深海謝罪メシ
しばらくしてから――芋きんつば事件のお詫びと称して、シャオとズーハンの台湾二人組が部室に現れた。
テーブルの上に並んだのは、見た目だけなら完全に普通の中華料理。
「パォ~!今日は台湾のスペシャル食材で作った炒飯とシュウマイと……エビマヨ風とエビチリ風に料理したよ!」
「GG!味は保証する。騙されたと思って食ってみろ!」
琴美は目を輝かせて炒飯を一口。
「うっま!このプリプリ感、まさに昭和中華街の味じゃない!」
沙羅もシュウマイを食べて、短く頷く。
「肉と海鮮の旨味が合わさってる……これは本物ね」
美優は頬をふわっと緩めた。
「えへへ……エビマヨみたいで甘くて幸せです~」
勇馬も箸を止めずに言う。
「このエビチリ、ぷりっぷり……」
萌香はすでに動画モード。
「動画映えする~!台湾風海鮮三種盛りって投稿したら絶対バズる!」
巫鈴は咀嚼しながら冷静に結論を出す。
「高タンパク低脂肪。栄養効率も悪くない。優秀ね」
博美は箸を揃え、品よく感心した。
「未知の食材でも工夫すればここまで昇華できる。料理文化は奥深いわね」
市子先生は普通に二口目に入っている。
「うん、普通においしい。さすが国際交流」
全員が夢中で食べていると――
ズーハンが、ニヤリとした。
「……ちなみにこれ、大王具足蟲っていう深海の――」
一瞬。
部室が、氷点下になった。
「な、なにそれ怪獣!?昭和特撮の敵じゃない!」琴美が箸を握りしめる。
「お、おまえら……原型とどめてなくてよかった……!」真平が青ざめる。
「聞かなきゃよかった……」沙羅が目を逸らす。
美優だけが小さく笑ってしまう。
「えへへ……でもおいしかったから、まぁいっか」
シャオは胸を張った。
「パォ~!やっぱり美味しければ文化に変わるんだよ!」
「ま、まぁ……名前だけなら……」
空気がギリギリ戻りかけた、そのとき。
萌香がスマホを取り出し、軽いノリで検索した。
「……はい出た! あ、なにこれかわいい♪ ダンゴムシみたい!ナウシカにも君出てたねぇ~」
スマホの画面が、みんなに向く。
――その瞬間、空気が爆発した。
「うっわああ!待って、これ本当に食べたの!?」沙羅が叫ぶ。
「昭和怪獣どころか悪夢よ!」琴美が机をバンッと叩く。
「やめろ!スマホこっちに向けるなぁぁ!」真平が全力で後ずさる。
美優は涙目で笑顔を保とうとしている。
「えへへ……うぅぅ……」
巫鈴は椅子の上に乗って震えた。
「……っ!?(ガタガタ)」
ズーハンは肩をすくめる。
「GG。言っただろ。写真見たら負けだって」
「パォ~!だから原型は見せなかったのにぃ!」シャオが頭を抱える。
萌香だけがケラケラ笑いながら、追い打ちをかけた。
「お姉ちゃん、歯にまだ足のカケラついてるよ~」
巫鈴。限界突破。
「ひぃぃぃぃぃぃーー!!」
部室は大混乱。
琴美の怒号が雷鳴みたいに落ちた。
「シャオ……あんた、なんてもの食わせんのよ!!!!!」
シャオはきょとんと首をかしげた。
「パォ? おいしくなかったか?」
真平は胃のあたりを押さえ、絶望した顔で呟く。
「……おれ、もうエビマヨもエビフライも食えないかも……」
沙羅が額を押さえてため息。
「だから名前出すのはやめとけって言ったのに」
美優は涙目のまま、なぜかフォローだけは続ける。
「えへへ……でも味は美味しかったです~」
博美は静かに結論を出す。
「……確かに文化交流ではあるわね」
市子先生も、妙に前向きに締めた。
「まぁ、経験値アップにはなったんじゃない?」
そして部室に、真平の小さな別れの言葉だけが響いた。
「海老……さよなら……」
部室の空気は、まだ深海だった。
誰もが胃の底にあの画像を残したまま、机を囲んでいる。
椅子の上では巫鈴がまだ微震していた。
「……理性は理解している。理解しているのに、脳が拒絶している……!」
沙羅は額を押さえたまま、冷たく言う。
「降りて。危ない」
真平は蒼白のまま、遠い目で呟く。
「海老……どこで道を間違えた……」
そして琴美が、机をバンッと叩いた。
「開廷ッ!!
