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まじめと魔人の冒険奇譚 (再編集版)  作者: 春牧大介
王都ラヴィニエスタ
23/27

王都ラヴィニエスタ 3-5

        5


 三日後にはクラフトとアンナを治療するための儀式魔法『オーロラブレス』のすべての準備が整い、執り行われた。

 信徒を千人募るという大掛かりな儀式だったため、当日の街中は緊張感に包まれていた。


 儀式魔法といっても魔法の種類によってさまざま存在する。

 物によっては生贄が必要であったり、月の満ち欠けに影響を受けるものもある。


 今回執り行ったのは、神の力を借りて行う神聖儀式魔法。これには生贄も時間的制約も無い。

 ただし、力を借りる神に仕える司祭、神官、信徒でなければならず、また膨大な魔力を消耗するため、若すぎず、年老いすぎていない健康な男女が千人必要となる。

 国教ふが信徒を含め千人集まるのに時間などかからなかった。

 今回の『オーロラブレス』の神は誠実と博愛の神『オルファ』であり、これはラヴィニエスタの国教であるからだ。


 エルフィーナの指導の下、憤怒の誓いの手の者かどうかの確認をされ、祭壇に誘導する。エルフィーナはオルファ教徒ではないため、儀式には参加しない。

 これから先は、何かあればすぐさま力を貸せるように待機しているのみだ。

 神聖儀式魔法は神への捧げ物として、農作物、歌、踊りを奉納する。神の力が発現するまで、儀式は続けられる。


 最初は祝詞。

 次に農作物の捧げもとと豊穣に感謝する。

 そして、歌、踊り。

 約二時間の出来事だ。


 そしてついに神の祝福が舞い降りる。

 温かで、穏やか。

 儀式の祭壇にやさしい光が差し込み、あたりを暖かく包み込んだ。

 そしてクラフトとアンナをやさしい波動が包み込んだ。

 どす黒い邪気のようなものが体から漏れ出し、光にかき消されていった。


 これで神の力で浄化され体が正常なものとなった。

 正常なものになった後も、神の力が祭壇から去るまで儀式は続き、神の力去った後、大司祭が儀式の終焉を告げ、そこですべてが終わる。


 人間へと戻ったクラフトとアンナの姿は歳相応であった。年齢にして四十。実年齢よりも歳をとるという話であったが、エルフィーナの尽力によって最小限に抑えられた。

 長い間、血色のいい自分の顔を見ていなかった彼等は、歳をとった自分の顔にショックを受けるかと思いきや、病的な血色の悪い顔から開放されたことにほっとしたようだ。

 クラフトとアンナは互いに抱き合った。

 

 歓声が上がった。

 その歓声は祭祀場を越え、街中に響き渡った。

 そしてその日の夕方から、快気祝いが始まった。十年近く鉄仮面での生活を余儀なくされていた王と王妃が、公的な場に顔を出すことになるのだ。


 浄化が終わるとすぐに、王と王妃の治療が無事に終わったことが発布された。街には号外として新聞も配られた。街でもすぐに快気祝いのムードが広がりにわかに活気付き、翌日には祭りと化した。

 三日後には、王と王妃の恢復かいふくは国内外に広り、ラヴィニエスタ領主達も快気を祝って駆けつけた。 


「しっかし、全然襲ってこないわね」


 ヴィヴィアンはお気に入りのカップに淹れた紅茶を口に含む。

 自分の執務室の椅子にもたれ掛かり、気が抜けたようにだらしない顔を見せる。

 そしてヴィヴィアンの机の前のテーブルには、イリアナが座り、その頭の上にハヤテマル、肩の上にエルフィーナが乗っている。


「くるわけ無いだろ」


 ハヤテマルはイリアナの頭の上で、切り分けられたメロンを頬張る。そして「甘すぎる」と眉間にしわを寄せた。


「なんでさ?」


 ヴィヴィアンは不満げに言う。


「あなたがお父さんに警備のアドバイスをくれって言ったんじゃないの。儀式を邪魔されたくないって。だからお父さん、隙が無いように守衛を配置したんじゃないの」


 イリアナの肩の上のエルフィーナが、切り分けられたメロンを頬張った。

 ヴィヴィアンはハヤテマルに警備についてあれこれ指導を受けていた。普段からの警備に始まり、今回の儀式用の警備に至るまで、ほとんど説教に近い方で指導を受けた。ヴィヴィアン自身も久しぶりの説教に精神的にやられてしまい、儀式から今日に至る三日間、普段の元気が戻らなかったほどであった。だが、説教の甲斐あってか、本来ならごたごたしている今がチャンスのはずなのに憤怒の誓いは一切行動してこない。


