彼を認めない理由 ロビン視点
グレースの弟、ロビン視点のお話です。
楽しんで頂ければ幸いです♪
「もっと相手をよく見ろ! 動作に惑わされるな!」
「はいっ!」
「足の運びに気をつけろ! 脇が空きすぎだ!」
「はいっ!」
ガキンガキン、と剣と剣のぶつかり合う音に負けないくらい、怒声のような叱責が飛び、はきはきとした声がそれに返事をする。
ここは騎士団の鍛錬場で、師団長であるジルベールが部下たちに稽古をつけている真っ最中だった。
ロビンは、それをジルベールの補佐官であるノエルと姉のグレースとともに鍛錬場の片隅にある木の下で見学していた。
姉のグレースは、ジルベールに「冷えたらいけない」と肩にかけられた彼の上着にすっぽり包まれ、タオルをぎゅっと握りしめ、ハラハラしながらも真剣に鍛錬をする騎士を――ではなく、彼らを指導するジルベールを見つめている。
過労と栄養失調でベッドの住人だったグレースがようやく少しなら外に出てもいいと許可が出たので、こうして見学にやって来たのだ。
姉がジルベールに惚れていることなど、十歳児のロビンにだって分かることだ。いつもジルベールを見つめていて、ジルベールの話ばかりで、その話も声がかっこいいだことの、仕草が素敵だことの、よくそんなにも誉め言葉が出て来るほどだといっそ感心してしまうほどだ。
「そこまで!」
「「ありがとうございましたぁっ!」
審判の騎士の一声に二人が剣を下ろし、頭を下げる。
「では次はいつもの稽古だ! 一本とれたやつは、昼飯をおごってやる!」
「「「うっす!」」」
ジルベールの言葉に剣を木剣に持ち替えた騎士たちがぞろぞろと列をなす。
「何をするのかしら……」
グレースが心配そうに言った。
姉は今回、鍛錬を初めて見学するので、何をするか知らないのだ。
「あのね、二人ずつ師団長様に切りかかって、一本取れたら昼ご飯をおごってもらえるんだって」
「ええ? そ、そんなの大丈夫なのかしら……?」
心配性の姉がおろおろしだす。
「ジルベールは、ああ見えてとても強いんですよ」
ノエルがここぞとばかりに口を開く。
「これまでこの鍛錬で一本とれたものはいないんですから」
「そうなのですか? さすが、師団長様です!」
姉がぱぁっと顔を輝かせる。
これまでロビンは何度か鍛錬を見学しているが、確かにノエルの言う通り、ジルベールが一本取られたことは一度もない。
それに今回は姉がいるからかジルベールはとても張り切っているのが分かる。
姉も非常に分かりやすいが、ジルベールもまた非常に分かりやすい。
きっとまだ五歳の妹のミシェルだって気づいているはずだ。
ジルベールもまたグレースに惚れているんだということに。
「では、はじめ!」
「でぇりゃぁぁ!」
「ふんっ!」
騎士が斬りかかるが、ジルベールは素早い身のこなしと力強い剣さばきでそれらを受けとめ、隙を逃さず打ち返し、次々に一本取っていく。
敗れた騎士たちは素早く次の者に場所を譲り、真剣な目でジルベールを観察し、なんとか自分の中にその剣技や身のこなしを落としこもうとしている。
列を成す騎士がどんどん減っていき、そして最後の一人も敗れた。
「そこまで! 十分休憩!」
「「「はいっ! ありがとうございましたぁ!」」」
野太い声がお礼を告げ、騎士たちが休憩に入る。
「グレースさん、すみませんがそのタオルとこの水筒、ジルベールに届けてくれますか?」
「はい。分かりました!」
ノエルのお願いにグレースは素直に頷き、彼から水筒を受け取るとタオルを手に、上着を片手で押さえながらジルベールの下へ行く。
ジルベールはグレースに気づいて振り返ると、それまでの師団長らしい厳しい顔を一気に柔らかく崩し、姉を迎える。
ロビンは聴覚に優れた猫獣人だ。少し耳をそばだてれば、二人の会話は丸聞こえだ。
「師団長様、水筒をどうぞ」
「ありがとう、喉が渇いていたんだ」
ジルベールが水筒を受け取り、ごくごくと喉を鳴らす。飲み終わると姉がタオルを手に背伸びをする。
「師団長様、汗が……」
「すまない、ありがとう」
ジルベールが身をかがめれば、グレースが嬉しそうに彼の汗をぬぐい、甲斐甲斐しく世話を焼く。周りの騎士たちが妬ましそうにそれを見つめ、ジルベールはドヤ顔をしている。
「おとなげない……」
