第12話 田村大地のイタイ反抗。
田村大地を引き受けてから3ヶ月が過ぎた。
まあ散々だったが、雨空晴の忍耐力を犠牲にして今日も何とかなっていた。
冬原の寿退社までに基本ルールを叩き込む。
勘違いしがちだが、操作なんてものはやる気があればすぐに覚える。
それで極めた気になる輩が出てくる。
重要なのは感覚。
だがその部分を田村大地には殊更後回しにして、基本操作と基本ルールを覚えさせた。
これまでに「コイツならやるな」と思ったミスはひと通りやらかした。
田村大地も未だに雨空晴が居るから、気が抜けない部分があって煩わしい。
それでも雨空晴は田村大地の教育を投げ出さなかった。
この日も田村大地は「終わりました。帰ります」と挨拶にくる。
「午前中に言われていた野田さんのダブルチェックは?」
「やりました」
けんか腰スレスレの感じで会話が進み、見ている周りは一触即発に思えてしまう。
「間違い見つけたか?」
「ありませんでしたよ」
「馬鹿野郎。ちゃんと見てないな?ウンチクンのダブルチェックは速すぎるって話になったからわざとミスして貰ったんだよ。手抜きすんな。見てこい」
「え!?なんて事をしたんだ!」
田村大地は苛立ち紛れに座席に戻ると確認をして、「ミスはなかったですよ?」と言いにくる。
雨空晴は「だろうな。だが時間を見てみろ。真剣にダブルチェックしたらこれだけかかる。なのにアンタは半分の時間でいつも終わらせてる。それって手抜きだろ?だから注意したんだ。終わったら帰れ」と言って田村大地を追い返す。
雨空晴は仕事が残っていないのに田村大地が終わるまで待っていて、終わってから帰るようにしている事を、部長から「すまんな」と謝られると、「給与に反映してください」と返して帰って行った。
・・・
やはり日々気をつけても田村大地はミスをする。
それはあの蘊蓄まみれの性格からしたらわかりやすい。
名刺の仕事をメインでやらせているが、極力原稿は入ってくるので、名前をコピーして貼り付ける作業になるが、初心者が陥りがちなのが、手入力のほうが速く思えてしまう事。
だが実は危険性も孕んでいる。人名こそ間違えるとクレームに発展する。
今回来た名刺は「北太朗」さんで、案の定田村大地は自分で入力した方が速いという思い込みから、コピー&ペーストではなく手入力を行い、「北太郎」で用意をしてしまう。
そのままセルフチェックも「間違っていない」という思い込みが悪さをしていて、ミスなしとして校正の秋田に提出をした。
直後に秋田から注意を受けたが、田村大地は誤魔化すような、これ以上傷口が広がらない事が目的の、定型文のような謝罪で秋田を苛立たせていた。
最終的に教育係として呼ばれてしまう雨空晴は、秋田の「あのね?僕が校正するからって、君のミスの責任と確認の手間を僕に押し付けていいわけではないんだよ?僕も完璧ではない。だからこそ、ミスを減らす動きを全員ですべきなんだ」と言う説明にも、納得せずに不服そうな顔をしている田村大地を見てから話に参加をする。
田村大地は更に嫌そうな顔で雨空晴を見た所で、雨空晴は「自分の入力が速いとかコピペと変わらないとか傲りは捨てろ。大事な事は納期に間に合わせて間違えない事だ」と心構えを教えた。
雨空晴の言葉に、田村大地は更に不貞腐れたような顔をする。
毎日毎日、本当に細かい注意をコレでもかとされる。
気が抜けない日々。
経理の事にまで口を出す雨空晴。
経理の野田から注意を受けていてもやってきて、アレコレ言って行く。
先輩後輩だが同い年。
男尊女卑をいう気もないが、女尊男卑も受け入れる気はない。
だからこそ雨空晴の厳しい言い方は失礼だと思ったし、何処かで言い返してやりたいと田村大地は常々思っていた。
給与も下がった。
それなのに仕事量も増えた。
拘束時間も増えた。
怒られる回数も段違いに増えた。
下がる前の給与なら雨空晴より貰っていた。
しかも3ヶ月で社外トラブルは何一つ起こしていない。
その無駄で愚かな自負が田村大地の目と心を普段以上に曇らせていた。
3ヶ月。
ここまでやってこれたのは田村大地の努力だけではない。
周りの、特に雨空晴の努力の賜物だが、それは田村大地にはわからない。
全て自分のもたらした結果くらいにしか思っていなかった。
その勘違いが最悪の発言をしてしまう。
「私は、速く終わらせる為にやったんです。あなたみたいに残業続きではありません。納期に間に合わせるって、その為に毎日残業ばかりして人件費を圧迫してるじゃないですか?先月の残業時間はあなたがダントツですよ?」
この発言をした瞬間、フロア全体が凍りついた。
だが田村大地はそんな事にも気づかずに、言い返さない雨空晴に勝ったつもりになって、ウンチクンの本領発揮と言わん勢いで蘊蓄の披露まで始めてしまう。
もう見ていられない空気だが、雨空晴は怒鳴るでも殴るでもなく、「ならこれからは1人でやってみろ」と言うと、校正の秋田に「秋田さん、悪い。後お任せします」と言って仕事に戻り、定時で帰って行ってしまう。
帰っていく雨空晴を見ながら「帰れたのに残業してたなんて不届な人だ」と呟く田村大地に、デザインの部長と経理の野田が「冬原の寿退社以来、ずっとお前が帰ってからミスしてないかを確認してたんだ。だから残業時間が多いいんだよ」、「あれは言い過ぎです。謝ってください」と言いにきた。
田村大地は「全員でハメようとして」と言いたかったが、それすら許さない空気感に、会釈のみで帰ることしか出来ずにいた。




