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まじめと魔人の冒険奇譚 (再編集版)  作者: 春牧大介
王都ラヴィニエスタ
25/27

王都ラヴィニエスタ 3-7

       7



 中央の塔への長い渡り廊下をひた走る。

 外は月明かりのおかげで見通しもよい。

 中央の塔付近には衛兵は殆どされていない。これは器動衆の襲来に備えてのことである。イリアナの力、正しくは紋章エルフィーナの力を存分に発揮できる環境、つまり紋章の力の巻き添えを防ぐためである。


「左前方上方、来るわよ。イリアナちゃん、紋章を」


 エルフィーナの声に、左上方を見る。月明かりに照らされ、飛行体の体が光を帯びる。

 三体の器動衆の影。

 一体はオフィサー。左右に展開するのはオフィサーの部下に当たるソルジャー。


「よかった。来てくれたぁ~」


 ハヤテマルは安堵のため息を漏らした。そんなハヤテマルの声にエルフィーナの笑いがこぼれる。


「あ、あの。もういいんでしょうか?」


 イリアナはエルフィーナに紋章を起動していいのかたずねた。


「なにやってるの。早くしなさい」


 エルフィーナは少し呆れた。


「は、はい」


 イリアナは、あわてて右手に力を込めた。


「紋章エルフィーナ、起動」


 イリアナは走りながら、紋章を身にまとった。

 紋章を纏う際の光に気づいたのか、器動衆が空中で止まり、こちらを伺う。

 イリアナ達にしてみれば、器動衆が塔に近づかないに越したことはないので、願ったり叶ったりの状況である。


「さぁ、イリアナちゃん。派手にやっちゃって!」


 エルフィーナの激に、イリアナは右手に力を込める。

 器動衆は、渡り廊下の屋根でイリアナの姿を捕らえにくい。大してイリアナは、紋章の力によって器動衆の位置が手に取るように分かる。まずは先制し、出鼻をくじく。


「エネルギーボルト!」


 イリアナの右手から光弾が発射された。

 渡り廊下の屋根の陰から飛び出した光弾は、曲線を描きながら器動衆へと迫る。

 器動衆達はエネルギーボルトにすぐに気づき、最小の間合いで回避行動を取ろうとする。しかし光弾は器動衆達の目の前で破裂。光弾は糸状に弾ける様に広がり、器動衆達を絡め取った。