「まさか、厳重な配置だから襲ってこないってこと?」


 ヴィヴィアンは身を乗り出した。


「それ以外何があるってのよ」


 エルフィーナは淡々と言いながらメロンを頬張る。


「大体お前、憤怒の誓いの手がかりやアジトは分かったのか?」

「なんもかんも全っ然わっかんないから、手がかりをくれそうな捕虜が欲しいのよぉー」


 だらしなく机に突っ伏すヴィヴィアン。

 エルフィーナは呆れ気味に「まったくもう」とつぶやいた。

 イリアナは三人のやり取りに耳を傾けながら、メロンを頬張る。


「それじゃあそろそろやり始めるか」ハヤテマルはメロンを頬張りながら言った。

「なにがぁ~?」ヴィヴィアンも頬杖をつきながらメロンを頬張る。

「行儀が悪い」


 エルフィーナに窘たしなめられても、ヴィヴィアンは気にせず頬杖のまま再びメロンを頬張り、


「だからなにがぁ~」


 と、聞いた。


「警備を一部手薄にするのだよ」


 ハヤテマルはメロンを頬張りながら言った。

 イリアナに疑問が浮かんだ。何故警備を手薄にするのかである。


「あの……」


 イリアナは、ハヤテマルに聞こうとした。話についていけていないからだ。

 ハヤテマルはイリアナの頭を優しく撫でるように叩いた。


「警備を手薄にするのは、敵をおびき寄せるだけではなく、手引きをしている人間をいぶりだすことと、敵の真意を見極めることも含まれる」


 ハヤテマルがイリアナに説明した。


「過去の襲撃が、すべて日中だったってのは幸いしたな」


 ラヴィニエスタは憤怒の誓いの襲撃を、今回を含めて過去六回襲撃を受けている。規模に差があれど、そのすべてが日中の襲撃だった。日中であるため発見が早く、今回以外の襲撃は寝所に潜入される前に防がれていた。これはヴァンパイアが日中人並み以下の能力しか発揮できないことを見越してのことである。


「夜の警備を薄くしてみるか」


 ハヤテマルはそう言うと、最後のメロンを平らげ、皿をイリアナに渡した。イリアナはその皿をテーブルの上に置いた。

 それと同時にドアをノックする音が部屋に響いた。


「どーぞー」


 ヴィヴィアンが背もたれに体を預け、天井を仰ぎながら言った。

 ドアを開けて入ってきたのは二人。


「よう」


 ハヤテマルが言った。


「あら、いらっしゃい」


 エルフィーナも続けて言った。

 イリアナは入ってきた二人の人物を見て目を見開いた。そしてハヤテマルとエルフィーナが自分の頭と肩にいるのを忘れて立ち上がり、膝を着き、平伏した。

「おわっ」と、ハヤテマルとエルフィーナがあわてて空中に浮かび上がる。


「ったくうるさいわね。だれよ……」


 ヴィヴィアンは背もたれからだるそうに顔を入ってきた人物に向けた。


「うぎゃー!」


 ヴィヴィアンは仰天し、悲鳴を上げた。

 急いで平伏しようと席を立ち、頭を勢い良く下げた。膝を着いて頭を下げるのと、一礼をとるのがごちゃ混ぜになり、胸に手を当てながら机に頭を思い切りぶつけて悶絶した。


「なにやってるの、あなた」


 エルフィーナがあきれる。

 ヴィヴィアンとイリアナが焦った二人の人物は、ラヴィニエスタの王と王妃である、クラフトとアンナだったからだ。


「そう畏まらないでくれ、ここにはかつての戦友に会いに来たのだからな」


 クラフトは笑いながら言った。

 アンナはイリアナを優しく立たせる。柔らかい物腰と笑顔にイリアナは吸い込まれそうになった。


「よう、お前ら。どうした?」


 ハヤテマルはクラフト達にソファに座るよう誘導しながら言った。


「何って、お前達に改めて礼が言いたくてな」


 クラフトの血色の良い顔には笑顔が浮かんでいる。

 彼等は自覚しているのだった。

 自分たちが死んで彼らに償うことは望んでおらず、またそれを赦さないことを。振りまいた戦火は、魔人たちに懺悔して赦されるものではない。贖罪はこの地に生きるすべての人になさねばならない。それは彼らが生きて平和への努力を死ぬまで続けることが唯一の贖罪方法であった。


