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エピローグ

 飛竜はひたすら飛び続けた。雷や雪の塊が、上空から時折竜を打った。だが飛竜はその翼を休めず、それらから乗り手を勇敢に護り続けた。


「……ルキア」


 アルディクは時折、彼に身体を預けたままのいとおしい女性に優しく囁きかけた。彼女は目を閉じたままだった。死の淵を彷徨って生還してから、体感した時間はそう何日も経っていなかったのだ。彼女の体力は限界に近付いていた。


「ごめん、ルキア。俺だって、きみがいればそれで良かった筈なのに」

『アルディがいれば私は生きられる』


 そう言って真実から目を背けようとした彼女を、弱いとは思わない。長く、長く戦ってきたのだ。ただ世界を救う為に、救えることを信じて。なのに、彼女の願いを無視して、世界を、彼女をいま失おうとしている……。


「ルキア、もう少しだけ頑張ってくれ。最後の希望があるから……辿り着くのが先か、消えるのが先か、わからないが」


 微かに、ルキアは頷いた。

 

 更に飛んだ。空なのか海なのかさえわからない。何も見えない。徐々に冷えゆくルキアの身体を抱いて、アルディクは愛騎に拍車をかける。

 何かが、見えた。それは、微かな光だが、確かにそこに存在していた。


「ルキア、着いた……」


 飛竜の故郷。それは、別の世界だった。ウードを譲り受ける時に前の飛竜将軍に教えられた。


『飛竜は指標。いくさのない世界から来た。この世界からいくさがなくなれば、飛竜はいくさのない世界へ還る』


 その言葉だけが、最後にアルディクの賭けた望みだった。そして、それの存在は確かに感じられた。消されてゆく世界には最早いくさはない。この世界を去り、元いた世界へ還る時、自分たちもそこへ連れて行って欲しいと。


「温かい……」


 徐々に温度が戻って来た。弱々しい光が近付くにつれ、強く感じられるようになる。不意に霧も雲も晴れて、飛竜は崩れ去る世界を抜け出した。


「ああ……」


 そこには、かれらが喪った太陽の光が、美しい緑が、清らかな空気があった。眼下に広がるのは、平和な暮らしを営む素朴な村。人々が、子ども達が笑い合っている。アルディクの目に涙が浮かんだ。これこそが求めていた世界。彼らの世界をこんな姿にする事は出来なかったけれど、こんな世界は確かに存在したのだ。


『おかえりなさい……我が子らよ』


 どこかから声が聞こえる。


「誰だ……いや、どなたですか?」


 自然とアルディクの口調は改まる。光の中心から聞こえる柔らかな声は、今までいた世界の神とは違うが、これも神だと、胸の奥で感じた。


『私はこの「愛」の世界を作った者。そなた達は私のミスで、「いくさ」の世界へ迷い込んでしまった。あの世界が喪われたのは、そなた達の咎ではありません』

「我々は……罪人ではないのですか?」


 溢れる歓喜に、アルディクはルキアをぎゅっと抱擁する。


『そうです、我が子らよ。おかえりなさい……そして……おやすみなさい』


 アルディクはその声に、はっとルキアを見た。微笑を浮かべた彼女の身体は冷たいまま。


「ルキア……?」


 アルディクは囁きかけ、閉ざされたその唇にくちづけた。彼女は確かに、この神の言葉を聞いたのだろう、と思った。


「神よ……私たちを休ませて下さい」

『その場所は飛竜が知っています。私はあなた方に、永遠の安らぎを与えましょう……』


 神の言葉に安堵し、アルディクは手綱を離し、ルキアを抱きしめたまま目を閉じた。

 飛竜はふたりを落とさぬような速度で、力強く飛翔してゆく。その先には、光の楽園が微かに見えた。

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