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出席番号五番 遠藤奈名子

 初めて賞状をもらったあの日を、私は今でも覚えている。

『第五回 全国小学生文学コンクール 優秀賞』と書かれた賞状。初めてもらった賞は、とても輝かしい、栄光で。

 その日、お父さんが、「奈名子が初めて賞を取った日を、いつまでも覚えておきたい」と、一眼レフで、色んな角度から、写真を何十枚も撮って、その賞状は、ネットで一番高価な額縁で飾られていて。

 

 お父さんの愛情が、伝わってきて、私は涙が出るほど、嬉しかった。


 ◆◇


「奈名子、今回送った小説、あれまだ受賞者は分からないのか」

 朝。お父さんが、パンにフルーツジャムを塗りながら、私に尋ねた。

「もぉ、お父さん、まだ小説送って一週間しか経ってないよ? まだ締め切りも一ヶ月後なのに、気が早いよ」

 私は、お父さんに苦笑いする。お父さんは、「そう、だったよな。うん」と納得していた。


 今回送った、子供向け小説コンクール。心が丘市内で行われる「家族愛」「友情」「恋」などテーマが毎年変わる小説コンクールだった。

 心が丘小学校、心が丘中学校で開催される唯一の小説コンクールで、毎年多くの希望者が参加する。私は一年の頃からそれに応募している。一、二年の頃は、奨励賞にも入らなかった。三年でやっと佳作に入り、そこから四年、五年と審査員特別賞、最優秀賞に選ばれたりもした。

 その受賞歴もあったからか、いつの間にか、年下の間で「小説コンクールクラッシャー」という妙に長くて、詰め合わせたような雰囲気のあるあだ名をつけられた。

 私だって、作家になりたいから、賞に応募しているのだ。そして、賞を取ったことは、どんな嫌なことがあっても気にしないほど嬉しくて、自信にもなるけど、そんなあだ名をつけられても、困るだけだった。


 お父さんは、そんな妙なあだ名をつけられることも、純粋に嬉しいと思っているらしい。困ったものだ。

 もちろん、お父さんには感謝もしている。


 何て言ったって、男一人で、私を育ててくれたのだから。

 

 私がまだ三年生だった頃、お母さんが、仕事で海外出張中に、テロに巻き込まれた。

 お母さんは、ドキュメンタリー番組などで、海外の人にインタビューする仕事をしていた、いわばアナウンサーだった。

 私は、お母さんが出るドキュメンタリー番組を、毎回楽しみにしていた。リアルタイムで番組を見て、それから録画した番組を何度も見て。お母さんが出ている番組の台詞を覚えているほど、私は、お母さんの出ている番組というか、お母さんが好きだったのだ。


 一人っ子だった私は、お母さんが仕事、お父さんも仕事で、遊べる相手が中々いなかった。

 でも、お母さんが久しぶりに帰ってきたときは、魅力的な海外の話をしてくれる。

 貧しくても笑顔で暮らす人々。アメリカの美しい街並み。テレビで見たことよりも、多くのことを話してくれた。

 

 そんなお母さんが、テロに巻き込まれ、死んでしまったのは、まだそう日が遠くない、三年生の冬だった。

 お母さんが海外に出掛けた。帰ってきてくれたら、またあの綺麗な話をしてくれる。それが嬉しくて。お母さんの海外の人を見つめる目は、好奇心と優しさにあふれていて。そんなお母さんが、幅広く活動してくれることが、私は誇らしく、そして、嬉しかった。


 そのロケの日は、雨だった。

 お母さん達一行が入ったデパートで、大がかりなテロが起こったのだ。

 瞬く間にそのテロの話題は全世界で報道され、生放送で、デパートが映し出された。

 そして、日本では、「あの、有名ドキュメンタリー番組記者が、あの中にいます」とご丁寧に説明までされていた。

 まだ小さかった私でも、「ドキュメンタリー番組記者」の時点で、お母さんがあの中にいることは分かっていた。このテロが起きた当時、よくニュースに取り上げられたからだ。


「お母さん?」

奈保子(なほこ)?」

 

 私達二人は、その報道に目を丸くして、テレビから視線を外すことは出来なかった。

 そして、その生放送は、朝方に報道されていたため、私は学校を休むことになった。お母さんが死んでしまうかもしれないと学校に連絡したら、快く了承を得たからだ。

 