「礼って、家の子達を預かってくれてるじゃないの」


 エルフィーナは呆れながらも、その顔は笑顔である。


「それとこれとは別だ。それに、われらが裏切った件についての謝罪もしたい。させてほしいんだ」


 クラフトとアンナの顔は真摯なものだ。

 魔人二人は一瞬、間を置いて頷いた。二人の気持ちを汲み取るために心を落ち着かせた。

 クラフトとアンナが席に着き、ヴィヴィアンは隣の部屋で紅茶の用意を始めた。


「パックたちからある程度聞いてるけど、まどろっこしい話は嫌いだから単刀直入にいくわよ。何で裏切ったの?」


 エルフィーナは細かい説明をさせないような聞き方をした。


「それは、君たちがこの世界を破壊して元の世界に帰る気だからと聞いたからだ。エスカーテを滅ぼすのは、世界の破壊に邪魔だからだと」

「とりあえず聞くけど、誰からの情報なの?」

「ドノヴァンだ。彼はエスカーテから聞いたそうだが」

「ですよねー」


 ハヤテマルが茶化すように言った。エルフィーナはハヤテマルをたしなめるように睨んだ。ハヤテマルは、ばつが悪そうに羽を手に見立てて、しぐさだけで謝った。

 エルフィーナは、クラフトとアンナの酷く落ち込んだ顔を見て、深くため息をついた。


「あなたたち本当に余裕がなかったのね」

「御免なさい」


 アンナは目に涙をためている。


「馬鹿ねー。元の世界に帰るのに、この世界を吹き飛ばさなきゃいけないほどのエネルギーが必要? そんなわけないでしょう。だったら、最初にこの世界から邪神を追い出した連中はどうやったって話よ」

「あの時は余裕がなくて……だけど『もしも』と考え始めたらな……」


 クラフトたちから嘆息がもれた。


「古の民が邪神を別の世界に追い出して、この世界を救った。だけど、その先が私たちの世界で、私たちが邪神と戦って、邪神を追い詰めた。邪神が逃げた先が、古の民が死んでから数百年たったこの世界。ということは、古の民と邪神は少なくとも、私たちの世界に帰る手段を知っているはず。世界を滅ぼさなくてもね」


 エルフィーナはさらりと答えた。


「世界はひとつしか無いのに、そんな博打みたいな帰り方するわけ無いでしょ」

「そんなことにも気づかないで裏切ったお前らに、心底腹が立ったんだよなー」


 ハヤテマルはあっけらかんとしている。


「本当にすまない」


 クラフトとアンナは頭を深々と下げた。


「エスカーテは言葉にかなり強力な魅惑の魔法を乗せるの。ドノヴァンでなくても踊らされても仕方ないわ。今は、ヴィヴィアンとユアがあなたたちに好意を持っているし、私たちも知らない仲じゃない。とりあえず私怨は横に置いておくわ」


