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白猫は不器用騎士様に恋をする 第一部完結!  作者: 春志乃
第6話 夜闇を駆け抜ける
27/29

6-4


「お姉ちゃん、これ、食べていい?」


「ごはん前だから、一個だけよ?」


「うん! ミシェルと半分こするよ!」


 ロビンが嬉しそうに部屋の壁際に置かれたソファに戻り、手に持っていたマドレーヌをそこで待っていたミシェルと半分こにして食べ始める。

 弟たちが食べているのは、騎士たちからのお見舞いの品だ。

 グレースがここへ運ばれてから五日目の昼だ。おとといの夜中に目覚めたグレースは、ジルベールの腕の中で泣き疲れて眠るという失態を犯してしまったが、翌朝、見舞に来てくれたジルベールは笑って許してくれた。

 無理をし過ぎていたため、思っていたより過労と栄養失調がひどく、グレースはベッドからトイレとシャワー以外で降りる許可が出ていない。

 溜めた栄養すべてを遣う特異成長後に無理をし過ぎたのも原因だとジャンに叱られてしまったし、セリーヌには何度も謝られて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ただいま、お昼ご飯よ~」


 カートを押しながらセリーヌが帰って来る。

 魔術師が関わっている誘拐事件と言うことで、グレースだけではなく、家族全員が保護対象となり、グレースが目覚めた後もセリーヌたちも騎士団にとどまっていた。

 ジルベールは、一日に何度も様子を見に来てくれ、ノエルも一緒に来ることもある。母と弟妹も気にかけてくれて、本当に彼には頭が上がらない。


「今日のお昼は、クリームシチューだそうよ。グレースは、お母さん特性のパン粥よ」


 体がかなり弱っているとのことで、昨日は目覚めた直後は白湯、昼は薄味のスープ、夜は少し味が濃くなったスープだった。朝はそれに柔らかく煮た具が少し入っていたが、ジャンが許可を出してくれたのだろう。母特性のパン粥は、美味しそうな甘いミルクのにおいがする。

 母は第二塔の給湯室でグレースのための食事を作ってくれている。そればかりか今日から午前中だけ雑用係として、応接間とエントランスの掃除を引き受けてくれている。それ以外は騎士のひとたちが分担して行うらしい。


「ふふっ、朝から五回もグレースと間違えられちゃったわ」


 グレースとセリーヌは服のサイズが同じなので、セリーヌはグレースの制服を着ている。


「だって、お母さんとお姉ちゃん、後ろから見るとほとんど同じだもん」


 ソファの前に折り畳み式のテーブルを出しながらロビンが言った。


「そうかしら? 自分じゃ分からないけど、お母さんに似ているのは嬉しいわ」


 グレースがそう答えるとセリーヌが機嫌よくグレースの頭を撫でてくれた。

 親子四人の昼食はのんびりと過ぎていく。ロビンもミシェルも美味しそうにシチューを頬張っていて、柔らかなパンをもぐもぐと美味しそうに食べている。

 食べている姿も可愛いなんて、グレースの弟妹は天使の生まれ変わりかもしれない、と少々姉馬鹿なことを考えながら、グレースも母特製のパン粥をゆっくりと口に運ぶ。

 いつもならぺろりと食べられる量なのに、半分くらいでお腹いっぱいになってしまった。


「ゆっくりでいいのよ。倒れたばかりだもの」


 そう言ってセリーヌが残りとロビンに渡すと、育ち盛りのロビンが綺麗に食べてしまった。

 母が食後の紅茶を淹れてくれ、ゆったりと過ごしていると、お腹がいっぱいになった弟妹はそのままソファでくっついたまま眠ってしまった。


「子猫みたい」


 セリーヌがくすくすと笑いながら二人に背もたれにかけてあったひざ掛けをかけた。

不意にドアがノックされ、母が応える。

 入って来たのは、ジルベールだった。だが、一人ではなく彼の後ろには女性がいて、その姿にセリーヌが慌ててグレースのそばに駆け寄ってきた。グレースも咄嗟に母の腕を掴んだが、すぐに違和感に気が付いた。


「リゼル、では、ないですね」


 セリーヌが驚いたようにつぶやいた。

 ジルベールとともにやって来たのは、リゼルに瓜二つだが、彼女とは違い自分たちと同じ猫獣人の女性だった。


「紹介しよう。彼女が本物のリゼルさんだ」


「「本物のリゼル?」」


 母娘の揃った声にジルベールが苦笑しながら中に入って来て、女性も隣に並んだ。

 見れば見るほどそっくりだが、女将のリゼルとは匂いが違う。これは獣人族にしか分からない違いなのだが、逆に言えば獣人族にとっては非常に重要な情報なのだ。


「初めまして、アンバー税理士事務所で税理士をしているリゼルと申します。この度は私の双子の妹のジゼルが、皆様にとんでもないご迷惑をおかけして、本当になんとお詫び申し上げればよいか」