「男ってのはいつまで経っても子どもなんですよ」
ノエルがうんうんと頷きながら言った。
「オレは、まだ認めてないけどね」
「まあまあ、ロビンくん。そう言わず。ジルベールは良い男ですよ?」
ジルベールとは師団長とその補佐官というだけでなく、幼馴染だというノエルは全面的にジルベールの味方だ。それに誰が見ても分かりやすいグレースの想いも知っているからか、ことあるごとに二人をくっつけようと頑張っている。
「真面目で誠実、すこし頑固なところもありますが、ああして部下に慕われる人格者ですし、師団長という肩書きですから、甲斐性だってばっちりです」
「補佐官様、オレね、お父さんのこと、少しだけど覚えてるんだよ」
思わぬ話題転換に熱心にジルベールを売り込んでいたノエルが口を閉じた。
「黒猫獣人で、背が高くて、補佐官様や師団長様ほどじゃないけど、わりとがっしりしてた。手が大きくて、オレの頭を撫でてくれるんだ。顔とか声はもう、あんまり覚えてないんだけど、大きな手の感触は覚えてる。……師団長様の手に少し似てるんだ。それで、お父さんはね、出かける時は必ずオレにこう言ってたんだ。『ロビン、お母さまとお姉さまを頼むぞ』って。ミシェルが生まれてからは、ミシェルも加わったよ」
ノエルは何も言わなかった。言えなかったのか、ただ黙って耳を傾けているのかは、姉を見つめるロビンには分からないし、分からなくてもいい。
「お父さんが死んだとき、オレ、五歳だった。今のミシェルと同じ。無力な子どもで、なにも出来なかった。お父さんに、お母さまとお姉さまを頼むっていつも言われてたのに、オレ、何もできなかった」
それがとても悔しくて、悲しかった。何もわからない子どものふりをして、せめて赤ん坊だったミシェルの面倒を見て、ただただ聞き分けのいい良い子でいることしかできなかった。
ロビンは将来、弁護士になりたい。それは母や姉にも言っているけれど、弁護士になっていつか必ず、お父さんの貿易商を取り戻すのだと決めていることは内緒だ。
「オレ、師団長様にはすごく感謝してるし、尊敬もしてる。だって師団長様のおかげでお姉ちゃんもお母さんもミシェルも、オレも安心して暮らせてる。でも、オレ……悔しいんだ。オレがお姉ちゃんを守ってあげたかった」
いつも笑顔で家族を守り、養うために働いていたグレース。ロビンはお金を稼ぐことはまだできなくて、ミシェルの面倒を見て、勉強を頑張って、家事を手伝うことしかできない。
視線を落とした先にあるのは、小さな手だ。ジルベールが片手で軽々と振り回す鋼の剣を両手でだって持ち上げられない、小さく非力な手だ。
「……子どものオレができるわけがなかったのにね」
グレースは母にはすべてではないが相談はしていたようだが、ロビンには何も言ってくれなかった。食堂をクビになったことも、借金のことも、あの気持ち悪い魔術師に売られそうだったことも。
何一つ言ってくれず、ただ笑顔でロビンとミシェルを慈しんでくれていた。
「でも、だから、お父さんがいないから、お父さんの代わりに、オレはちゃんと見極めなきゃいけないんだ」
ロビンは、ぐっと拳を握りしめて顔を上げる。
「ジルベールという人が、オレの世界一大切なお姉ちゃんを、一生幸せにできるかどうかっていう大事なことを、オレは見極めなきゃいけないんだ」
「……ジルベールはお眼鏡にかなわないでしょうか?」
沈黙を貫いていたノエルがおずおずと問いかけて来る。
「師団長様は、今のところ八割合格だよ。補佐官様が言った通り、優しくて真面目で、騎士として強くて格好いいし、頼りになるもん。お姉ちゃんのことだけじゃなくて、オレのこともミシェルやお母さんも大事にしてくれてるし」
「の、残りの二割は?」
ノエルがすかさず尋ねて来る。
「お姉ちゃんにちゃんと告白できてないのに彼氏面してるとこ」
ロビンはグレースとイチャイチャしながら、歯噛みする部下たちにドヤ顔をしているジルベールを指さした。
そう、告白だって土壇場で間違えたのか、怖気づいたのかできなかった男は、だのに堂々と彼氏面をしているのである。
ノエルの頬が引きつる。
「お父さんが言ってたんだ。『男は見栄と意地で生きている生き物だけど、最愛の人に対してはいつも真摯に向き合って、誠実でいなければいけない』って」
