第311話
ほのぼのとした空気が流れるが、その雰囲気は一瞬にして壊される事に。
「一体何ですか? この結末は……!」
「「……!」」
突然聞こえた不快な声に司とテトラは息を呑み、すぐに気持ちを切り替える。
声の主はゲーテであり、怒りと言うよりも恐怖や焦りといった感情を感じさせる声色であった。その表情は絶望一色に染まっている。まるでキュルキオネを救う手段が断たれたかも知れないと悟った時のテトラのようだ。
先ほどまで最終的に勝つのは自分であると信じて高笑いしていた人間と同一人物には到底見えない。
一体何度この男は己の勝利を確信→敗北や失敗を悟り絶望するという流れを作れば気が済むのか。最早お決まりの流れと言っても過言ではない。
ゲーテの急な様子の変化に最初こそ戸惑いを覚えた一同であったが、エマがその理由に気付いたのか、わざとらしく口角を上げながら煽るように言葉を放つ。
「ああ、そっか~。キュルキオネとかいう子が正気に戻った以上、もうあんたを守ってくれそうな奴も、あたしたちを殺してくれる奴も居なくなっちゃったもんね~。あーあ! かーわいそー。……ぷぷっ、本当にご愁傷様」
「っ……! く、こ、このガキ……!」
ゲーテはエマの言葉に脳内の血管が破れるのではと心配になるレベルで怒りが湧き、顔が熱くなる。
「ゲーテ。エマの言う通りだよ。君にはもう1人も味方が居ない。ここまでだ。この後の君の人生がどうなるかなんて、僕が言わなくても分かるよね。諦めた方が身の為だよ」
「……ッ!」
司の言葉にゲーテは膝から崩れ落ち、四つん這いかつ中腰のようなポーズで手を震わせる。恐怖、悔しさ、絶望、あらゆる負の感情がゲーテを支配した。
だがそんな時でも1つだけ存在する生存ルートに行き当たったのだろう。どんな時でも諦めない所だけは彼の持つ強みなのかも知れない。
「……ふ。ふふふ……くくく……」
顔こそ地面の方を向き、いかにも絶望した人間のようなポーズは変わらずだが、彼が発する声には次の一手を匂わせるような不気味さが感じられた。
「僕の事を監獄異世界に送るつもりですか? あそこは世界丸ごと監獄と化している、界庭羅船クラスの來冥者ですら1度閉じ込められたら終わりの世界ですからねぇ」
自分が重罪人である認識があるゲーテは、もしも逮捕されたらどう裁かれるのか理解しているようだ。
監獄異世界は世界規模の重罪人を収容する為だけの特殊な世界だ。送られたら最後、どんな來冥者であっても脱獄や転移は不可能とされている。界庭羅船メンバーですらできない事をゲーテができるはずもない。
一生暗い世界で生きる事になる絶望と屈辱はゲーテにとっては死と同等レベルで効く罰なのかも知れない。さすがに死よりはマシと考えているに違いないがその次くらいには避けたい裁きのはずだ。
「そうだよ! ようやくあなたを監獄異世界に送れる……! 覚悟しておく事だね……私たちをここまで引っ掻き回したその罪、一体どんな裁きになるのか楽しみだよ」
「テトラさん。僕を監獄異世界に送るのは無理ですよ。少なくとも今は」
「何を言って……」
「あなた方は疑問に思いませんでしたか? あの暴走状態のキュルキオネを正気に戻したとあれば、想像を絶する來冥力の衝突があったはずです。にも拘わらず司くんもキュルキオネも無傷じゃありませんか。勝負が決した後、誰かが治療したとしか思えない」
やはり頭だけは回る男のようだ。最終的にはいつも負けているゲーテだが、その頭の回転の速さだけは侮ってはいけない事がよく分かる。
「そしてあなた方がバカみたいに期待を寄せている司くんと、まだ制御できていないとは言え開花適応レベル4クラスはあるキュルキオネ……この2人の衝突によって引き起こされる來冥力で負うダメージは、界庭羅船クラスの人間でないとできない芸当です」
まるでその場に居合わせたかのような考察力だ。崖っぷちに立った事でいつもの何倍もの速度で頭を回せているのだろう。
「僕は界庭羅船について精通しているのでね。当然知っていますよ。フローラ……大方、彼女が現れたのではありませんか? そして事情を何も知らない彼女がこの世界に偶然現れるはずもない。ましてや他の世界で仕事をしているはずの中抜け出してくるなんて有り得ない話です。確かとある世界の王を護衛しているんでしたよね? レギュラオン総帥」
この世界に司とレギュラオンがやって来た時、確かに彼女が言っていた。
『奴は今別の任務を遂行している最中だ。とある世界の王が界庭羅船――フローラと契約を結んだらしくてな。その動向を追っている』