 エルフィーナはヴィヴィアンに言ったことをそのまま二人に話した。ハヤテマルもそれに同意するように頷いた。


「ありがとう。二人とも」


 クラフトとアンナは頭を下げようとしたが、魔人たちの呆れ顔を見て咄嗟に止め、笑顔で返した。

 話の切れ間を見計らって、ヴィヴィアンがクラフトとアンナの紅茶とメロンを用意した。

 クラフトたちはそれを受け取り、紅茶を口へと運ぶ。

 一同がそれを皮切りに一息ついた。


「それから、イリアナ……だったか」


 口を開いたのはクラフトであった。


「は、はいっ!」


 声をかけられただけで、上ずった声で返事をした。ガチガチに緊張している。


「先日は、不肖の息子が申し訳ないことをした」

「あ……」


 先日のことというのは、イリアナを滅多打ちにして恥を掻かせたことに他ならない。


「そうだぞ。何なんだよお前らの馬鹿息子は。力だけで八門徒に相応しいなんて、思い上がりもはなはだしいじゃないか」

「すまない」


 ハヤテマルに対し、クラフトは謝罪する以外なかった。


「あいつは、兄であるヒルドが、器動衆討伐の単独任務についてから、強い焦りを抱いたようでな」


 クラフトの顔は曇った。


「そういえば一年位前に、そんな記事をどこかで読んだな」


 クラフトとアンナの長男であるヒルドは、神聖鉄甲兵団の中核を担う強さを誇り、また公明正大で人望も厚い人物で有名である。

 近年、被害が増加傾向にあった器動衆の遊撃討伐を志願して、各地を転戦している。その行動範囲は国の外にまで及んでいる。


「焦りって、成果を挙げている兄に対しての対抗心?」エルフィーナはすこし感じるものがあるようだ。

「多分、自分がしっかりしなければという責任感かしら。ヒルドがいなくなった分、周囲からの期待も大きかったし、比べられる立場にあったから」


 イリアナは心が痛んだ。

 いやでも目に付く、耳に入ってくる環境に居るラキアの心中は、魔人たちにもよくわかった。煩わしい期待と羨望から遠い場所に居るヒルドよりも、宮中に居るラキアのほうがよほどストレスがたまるだろう。

 もしかしたら、ヒルドはそんな環境から逃げ出すための口実として討伐に赴いているのかもしれない。そんな下種の勘繰りまで思いが行き着いてしまう。

 だが魔人たちは違った。


「親として、子供のしでかしたことを同情を誘うような口ぶりで、うやむやにするなよな。イリアナがボコられたのは事実なんだし。ちゃんとしつけとけ」


 おかれた立場を憶測で同情するほど甘くはない。


「わかっている」


 クラフトとアンナの顔は暗い水底のような青白い顔をしている。


「ちょっとおとん、やめてよ!」


 さすがにヴィヴィアンが止めに入った。


「あの陛下、妃殿下、美味しいかわかりませんが、メロンがありますので、少しそちらを召し上がって一息つかれてはどうでしょうか。あ、代えの紅茶もご用意しますね」


 ヴィヴィアンは二人を気遣い、冷めた紅茶を下げようとした。


「いや、かまわないよ」


 クラフトはヴィヴィアンが下げようとしたのをやめさせた。


「あいつとは、一度向き合わんとな。自分たちの秘密を守るために、さまざまな事をおざなりにしてきた。その罰かもしれん」


 クラフトは自著気味に笑った。


「罰だなんて馬鹿いわないでよ。あたしたちが来た事がケチの付けはじめみたいに言わないで頂戴。むしろ向き合うきっかけになったと思ってもらいたいわね」


 エルフィーナがイリアナの肩の上でいきまいた。しかし、言ったエルフィーナ本人ですら少し耳が痛んだ。

 ハヤテマルは先ほど自分の言った言葉が自分に突き刺さり、苦しんでいる。

 二人の問題はもちろんユアのことである。


「それもそうね」


 アンナとクラフトは顔を上げた。


「しかし、いつになってもお前たちにはかなわんな」


 クラフトもようやく意思が固まったようだ。先日まで生気のなかった人間だったとは思えない、力強いまなざしを魔人たちに向けた。

 紅茶を飲み、先ほどの重い空気を入れ替えた。

 ついでに窓も開け放たれ、蒸し暑い空気を部屋へと入れる。うだるような熱気が部屋へと入ると同時に、目の前にある雑木林からのさわやかな緑の香りが鼻腔をくすぐる。

 落ち着いた。

 ヴィヴィアンは警備の話をクラフトとアンナに説明した。


「確かに寝所に入り込まれたのは初めてだな」クラフトが言った。


「順当に考えるならば、誰かが手引きしているってのが妥当だな。状況から見れば一番怪しいのは、お前らが逃がしたという世話係の娘なわけだが……」

「そんな。あの子は、ジルはそんなことするはずないわ」 


 アンナが口を開いた。その顔には、非難とも怒りとも取れる感情がにじみ出ていた。


「アンナ、ハヤテさんがいったことは気にしなくていいわ。私達は襲撃されたとき、あの娘と会ったの。自分に逃げろと言ったあなた達を助けてって言ってきたわ。涙を流しながら悔しそうにね。あの子の言葉に嘘を感じなかった。ね? イリアナちゃん」