「そ、それは、本当に、その通りで……」
「オレもね、お姉ちゃん、すごくモテるのに何にも気づいていないから、師団長様がああして牽制してくれるのは正直助かってる。でもちゃんと告白して、恋人ないし、婚約者になってからにしてほしい。だってこのままじゃお姉ちゃんの気持ちは宙ぶらりんで、お姉ちゃんの心に対して、師団長様はちっとも誠実じゃないもん」
「おっしゃる通りで……はい、本当に」
ノエルが神妙な顔で頷いた。
「それに恋人でも婚約者でもないくせに、ああやって隙あらば触ろうとする」
ジルベールの不埒な手がグレースの腰を抱こうとしている。
「あの、今後はよく言って聞かせますので……!」
「昨日なんて、お姉ちゃんに膝枕させてた!」
「うちのが本当にすみません……!」
ノエルが平謝りする。ロビンに向けられた彼のつむじを見ながらロビンは唇を尖らせる。
グレースが嫌がっていなかったから、愛おしそうに膝で眠るジルベールの頭を撫でていたから、ロビンは引いてあげたけれど、でも、いつも許してあげるとは思わないでほしい。
「……それに、今のところ、お姉ちゃんの一番は師団長様じゃないもん」
ロビンは手元に落ちていたそれを握りしめてズボンの後ろに刺して立ち上がり、木の下から駆けだす。
「お姉ちゃーん」
ジルベールの不埒な手が慌てて離れ、グレースが振り返る。
紫色の瞳が優しく細められて、細い腕が当たり前のように広げられる。ロビンは無邪気にその腕に中に飛び込むように見せかけて、彼らのすぐ手前で転ぶふりをする。
「わっ!」
「ロビン!」
「危ない!」
咄嗟にこちらに手を伸ばした姉、その隣で騎士だからこそより早く反応したジルベール。
ロビンはバランスを崩したふりをして、二人の手をよけ、ぐるんと前転をしてジルベールの股を抜け、すぐさま体勢を立て直して上に飛び上がり、ジルベールの肩の上に着地する。そして、ズボンの後ろに刺していた小枝を抜き取り、ジルベールのこめかみに突きつけた。
「はい、一本!」
「まあ、ロビン!」
グレースが目を丸くする。
「ね、これ、一本だよね?」
ロビンは騎士たちに問いかければ審判役の騎士が「一本!」と叫んだ。
「お姉ちゃん、師団長様にお昼ごはん、奢ってもらお」
ジルベールの肩からぴょんと飛び降りて、枝を放り投げ、グレースに抱き着く。
「ロビン、そんないけないわ」
「だって師団長様が言ったんだよ? 一本取ったらお昼を奢るって。それに師団長様はいつも騎士たるもの常々構えてなければいけないって言ってたもん。ね、師団著様」
「そ、その通りだ……っ!」
ジルベールが悔しそうに告げた。
「でも……」
「いいんだ、グレース。間違いなく、今のは俺の負けだ……!」
「ほらね!」
悔しそうなジルベールにロビンはにっこり笑った。
「うぉぉぉお!」
「すごいぞ、ロビン!」
「さすがよ!!」
騎士たちから上がった歓声にロビンは手を振り返して答えた。
「だけど、ロビン。あなたこんなふいうちみたいな真似はいけないわ」
「でも、お姉ちゃん。師団長様は偉い人で、騎士は恨みを買うお仕事でもあるでしょ? 獣人族は大人になっても、特異成長しなきゃ子どものままだし、僕みたいな見た目を利用して師団長様を襲う人だっているかもしれない」
ロビンはこれでもかと耳と尻尾をしょんとさせて上目遣いに姉を見上げる。
「僕、大好きな師団長様には長生きしてほしいから、いつだって対処できるようにしてほしいんだもん」
「まあ、ロビン……!」
とどめに目をうるうるさせれば、グレースは「なんて良い子かしら」と感動しながら、ロビンを抱きしめてくれる。
ジルベールが「ロビン、そこまで俺のことを」と目頭を押さえて空を仰いでいる。
ちょろいな、とロビンは姉の腕の中でほくそえむのだった。
「ロビンくん、侮れない子ですね……っ」
ノエルは全ての策略に気づき、頬を引きつらせる。
十歳児の手のひらの上でころころ転がされていることに全く気付きもせず「長生きするからな!」と決意を新たにしている幼馴染に、はぁぁぁあ、と溜息を吐く。
「幼馴染として、補佐官として、ジルベールがロビンくんに認めてもらえるように僕も頑張らねば……っ!」
ノエルもまた拳を握りしめ、決意を新たにするのだった。
おしまい