 器動衆達は自由を奪われ、もがきながら地面へと落下していく。イリアナはその間に渡り廊下の屋根へと上がり、再びエネルギーボルトを放つ。

 続けざまに放たれた三つの光弾は、動きを封じられた器動衆にすべて命中し、幾つかの破片を撒き散らしながら地面へと落ち、土煙を撒き散らした。


 イリアナはすぐさま右の腰の剣に手を掛け、剣を抜く。

 土煙に巻かれていようが、紋章エルフィーナの暗視能力で、器動衆の存在は分かっている。

 だが、器動衆が一瞬動いた後、目の前が真っ白に染まる。

 イリアナは何かに後ろ向きに引っ張られた。それと同時に光線が目の前を掠めた。

 そのままイリアナはしりもちをついた。元いた場所からは煙が上がり、足元は抉り取られていた。


「ほら、早く立ちなさい」


 エルフィーナの声に弾かれたように立ち上がる。体を起した瞬間、背後を掠めるように光線が通過する。


「あわわわわっ」


 イリアナは慌てふためきながら四つん這いで走り始めた。そして身を屈めて低い姿勢で渡り廊下の天井を走る。走った軌跡を追う様に光線が貫く。


「塔まで走り抜けろ」


 ハヤテマルの言葉に猛然とダッシュ。塔まで約百数十メートル。渡り廊下の屋根の上を全速力で走る。


「走れ走れ走れ走れ!」ハヤテマルの声が頭に響く。

「うおおおおぉああああぁぁぁ!」


 渡り廊下が終わり、開けた広場が見える。

 イリアナは勢いを殺さず塔の門前の広場へと降り立ち、花壇を飛び越え、そのまま扉を蹴り飛ばして中に入った。

 しかし当然止まることができず、もんどりうって向かいの壁に激突……する前に止まった。

 それと同時に、入り口のドアが閉まった。

 先ほどからイリアナに起きていた、度重なる危機回避はエルフィーナの仕業だった。


「あ、ありが、とう、ござ。ます」


 肩で大きく息をして途切れ途切れに言葉を出す。


「お礼はいいから早く息を整えて」


 エルフィーナの指示に従い、息を潜ませながらも息を整える。


 塔の外から光線が放たれ続けているようだが、塔の壁は貫通できないようである。イリアナはすばやく壁を背に隠れた。


「ここは頑丈なんですね」


 イリアナは息を整えながら魔人たちに聞いた。


「おそらく渡り廊下は、敵の侵入時に陸橋部分を落として、敵の侵入を阻害するために脆く設計されているのだろうな」


 イリアナは、ハヤテマルのその説明を聞きながら気を落ち着かせる。話を聞いたのも平静を取り戻すためだろうと魔人達は思った。


「これからどうすれば?」

「進入経路はここだけだと思うけど、相手の位置を見失わないように行きましょう。私達は宝剣オキシダイトを死守するのが役割だけど、相手が器動衆きどうしゅうである以上、あの器動衆を破壊しなきゃね」


 頭にエルフィーナの声が響き、イリアナは相槌を打った。

 ついさっきまで割りと危険な状況であったが、本人はそこに気づいてはおらず、今の戦闘に集中している。


「屋内に引き込んだほうが戦いやすいんだがな」

「この塔の中ですか?」

「そうだ、屋内ならあいつらの空中での広い行動範囲を封じることができるし、お前の大好きな接近戦ができるぞ」ハヤテマルの笑い声が響く。


「私は別に接近戦が好きな訳では……」

「え? 、そ、そう、なのか……ハハッ。すまなかった。いや、いいんだ。わすれてくれ。さぁ、張り切っていこう」


 今度はハヤテマルの悲しそうな声が頭に木霊した。イリアナの罪悪感を刺激するには十分すぎるほどであった。イリアナ自身は悪くは無い。だが、いつも勝気ともいえるようなハヤテマルの声が急にしぼんだのだ。揺さぶられても仕方の無いことだった。


「あの、いえ。好きです。接近戦」


 イリアナは、いたたまれなくなり思わず気を使ってしまった。


「本当に?」ハヤテマルの言葉は懐疑的だ。

「はい」

 

 イリアナは意を決して頷いた。


「じゃあこれから話す作戦、やってくれる?」

「はい」


 イリアナは『はい』と言った後に、少し後悔をした。


「よーし、じゃあ説明するぞ」


 しおらしくしていたハヤテマルが豹変した。当然、今までのは演技である。イリアナに接近戦をさせるための罠であった。

 イリアナは、溜め息をついた。自分の気遣いが全く無駄だったのだ。


「やっぱりやめるか?」


 今度はハヤテマルが気を使った。


「いえ。師匠の意地悪にも、もうそろそろ慣れてきました」

「そいつは結構。んじゃ説明するぞ」

「はい」


 イリアナも慣れたものだった。


「接近戦に持ち込むのはさっき説明したとおりだ。問題はあの器動衆を『とらえる』て『とららえる』ことだ」


 イリアナは頷いた。


「で、今あいつらは空中に浮いている。つまり空中での機動力がかなりあるわけだ。これを捕らえるのに使うのは、スネークバインドだな。さっき、先制攻撃でお前が使ったアレだ」

「でも今の距離では捕らえても引き込むことは……」


 イリアナの力では、動きを封じることができても、あの質量を引っ張り込む膂力りょりょく(腕力)がない


「だな。射程内に捉えるには、相手がそうしたくなるようにすればいいわけだ」

「……?」


 ハヤテマルの言葉の真意が分からない。


「あいつらが欲しがっているオキシダイトをお前が持っていればいい」

「え……?」


 イリアナは耳を疑った。オキシダイトはラヴィニエスタ国王クラフトの剣である。国王の帯剣、言ってしまえば国宝級の宝剣だ。そんなものを勝手に持ち歩いたら、イリアナの首がねられるだけでは済まされない。レオンとカーチャにも……