 リゼルは深々と頭を下げた。

 グレースとセリーヌがおろおろしていると、ジルベールが「とりあえず顔を上げて」とリゼルに促してくれた。


「事件について、君の体調が少し落ち着いたら話そうと思っていたんだ。やはり先に知っておきたいだろう? もし具合が悪いようであればまた後日にするが」


「いえ、大丈夫です」


 グレースは慌ててぶんぶんと首を縦に振った。


「では、少しだけ時間をくれ」


 ソファは弟妹が使っているので、付き添い用の椅子にリゼルが腰かけ、セリーヌはグレースのベッドに、ジルベールは一人掛けのソファを持って来て腰かけた。


「先ほども言った通り、彼女が本物のリゼルで、君たちがリゼルだと思い込んでいたのは、彼女の双子の妹で本当の名をジゼルという別人だ」


「別人……? でも、あの人はリゼルさんとして商業ギルドで認証されていたはずです」


 グレースの言葉にジルベールが難しい顔で頷いた。


「魔力検査において、何らかの不正があったとみられているんだ。それ以外は、二人が見てわかる通り、そっくりだったので偽の耳などでごまかしていたようだ」


 なるほど、とグレースとセリーナは頷く。

 獣人族は匂いで相手を嗅ぎ分けることができるが、それは相手を知っていることが前提だ。グレースのほかにも春の小鳥亭には獣人族がいたが、誰もリゼルには会ったことがなかったのだ。


「伯母の食堂に行ったのは、もう十五年以上昔なんです。私の住まいから離れているのもありますし、子育てや仕事に忙しくてなかなか。それに伯母は、大分、目が悪くなっていたようで、会いに来たのがジゼルだとは分からなかったようなんです」


「ドーナさん、辞める直前は、伝票の文字がよく見えなくて難儀していたんです」


 グレースがそう告げると、リゼルは「そのようですね」と眉を下げた。


「伯母さんのあれこれを突破して、どうしてか商業ギルドも突破して、ジゼルは私に成り代わって女将になったんです。……そして、非常に申し訳ないことに、ジゼルは私を敵視していて、それで同じ猫獣人である貴女に辛く当たったんだと思います」


 詳しいことは分からないが、双子の姉妹間での確執がグレースへの八つ当たりにつながっていたらしい。


「ジゼルはどこかに借金をしていたようで、今はその借金先を捜査中だ。借金返済を君に肩代わりさせるつもりだったのかもしれないな」


 ジルベールが呆れたように言った。


「それで、君が投げつけられた花瓶なんだが……」


 ノックの音がして、今度は木箱を抱えたノエルが部屋に入って来た。


「鑑定が終わったので、お持ちしました」


 そう言ってノエルが差し出した木箱の中には粉々になった花瓶がそれなりに整頓され並べられていた。隅に鑑定書も入っている。


「グレースさんが割ったと擦り付けられたのは、この花瓶で間違いないでしょうか?」


「はい。この特徴的な模様はよく覚えています。食堂の休憩室に私が働き始めた時には置いてありました」


「魔力痕跡鑑定でグレースさんの魔力痕はなく、あったのは自宅で押収されたジゼルの魔力痕と先代の女将であるドーナさん、そして、破片の掃除のときに触ったというコックの男性のものだけでした。それにお店で働いているチェルシーさんという女性が、あの日、心配で休憩室を覗いていたそうなんですが、そこでジゼルがこれをあなたに投げつけたという証言をしてくれています」


「チェルシーが? 同僚で、私の一番のお友だちだったんです」


 ノエルが「そのようですね」と優しく微笑んだ。セリーヌもチェルシーには何度か会ったことがあるので「お礼を言わないとね」とグレースの手を撫ぜた。


「というわけで、君の借金うんぬんは、完全にジゼルのでっち上げということで、こちらは処理していく。つまりグレース、君にはなんの咎もない」


 青い瞳がグレースを見つめて、優しく細められて、グレースはその優しさと言葉がもたらしてくれた安堵に、一気に涙腺が緩んで、ぽろぽろと涙をこぼしながら頷いた。

 セリーヌが「良かったわね」と言いながら抱きしめてくれて、その背中に腕をまわしてぎゅっと抱き着く。

 借金の心配がなくなっただけで、グレースの心は大分軽くなった。


「あ、ありがとうございます、師団長様。借金がなければ、私一人で家族を養っていけます……っ。師団長様は、私の恩人です……!」


 グレースは涙をぬぐいながら、なんとか告げた。セリーヌが「泣かないの」と笑いながら体を離して、ベッドに座り直す。


「いや、悪を正すのが、俺たち騎士の仕事だ」


 ジルベールはそう言って照れくさそうに言った。


「皆さん、紅茶を淹れてきますね。少し落ち着いたほうがいいもの」


 そう言ってセリーヌはグレースの頬を撫でると病室を出て行った。すぐ近くに入院患者用の給湯室があるのだ。


「グレースさん、妹が本当に申し訳ないことをしました。どんな馬鹿でも、血の繋がった妹です。どうせあの子は償わないでしょうから、代わりに私にできる事があったら言ってくださいね」