 それから間もなく、お母さんは銃で犯人の一味に撃たれて死んだ。

 テレビのキャスターは、お母さんのことには少し触れただけで、あとは何も言わなかった。


 一瞬、私の頭はどうにかなりそうだった。


 嘘だ。こんなのは、絶対嘘だ。何でテロでお母さんが死ななければならない。


 新聞の扱いも、また雑だった。

 表紙に映し出されたのは、国会の話題。二ページ目か三ページ目に、「遠藤奈保子、死亡」とただ小さく記事が載っていただけだった。表紙以外で大きく取り上げられていたテロの報道。あれはただ、「日本人女性の、遠藤奈保子さんが死亡した」と、簡潔に一文で書かれているだけだった。

 そこに哀れみもなければ、悼む気持ちもない。三年生の私には、その簡潔な一文が、そんな印象を与えた。


「奈名子、暗い顔をして、どうした。ほら、早く食べろ」

 気がつくと、私の上には、フルーツジャムが塗られたパンが置いてあった。

「あ、頂きます」

 お父さんは私の向かい側に座り、新聞片手にコーヒーを飲み始めた。


「しかし何だ、新聞で取り上げるのは、いっつも国会ばかりだな。たまには、もっとこう、家族とか、そう言うの出してくれないかなぁ」

 お父さんは、私が寂しい顔をしていたのを見ていたのだろうか、わざと明るい声を出しているように思えた。

「……別に良いんじゃない? 世の中がそうやって載せる記事を選んでいるだけでしょ。だからテロが小さくなったんだよ。あの事件の時も。国会だけが重要だったんだ」

「おいおい、お前も随分物騒な言い方をするようになったな。……まぁ、俺も流石にあれには激怒したよ。何でテロがあんなに小さく扱われるんだって。国の政治の方が、何人もいる命に適うと。そんなことはないだろって、俺、ちょっと絶望しちゃった」

 私はパンを食べながら言う。お父さんは苦笑いしながら、私の話に乗ってくれた。お母さんの名前を出さなかったのに、こう言うことは分かってくれるんだ。それが良いのか悪いのか、微妙に思いながら、私はパンをむさぼった。


 もしかして、夏実ちゃんも、こんなに嫌な思いをしていたのかもしれないな。私と同じように、マスメディアの情報に絶望して、そして、社会のことを考えて、ネットでよく調べるようになった。こんな背景があるなら、納得せざるを得ない。私よりもっと深刻で、悲しい問題を抱えた、真面目な女の子の顔が、脳裏をよぎった。


 ◆◇


「おはよう、遠藤さん」

「おはよう、颯君」

 クラスに入ると、瀬戸口颯君が、私に向かって挨拶をしてきた。

 ここは平和な六年三組。担任の渡辺先生はまだ来ていない。


「大志、お前、昨日見ろって言った動画、見たか」

「見た見た。あれ、面白かったよね」

 

 そばで、大志君と遼平君が話している。

 私も、混ぜてもらいたいなぁ。

 そんな贅沢を望みながら、私はランドセルを棚にしまおうと、席から立ち上がった。


 白井大志君。二学期にやってきた転校生。どうやら前の学校で壮絶なイジメがあったらしく、六年の半分も終わりだと言うこの時期に転校してきたのだ。

 それなのに、聖ハスカ受験歴のある遼平君とは、受験した者同士だからか、すぐに仲良くなって、すっかり親友にまでなってしまった。


 そして、私の気になる子でもある。

 大志君は、四年生の平均身長並に背が低い男子だった。当然の如く、整列をするときは一番前にいることになる。

 だからなのか、そうでないのか、女子からは「たいちゃん超可愛い~」と言われている。特に二組の百合華ちゃんとか、美玖ちゃんとか、リーダーシップをとる女子が、「マジで女子みたいだよね」とか「女装したら似合うんじゃない?」とか、色々と話していた。

 大志君は、「そうですね」とか「僕、身長低いので」とか返している。「も~そこも可愛い~」と更に人気を集める羽目になりつつあるが。

 そして、更には麗羅ちゃんもいじる羽目になっていた。「美容に気をつかってみてもいいんじゃない? ハンドクリーム買いに行こうぜ!」とノリノリになる方だ。

 だが、藍花ちゃんと華菜ちゃんは、いじりはしなかった。「大志~、気にしなくてもいいよ~?」と華菜ちゃんはよく言っている。藍花ちゃんは……どうだろう。そもそもあまり人と話さないタイプだからなぁ。