 見る見るイリアナの顔が青く染まっていく。


「おっまえ、ほんっとに分かりやすいな」


 ハヤテマルの笑いが脳内に響く。


「イリアナちゃん。心配しなくていいわよ。あの宝剣は別にクラフトが持っている剣だけど、彼の物じゃないの。あの剣は昔、森羅三十六紋しんらさんじゅうろくもんの探索の過程で見つけたものなの。ハヤテさんがカッコ悪い名前付けるまで名前すらなった無銘むめいの剣だったの。つまり、八門徒はちもんと所有の剣だから安心して使っていいわよ」

「格好悪くてすんません」


 ハヤテマルの、への字口が想像に難くない。

 だが、イリアナはエルフィーナの説明に落ち着きを取り戻した。


「とはいえ、厳重な結界が施されているだろうから、解除しないとだめだな。だけど解除している間に塔の中に侵入されるのも面白くない。さて、どうしたものかな?」


 ハヤテマルは、イリアナに答えを出させようとわざとらしく振舞う。

 イリアナも思考をめぐらせる。

 有効と思える行動はすべて自分が絡む。足止めとなると、紋章エルフィーナの出力に物を言わせて、スネークバインドを塔内に張り巡らせることくらいしか思いつかない。紋章に格納されている他の魔法は、使いどころや使い方が分からない。ぶっつけ本番でやるには不安が残る。


「丁度いいわ。イリアナちゃん」

「はい」

「栄光の鎧を呼び出しましょう」

「栄光の鎧ですね」


 力押し。シンプルで分かりやすい。

 イリアナは返事をすると、右手に力を込める。


「あ。まって。身にまとうんじゃなくて、呼び出して欲しいの」

「?」イリアナは言葉の意味が理解できなかった。

「栄光の鎧は、身に纏うだけじゃなくて、自律稼動できるのよ」

「自律……?」

「えーと。イリアナちゃんのためのゴーレムになってくれるって感じかな」

「そんなことができるんですか」


 イリアナは素直に驚いた。

 自分が手にしている紋章が、本当に強力なものなのだなと改めて思った。森羅三十六紋の意味が実感としてこみ上げる。


「『召喚、栄光の鎧』よ」

「『召着しょうちゃく』ではなく『召喚』ですね」

「そう」


 イリアナは一呼吸置いた。魔人たちと話しながらも、ずっと器動衆の動向を気にしていた。


「召喚、栄光の鎧」


 イリアナはそう唱えると、目の前の地面に光の輪が現れた。そしてそのまま上方に向って光のカーテンを作りながらゆっくりと浮かび上がる。そして光りがはじけると栄光の鎧が現れた。


「できました」 

「はい、よくできました」


 イリアナは一息つき、栄光の鎧をまじまじと見た。前回召喚した際は、自ら身に纏っていたため実際の姿を見ることができなかった。目に見える範囲で黄金色をしていたということくらいである。

(本当に全身黄金なんだ)

 イリアナは改めて思った。そして(こんな派手な鎧を着ていたんだ)と、少し恥ずかしくなった。


「イリアナちゃん。栄光の鎧に指示を出しましょう。普通に指示を出せば大丈夫よ」


 イリアナは、『普通に』とは、人に指示を出すようにすればいいのかと勝手に思った。


「あの、大変申し訳ないのですが、器動衆の足止めをお願いしてもよろしいですか」


 本当に糞真面目に栄光の鎧にお願いをした。

 栄光の鎧の兜に唯一つ付いている覗き穴が光ると、ドアに向って歩き出した。


「あの……」


 イリアナが栄光の鎧に話しかけようとすると、イリアナの頭に笑いを押し殺す声が響き渡った。

 笑いの主は当然魔人たちである。


「ぷふっ。イリアナ、おまえ。ぷっくくっ。ホント、かわいいやつだな」

「普通にって言ったけど、別に人と同じく接しなくてもいいのよ。相手はゴーレムなんだから。ぷふふっ」


(自分たちが『普通に』って言ったのに)


 イリアナは少しむくれた。


「さて、さっさと宝剣を取りに行きましょう」


 見習うべきなのか、呆れるべきなのか、魔人たちの切り替えの良さには毎回驚かされる。それと同時に、どっと疲れが出た。

塔の中に外からの激しい炸裂音が幾度となくこだまし、それと同時に塔の内壁が、衝撃で剥がれ落ちてくる。


 器動衆きどうしゅうと栄光の鎧の戦いは、かなり激しいものと推測できる。

 栄光の鎧は、器動衆を決して追い詰めない。これは栄光の鎧に器動衆を安全に倒す手段が無いからだ。栄光の鎧だけならば、破壊する方法はいくらでもある。だが、器動衆の自爆による被害を鑑みれば消極策は致し方ないことだ。