 リゼルの申し出にグレースは首を横に振ろうとして止めた。ふとんをぎゅっと握りしめ、リゼルを伺うように見る。


「リゼルさんは、春の小鳥亭を引き継がれるのですか?」


「ええ。そのつもりです。そろそろ独立しようと思っていたから、食堂の二階で事務所を開こうと思っているんです」


「あの、でしたら……紹介状を頂けないでしょうか?」


「紹介状、ですか?」


 リゼルがきょとんとして首を傾げる。


「はい。あの人には発行してもらえなくて……商業ギルドの心証が悪くなってしまって、次の就職先が決まらなかったんです。でも、紹介状があれば、家政婦の仕事も独身男性のご家庭での住み込みとかは紹介されなくなると思う、の、で?」


「グレース」


 立ち上がり近づいてきたジルベールに言葉が勢いを喪う。

 ジルベールはなぜか青い顔をしている。


「まさかとは思うが、雑用係を辞める気か?」


「雑用係になって、まだ三か月が経っていませんから紹介状は発行できないですよね? そうなるとやっぱり困るので……」


「いや違う、なんで辞める気なんだ!」


「そ、そうです、どうしてやめる気なんですか!? この朴念仁が何かしましたか!?」


 ノエルまで持っていた木箱をリゼルに押し付け、詰め寄って来る。リゼルが目を白黒させながらこちらを見ているが、グレースも多分、同じく目を白黒させているだろう。


「こ、こんなにご迷惑をおかけして、問題も解決したのに、雇い続けて頂くわけには……」


「事件とは騎士が対処すべき仕事であって、迷惑ではない!」


「そうです! それにグレースさんがお休みの間、書類の提出がどれほど滞っているか!」


「書類の、提出?」


 どうして雑用係のグレースがいないだけで、書類の提出が遅れるのだろう、と首を傾げる。ノエルが「あっ」と声を漏らして口を片手で押さえた。


「ええと、ですね……」


「心配しているんだ、皆」


 ジルベールが真剣な顔で告げた。


「まあ」


「君が心配で書類が滞っているようなんだ。だから君には一日も早く元気になってもらい、雑用係に復帰してもらわないと困るんだ」


「皆さん、本当に騎士様らしく心優しい方々ばかりで……」


 グレースは感動に胸が熱くなる。仕事をしていると、騎士たちはいつも優しく声をかけてくれていた。

 大きな手がグレースの布団の上に出ていた手を握りしめた。


「それに何より、君が、グレースがいてくれないと、俺が困るんだ」


 真っすぐな青い瞳にグレースは高鳴りそうになる胸を理性で抑え、眉を下げた。


「そう、ですよね。師団長様はお忙しい方ですから、そこで書類が滞ってしまうと、ますますお仕事が大変になってしまいますもの。……本当に良いと言ってくださるのなら、雑用係を続けさせてくださいませ。精一杯、務めさせていただきます」


「あ、ああ。ありがとう、だが今はまだゆっくり休んでくれ」


 なぜか一瞬、遠い目をしたような気がするジルベールだが、いつもの優しい微笑みでそう労ってくれた。

 今回のことで家族だけではなく、ジルベールを始めとした騎士団の人々にも多大な心配をかけてしまった自覚はあるので、彼の言葉通りゆっくり休んで元気にならなければ、とグレースは決意する。


「今は元気になるのを頑張りますね」


 ジルベールの手を握り返して、グレースは微笑んだ。


「……ほどほどにな」


 心配そうに探るような視線に、グレースは「はい」と素直に頷いたのだった。





「師団長様、そういうことですか。グレースさん、可愛らしい方ですものね」


 リゼルが微笑ましそうに目を細める。


「一目惚れだったようでして。あまりにも鈍感で全く自分の気持ちを自覚していなかったので大変でしたよ。そのくせ、独占欲丸出しで、グレースさんに挨拶したい一心で書類提出に来る騎士を睨んで困りましたよ」


「あらまあ。……ふふっ、うまくいくといいですねぇ」


「……それはジルベールの努力次第、ですかねぇ」


 ノエルは、見つめ合う二人を眺めながら、できるだけ早く話がまとまって二人が幸せになりますように、とそっと願うのだった。



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