 女子らしい、可愛いと言われ続けている大志君だけど、実は、頭も良い。

 円周率を丸暗記してみようとかいう下らない大会が、つい三週間ほど前に行われた。その時、有力な優勝候補だった遼平君を抜き、見事トップに上り詰めたのだ。

「僕、暗記だけは結構強い方なので」と笑顔で話していた大志君。私はその時から、気になり始めていた。


 気になってまだ三週間しか経っていないけど、私は、「六年三組相談室」に行こうかどうか迷い中である。先生は新卒だけど、意外と口が堅そうで信頼できそうな先生である。いじられている男子を好きになったというのは、また玉の輿らしいと呆れられそうだけど。


 とにかく、今日は朝一で、気になる男子の笑顔を見れた。

 朝一で大好きな親友の笑顔を見れた。

 最高でハッピーな一日になりそうな。


 気がしていた。


 ◆◇


「きゃあっ!」

 がんっ、と言う音と共に、私、秋枝ちゃん、琴音ちゃんの体は、廊下に投げ飛ばされた。

 彩未ちゃんの、「ざまぁ見やがれ!」という叫び声が、やけに遠く聞こえた。


 六年三組殺人ゲーム。

 まるでテロのような悪質な事件に巻き込まれた、六年三組の面々。

 テロ。そう、テロ。

 あの日、殺されてしまったお母さん。お父さんが、遺影を前に泣き崩れたのを、私は今でも鮮明に覚えている。


 あのときの記憶が、私を襲っているようで。

 怖くて怖くて。私は、彩未ちゃんの顔が、生放送で映し出されている、テロの犯人のように思えてきた。

「……彩未ちゃん……」

 琴音ちゃんの声が背後から聞こえる。秋枝ちゃんは、「何なのよあれ。どうなってんの?」と平常心を保とうと、滅多に吐かない悪態をついていた。

 

 時刻は五時五十五分。真っ暗闇に包まれた学校。

 夏実ちゃんと別れて、三人で夜が明けるまで隠れることにした。

 夜が明けるのっていつなのよ。早くして。お願い。

 ひたすらそんなことを思っていた。何しろ、人が死んだ後なのだ。……正確に言うなら、殺された。

 最初に殺されてしまったのは、我が六年三組が誇る六年きっての秀才、上原遼平君。そして同時に、六年三組きってのギャル、華菜ちゃん。

 アンバランスな二人が殺されてしまったのは、当然噂として流れてくるわけで、その現場を見に行った輩が何人かいた。


 そして、優等生の藍花ちゃんが殺されたのは、つい先ほど。

 艶やかなおかっぱ髪が、顔にかかっている死体を見て、私達は、何も言えず、その場を後にした。

 そして、次の瞬間、校長室で銃声が鳴り響いているのを、聞いてしまった。

 私達は、また出てしまった犠牲者に、何度も何度もご冥福をお祈りしながら、先を急いだ。


 だけど。

 渡り廊下で彩未ちゃんと出会い、以降一緒に行動していたわけだが、先生が来た、と身を潜めていたところに、彩未ちゃんが私達三人を思いっきり突き飛ばして、そして、彩未ちゃんは逃げて、今に至る。


「おやおや、皆さん、ここで仲間割れですか?」

 

 そして、横から、カチャ、と言う音がした。

「……先生?」

 そう言う秋枝ちゃんの顔は、よく見えなかった。だけど、秋枝ちゃんが先生を睨んでいるのは、理解できた。

「何なんですか? こんな狂ったゲームは」

 吐き捨てるように秋枝ちゃんは続ける。挑むような目つきに、先生は怯むこともなく、反論した。


「あぁ? 貴方がたのようなひ弱な人間が、拳銃を持っている大人に、逆らおうと言うのですか?」

 舌打ちをして、先生は琴音ちゃんの額に銃口を突き付けた。


「黙ってくれませんか? カリスマ三人組」

「…………」

 私達三人は、ただ固まるだけだった。


「まぁいい。貴方達のような優秀な生徒には、説明を致しましょう」

 そして、ふっと琴音ちゃんの額から、銃口を外すと、話し始めた。

「……このクラス、腐りきっていると思いませんか?」

「は? 何言ってんの? 腐ってないに決まってんじゃん」

 秋枝ちゃんが、今日は珍しく悪態をつきっぱなしだ。それほど、イライラしているのだろう。


「腐ってないに決まってる? 神楽藍花の悪口を言う、腐った春日巧。神楽藍花を突き飛ばす、狂った渡辺彩未。今だって貴方がたを突き飛ばして、命の危険に晒した。そんな人たちは、生きる意味がないでしょう」

