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タンブラー  作者: 小鳥遊
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億劫な金曜日

自分自身が誤作動を起こしたみたいに身体が動かないなんてことが、年に3回くらいあります。そんな時に考えた話です。

大地に根付いたように。そう言うと神秘的過ぎる。布団に根付いたように、起き上がれない。時計は朝の6時を指している。起き上がって朝食を食べて身支度をしなくてはならない。しかし、体調も万全だというのに、本当に起き上がることだけが億劫で仕方ない。無気力というやつだ。

「おい起きろ、遅刻するぞ。」

そう言うかのように、ジョンがニャァと鳴く。枕元にやって来たので背中を撫でてやる。出て行った元彼女が置いていったジョンは、当時まだ子猫だった。2年ほど僕と一緒に生活して、なかなか逞ましく育った。それに、元々猫アレルギーだった僕も、今ではジョンのお腹に顔を埋める事ができる。元彼女は天然犯罪というか、僕の部屋に転がり込んでは、アレルギーを知りながら猫を勝手に迎え「世話するのは私だからいいでしょ」そんな顔をする人だった。まぁ、免疫がついたので感謝はしている。

ジョンはいつの間にか、布団の中に潜り込んできた。昨日近所のパン屋で買ったクロワッサンは昼にでも食べるとして、僕はジョンをお腹に乗せてあと30分寝ることにした。常に時間に余裕を持って行動しているので、こういう時は楽だ。といっても、ここまで無気力なのは26年生きてきて初めてかもしれない。


物心ついた頃から、遅刻や欠席をした記憶がない。僕は皆勤賞の常連だった。狙っていた訳ではなく、そういう育ちなのだ。8時半に登校する為には2時間前に起きる、というのが当たり前だった。小中高と徒歩圏内の学校だったが、そういう習慣だった。

「ちょっと寝坊しても問題ないくらいの時間に起きておきなさい」

と、母によく言われていた気がする。だからといって寝坊もそこまで経験がない。時間に正確な僕は会社での評価も良いが、あの頃遅刻ばかりしていたクラスメイト達は、大丈夫だろうか。

「30分なんてあっという間だな。」

眠ることもなく、30分は過ぎてしまった。流石にそろそろ起き上がらなくては。僕はお腹の上のジョンを抱きかかえて起きる。ジョンはおとなしい性格で、よほどのことがなければ暴れたりなどしない。絵本に出てくるような、おとなしい理想の猫だ。ジョンにミルクを入れていると、トコトコやって来て僕の足にスリスリと顔を擦り付けてくる。可愛い奴め。僕は昨日アイロンしたシャツを眺めて固まった。今からこれに袖を通すのが、面倒で仕方ない。ジョンにミルクを差し出して、ベランダで一息つく。どうしたものか。

大学を出て今の会社に就職し、事務作業ばかりではあるがそれなりにこなしてきたと思う。おかげで上司や同僚とも円満な関係を築けている。会社が嫌なわけではなく、特別会社を休んでまでやりたいこともない。ただただ、面倒なのだ。僕はとうとう、携帯電話を手に取った。


「健吾か。おはよう。どうした?」

上司の廣田さんが低くていい声で出た。流石にまだ出勤していないと思い、僕は廣田さんの携帯に掛けた。

「おはようございます。あの、急で申し訳ありませんが、本日お休みさせて頂けないでしょうか。」

風邪でも引いたか、とお決まりの言葉が返ってきて、僕は黙ってしまった。そんなシナリオも考えずに電話をかけてしまうとは、僕は馬鹿だと思う。

「大丈夫か?」

「あ、はい、すみません、大丈夫です。」

「まぁ大丈夫ならいいよ。急ぎの仕事もないし。3連休、しっかり休めよ。」

3連休という言葉を聞いて、初めて今日が金曜日なんだと知った。

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