表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
242/265

深海謝罪メシ

 しばらくしてから――芋きんつば事件のお詫びと称して、シャオとズーハンの台湾二人組が部室に現れた。

 テーブルの上に並んだのは、見た目だけなら完全に普通の中華料理。

「パォ~!今日は台湾のスペシャル食材で作った炒飯とシュウマイと……エビマヨ風とエビチリ風に料理したよ!」

「GG!味は保証する。騙されたと思って食ってみろ!」

 琴美は目を輝かせて炒飯を一口。

「うっま!このプリプリ感、まさに昭和中華街の味じゃない!」

 沙羅もシュウマイを食べて、短く頷く。

「肉と海鮮の旨味が合わさってる……これは本物ね」

 美優は頬をふわっと緩めた。

「えへへ……エビマヨみたいで甘くて幸せです~」

 勇馬も箸を止めずに言う。

「このエビチリ、ぷりっぷり……」

 萌香はすでに動画モード。

「動画映えする~!台湾風海鮮三種盛りって投稿したら絶対バズる!」

 巫鈴は咀嚼しながら冷静に結論を出す。

「高タンパク低脂肪。栄養効率も悪くない。優秀ね」

 博美は箸を揃え、品よく感心した。

「未知の食材でも工夫すればここまで昇華できる。料理文化は奥深いわね」

 市子先生は普通に二口目に入っている。

「うん、普通においしい。さすが国際交流」

 全員が夢中で食べていると――

 ズーハンが、ニヤリとした。

「……ちなみにこれ、大王具足蟲っていう深海の――」

 一瞬。

 部室が、氷点下になった。

「な、なにそれ怪獣!?昭和特撮の敵じゃない!」琴美が箸を握りしめる。

「お、おまえら……原型とどめてなくてよかった……!」真平が青ざめる。

「聞かなきゃよかった……」沙羅が目を逸らす。

 美優だけが小さく笑ってしまう。

「えへへ……でもおいしかったから、まぁいっか」

 シャオは胸を張った。

「パォ~!やっぱり美味しければ文化に変わるんだよ!」

「ま、まぁ……名前だけなら……」

 空気がギリギリ戻りかけた、そのとき。

 萌香がスマホを取り出し、軽いノリで検索した。

「……はい出た! あ、なにこれかわいい♪ ダンゴムシみたい!ナウシカにも君出てたねぇ~」

 スマホの画面が、みんなに向く。

 ――その瞬間、空気が爆発した。

「うっわああ!待って、これ本当に食べたの!?」沙羅が叫ぶ。

「昭和怪獣どころか悪夢よ!」琴美が机をバンッと叩く。

「やめろ!スマホこっちに向けるなぁぁ!」真平が全力で後ずさる。

 美優は涙目で笑顔を保とうとしている。

「えへへ……うぅぅ……」

 巫鈴は椅子の上に乗って震えた。

「……っ!?(ガタガタ)」

 ズーハンは肩をすくめる。

「GG。言っただろ。写真見たら負けだって」

「パォ~!だから原型は見せなかったのにぃ!」シャオが頭を抱える。

 萌香だけがケラケラ笑いながら、追い打ちをかけた。

「お姉ちゃん、歯にまだ足のカケラついてるよ~」

 巫鈴。限界突破。

「ひぃぃぃぃぃぃーー!!」

 部室は大混乱。

 琴美の怒号が雷鳴みたいに落ちた。

「シャオ……あんた、なんてもの食わせんのよ!!!!!」

 シャオはきょとんと首をかしげた。

「パォ? おいしくなかったか?」

 真平は胃のあたりを押さえ、絶望した顔で呟く。

「……おれ、もうエビマヨもエビフライも食えないかも……」

 沙羅が額を押さえてため息。

「だから名前出すのはやめとけって言ったのに」

 美優は涙目のまま、なぜかフォローだけは続ける。

「えへへ……でも味は美味しかったです~」

 博美は静かに結論を出す。

「……確かに文化交流ではあるわね」

 市子先生も、妙に前向きに締めた。

「まぁ、経験値アップにはなったんじゃない?」

 そして部室に、真平の小さな別れの言葉だけが響いた。

「海老……さよなら……」

 部室の空気は、まだ深海だった。

 誰もが胃の底にあの画像を残したまま、机を囲んでいる。

 椅子の上では巫鈴がまだ微震していた。

「……理性は理解している。理解しているのに、脳が拒絶している……!」

 沙羅は額を押さえたまま、冷たく言う。

「降りて。危ない」

 真平は蒼白のまま、遠い目で呟く。

「海老……どこで道を間違えた……」


 そして琴美が、机をバンッと叩いた。

「開廷ッ!!