 その栄光の鎧が足止めをしている間、イリアナ達は塔の最上階を目指し、螺旋状の階段を駆け上っていた。

 左右に壁、時折ドア。狭い階段は圧迫感を強く感じさせ、いつもより消耗しているような気がした。


「イリアナちゃん、あと二階分。がんばって」


 エルフィーナの声が脳内に響く。息もかなり上がっていたがその一声に答えるように食いしばって上った。

 最後の階段を上りきると、狭い空間に質素な祭壇が備えられていた。そして祭壇の中央には、一振りの剣が供えられている。

 イリアナは剣の前に歩み寄ろうと一歩踏み出した。


「まちなさい!」


 エルフィーナの声を張り上げた警告が頭に響く。イリアナはエルフィーナの声に驚き、反射的に後ずさった。


「す、すいません」

「びっくりした。まさかいきなり近づくとは思わなかったわ」

 

 イリアナは、エルフィーナの強い口調での制止に事の重大さを感じ取った。


「うーん……」


 エルフィーナが考え込んでいるようだった。そしてすぐに口を開いた。


「うん、大丈夫ね。触ってたら強い衝撃があったろうけど、私の紋章をまとっているなら、死ぬほどってわけでもなさそうね」

「それって、先生の紋章を使っていなかったら死んでいたかもしれないってことですか?」

「死ぬかどうかはちょっと分からないけど、良くても重傷だったと思うわよ」


 重傷。かなり強力な結界が張られているということである。当然だ。器動衆から守るための結界なのだから。

 安易に近づくなど、集中できていない証拠だ。己の不甲斐なさにイリアナは唇を噛み締めた。


「イリアナちゃん。結界を解くから体を貸してくれる?」


 イリアナは反応しなかった。拳を握り締め震えている。


「どうしたの? イリアナちゃん!」


 エルフィーナの大きな声に我に返った。


「は、はい」

「戦闘中なのよ? ぼんやりしないで!」

「す、すいません……」


 イリアナを負の連鎖が襲っている。


「今から結界を解くから、体を貸してもらうわね?」

「は、はい。お願いします」


 エルフィーナがイリアナの体を操るために自由を奪う。今のイリアナには、そのほうが都合が良かった。今のうちに心の整理と切り替えをするのだ。


(集中集中。しっかり、イリアナ)


 心の中で何度も唱える。これで落ち着いた試しが無いが、何もしないと滅入ることばかりが頭をめぐるのだ。

 イリアナのささやかな努力を他所に、エルフィーナは結界を解いた。

 かなりあっさりと解き、イリアナに体の自由を返した。

 当のイリアナは体の自由を返されたことに気づかないくらいに、集中する暗示に集中していた。


「イリアナ!」


 ハヤテマルの怒声に我に返った。


「さっきから何してんだ。戦闘中だぞ! いつまでも考え事をしてるんじゃない!」

「す、すいません」


 謝るしかなかった。これも負の連鎖なのだ。

 イリアナの状況については魔人たちも理解はしていたが、こればかりは本人次第なのだ。気持ちを切り替えることさえできれば何の問題もないのだが、その切り替えをするために、他の重要なことを次々見落としていくのだった。


「イリアナ。致命的な失敗はこっちが面倒見る。安心しろ。お前の失敗だと思っていることは、俺達には些細なことだ。ただ、このままウジウジしているようなら、次は体の自由をこちらで奪う。逆に言えば、おまえがウジウジ悩むのはその時で良いんだ」

「その時……」


 ハヤテマルの発破に、重苦しい感情が消し飛んだ。

 イリアナは自分の頬を両手で叩いた。


「はい!」


 目に力強さが戻った。


「じゃあ、目の前にある剣を取って」


 エルフィーナが結界を解いた祭壇から、剣を手に取る。

 なんてことはない普通の剣。

 イリアナは王の持つ剣に、どこか畏怖のようなものを感じていたのかもしれない。罰があたるのではないかと。しかし宝剣からはなにも感じなかった。それどころか、これが本当に器動衆に有効な剣なのか不安になった。