「担任の分際でそんなこと言ってんじゃねぇよ!」

 秋枝ちゃんが、牙を向いた。そして、先生を突き飛ばす。

「……痛いですねぇ、何をしてくれるんですか。教師に」

「ふざけんな、てめぇなんて、教師じゃねぇ! ただの、サイコパスで、非人道的で、人を殺したい、異常者だ!」

 秋枝ちゃんは、激怒した。六年間一緒の私でも見たことがない、そんな怒り方だった。


「……教師に向かって、「ふざけんな」と? 生意気ですね」

 

 突然、先生のまとう雰囲気が変化した。

 薄茶色の顎まである髪の毛を、何度も何度も触って、私達に銃を向ける。

 いや、正確には、秋枝ちゃんに。


「……そんな子は、この世にいてほしくありません。正直、貴方がたのようなお人好し集団が、そんなことを言うだなんて、思いもしませんでしたよ。そんな子は、死んでもらうしかありませんねぇ?」


 一体どうして、先生は敬語を使うようになったのだろう。

 どうして先生は、こんな狂ったゲームなんか提案したんだろう。

 明日に希望を持った人だっていたのに。明日を夢見た人だっていたのに。明日を待ち遠しくしていた人だって、いたはずなのに。

 その想いを、全てぶち壊したんだ。この人は。

 そう思うと、一気に先生の悪口が吹き荒れていた。


 最低、クズ教師、ふざけんな、前から思ってたけどその髪女子っぽい、サイコパス、人殺し、狂った殺人鬼、お前なんか死んでしまえ、人殺しのくせに何で平然としてんだよ、お前、馬鹿じゃねぇの、マジで死ねよ。

 

 それらは、全て私の言葉だった。普段悪口を言わないようにしている私なのに、そんな悪口が、心の中に吹き荒れている。


「恐らく、夕月琴音も、遠藤奈名子も、私のことを、殺人鬼、とでも思っているんでしょう」


「えっ、何で分かったの?」

 琴音ちゃんがばっと顔を上げた。私も目を見開く。こんなことまで見抜けるんだ。お前、さてはエスパーだな。人殺しのくせにエスパーだなんて、私にとって迷惑しかないじゃん。ふざけんなよ、マジ死ね。


「……そう思っていたとは、心外ですねぇ。……死ねよ、そんなこと思っているんですから、貴方達の方こそ死んでください」

 

 黙れ。お前、女子っぽい髪型のくせに、女子トイレで問題が起こっても、入りたくないとか言ってるくせに。男らしいこと一つも出来ないくせに。それが新卒の先生の態度なんですって言われたら、そうなのかって納得は出来ないことはないけど、でも、やっぱりそういうのおかしいじゃん。普通は取り仕切るよ。何なんだよこの新卒クズ教師。お前こそ死ねって言ってんだよ。

 

「逃げるよ!」


 突然、今まで先生に睨みを利かせていた秋枝ちゃんが、大声で叫んだ。

「ふぇ!?」

「秋枝ちゃん!?」

 私達二人は、秋枝ちゃんに腕を掴まれた。そして、引っ張られる。

「わわっ!?」

 走る秋枝ちゃんに、私はすっ転ばないように、小走りで走り始める。同じく秋枝ちゃんも、小走りで走り始めた。


「逃げるなんて、卑怯ですよ、カリスマ三人組!」


 先生が叫ぶ。ずるい。ここでカリスマ三人組を出してくるなんて、酷い。


「卑怯なのはどっちだ! ご丁寧に銃なんか握っちゃって、こっちはバットすら持ってねぇんだよ!」

 

 秋枝ちゃんが、金切り声をあげる。それが無性に嬉しくて。

「二人とも、女子トイレに逃げるよ!」

 秋枝ちゃんは、金切り声から一転、小声で私達に言った。

「うん」

「分かった」

 私と琴音ちゃんは小さく頷く。


 そして、渡り廊下の先に女子トイレを見付けると、私達は駆け込んだ。本当は籠城したいんだけど、拳銃で先生がドアをぶち破りそうだから、少しだけ死ぬ可能性もあったんだけどな。