 エルフィーナはイリアナに振った。


「はい」


 イリアナは力強く頷いた。


「そうだったの。ありがとう」


 アンナは涙を流した。


「ハヤテさんだって、あの娘のことを疑っているわけじゃないのよ。どちらかというとあの娘は、容疑者の特定を撹乱するために生かされたといえるかな。ね、ハヤテさん」


 エルフィーナはハヤテマルを非難交じりのジト目を浴びせた。

 ハヤテマルは一つため息をついた。


「まぁ、そういうことだな。ぶっちゃけて言えば、容疑者は城に出入りする人間。今、この場に居る人間以外のすべてなんだよ。今回の事件で死んだものも含めて」


 ハヤテマルの言葉にエルフィーナとヴィヴィアンが眉をひそめる。


「ユアちゃんも、ですか?」


 エルフィーナはハヤテマルに聞いた。眉間に皺が寄る。


「ユアなら、呼び込まなくても、クラフトたちは暗殺できるんじゃない? わざわざ足が付く可能性のある方法なんか使わないでしょ。お前らのガキのラキアも遠征に出ていたわけだし違うな。過去の襲撃はあいつの部隊が訓練で遠征しているところを狙った割合が多い。この国最強の部隊が留守を狙った日が本命だったんだろうな。だからあいつでもない」


 ハヤテマルの説明にエルフィーナたちとクラフト達はそれぞれ胸をなでおろした。

『それに、あいつなら両親を亡き者にして権力を得るのではなく、こいつらを救ったという肩書きをと栄誉を望むだろうよ』

 ハヤテマルはエルフィーナに囁いた。

 エルフィーナは困ったような笑いを浮かべた。イリアナが痛めつけられた話はハヤテマルから聞いていた。ハヤテマルとエルフィーナが嫌いな類の人間だ。


「では、誰だなのだ……」


 クラフトはハヤテマルを見た。


「手引きした人間が居るとするならば、さっき言った世話係の娘のように、クラフト達がヴァンパイアであることを知っていた人間が有力だな」

「どうして言い切るのさ」


 ヴィヴィアンはハヤテマルの決め付けに合点がいかない。


「エルたちは寝所の衛兵や扉が破壊された形跡がないことを言っていた。実際見てきたが、まぁ反撃の痕跡もほとんどなかったな。だから手引きしたのは、寝所の構造や兵の配置を熟知している者、寝所の状況に詳しいもの、ということになる。そうなると限られてくるだろ」


 ヴィヴィアンとクラフトとアンナの三人は考え始めた。

 イリアナも考えるのに参加したほうがいいと思い、一緒になって考え始めた。ハヤテマルの言い方がいちいち回りくどい。そしてあることに気づいた。


「あの……師匠」


 イリアナは、頭の上のハヤテマルに控えめに言った。


「どうした?」


 と、ハヤテマル。


「寝所の構造や兵の配置は、忍び込んで調べられるのでは?」


 イリアナのこの言葉に、ヴィヴィアンはイリアナを睨み付けた。


「それは私達の警備が、賊同然の連中に抜けられるほど杜撰ずさんって言いたいわけ?」


 当然である。

 目の前には王と王妃、そして宮廷魔術師がいる。失礼であった。

 イリアナは「申し訳ありませんでした」と、己の短慮に肩を落とした。


「すごんでんじゃねーよ。ザル警備だったろ、実際」


 ハヤテマルはイリアナの頭を撫でながら、呆れ顔で言った。

 ヴィヴィアンはハヤテマルも睨みつけた。だが、警備の甘さをこってりと絞られた後なので、何も言い返せず悔しくて涙目になりながら怒りをこらえていた。


「まぁまぁ、ヴィヴィアンも落ち着いてくれ。彼女とて悪気があったわけじゃなかろう」


 クラフトはヴィヴィアンをなだめた。


「も、申し訳ございません」


 ヴィヴィアンは王と王妃の前で、怒りを露わにしたことを恥じて詫びた。


「信頼する子には本当に甘いわよね。あなた達」


 アンナは笑いながらハヤテマルたちを見て言った。

 ハヤテマルもエルフィーナも「まあね」と、同じく笑った。ヴィヴィアンもしょうがないといった顔で笑った。

 エルフィーナはイリアナの頬を羽でつついて、

  

