01神様の贈り物 ストラスブールの少し南、ライン川右岸の子爵令嬢に転生です。
十五歳の女の子が、誕生日を迎える。
それだけなら、どこにでもあるお話です。
けれど、この女の子には、少しばかり変わった事情がありました。
彼女の名は、Dorothée。家族や使用人たちは、親しみを込めて、どろちゃんと呼んでいます。
川沿いの丘陵が続く子爵領。町を見下ろす草原の高台に、どろちゃんの家はありました。
遠くには森と畑が広がり、丘の下には町があり、その向こうを大きな川が流れています。どこかストラスブールの郊外を思わせる、静かで美しい土地でした。
もっとも、どろちゃんがこの景色を見たのは、つい一週間前のことです。
それまで彼女は、インフルエンザで高い熱を出し、眠り続けていました。医師も家族も、もう助からないかもしれないと思っていたのです。
ところが、ある朝、どろちゃんは目を開けました。
それから少しずつ食事を取り、身体を起こし、窓辺まで歩けるようになりました。そして一週間後には、すっかり元気になっていたのです。
子爵夫妻は、娘が戻ってきたことを心から喜びました。
ただし、戻ってきたどろちゃんには、家族の知らない記憶がありました。
以前の彼女は、ロシアに住む十五歳の少女でした。
名前は、Доротея。
(ドロテーヤ。)
やはり、どろちゃんと呼ばれていました。
日本の小説やアニメが大好きで、女の子たちが力を合わせて活躍する物語をよく見ていました。
そして、飛行機も大好きでした。
ある日、どろちゃんは、ターボプロップ化された An-2 に乗り、バイカル湖の島にある実家へ帰ろうとしていました。
ところが、たいへん運の悪いことに、緊急着陸してきた An-22 にひかれてしまったのです。
世の中には、運が悪いにもほどがあります。
そのころ、別の世界では、同じ十五歳で、ほとんど同じ名前を持つ少女が命を終えようとしていました。
そこでロシアのどろちゃんは、ナーロッパのどろちゃんの中へ、するりと入り込みました。
よくある転生です。
ただし、どろちゃんの中へ入ってきたのは、少女一人分の記憶だけではありませんでした。
アントノフの設計者。構造技師。空力技師。エンジン技師。試験飛行に関わった人々。
たいへん大勢の技師たちの知識と記憶が、どろちゃんに一緒に取りついていたのです。
さて、その日は、ナーロッパのどろちゃんの十五歳の誕生日でした。
朝、目を覚ますと、枕元に大きな箱が置かれていました。
大人が二人で抱えても苦労しそうな箱です。
昨夜まではありませんでした。寝室の扉より、箱の方が大きく見えます。どこから入ったのかは、誰にも分かりません。
箱の側面には、見慣れない文字が書かれていました。
使用人たちには、逆向きの数字や曲がった枝を並べたようにしか見えません。
けれど、どろちゃんには読めました。
Доротее. С днём рождения.
(ドロテーエ。ズ・ドニョーム・ラジュヂェーニヤ。)
ドロテーヤへ。お誕生日おめでとう。
その下には、もう一行ありました。
Головастик. Основные узлы.
(ガラヴァースチク。アスノーヴヌィエ・ウズルィ。)
タドポール。主要構成部品。
「タドポール君……」
どろちゃんは、自然にその名を口にしました。
箱を開けると、長い木製の骨組み、精密に加工された金属部品、滑車、操縦桿、ペダル、車輪、風防の枠、それに小さなジェットエンジンが入っていました。
箱の底には、分厚いロシア語の説明書があります。
さらに、厳重に密閉された金属容器も入っていました。
Реактивное топливо
(リアクチーヴナエ・トープリヴァ。)
ジェット燃料
家族には、箱の中身が何なのか分かりませんでした。
荷車にしては形がおかしく、舟にしては底がなく、風車にしては羽根が足りません。
けれど、どろちゃんだけは知っていました。
これは、空へ行くための贈り物です。
子爵夫妻は、失いかけた娘が元気に誕生日を迎えられたことを、神様からの贈り物だと思いました。
ところが、ひとつだけ、まだ知らなかったことがあります。
「神様の贈り物」という名を持つ娘の枕元へ、神様はもう一つ、とても大きな贈り物を届けていたのでした。
◇ ◇ ◇
第一章の小さな説明
Dorothea、Доротея、Dorothée は、いずれもギリシャ語系の「神の贈り物」に由来する名前です。
どろちゃん自身が、娘を失いかけた子爵夫妻への贈り物。そしてタドポール君は、どろちゃんへの誕生日の贈り物です。
An-22 はたいへん大きな輸送機です。詳しく事故を描写すると明るい物語では済まなくなるため、どろちゃんは一行でナーロッパへ移っていただきました。




