最終話 悪役救済BADEND(2)
燃え盛る王都を背に、カイン様は満足げに私を抱きしめ続けていた。
しかし、その腕の温もりが、私には氷のように冷たかった。今のカイン様はかつてのアイスドールへと戻ってしまったのだ。
「……あはは、傑作だ。これこそが僕の見たかった、究極の『愛の形』だよ。」
崩れた玉座の間。影の中から、拍手をしながらヴィンセントが現れた。
彼の背後には、何か巨大な魔力が渦巻く大きな門がある。
「ヴィンセント……貴様、まだ消えていなかったのか」
カイン様が私を片腕で庇いながら、ヴィンセントに冷たい視線を向けた。
「消える? まさか。……カイン君、君は最高だよ。君が愛のために世界を壊したことで、この世界の『因果の壁』がボロボロに砕けた。……。おかげで、私はこの偽りの世界を脱ぎ捨て、真理の深淵へと至ることができる。君たちの愛は、私を神にするための最高の燃料だったのさ!」
「貴様の目的など……どうでもいい」
「そんな事は言わないでくれたまえ。この世界における最後の存在証明者に知っていて欲しかったんだ。君の魂と紐付けた異界の門を通じ、私が新たなる世界へと降り立つことを」
ヴィンセントの目的。それはカイン様の私への愛を利用し、世界の理を破壊して、自分自身が上位存在へと昇華すること。
カイン様が「守った」と思っていたこの地獄すらも、ヴィンセントの手のひらの上だった。
(……ああ、そう。そうだったのね)
カイン様の腕の中で、私はゆっくりと目を見開いた。理が壊れた事で皮肉な事に先程まであったはずの私を襲う世界からの排斥力という物も無くなっている。
けれどその結果を得るには、あまりにも大きな犠牲だった。
彼を死なせたくない。その一心で歩んできた道が、彼を怪物に変え、ヴィンセントに力を与えてしまった。
ならば。この物語の責任を取れるのは、私しかいない。
「……カイン様。私を愛していると言ってくださいましたね」
私は震える手で、カイン様の頬に触れた。
「ああ、愛しているよ、セシリア。君のためなら、何だってする」
「……なら、私と一緒に、終わってくださいますか?」
「……え?」
カイン様が目を見開いた瞬間。
私は、 私と一緒になることで完全となった力に触れた。彼女程残酷になることは出来ないと使いきれなかった力。
どんなものでも焼き貫く事ができる『熱線』を私は使った。
「――セシリア、君……っ!」
カイン様の胸を、熱線が貫いた。
悪役令嬢としての高い魔力をその一撃に込め、彼の心臓を。
カイン様は私を突き放すこともできず、ただ驚いたように、そしてどこか悲しげに私を見つめた。
「……ごめんなさい、カイン様。貴方を人ではない何かにしてまで、私は生きたくありませんわ。貴方の魂を、ヴィンセントなんかの道具にさせない」
「……あ……はは……。そうか……。君が選ぶなら……それも……いい……」
カイン様の瞳から濁った光が消え、いつもの、私を優しく見つめていたあの頃の青年に戻っていく。
彼は血を吐きながらも、私の手を握り、幸せそうに微笑みを向けてくれる。
「……愛して……いるよ……セシリア……。僕を……救ってくれて……ありがとう……僕の……」
カイン様の体が、黒い塵となって崩れていく。
同時に、彼の命を核にしていたヴィンセントの異界の門が、激しい不協和音を立てて崩壊を始めていた。
「なっ、馬鹿な! カイン君という核を失えば……ぐあああああッ!!」
ヴィンセントは叫び声を上げながら、崩落する空間の駆け込もうとして歪みに飲み込まれるように消えていきました。
因果の鎖が解け、燃え盛る王都に、奇跡のような冷たい雪が降り始めた。
私は一人、崩れ落ちた玉座の間に立ち尽くした。
もう、カイン様はいない。殿下も、ルミナさんも。
ヴィンセントの野望は挫かれましたが、私が守りたかったものは何一つ残らなかった。
(ねえ、神様。これで満足?)
私は、自分の胸にその刃を向ける。
転生者としてこの世界に来て、必死に運命に抗った。
けれど、結局のところ、私は「悪役」として舞台を去るのが一番相応しかったのかもしれません。
「……待っていてください、カイン様。……地獄だろうと、どこだろうと……今度は私から、貴方を迎えに行きますわ」
熱線が私の胸を貫き、視界が急速に白く染まっていく。
雪の降る王城で、二つの命が消えていく。
そしてこの世界は2つの悪役の魂が救済されただけのBADENDを辿った。
【悪役救済BADEND】