 だがそのとき、奇跡が起きた。

「っ……!」

 先生が、女子トイレの前で戸惑った。

 

 嘘だろおい。ここに来て女子トイレを前に戸惑っちゃった系か? ピタゴラスの最期的な感じかよ。

 先生は、数秒、戸惑っていた。非常事態だからと言って女子トイレに入れない先生だ。こんなときでも戸惑うと、秋枝ちゃんは考えたのだろうか。


「奈名子ちゃん!」

 

 気付くと、秋枝ちゃんの叫びと共に、私の手にはモップが握られていた。

 同じく、琴音ちゃんの手には、モップが握られている。そして、当の本人、秋枝ちゃんの手には、チリトリが握られていた。



「行くよ!」


 

 ごんっ。


 鈍い音が鳴り響き、先生はゆっくりと後方に倒れこんだ。

「やったか!?」

 はぁはぁ、と息を整える秋枝ちゃん。

「やった……かもね」

 琴音ちゃんは、息一つ荒らさずに、先生を見降ろしている。

「……うん」

「さっ、逃げるよ!」

 私が先生を見る暇も与えず、秋枝ちゃんは走り出した。

 でも良かった。死ぬんじゃないかと、私は本気で思っていたから。


 ◆◇


 夏実ちゃん、一誠君と合流して、私は逃げ道を確保していた。

 六年三組に転がっている春日の死体。理科室前の実月ちゃんの死体。理科室前の階段に仲良く居座る、遼平君と華菜ちゃんの死体。

 それらが一気に私の所に押し寄せる。夏実ちゃんも、「吐き気が戻ってきた」と少しだけ泣いている。


 今隠れているのは、六年三組のベランダ。


 春日の死体には、何故か女の子物のハンカチが乗っかっていた。

 私達は、春日の死体に、周りに誰もいないことを確認して、静かに合掌をした。


 いくら嫌っていたって、相手は元クラスメイト。唐突に人生を終了してしまった、哀れな反抗期まっただ中の少年、春日巧なのだ。

 テニスが楽しみで、それに行きたいがために、春日は先生に癇癪を起こした。彼は、クラス一テニスが上手で、都内の大会に出場することもあったから、そのための練習を邪魔した先生が許せなかったのだろう。彼は、不満をぶちまけて、そして、これから先生へのストレスを発散しに、テニスへ向かおうとした。

 だけどそれは、無様に、あっけなく、終わってしまった。

 彼は、何も出来ることなく、死んでしまう。そして、成仏できずに、この世を彷徨うことになるかもしれない。

 唐突に自分を殺した、先生を、恨み、憎み、呪うことになるだろう。

 私は、そうならないように、もう一度合掌し、ベランダに隠れることにした。


「……結局、人が何人も死んじゃったね」

 寂しそうに、琴音ちゃんが言う。琴音ちゃんの顔に憂いが混じり、夏実ちゃんだけは「琴音ちゃんのせいじゃないよ」と言ったが、私達は、何も言えなかった。

「何で、先生あんなことになっちゃったんだろう」

「それは……仕方ないことなのかもしれないね」

 琴音ちゃんの問いに、秋枝ちゃんが首を横に振る。

「結局、それは、私達の運命なのかもしれないよ。しょうがないよ」

 私は、秋枝ちゃんの言葉に、大志君を思い出す。

 

 小動物のような体型に、小さな顔、小さな鼻、小さな口。目だけが少し大きくて、それ以外は、何もかも小さくて、女の私が憧れてしまうような、可愛さを持った少年。

 そんな子が、いじられてしまうのも、当然と言えば当然なのかもしれない。

 でも、私は、気になっていたのだ。そんな子が。大切だとは思わない。少しだけ、心に引っかかる。それだけのはずなのに。

 何故か私は、大志君を思い出し、胸が締め付けられるような、痛い思いをするようになる。

 そんなことをしても意味がないはずなのに。私は、そう思って、今もまだ逃げている。


 本当に大志君が大切ならば、すぐにでも走り出して、助けることだってできたはずなのに。

 それが出来ない私は、本当の意味での、弱虫だ。


 ◆◇


「来たよ、先生」

「……っ」

 静かに六年三組を確認していた秋枝ちゃんが、急に口を開いた。

 途端に辺りに緊迫した空気が流れる。当然だよね。殺されかける状態なんだもん。

 

