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森の外へ

今回から、主人公の表記が変わっています。

本名とはいえ、誰も呼ばない、呼ぶ予定もない名前だったもので。

正直、本名設定など不要。戦闘員D-23で通していた方がよかったんじゃないかと、ここの文面を考えたときにふと気づいたりも。

 グレーヌの先導で、2人は森の中を進んでいく。

 互いに名乗って歩き始めた後は、再び獣に襲われないよう静かに辺りを警戒し続けている。

 もちろん、周囲への警戒を怠るわけにはいかない。が、じっと黙ったまま歩いているのも奇妙な感じだ。史宏あらためディーは、周辺の注意がおろそかにならない範囲で口を開いて、疑問に思っていたことを吐き出す。


「ところで、最初は剣で殴りつけてきた割に、狼を追い払った後に話してからは結構簡単にこっちを信じてくれたが、あれはなんでだ? 俺としては、おかげでこうして一緒に森を出られることになってるから、別にいいっちゃいいんだが」


「あぁ……それは、ね……」


 自分の何が信用を得ることになったのか。ディーとしてはそんなつもりで聞いたのだが、グレーヌは言葉を濁す。前を歩いているので表情はよく見えないが、苦笑しているようにも感じられた。


「さっき、翻訳魔法の説明したのを覚えてる?」


「ああ、詳しいことまではよくわからなかったが。確か、話す言葉自体が変わるんじゃなく、話す奴の意思みたいなのが伝わるんだかなんだか」


「そう、それ」


 どれだ。翻訳魔法がディーの信用に一役買ったようだが、まだよくわからない。

 それを解説するように、グレーヌの言葉が続く。


「つまり、言ってる言葉じゃなくて、その時に考えてることが相手に伝わるみたいな感じ。ようは、慣れてないと嘘がつきにくいの。もちろん、ちょっと慣れたら本音と建前を使い分ける感じで、表面上の言葉通りに相手に伝えられるようになるんだけど」


 嘘発見器のようなものか。慣れで誤魔化せる辺りも、それっぽい。


「ディーは魔法の話をした時、すごい驚いた感じだった。さすがにあんな感じは嘘で出せないだろうから、変な奴ではあるけど、嘘は言ってないだろうって」


 なるほど。翻訳魔法、普通に言葉が通じるようになるだけでも凄いが、そんな副作用みたいなものまであるとは本気で凄い。そんなふうに納得しかけたディーだったが、ふと気づく。


「ちょっと待った。なら何で、最初に俺が狼の仕業だと言った時に信じてくれなかった?」


「いや、あの時はまだディーが翻訳魔法に慣れてないのを知らなかったから。

……実は、メルティーアさんが死んでるのを見て頭に血が昇っちゃってて。翻訳魔法の副作用のこと思い出したのは、ディーが狼を追って離れた間に、メルティーアさんの狼にやられた傷を確認した後だったのよ」


 誤魔化すようなことを言ったが後半、小さな声で事実が語られる。なるほど、こういうことか。


「今のはわざとだけど、こんな感じで油断すると本音が出ちゃうの。この副作用を利用して、言葉が通じるのにあえて翻訳魔法使うことも結構あるらしいわ」


 ディーが最初に信じてもらえなかった理由が漏れ聞こえた後、グレーヌはそう言って翻訳魔法の話題を締める。それも多少言い訳臭く聞こえたが、今度はそうと教える声は聞こえないので、ある程度翻訳魔法に慣れているのは事実なのだろう。


「まあ、おかげでこちらの言葉を信じてもらえるのなら、俺にとってはむしろ助かることかもしれん」


 ディーは、あえて声に出してそれを告げた。どうやって本音を隠したまま建前を相手に伝えられるのかがまだわからない以上、これは本音としてグレーヌに伝わるはず。

 実際、翻訳魔法の副作用でグレーヌに自分の言葉を信じてもらえることは大きい。今のところ、魔法なんてものがある異世界に来てしまって、知り合ったのはグレーヌただ1人。生命線とも言える彼女に、ディーが嘘をつかない・つけないということを強調しておくのは悪いことではなかった。