「ほら、イリアナちゃんも顔を上げて」


 と、促す。

 イリアナも顔を上げると、目の前には笑った王と王妃、ヴィヴィアンがいた。


「実際の所、側近の裏切り者以外の可能性となると、『すでに忍び込まれている』という可能性が大きいんだよなぁ」


 言ったハヤテマルの顔から笑顔は既に無く、真剣なものになっていた。


「どういうこと?」ヴィヴィアンが怪訝な顔をする。


「イリアナ、さっき言おうとしていたことのすべてを言ってみ」


 ハヤテマルはイリアナに話を振る。

「え?」イリアナは驚いた。自分が気がついたことを上手く話し出せずにいたことを、ハヤテマルは見抜いていたからだ。

 驚いたのは、イリアナだけではなく、ハヤテマルをのぞく全員だった。


「大丈夫」


 ハヤテマルはイリアナの頭の上で、その頭を撫でた。


「どういうことです?」


 エルフィーナはハヤテマルに聞いた。ハヤテマルはエルフィーナに笑顔を見せ、すぐにイリアナを見て頭を優しく、後押しするように叩いた。


「ほれ。言ってみれ」


 ハヤテマルがイリアナのためにお膳立てをしたのだ。イリアナは、きっと自分の思っていることは何か役に立てるのかもしれないと意を決めた。


「あの……器動衆きどうしゅうなら忍び込んで、情報を収集できると思います」

「はぁ?」


 器動衆という単語にヴィヴィアンは、何を言うかと思えばと呆れてしまった。二人の王族はイリアナの話を最後まで黙って聞く様子であった。


「あのね、このラヴィニエスタの王城には、シーズから譲り受けた都市結界が張られているの。王城の外の街にも同じものが張られている。器動衆と魔物は都市結界に入ることできない。だから器動衆はおろか魔物一匹入ることはできないの」


 ヴィヴィアンは苛立ちを努めて押さえ、諭すように言った。


「確かにシーズも同じものが設置されていました。ですが、器動衆が結界内に入る手段はあります」


 ヴィヴィアンに気おされながらもイリアナはしっかりと落ち着いて答えた。彼女なりに勇気を振り絞っていた。


「どういうことだい?」クラフトが食いついた。

「仮死状態にある器動衆には結界は反応しなかったんです。先日、シーズでこの状態にあった器動衆を、研究のために結界内に持ち込んでいました。ですがその後、器動衆は再び動き始め、城内で戦闘になりました」

「まさか」アンナは怯えたように体を縮こまらせた。


「器動衆が自ら仮死状態となり、手引きをした人が結界内に入れれば可能だと思います」


 イリアナは言い切った。

 部屋に静寂が立ち込める。ヴィヴィアンとクラフト達の顔から完全に余裕が消えた。そんな簡単な仕組みで破られる結界の信頼性。器動衆は人間を襲うだけの存在であり、手を組むなどはありえないと思っていた。


「イリアナ、良く気がついたな。えらいぞー。お父さんはうれしいぞー」


 ハヤテマルはイリアナの頭をうれしそうに撫でた。イリアナはハヤテマルの言葉にほっとした。


「あの、師匠は私のお父さんじゃないです……」


 イリアナは頭のハヤテマルに向っていった。嫌な気分ではなかった。


「裏切り者の可能性に憤怒の誓いと器動衆まで……?」


 ヴィヴィアンは青ざめている。


「今、イリアナが言ったように器動衆が絡んでいる可能性がある。お前達も知っている通り、都市結界は器動衆を制御するコアの特殊な魔力に反応する。だがコアを停止させて結界内に運び込む人間がいれば当然潜伏しているだろうな」