 文化部特別査問会――深海食材編!!」

 美優が小さく拍手しかけて、空気を読んで途中で止めた。

「えへへ……」

 萌香はもう撮っている。

「ちょ待って、タイトル深海グルメ裁判でいい?サムネ映えする~」

「撮るな!!」真平が即ツッコミを入れる。

「頼む、未来永劫、俺をネットに流すな!!」

 巫鈴は震えながらも、手を挙げた。

「議事進行は私がやる。公平性が必要。……ただし、画像は見せないで」

「よし!」琴美が指を突きつける。

「被告人、前へ!」

 シャオとズーハンが並ぶ。

 シャオは胸を張り、ズーハンは悪いと思ってない顔をしている。

「まず、芋きんつば事件の謝罪として料理を持参した。ここまでは良いわね?」

 琴美が裁判長の顔になる。昭和の時代劇みたいな声だ。

 沙羅が即座に補足する。

「謝罪の形式は適切。でも中身が地雷だった」

「はい、第一の争点!」琴美がうなずく。

「なぜ、食材の正体を最後に言ったの!?」

 ズーハンが肩をすくめた。

「GG。サプライズは盛り上がるだろ」

「盛り上がりじゃない、崩壊よ」沙羅が切る。

 シャオが慌てて手を振る。

「パォ~!だって、原型見せたら絶対食べないよ!でも味は本当においしい!」

「味は認める」勇馬が淡々と頷く。

「調理技術は高い。火入れと味付けがうまい。……悔しいけど」

「悔しいって何」真平が疲れた声で言う。

 博美は箸を揃えたまま、静かに言った。

「未知の食材の活用自体は文化的価値がある。問題は、共有の仕方ね」

 市子先生も頷く。

「そうそう。最初に言っとけば、みんな覚悟して食べられたかも」

 真平が即座に反論する。

「覚悟しても無理だよ!!」

 巫鈴が咳払いをして、机上のノートを開いた。

「事実確認。被告人は、食材をエビとして提示した?」

 シャオが頷く。

「パォ。エビマヨ風、エビチリ風って言った」

「虚偽表示」巫鈴が即断した。

「……つまり、詐欺」

「えっ」シャオが固まる。

「パォ!?」

 琴美の目がぎらりと光る。

「そうよ。昭和にはね、ラベルは命なのよ。

 風って言えば、何でも許されると思ったら大間違い!」

 萌香がすかさず口を挟む。

「じゃあ次から深海甲殻類マヨネーズ和え風って書いとけばセーフ?」

「セーフじゃない!」真平が叫ぶ。

「余計食えない!!」

 沙羅が腕を組み、被告人を見下ろした。

「第二の争点。なぜ萌香に検索させた」

 ズーハンがにやっとする。

「させてない。勝手にやった」

 萌香がニッコリ。

「えへへ、だって気になるじゃん?」

「お前も被告席に座れ」真平が指さす。

 萌香は楽しそうに座った。

「やったー!」

 琴美がため息をついて、法廷ハンマー代わりの雑誌を叩く。

「……いい。判決を出すわ」

 美優が小声で言う。

「えへへ……重くしすぎないであげてください~」

 琴美は一瞬、唇を噛む。

(怒りたい。けど、料理はうまかった。しかもお詫びとして持ってきた)

 その葛藤が、ほんの一拍だけ表情に出た。

 沙羅がそれを見逃さない。

「……琴美。迷ってるでしょ」

「迷ってないわよ!」琴美が即答してから、視線を逸らす。

「……ちょっとだけ、迷ってるだけよ」

 博美が静かに一言。

「なら、罰は再発防止に寄せるべきね」

 巫鈴も頷く。

「合理的。目的は制裁ではなく、再発防止」

 市子先生がにっこり。

「よーし、教育的指導だ」

「教育的指導って言葉、怖いんだよな」真平がぼそっと言う。

 琴美が、宣言した。

「判決。シャオとズーハンは――」

 部室が静まり返る。

「次回から、未知食材を使うときは事前申告書を提出しなさい!そして、萌香!」

「はーい!」萌香が元気よく返事する。

「検索は禁止!見たら死ぬなら、見ない。これ昭和の知恵!」

「昭和にそんな知恵ないよ」沙羅が言う。

「でも正しい」

 真平が机に突っ伏す。

「救われた……いや救われてない……」

 ズーハンが腕を組み、納得したように言った。

「GG。ルールがあるなら従う」

 シャオも勢いよく敬礼する。

「パォ~!申告する!わたし誠実!」

 巫鈴が小さく息を吐いた。

「……よし。これで秩序は保たれる」

 そのとき、美優がそっと手を挙げた。

「えへへ……あの……」

 全員の視線が向く。

 美優は涙目のまま、にこっと笑う。

「……でも、あれ……おいしかったから……また食べたいです~」

 一瞬、静寂。

 琴美が固まる。

 真平の魂が抜ける。

 沙羅が口を押さえる。

 巫鈴が再び震え始める。

 萌香が叫んだ。

「美優先輩、天才!深海グルメ第二弾決定~!」

「決定するなァ!!」真平が絶叫した。

 ズーハンは勝ち誇った顔で、最後に一言だけ放った。

「ワンチャン、次はもっとデカいのがある」

「やめろぉぉぉぉ!!」

 真平の叫びが、那須塩原の夕暮れに吸い込まれていった。

 その横で市子先生が、コーヒーをすすりながらぽつり。

「……日ノ本文化部、今日も平和ねぇ」

 蛍光灯がじぃ、と鳴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