   ◇


 翻訳魔法に関しての話題が途切れた直後、2人の前方で草が大きく揺れた。また狼や、他の獣がこちらを狙ってきたのかと、2人とも身構える。グレーヌは腰に差した剣の柄に手をかけ、ディーはメルティーアの身体を抱え直す。抱きかかえると言うよりは、肩に担ぎ上げたような格好になるが、今は止む無し。そのまま担いで走り出すことも、片手を自由にして警棒を引き抜くこともできるようにしておく。


 が、姿を見せたのは何度か見た鹿のような動物だった。こちらを見て驚いたのか、姿を現すなり踵を返して、元来た方向へと逃げるように走り去っていった。


「ふぅ……」


 少し拍子抜け。獣の襲撃などもちろんない方がいいのだが、咄嗟に緊張した分だけ損したような気がした。

 また先へ進もうと、肩に乗せた女性の遺体を再び両手で抱きかかえるように戻す。ディーと、こうして抱えることになる前にグレーヌとが、血や汚れを拭ったり、歪んだ表情を戻したりして、彼女の死に顔はかなり安らかなものへと変化している。その顔を見て、ふとディーは新たな疑問を口にした。


「そういや、どうしてこの人はこんな森の中にいたんだ? グレーヌみたいに武装もせずに、こんな格好のままで?」


 深い意図があっての質問ではなかったが、グレーヌは表情を今度ははっきりと苦いものに変える。


「実は、2日前の夕方、メルティーアさんの子どもが行方不明になっていたの」


 森の外へと向かう歩みを再開しながら、事情を説明し始める。


 それによると、5歳になるメルティーアの一人息子が2日前の午後、村の横にあるこの森の入り口に遊びに行ったらしい。森といっても村に近いところは整備されていて、村の若者たちもよく見回りをしている。元々危険な動物は森の深いところを縄張りにしていて、村の近くに出てくることはまずなかった。

 それで、整備された中でも村に近い辺りでは、子どもたちが木の実や小枝などを拾って遊ぶようなことも容認されていたそうだ。メルティーアの子どもも、母親が家事をしている間、暇を余してよくそこで遊んでいた。

 だが、いつもは1時間ほどでおやつに帰ってくる子どもが、その日は夕方になっても来なかった。家事を一段落させたメルティーアが、いつも息子が遊んでいる辺りを見に行っても、姿がない。

 メルティーアは慌てて村長に相談に行き、村の者たちで急ぎ森の浅い部分で捜索が行われたが、見つからないまま夜になった。

 翌日からは、グレーヌなど腕に覚えのある何人かが森の深いところまで捜索範囲を広げるも成果は上がらず、メルティーアは半狂乱になっていたらしい。村の者がそれを宥めていたが、今日になってメルティーアは彼らの隙を突いて自分で探しに森に入ってしまった。

 捜索対象がメルティーアとなり、手分けして捜していたグレーヌは、村の方から森の奥へ向かう真新しい痕跡を見つけた。痕跡を辿っていくと途中から何かに追われるように乱れていき、その果てにメルティーアの遺体と、その前にいるディーを見つけたということだったらしい。


「じゃあ、この人の子どもはまだ見つかっていないのか?」


 訊くと、グレーヌは首を横に振った。

 メルティーアが村からいなくなるのとほとんど入れ違いで、村に報告が届いたらしい。もっとも、子どもが見つかったというふうには言いがたい無惨な状況。発見されたのは血塗れの骨と、子どもが着ていた服の切れ端だったそうだ。グレーヌは現物は見ていないが、母親のことと併せて考えると、息子の方も狼に喰われてしまったのかもしれない。


「いや、森の浅いところは安全だって話じゃなかったのか? どうしてこんなことになってるんだ?」


「それが変なの。さっき森の奥には危険な動物がいるって言ったけど、それは熊とかのことで、狼はこの森では見たこともなかった。ディーがメルティーアさんは狼に襲われたって言った言葉を、最初信じられなかったのはそれもあってのことよ」