 ハヤテマルは口から書類を出してテーブルに投げた。


「これは?」


 クラフトが書類を手に取る。


「あなた、よく口から出した書類を抵抗もなく触れるわね」


 エルフィーナが呆れながら言った。クラフトはそれすら耳に入らなかった。


「これはまさか」


 クラフトは目を丸くした。アンナもヴィヴィアンもクラフトの顔に思わず生唾を飲む。


「ここ一ヶ月だけど、不審なものを持ち込んだと思われる業者のリスト」


 ハヤテマルはさらりと言ってのけた。


「こんなものをどうやって……?」


 アンナは驚きを隠せないようだ。


「お前らは俺がどんな仕事についていたか知ってるだろ」


 クラフトとアンナは、その言葉ですぐに理解した。


「そういえば、お前は潜入捜査員だったな」


 そう言いながら、クラフトはヴィヴィアンに書類を渡した。


「頂戴します」


 ヴィヴィアンは書類のリストをすぐに照合し始めた。


「そんなわけで、器動衆が絡んでくるとクラフトの宝剣オキシダイトを狙っている可能性が出てくる。量産されたものならいざ知らず、数少ない器動衆を爆破せず破壊できる一点物の武器だしな。器動衆にしてみれば、クラフト達よりオキシダイトの方が問題と言っていいだろうな」


 ハヤテマルはそう言うとテーブルまで降り、クラフトの皿からメロンを頬張った。


「あーもう」


 ヴィヴィアンは頭を掻き乱した。癖毛がちな髪がぼさぼさになる。そして深呼吸をした。


「分かった。寝所の警備状況を把握できる可能性のある人物をもう一度追って見ようと思ってたけど、こっちを先に追ってみる」

「それがいいだろうな」ハヤテマルも頷いた。

「それから……」 


 ヴィヴィアンはイリアナを見た。イリアナは少し怯えた様子でヴィヴィアンを見た。


「あのさ、さっきはつっかかっちゃって、ごめん。仲間に裏切り者がいるってあんまり考えたくなくてさ」


 ヴィヴィアンは申し訳なさそうに頭を掻きながら言った。イリアナはヴィヴィアンが怒っていないと思うと少し気が軽くなった。


「私もごめんなさい。無神経すぎました」


 イリアナも申し訳なさそうに頭を下げた。ヴィヴィアンは笑顔で頷いた。


「ハヤテ。私たちは何をすればいい?」


 アンナが率直にたずねた。

 彼らは元八門徒、病み上がりと急な老化で衰えているとはいえ、紋章はいまだ健在だ。自分たちにも何かできることがあるのではないかと思ったからだった。


「お前達は今まで通り身の安全を確保だけ考えていればいいよ。クラフトは宝剣の安全も確保してくれ。憤怒の誓いの狙いはお前達でも、器動衆の狙いはおそらくそれだし。くれぐれも常に持ち歩くようなことはしないように。一斉に襲われたら大変なことになるからな」

「ああ、分かった」


 クラフトは力強く頷いた。器動衆をコアの破壊無しで倒せる宝剣オキシダイトは絶対に奪われてはならない。宝剣は彼らであっても、器動衆相手に気を抜けない。

 そして二人は立ち上がると「よろしく頼む」とハヤテマルとエルフィーナに向って言った。

 ハヤテマルとエルフィーナは、親指を立てて自信の程をアピールした。クラフトとアンナも手を上げて応えた。そしてヴィヴィアンに「頼む」と短く言うと部屋を出た。


「承知致しました」


 ヴィヴィアンは恭しく頭を下げ二人の王族を見送った。


「それじゃ、私も行くわ」ヴィヴィアンは席を立った。

「何か分かったら……おかんに連絡入れれば、大丈夫?」

「ええ。気をつけるのよ?」


 エルフィーナは少し心配そうである。


「おかん、陛下と妃殿下をおねがい」

「任せておきなさい」


 ヴィヴィアンは、書類を幾つかまとめて、走って出て行った。


「さて、俺もちょっと行ってこようかな。エル、あの馬鹿二人とイリアナのこと頼むね」

「はい。いってらっしゃい」


 エルフィーナは、テーブルのハヤテマルに手を振った。

 イリアナも手を振ろうとしたらハヤテマルはもういなかった。あたりを見渡したが、ハヤテマルの姿どころか気配さえなかった。


 それぞれが自分のすべきことを始めた。

 それはイリアナにやる気を起させるに十分であった。


「何か手伝うことはありますか?」

「ハヤテさんたちが調べている間に敵が来るかもしれないから、警戒しつつ、パーティでも楽しみましょう。と言っても、あくまで警備すると言うことも含めてだけどね」


 後手後手だった状況も、ようやくこちらから仕掛けるチャンスが巡ってきた。

 魔人達にも気合が入る。

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