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夜会前夜1

 小麦畑に囲まれた村を出て一日。ベルフェルミナ、ララナ、マリーの三人はセルヴェール伯爵領の町に到着した。もともと山あいにある小さな町であったが、三年ほど前から積極的に移住者を受け入れ今も人口が増え続けている。そのため、町の至る所では拡張工事が行われていた。


「あ~あ、この宿屋の食事が美味しいっていうから楽しみにしていたのにな~。なんか独特な味付けっていうか、やたらと調味料をきかせすぎてなかった?」

「あの、もう少しお声を。宿屋のかたに聞かれてしまいます、ララナ様」


 ベルフェルミナが口元に人差し指を近づける。


「え~? だって本当のことなんだもん。ねえ? マリー?」

「ララナ様、おそらく濃い目の味付けにしてドリンクをたくさん注文してもらおうっていう宿屋の魂胆なんですよ」

「なるほど、大ジョッキの麦酒を七杯も飲んでしまったマリーは、宿屋の策略にまんまとひっかかってしまったというわけね」


 ベルフェルミナの冷ややかな視線が、赤ら顔のマリーに突き刺さる。


「エへへへ、キンキンに冷えた麦酒と甘辛いスペアリブがまたよく合うんですよ」

「知らないわよ。給仕する側なのに主のララナ様を差し置いて飲んだくれるなんて」

「まあまあ、落ち着いてベル。私が一緒に飲もうって頼んだんだからさ。今日は無礼講ってことで許してやってよ、ね?」


 ララナがそう言うのなら従うしかない。ベルフェルミナは渋々頷いた。


「それではララナ様、今日はお疲れでしょうからごゆっくりお休みください」

「まだ早い気もするけど、明日はショッピングに行かなきゃいけないし、大人しく寝ることにするわ。じゃあベルとマリーもゆっくり休んでね。おやすみ~」

「「おやすみなさいませ」」


 頭を下げる二人に軽く手を振り、ララナは部屋に入っていった。


「……あの、明日は夜会に出席するんですよね? ショッピングなんかしている暇あるんですか? 準備する時間なくなっちゃいますよ」

「べつにいいんじゃない? さあ、わたくしたちも早く休むわよ」


 素っ気なく返すベルフェルミナが向いの部屋の扉を開ける。貴族の泊まるような高級ホテルではないが広々として清潔感があった。


「どうしたのマリー? 気持ち悪いの?」


 部屋に入ってすぐに立ち止まったマリーは浮かない顔をしている。


「……やっぱり、夜会の前はゆっくりお風呂に入って、心と体をリラックスさせたほうがいいですよ。全身マッサージと美肌クリームで肌の調子を整えれば、お化粧のノリも違いますし相手に与える印象もだいぶ変わってきます。私はショッピングに行っている場合ではないと思います」


 口には出さないがマリーは良い出会いがあることを期待していた。もちろん、平民の娘を結婚相手に選ぶ貴族の令息なんていないことくらい承知の上だ。しかし、可能性は限りなくゼロに近いがゼロではない。お声をかけられた時のためにと、たくさん悩んだ末に家名も決めた。ベルフェルミナ・アッシュフォード、母方の家名である。


「いくら念入りに準備したって、見向きもされない人だっているのよ。憂鬱な時間を堪えなければならないのなら、夜会まで好きなように過ごしたほうがいいでしょ? もし、行く気が失せたのなら無理して行く必要もないわ。夜会なんて……」


 辛い過去を思い出し、ベルフェルミナは悲しげに目を細めた。


「あんの腐れ外道があああっ! ベルお嬢様の努力を踏みにじりおってえええ! 今度会ったらマジでブン殴ってやるからな! おりゃあああああっ! ごめんなさいと言え~!」


 ほろ酔いのマリーが腐れ外道ことフレデリックに殴り掛かる。夜な夜なイメージトレーニングでもしているのか。あれほど弱々しかったパンチが威力とキレを増している。もちろん、フレデリックが食らったとてノーダメージに変わりはない。


「大声出すと他のお客様に迷惑よ、ほどほどにしておきなさい。お先にシャワーを使わせてもらうからね」


 荒ぶるマリーをほったらかしにして、ベルフェルミナが備え付けのバスルームに入ろうとする。


「――あっ、待ってください。着替えるついでにもう一回見せてくださいよ。あの服が変わるやつ」

「え? ついでにってなによ。まあ、べつに構わないけど」

「やった~。じゃあ、うんと派手なドレスがいいです。大帝国の王女様が着るような」

「ん~、わかった」


 ニヤリと笑うベルフェルミナの全身が虹色の光に包まれた。見るからに安物で地味な服だったのが、宝石のごとく煌びやかなシャンパンゴールドのドレスへと変化する。


「うっひゃあ~ステキです! ベルお嬢様ゴージャス過ぎますよ。しかも、こんなど派手なドレスまで似合っちゃうなんてヤバいです~」

「え~っ、そうかしら? ほんとに似合ってる?」


 まんざらでもなさそうにふわりと一回転してみせた。


「フフフ、明日はそのドレスで参加してみてはどうですか?」

「こんな派手なドレス、ダメに決まっているでしょ。それに、ララナ様にこのスキルがバレてしまうわ」

「なんでダメなんですか?」

「だって、このスキルのせいで着ているものが本物かどうかわからなくなるのよ。せっかくお気に入りの服を着ているのに『本当はボロを着ているのね』とか思われるのよ。恥ずかしいじゃない」

「ハハハ、そんなことないですよ~、考えすぎですって。ん~まあ、少しくらい思うかもしれませんが」

「ほらあ~少しでも思われたら嫌なの。いいこと? このスキルは誰にも言ってはダメよ。わかったわね」

「はいはい、だ~いじょうぶで~す」

「約束したからね」

「ウフフフフ」

「…………」


 酔っ払いの大丈夫に一抹の不安を覚えるベルフェルミナであった。


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