は、古びているだけの廃屋だった。

だが、夜になると、死んだはずの者が現れる。


しかも、誰にとっても同じ人物ではない。


「見る者によって、姿が違うのか」


「……そうなのだと思います」


「死人そのものが出ているというより、見る者が会いたい相手を見ている可能性があるな」


ユキが淡々と言うと、ダイクは苦しげに目を伏せた。


「村でも、そう言う者はおりました。あれは幽霊ではなく、願望が見せている幻だと。ですが、幻だとしても……人は行ってしまうのです」


「行方不明になった連中もか」


「はい」


ダイクは頷いた。


「最初に戻らなくなった男は、妻を亡くしておりました。屋敷の窓にその妻を見たと、何度も言っていたそうです。皆で止めました。夜に近づくなと。ですが、ある夜、姿が見えなくなり……そのまま」


「探しに行った三人も戻らなかった」


「はい。昼間に入った時は、何もなかった屋敷です。だから、少人数なら大丈夫だと思ったのでしょう。ですが、夜に入った三人は、誰一人戻りませんでした」


アイファが壁際から口を開いた。


「……足跡は」


「途中まではありました。屋敷の扉の前まで。ですが、中は埃がひどく、床も崩れている箇所が多い。何人分の足跡か、どこへ向かったのかまでは分からなかったそうです」


「血は」


「ありません」


「争った跡は」


「それも、見つかっておりません」


アイファは黙り込んだ。


斬った、殺した、連れ去った。

そういう分かりやすい痕跡がない。


だからこそ厄介だった。


ユキは指先でテーブルを軽く叩く。


「夜だけ反応する魔装か。あるいは、屋敷そのものに何か仕込まれているか」


「魔装、ですか」


ダイクの顔がまた強張る。


ユキは頷いた。


「断定はしない。だが、人の記憶や未練を利用する類なら、幽霊よりはよほどあり得る」


「……未練」


ダイクが、その言葉だけを噛むように繰り返した。


その時、廊下の方から足音が近づく。


扉が静かに開かれる。


戻ってきたのは、アナとシグレだった。


「……戻りました」


二人とも先ほどより声が小さい。特にアナは、分かりやすく表情を曇らせていた。


「リカナは」


ダイクが立ち上がりかける。


アナは慌てて首を振った。


「あ、大丈夫です。遊び疲れて、寝ちゃいました。お部屋で横になっています」


「そうですか……」


ダイクはほっとしたように息を吐く。


だが、アナの顔は晴れない。


ユキはそれを見て、目を細めた。


「どうした」


「……ユキさん」


アナは迷うように視線を揺らした。

それから、ぎゅっと両手を握りしめる。


「リカナちゃんの、ご両親のことなんですが……」


その瞬間、ダイクの顔色が変わった。


「リカナが、何か言ったのですか」


「はい」


アナは小さく頷く。


「パパとママは、お仕事で帰ってこられないんだって言っていました。でも、そのあと……」


言葉が詰まる。


代わりに、シグレが静かな声で続けた。


「あの屋敷にいるって言ってたよ。嬉しそうに」


「なんと……」


ダイクは椅子に崩れるように腰を下ろした。


まるで、隠していた傷を突然開かれたような顔だった。


ユキは短く問う。


「村長。リカナの両親は」


ダイクは、すぐには答えなかった。


皺だらけの手が、膝の上で強く握られる。

先ほどリカナの頭を撫でていた手と同じとは思えないほど、弱々しく震えていた。


やがて、老人は絞り出すように答えた。


「……一か月前に、亡くなっております」


アナが息を呑んだ。


アイファの長い耳が、わずかに動く。


「リカナには」


ユキが問うと、ダイクは目を伏せる。


「話せておりません」


その声は、老人というより、ただ一人の祖父のものだった。


「父と母は仕事で遠くへ行っている。そう言ってしまいました。最初は、一日だけのつもりだったのです。あの子が泣き疲れて眠れるように、その場をしのぐために……ですが、一日が二日になり、三日になり、一週間になりました」


誰も口を挟まなかった。


「言わなければならないことは、分かっております。あの子だけが知らないままでいることが、どれほど残酷かも。ですが、あの子が笑っていると、どうしても……言えなかった」


ダイクは両手で顔を覆った。


「私は、祖父失格ですな」


「……そんなこと」


アナが思わず声を出しかける。


だが、途中で止めた。


慰めだけで済ませていい話ではないと、分かったのだろう。


それでも、アナは一歩前に出た。


「でも、リカナちゃんは、待っていました」


小さな声だった。

けれど、震えてはいなかった。


「お仕事で帰ってこられないんだって、そう信じていました。でも、本当は違うなら……ちゃんと、話してあげた方がいいと思います」


ダイクは顔を上げる。


アナの犬耳は少し伏せられている。

けれど、その目はまっすぐだった。


「リカナちゃん、寂しいって言ってました。でも、知ってるんだって。パパとママは屋敷にいるんだって。あのままだと、きっと……」


屋敷へ行ってしまう。


その言葉は、誰も口にしなかった。

けれど、全員が同じことを考えていた。


ダイクは長く黙っていた。


膝の上の手が、何度も握られ、開かれる。


やがて、老人は小さく頷いた。


「……そうですな。今夜、話します」


その声は頼りなかった。

けれど、逃げるための声ではなかった。


ユキは椅子から立ち上がる。


「なら、俺たちは一度休む。夜になったら屋敷へ行く」


「今夜、ですか」


「ああ。人影が出るなら、昼間に眺めていても意味がない」


ダイクは深く息を吐き、頷いた。


「分かりました。部屋がいくつか余っております。よろしければ、夜までお使いください」


「助かる」


そうして、一度話は切られた。


案内された部屋は、客間として使われていたものらしい。

簡素な寝台と机があるだけだったが、休むには十分だった。


日が落ちるまで、そう長くはない。


アナは窓の外を見つめていた。

村の向こうに、問題の屋敷がある。昼間はただの廃屋にしか見えなかった場所が、夕暮れの影を浴びるにつれて、少しずつ別の顔を見せ始めていた。


「リカナちゃん、大丈夫でしょうか」


「分からない」


ユキは正直に答えた。


アナは唇を引き結ぶ。


シグレも珍しく茶化さなかった。



夜が深まった頃。


がしゃん、と何かが割れる音がした。


続いて、小さな悲鳴。


アナが弾かれたように立ち上がる。


シグレの表情からも、いつもの笑みが消えていた。

ユキは即座に刀へ手を伸ばす。


廊下の向こうから、泣き声が響く。


「嘘だ!」


リカナの声だった。


「おじいちゃんの、嘘つき!」

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