「じゃあ、どこか別の場所から狼の群れが最近やって来たってことか? あるのか? そんなこと」


「それはわたしもわからないけど、とにかく村長には報告しておかないと。

……そろそろ、森を抜けるわ」


 話しているうちに村の近くまで来ていたらしい。もう日はかなり傾き、周囲が赤く染まってきていたが、ようやく森を出られるとディーは安堵した。

 が、なぜかグレーヌが不意に足を止める。


「忘れてた。今のうちに、一応ディーにも翻訳魔法をかけておく。じゃないと、村に入って何かあっても、いちいちわたしが間に入らないと言葉が通じないし」


 こちらを振り向くと、あくまでも念のためと言いながら、ディーの胸の辺りへ手を伸ばしてくる。

 魔法か。翻訳魔法の説明はさっきから受けているが、自分にそれが施されるとなると、どうにも緊張せずにはいられない。ディーが身体を固まらせていると、


「もっとリラックスして。メルティーアさんは、一旦下に降ろしてあげて。目を閉じて、心を落ち着かせたら胸の辺りに意識を集中するように」


 グレーヌから指示が飛ぶ。そう言われて簡単に緊張や戸惑いがなくなるようなものではないが、できる限りでそれに従うと、伸ばしたグレーヌの手がディーの胸の上に置かれた。


「ヌジュシェロ ヌジュシェヴ……」


 呪文のようなものが聞こえる。特殊な単語なのか、翻訳魔法でも変換されることなく、ディーにはまるでわからない言葉が連ねられる。


「――ピューシ!」


 最後の単語が発せられると同時、ディーの身体の中に何か不思議なものが広がっていくような感覚。これが魔法というものの感覚だろうか。


「これでよし。一応、翻訳魔法かけといたわけだけど、基本的にはディーは何も言わなくていいから。あと、せめてその髑髏の兜は外しておいて。そのままの格好だと、わたしみたいに問答無用に襲いかかる村に人が出るかもしれないから」


 不思議な感覚が身体に広がった後は、特に何か変わったようには思えなかったが、翻訳魔法はこれでうまくいったらしい。さらにいくつか注意を受けると、メルティーアを抱え直して先へ進む。


 少し行くと、グレーヌが言った通りに木々は途切れ、木製の柵の向こうに小さな家が見えた。


「グレーヌ! メルティーアは見つかったか……

って、そいつは?」


 柵の辺りにいた若い男が、前を行くグレーヌに気づいて声をかけてくる。メルティーアの遺体を抱きかかえてその後ろについてきたディーに気づくと、ぎょっとして驚いていた。

 黄土色の短い髪をした、ディーと同じくらいの年代。髪と同じ色の目を険しくして、今にもメルティーアを奪い返さんばかり。グレーヌの言った通り、ヘルメットを被ったままだと本気でいきなり殴りかかられていたかもしれない。今は、ヘルメットは外側から髑髏の形がわからないよう前後を裏返して、腰のベルトの後ろで隠すように固定されていた。


「落ち着いて、ジャン。この人はディー。格好はアレだけど、悪い奴じゃないから。変な魔法のせいで、森で迷子になってたそうで、メルティーアさんが狼に襲われてたところに行き合わせたらしいの。命までは助けられなかったけど、それ以上狼に酷い目に合わされるのを防いでくれた。そこにわたしが追いついて、村まで案内する代わりにメルティーアさんを連れて来てもらったっていうわけ」