 その瞬間、塔の下から轟音、そして地鳴りと共に塔が揺れ、天井から誇りが舞い落ちる。


「進入されちゃったわね。まぁ、結界を解除しちゃったしね。進入数は一。丁度いいから、その剣を試してみましょう」

「え? この剣を使うんですか?」

「そうよ。何のためにここにきたのよ」

「この剣を守るためじゃ……?」

「そうよ。守るためよ」

「……?」


 イリアナにはエルフィーナが何を言っているのか理解できなかった。この剣は宝剣である。自分のような庶民が扱って良い物ではない。


「そもそも、何で剣そのものを守らなきゃならないの? 剣を守るのは、相手の手に落ちないためよ。奪われたり破壊されなければいいだけ。逆に言えば、相手の手に落ちなきゃ何したって良いのよ」


 イリアナはエルフィーナの言わんとしていることをなんとなく察した。だがそれを口にする気になれなかった。


「もしかして、これを持って逃げるのですか?」


 とりあえずささやかな抵抗を試みた。


「ちがうちがう。も~う、分かってるくせにぃ~」


 エルフィーナは楽しそうだ。イリアナの嫌な予感は的中した。


(この人たちは、私が王族の剣を使うという恐れ多いことをさせて、それを楽しもうとしている)


 イリアナの顔は、みるみる不満げになっていく。いらいらとした感情がわきあがる。イリアナは不貞腐れていた。

 そしてすぐ階下で轟音。天井から埃が舞い落ちた。何もかもがイリアナの神経を逆撫でにした。細かいミスでふさぎこんだ自分も、人にあだなす器動衆の存在も。今、腹を立てている自分にも腹が立つ。


 階下から鎧が音を立てて近づいてくる。金属が壁を擦る不快な音。

 そしてそのものが姿を現した。

 螺旋階段を破壊しながら上がってきた器動衆、ソルジャーであった。その目元が不気味に光り輝く。しかし、その体は狭い螺旋階段に引っかかり体勢が崩れている。

 通れもしないのに入り込んできたソルジャーにイラッときた。

 目元や口元から光線を出すだとか変形する様子はない。

 その状況の確認を一瞬でするや否や、イリアナは踊りかかった。

 そして躊躇いもなく宝剣を鞘から抜き、


「ふんっ」


 気合一閃。両手で振り下ろし、器動衆を袈裟斬りに斬って伏せた。


「え?」


 魔人達もこれには度肝を抜かれた。

 イリアナは爆発に備えるようにすぐさま距離をとった。

 そしてウォーターシールドを展開させた。

 器動衆は切り口からまるで燃え尽きるように、錆てゆく。そして何かに抗おうとするのかのように小刻みに震え、そして爆発もせずにいたるところから崩れ落ちてゆき、ついには錆びた鉄の塊と化した。


