第23話 王女を狙う者たち
「……囲まれてるな」
ユキの低い声が落ちた瞬間、街道の空気が一変した。
アナが息を呑む。
セリスの肩が強ばる。
トウヤは反射のように半歩前へ出て、セリスを庇える位置へ滑り込んだ。
「数は?」
サイカが短く問う。
ユキは視線だけを巡らせる。
「正面に十。左右に五くらいか。気配を消すのは上手いが、殺気が雑だ」
「十五、か」
サイカの尾がゆるやかに揺れる。
だが、その先端だけがわずかに硬い。
次の瞬間、街道脇の木立が揺れた。
ざ、と草を踏み分ける音。
道の左右、前方、さらに背後へ回り込むようにして、人影が次々と姿を現す。
盗賊たちだった。
数は十五。
どれも黒や茶の軽装で身を固め、顔の半分を布で隠している。だが統一感は薄く、寄せ集めの荒事屋にしか見えない。問題は、その腰や背に下げた武器だった。
剣。
短槍。
斧。
形はばらばらだ。
だが、そのどれもに不自然な魔力の揺らぎがある。
アナの耳がぴくりと震えた。
「全員……魔装持ち……?」
「粗悪品だがな」
サイカが冷静に言う。
「刃筋を通しやすくしたり、腕力を底上げしたりする程度の代物だ。単体なら脅威ではない」
一拍。
「数がいなければ、だが」
盗賊たちは包囲を狭めながら、じりじりと距離を詰めてくる。
その先頭に立つ一人だけは、明らかに雰囲気が違っていた。
黒い外套。
質のいい手袋。
場違いなほど整った革靴。
髪も衣服も戦場に似つかわしくないほど几帳面に整えられている。
男は口元に薄い笑みを浮かべたまま、一歩前へ出た。
「おやおや、皆さんお揃いですね、私、セヴランと申します」
声音は穏やかで、柔らかい。
まるで社交の場で客人を迎える貴族のような口ぶりだった。
だが、その目だけは冷たい。
「王女殿下の身柄、頂戴致します」
セリスの顔色が変わる。
トウヤがさらに一歩前へ出た。
その動きに合わせ、背後の護衛たちも自然と位置を変える。
十人ほどの護衛が、無駄なく王女を中心に陣を組んだ。
ユキは正面の男を見たまま、低く呟く。
「……こいつが頭か」
「おそらくな」
サイカの返答は短い。
その時だった。
包囲の左手、少し離れた位置にいた一人が、静かに前へ出る。
アナが思わず息を止めた。
女だった。
長い黒髪。
褐色に近い肌。
切れ長の目は紫がかった暗い色を宿し、整いすぎた横顔には人形じみた冷たさがある。耳は人よりわずかに長く尖っていた。
黒妖族――人によっては、ダークエルフとも呼ぶ種の女。
無駄のない細身の身体を黒基調の軽装で包み、腰には一本のナイフ。派手さはない。だが、その立ち姿だけで分かる。
危険だ。
美しい、という言葉が先に浮かぶ。
その直後に、刃物を喉元へ当てられたような感覚が来る。
サイカの声が、わずかに低くなる。
「……あいつだ」
ユキも気づいていた。
空気の流れが違う。
重さの乗らない立ち方。
地を踏んでいるのに、どこか身体だけが空から切り離されているような、不安定な軽さ。
《ソラネ》。
ユキの視線が、女の腰のナイフへ落ちる。
黒妖族の女は何も言わない。
ただ、命令を待つように一歩引いた位置で佇んでいる。
主張しない。
前へ出過ぎない。
だが、その沈黙が逆に異質だった。
アナが小さく問う。
「この人が……」
「ああ」
ユキの声は冷えていた。
「ああ。《ソラネ》の所有者だ」
貴族めいた男が、楽しげに肩を竦める。
「ええ、その通りです。こちらの彼女が、我々の切り札の一つでして」
男の言葉に、黒妖族の女は一切反応を見せない。
従っている、というよりは、命じられた役割を淡々と果たしているだけに見えた。
ユキはそのまま問う。
「……《ソラネ》をどこで手に入れた?」
男の笑みが、わずかに深くなる。
「さて、どうでしたか」
わざとらしく首を傾げる。
「たしか、天翼族の娘から譲っていただきましたね」
そこで、ほんの少しだけ考えるふりをする。
「ああ、違いましたか。殺して奪ったのでしたっけ」
空気が、凍った。
アナが目を見開く。
セリスが息を呑む。
トウヤの表情から穏やかさが消える。
だが何より早く、ユキの奥で何かが切れた。
殺気が漏れる。
ほんの一瞬。
それだけで十分だった。
周囲の盗賊たちが本能的に足を止める。
サイカですら、横目でユキを見た。
ユキは一歩、前へ出る。
「……もう一度言ってみろ」
声は低い。
だが、怒鳴ってはいない。
それでも、刃を直に突きつけられたような圧があった。
男は一瞬だけ目を細めたが、すぐにまた笑う。
「おや。これは失礼を」
謝っている声音だった。
だが、欠片も謝っていない。
「ですが、元の持ち主がどうであれ、今の所有者が我々であることに変わりはありません」
その言葉に、ユキの視線がさらに冷える。
シグレの気配が、刀の奥で静かに張り詰めた。
(ユキ)
宥めるでもなく、煽るでもない声だった。
それが逆に、限界の近さを示していた。
サイカが槍に手をかける。
「問答はここまでだな」
トウヤも魔装へ指を添える。
「殿下、下がってください」
セリスは唇を噛んだまま、素早くアナの方へ寄る。
護衛たちも間髪入れず陣形を変えた。
盗賊たちがじわりと武器を構える。
剣に宿る粗い魔力が、一斉に膨らんだ。
筋力強化。
刃筋補正。
単純だが、数で押されれば厄介な強化だ。
貴族めいた男が両手を軽く広げる。
「それでは、始めましょうか」
柔らかな笑みのまま告げる。
「殿下には大人しくしていただければ、それで済む話なのですが」
誰も応じない。
黒妖族の女だけが、静かに一歩踏み出した。
その足音は軽い。
だが次の瞬間、その姿がわずかにぶれた。
アナの耳が震える。
「速い……!」
「来るぞ」
サイカが言った、その直後だった。
ユキが刀へ手をかける。
「シグレ」
(うん)
空気が張り詰める。
黒妖族の女もまた、腰のナイフを逆手に抜いた。
その動きは水のように静かで、無駄がない。
トウヤが王女の前に立つ。
護衛たちもそれぞれ武器を抜き放つ。
盗賊たち十五人が、同時に魔装へ魔力を流し込んだ。
サイカの背後で、紅の尾が大きく揺れる。
「ならば、力尽くで止めるしかないな」
ユキが低く告げる。
「――シグレ、魔装顕現」
黒い光が走る。
それに呼応するように、黒妖族の女が静かに名を呼んだ。
「――ソラネ、魔装顕現」
風が鳴る。
トウヤが前へ盾を掲げる。
「――ハクジュン、魔装顕現」
白い障壁が、空間に走る。
サイカが槍を引き絞る。
「――ドラグニル、魔装顕現」
紅蓮の気配が膨れ上がる。
そして周囲の盗賊たちも、一斉に武器を光らせた。
十五の魔装が街道を照らし、殺意が朝の空気を塗り潰す。
次の瞬間――戦いが、始まった。