 グレーヌが経緯を話す。初めディーを疑って、剣で殴りかかってきた辺りははしょられているが、その説明の間に、何人か他の村人も集まってきた。

 青、黄、緑、紫……ディーの常識からすると、どうしてこんなと言いたくなるほど色とりどりの髪の色だが、黒い髪の者は確かに誰もいない。


「ディー、メルティーアさんを渡して」


 グレーヌの指示で、集まった村人の中の1人に、そっと彼女の遺体を受け渡した。受け取った男は、そのままどこかへと運んで消えていった。

 腕にかかる重さは消えたが、別の重圧がディーにかかる。

 ただでさえ、あまり外から人が来ることのない小さな村。そこに子どもの訃報に続いてその親の遺体が運ばれて来たことで、村人たちの動揺は大きい。

 その遺体を運んで来た、奇妙な格好をした見知らぬ男。タイミングといい、その状況といい、かなり悪い。ディーに対する視線は、当然ながらほとんど全て厳しかった。


 これでは、ディーを1人置いて村長のところへ報告に行くことができない。

 グレーヌはディーの手を引いて村人たちの間から抜け出すと、村の入り口近くにある小さな赤い屋根の家に向かう。そこは、グレーヌ自身の住む家だ。

 玄関の鍵を開けてディーを中へ押し込み、村人の目からその姿を隠す。続いて自宅に入ったグレーヌは、後ろ手に扉を閉めて口を開いた。


「とりあえず、わたしは村長に報告しに行ってくるから、ディーはしばらくここで休んで待っていて」


「ああ、わかった。じゃ、あそこの椅子にでも座って、適当にしてたらいいか?」


 小さなテーブルを囲むように3脚の椅子が置かれた室内をディーが指差すと、グレーヌは頷きを返す。


「構わないわ。ただし、変なところに入ったり物を漁ったりしないように。もしわたしが戻った時にそんなことしてたら、約束は反故にして追い出すから、そのつもりで」


 最後に、余計なことをしないようディーに警告を残すと、グレーヌは再び玄関の鍵を掛けて外に戻った。


   ◇


 しばらく待っていろ、と言われたディーは、30分かそこらのことだろうと思っていた。だが、体感ではとっくに1時間が過ぎているが、まだグレーヌは戻って来ない。


 最初のうちは、椅子に座って適当に家の様子を見回していた。

 家具は、今座っている椅子やテーブルを含めてほとんどが木製。玄関を入ったこの場所はどうやらリビングダイニングのような場所らしい。奥にはあと2つの部屋があるのが見え、別の方角には小さな台所。そのさらに向こうにあるのはトイレだろうか。風呂もあるのかも知れないが、少なくともここからは見えない。

 奥の部屋についても、戸が閉まっているため中まではわからない。そこから家族の者が出てくることも考えられたため、もし鉢合わせたら何と言うべきかと少し悩んだのだが、どうやら他に人の気配はないこともわかってきた。

 その頃には多少手持ち無沙汰な感じで、その辺の物や戸の向こうの部屋の様子などに興味がまるでないということはなかったが、こっそり覗いたりしたら翻訳魔法の副作用によって後でばれるだろうと予想できたために、自粛する。

 それよりも、こうして森を出て村に来ることができたわけだが、その先まではまだ考えが及んでいない。せっかく時間があるわけだから、これからのことを考えるべきだった。


 そう思い至ったディーが今後のことをあれこれ考え始めてさらに30分、ようやくグレーヌが戻ってきた。


「ゴメン、思ったより遅くなった……って、暗ッ!」


その頃にはもうすっかり日は落ちていて、ディーは暗い部屋の中で思考に埋没していた。


「変な物を漁るなとは言ったけど、灯りくらい点けてもよかったのに」


 家の中はかなり暗くなっていたが、自分の家ということもあって、グレーヌには物の場所くらいはわかる。ぶつぶつ言いながら近づいてテーブルの上のランプに火を点すと、部屋の中は明るさを取り戻した。

 明るくなった部屋で、グレーヌはディーの顔を見て口を開く。


「とりあえず、今日はもう遅くなったんで明日の朝に、村長がディーに会いたいって。メルティーアさんを連れて来てくれたことに、感謝を述べたいんだとか」


 村長への報告の結果、ディーも一度村長と顔を合わせることに決まったらしい。待っている間に考えていたこともあって、ディーに異存はなかった。

 ディーの了解を得たグレーヌは、台所の方へ移動し、別のランプに火を点す。


「じゃあ、明日になったら村長の家に連れて行くから。今日のところは、さっさと夕食を済ませて休みましょうか」


 それから10分もしないうちに、昨日の残り物を温め直したというシチューとパンが2人分、テーブルの上に並ぶ。これもメルティーアを運んだ報酬のうちと言われて、ディーはありがたくそれをいただいた。

 食事が終わると、食器はさっさと片付けられて、代わりに1枚の毛布がディーに手渡される。最初の約束通り、ディーの寝場所は部屋の隅の、玄関に近いところだ。グレーヌは夕飯の後始末を全て終えると、部屋に入らぬよう再度ディーに念を押した上で、奥の部屋の1つに消える。内鍵も付いているらしく、戸に鍵が掛かる小さな音も聞こえた。


 再び暗くなった部屋で1人になったディーには、まだまだ今後のことで考えなければならないことがいくらでもある。

 寝ている暇もないくらいのつもりだったが、森をさまよい、熊や狼と戦うことでやはり疲れていたのだろう。ほとんど間をおくこともなく、毛布にくるまったディーは眠りへと落ちていった。

やっと舞台が移動。

これからしばらくはこの村が物語の舞台の中心になる予定。

その割に、まだ名前もない村ですが。

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