「せ、先生。これでいいですか?」


 魔人達は声が出なかった。


「師匠?」


 やはり魔人達の反応がない。


「先生! 師匠!」


 イリアナは不安に駆られ大きな声を出した。


「え? ええ、ええ。そう。うん。大丈夫、良くやったわね」


 エルフィーナは驚きを隠せなかった。いきなり人が変ったように戦ったのだから。


「すごいな。さっきまでおどおどしてたのに、急に良くなったな。驚いたぞ」


 イリアナはほっと息をついた。


「間違っていたかと思って怖かったです」


 素直な気持ちがそのまま言葉になった。剣を使ったこと、器動衆を倒したこと、そしていきなり踊りかかったこと、ウォーターシールドを張ったこと。

 すべてが悪かったのではないかと不安だった。


「いえいえ。いい動きだったわよ。この調子で行きましょう」

「おまえ、少し怒ったほうが吹っ切れていい動きするんだな」

「ハヤテさん!」


 エルフィーナがハヤテマルをたしなめた。ハヤテマルも「あっ」

と声を上げた。

 イリアナは怒りの感情に支配されてた狂戦士であるのを忘れていたのだ。無神経すぎた。


「すまん、ちょっと調子に乗りすぎた」


 ハヤテマルの声は、本当に申し訳なさそうでああった。


「今度から先生と師匠にいじめられたことを思い出しながら戦います」


 無表情にさらりと棘のある言い方をした。


「ちょ…… いじめたんじゃなくて、イジったんだろ」

「ご、ごめんね。イリアナちゃんがそんなに嫌だったなんて」


 魔人達の言葉からは、落ち込んだ様子が伝わってくる。


「冗談です」


 イリアナは無表情に言った。彼女なりの、お返しの冗談である。


「もうっ、ばか」

「なんだよ、もう」


 魔人達は口を尖らせた。だが、イリアナの軽口に、先ほどまでの気負っていた彼女ではないことを察し、魔人たちも安心した。


「よし、今の調子でいけるなら、いくらでも俺達を恨め」

「はい!」


 イリアナは気合の入った返事をした。


「そこは嘘でも『そんなこと思ってません』っていってくれよ……」


 だが、ハヤテマルは改めてこの少女を文字通り見直した。

 ここ一ヶ月程度見てきたかぎりでは、年齢からしたら、平均よりやや上回る水準の力を持ってはいるものの、殆ど取り柄といえるものが無い器用貧乏という印象であった。今までカーチャやレオンという歴戦の傭兵が前衛に立ち、サポートに回ってきた弊害とも思えた。

 しかし彼女はただ彼らの背中を見てきたわけではなかった。引っ込み思案な性格が鳴りを潜め、積極性が表に出れば、今のようにすばらしい動きができる。

 ハヤテマルは、目的への小さな足がかりとして、イリアナの動きに確かな手ごたえを感じた。


「イリアナ、剣の方はどうだ?」


 ハヤテマルの声に、イリアナは宝剣に目を落とした。刃は七色に光沢を放っている。


「ちょっと重いので、両手じゃないとい扱えないです」 

「剣の分だけ振るう速度や機動力は落ちるはずだから、気持ち早めに行動しろ」

「はい」

「もうそろそろ栄光の鎧の召喚限界時間よ。気を引き締めてね」

「はい」


 魔人二人の声が頭の中に響く。なんだかんだ思いつつも、この二人の声を聞くと何とかなるんじゃないかと思う。いつも、いつでも見守り助けてくれる。そんな二人の期待にも応えたい。真心に報いたい。そんな前向きな気持ちにさせてくれる。

 数回軽く飛び跳ね、大きく深呼吸をした後、目を開いた。力強さが宿った目だ。


「行きます」

「おう」

「やっちゃいましょ」


 イリアナは、踏み出す。錆びた鉄の塊と化した器動衆を飛び越え、螺旋階段を駆け降りる。上っているときは割りとがむしゃらだったので気づかなかったが、結構高い。高さにして四十メートル程だろうか。手すりに手をかけ、滑らせながら駆け下りる。

 後方上方から、耳をつんざく様な炸裂音がイリアナを襲った。巻き起こる爆風は、イリアナは振り返る間を与えず、彼女を弾き飛ばした。


「ぐっ!」


 階段を転がり落ちた。すぐに体勢を立て直した。手すりに手を掛けていたことが幸いし、手すりの外にはじき出されずにすんだ。大きなダメージはない。転がり落ちたときに、階段の縁に頭をぶつけた。あとでたんこぶができるだろう程度だ。

 イリアナは頭をさすりながら顔を上げると、螺旋階段の壁の一部に大きな穴が開いていた。そして、同じ場所には埃と煙が立ち込めている。そして、その巻き上がる煙の中、小さく輝く明かりを湛える人のような影が、ゆっくりとこちらを向いた。