文化部特別査問会――深海食材編!!」
美優が小さく拍手しかけて、空気を読んで途中で止めた。
「えへへ……」
萌香はもう撮っている。
「ちょ待って、タイトル深海グルメ裁判でいい?サムネ映えする~」
「撮るな!!」真平が即ツッコミを入れる。
「頼む、未来永劫、俺をネットに流すな!!」
巫鈴は震えながらも、手を挙げた。
「議事進行は私がやる。公平性が必要。……ただし、画像は見せないで」
「よし!」琴美が指を突きつける。
「被告人、前へ!」
シャオとズーハンが並ぶ。
シャオは胸を張り、ズーハンは悪いと思ってない顔をしている。
「まず、芋きんつば事件の謝罪として料理を持参した。ここまでは良いわね?」
琴美が裁判長の顔になる。昭和の時代劇みたいな声だ。
沙羅が即座に補足する。
「謝罪の形式は適切。でも中身が地雷だった」
「はい、第一の争点!」琴美がうなずく。
「なぜ、食材の正体を最後に言ったの!?」
ズーハンが肩をすくめた。
「GG。サプライズは盛り上がるだろ」
「盛り上がりじゃない、崩壊よ」沙羅が切る。
シャオが慌てて手を振る。
「パォ~!だって、原型見せたら絶対食べないよ!でも味は本当においしい!」
「味は認める」勇馬が淡々と頷く。
「調理技術は高い。火入れと味付けがうまい。……悔しいけど」
「悔しいって何」真平が疲れた声で言う。
博美は箸を揃えたまま、静かに言った。
「未知の食材の活用自体は文化的価値がある。問題は、共有の仕方ね」
市子先生も頷く。
「そうそう。最初に言っとけば、みんな覚悟して食べられたかも」
真平が即座に反論する。
「覚悟しても無理だよ!!」
巫鈴が咳払いをして、机上のノートを開いた。
「事実確認。被告人は、食材をエビとして提示した?」
シャオが頷く。
「パォ。エビマヨ風、エビチリ風って言った」
「虚偽表示」巫鈴が即断した。
「……つまり、詐欺」
「えっ」シャオが固まる。
「パォ!?」
琴美の目がぎらりと光る。
「そうよ。昭和にはね、ラベルは命なのよ。
風って言えば、何でも許されると思ったら大間違い!」
萌香がすかさず口を挟む。
「じゃあ次から深海甲殻類マヨネーズ和え風って書いとけばセーフ?」
「セーフじゃない!」真平が叫ぶ。
「余計食えない!!」
沙羅が腕を組み、被告人を見下ろした。
「第二の争点。なぜ萌香に検索させた」
ズーハンがにやっとする。
「させてない。勝手にやった」
萌香がニッコリ。
「えへへ、だって気になるじゃん?」
「お前も被告席に座れ」真平が指さす。
萌香は楽しそうに座った。
「やったー!」
琴美がため息をついて、法廷ハンマー代わりの雑誌を叩く。
「……いい。判決を出すわ」
美優が小声で言う。
「えへへ……重くしすぎないであげてください~」
琴美は一瞬、唇を噛む。
(怒りたい。けど、料理はうまかった。しかもお詫びとして持ってきた)
その葛藤が、ほんの一拍だけ表情に出た。
沙羅がそれを見逃さない。
「……琴美。迷ってるでしょ」
「迷ってないわよ!」琴美が即答してから、視線を逸らす。
「……ちょっとだけ、迷ってるだけよ」
博美が静かに一言。
「なら、罰は再発防止に寄せるべきね」
巫鈴も頷く。
「合理的。目的は制裁ではなく、再発防止」
市子先生がにっこり。
「よーし、教育的指導だ」
「教育的指導って言葉、怖いんだよな」真平がぼそっと言う。
琴美が、宣言した。
「判決。シャオとズーハンは――」
部室が静まり返る。
「次回から、未知食材を使うときは事前申告書を提出しなさい!そして、萌香!」
「はーい!」萌香が元気よく返事する。
「検索は禁止!見たら死ぬなら、見ない。これ昭和の知恵!」
「昭和にそんな知恵ないよ」沙羅が言う。
「でも正しい」
真平が机に突っ伏す。
「救われた……いや救われてない……」
ズーハンが腕を組み、納得したように言った。
「GG。ルールがあるなら従う」
シャオも勢いよく敬礼する。
「パォ~!申告する!わたし誠実!」
巫鈴が小さく息を吐いた。
「……よし。これで秩序は保たれる」
そのとき、美優がそっと手を挙げた。
「えへへ……あの……」
全員の視線が向く。
美優は涙目のまま、にこっと笑う。
「……でも、あれ……おいしかったから……また食べたいです~」
一瞬、静寂。
琴美が固まる。
真平の魂が抜ける。
沙羅が口を押さえる。
巫鈴が再び震え始める。
萌香が叫んだ。
「美優先輩、天才!深海グルメ第二弾決定~!」
「決定するなァ!!」真平が絶叫した。
ズーハンは勝ち誇った顔で、最後に一言だけ放った。
「ワンチャン、次はもっとデカいのがある」
「やめろぉぉぉぉ!!」
真平の叫びが、那須塩原の夕暮れに吸い込まれていった。
その横で市子先生が、コーヒーをすすりながらぽつり。
「……日ノ本文化部、今日も平和ねぇ」
蛍光灯がじぃ、と鳴った。