 間違いなく器動衆のどちらかだ。オフィサーか、ソルジャーか。

 イリアナは不安定な足場に少し腰が引けた。人影はイリアナに対してゆっくりと戦闘態勢を取った。


「イリアナちゃん、無理してここで戦う必要ないわ。一階まで降りましょう」

「はい!」


 イリアナはエルフィーナの声に、はじかれる様に階段を駆け下り始めた。


「後ろは気にしないで。アクティブシールドが守ってくれるから」


 アクティブシールドは紋章エルフィーナの力の一つで、非常に強力な魔法の盾である。全方位をカバーし、必要に応じてシールドが展開されるため、魔力の燃費が良い。

 イリアナは階段を駆け下り始めた。

 晴れかけの煙の中から器動衆が顔を出す。ソルジャーだ。ソルジャーの顔の辺りに怪しい光りが点る。そしてその光の渦から次から次に光弾を発射した。

 駆け下りるイリアナのすぐ後ろに着弾、着弾、また着弾。幾つかは、アクティブシールドがイリアナを守っっていた。


「イリアナちゃん。もう大丈夫。飛び降りて。私の紋章の機能に慣れるのにいい機会よ」

「はい!」


 イリアナはエルフィーナの声に反射的に対応した。右腕を手すりにかけ、またぐように飛んだ。

 そしてイリアナはすぐに青ざめた。

 高さを確認を怠った。


(私、今どれくらいの高さから飛び降りたの?)


 イリアナは思わず下を見た。まだ二十メートル近くある。

 死ぬ高さである。

 地面が近づくにつれ意識を失いそうになった。だが、歯を食いしばって懸命に耐えた。

 そして足の裏への強い衝撃に備えた。しかし着地する寸前で減速し、わずかな衝撃で着地をした。


「え?」


 イリアナは慌てて足を触った。何の痛みもない。足を踏み込んでもやはり痛みがない。

 レビテーション。空中浮遊を可能にする魔法である。

 魔術を操る者にとって、子供のころからの憧れの魔法であり、一人前になるために超えなければならない壁ともいえる最上級魔法のひとつなのだ。

 当然、イリアナはまだ扱えない。


「さすがに何の対処もなく、高所から飛び降りろなんて言わないわよ」


 エルフィーナの笑い声が頭に響く。

 イリアナも改めて自分が授かった紋章の力を思い知った。この紋章には使えない魔法はないのではないだろうか。

 そんな物思いに耽ったのは失敗であった。

 上からの圧力のようなものを感じ、咄嗟にバックステップを踏んだ。

 一瞬前までイリアナのいた場所に、ソルジャーが振ってきた。

 轟音と共に石の床板が砕け散り、煙と共に舞い上がる。

 その煙が舞い上がった瞬間、イリアナは動いていた。


「はぁ!」  


 イリアナはエネルギーボルトを三発発射した。光弾は器動衆を捕らえ爆発した。

 ソルジャーはゆっくりと倒れ組むように体勢を崩した。エネルギーボルトによって体の極一部に欠損、亀裂を作った。ダメージは入ったが、喜べる成果は出ていない。ソルジャーは体勢を崩しかけた状態で止まった。

 そしてゆっくりと体勢を戻す。

 だが、イリアナはすでに間合いを詰めていた。


「うやぁ!」


 低い姿勢から逆袈裟に斬った。ソルジャーの破片が頭上へ舞い上がる。そしてガラ空きの脇の下あたりを斬り抜けた。

 ソルジャーは先ほどの固体と同じように、切り口から燃え上がるように錆び、完全停止した。


「よし、いつもこんな調子でいけるといいな」


 ハヤテマルは満足そうにいった。

 エルフィーナも「うんうん」とうれしそうに相槌を打った。ハヤテマルが満足げな理由は、彼女がここしばらく行っていた練習の成果が出たと感じたからだった。

 彼女が重点的に行っていたのは足運びである。当然、わずかの時間で劇的に変化したわけではない。だが、今回のイリアナの思い切りの良さが出たのは、彼女が身に着けた足運びのおかげだ。彼女自身が、ki器動衆の僅かな隙に「いける」と判断出来、なおかつそれに体が付いて来たことにある。

 出会った頃のイリアナなら、いけるとも思わなかっただろうし、またいけなかっただろう。彼女の成長を実感し、それがうれしいのだ。


「よし、後一体だ。オフィサーはソルジャーよりもずっと強い。だが、この前戦った『カジキ』に近い実力だ。想定外の強さじゃない。やれるぞ」

「はい!」 


 イリアナは元気良く返事をした。魔人たちも初めて見る彼女の姿。絶好調の姿。

 年甲斐もなく魔人たちは高揚していた。そして当のイリアナも、自分の判断が正しかったことに自信をつけていた。だが同時に、思い上がらないよう、魔人たちのアドバイスを思い出しつつ自分に言い聞かせた。

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