 静まり返ったベランダに、冷たい風が吹き込んでいる。

 寒い。

 昨日はこうなることを予想しなかっただけに、昨日の夜が懐かしく思える。

 昨日のご飯は何だっけ。豚の生姜焼きだっけ。お父さんが張り切って作っちゃって、そして二人だけで楽しく食べて。食後のフルーツが食べられなくて、地味なショックを受けたっけ。


 現実逃避も空しく、私の腕が、誰かに掴まれた。

 振り向くと、そこにいたのは秋枝ちゃん。「逃げなきゃ」とかすり声を上げながら、私の腕を掴む力を、更に強くした。


「うん」


 私は頷く。ここから一歩でも早く逃げなければ。

 そう思って、私は、天国のお母さんを想う。



 お母さん、もしかしたら、私、お母さんの所まで行けるかもしれないよ。

 あぁ、死んじゃうってことだよ、もちろん。

 だけどね、私、とっても楽しかったよ。

 人生をこんな形で終わらせちゃうことは悲しいけど、だけど、楽しかったよ。本当に。

 こんなに大切な友達と、遊んで、一緒に過ごして。こんなに楽しいことはなかったよ。


 だからね、私、もう、心残りなことなんてないよ。



 バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!



 何の音で、気付かれたのだろうか。

 私達の背中には、弾丸が埋め込まれていた。

 尋常じゃない痛みに、体中が悲鳴を上げる。


「おやおや。君達は、馬鹿かな? まぁ、馬鹿ならしょうがないですねぇ」

 

 痛みに耐えて、声の主を振り向く。

 思った通り、先生がいた。


「先生……何で、こんな……ことを?」

 

 横から、涙で顔がぐちゃぐちゃになった夏実ちゃんの声が上がる。彼女は、本田君の分の弾丸も食らったらしく、他の二人よりも、悲痛そうな表情を浮かべている。


「……可哀想に、綺麗な顔がぐしゃぐしゃですよ?」

「お前が言うな、クズ教師めが!」

 

 秋枝ちゃんが牙をむく。だが、先生は心底面白いと言ったように、「あはははっ」と笑うばかり。


「面白い、実に面白い。……君達のような、お人好しで良い人の中に、こんなに人に向かって罵詈雑言を吐く人がいるとは。

 僕はね、人が壊れていく姿を見るのが好きなんですよ」


「ざっけんな、この異常クズ教師!」

 先生の、絶望に向けての言葉は逆効果だったようで、秋枝ちゃんを更に逆上させた。

 目を見開き、唾を飛ばし、先生に立ち向かう秋枝ちゃん。普段の天才肌の秋枝ちゃんからは想像もつかないような、そんな顔をしていた。

「そうだよ! 秋枝ちゃんの言うとおりだよ! 何で先生は人を殺しちゃうの!? 最低ですよ、異常ですよ、クズです!」


 あらん限りの大声で、琴音ちゃんも叫ぶ。夏実ちゃんは、そんな親友の姿を見ても、何も言うことが出来ない。



「……おやおや、君達は、どうやら死にたいようだね」



 先生は、少しだけ笑みを浮かべて、銃口を私達に向けた。


 待って。これ、私達を殺そうとしてるんだ。

 何て酷いんだ。これが教師ってものなの。

 っていうか、この教師、異常だよ。


「さようなら、貴方達は、才能を持っていながら、実にアンラッキーガールだったようだ」


「ざけんなよっ」

 私は、痛みに耐えながら、必死で叫んだ。背中に走る痛みは、やがて感覚のない物に変わっていく。



 お父さん、ごめんね。

 私、受かっても喜べないよ。だって、もうすぐ死んでしまうんだもん。


 最後に私が、小説のテーマにしたのは、「友情」。

 去年の、小説コンクールのテーマは、「家族愛」だった。

 そこで私が「今年も、よくて審査員特別賞だな」と思い、だけど頑張ろうと自分の実体験を物語風にして、書き連ねて、賞に応募した。

 そして、私の小説は、ぶっちぎりで最優秀賞を飾った。「心が丘祭り」の小説が飾られているブースは、自分で言うのも何だが、私の小説がある所には、人が途絶えることがなかったという。

 例年にはない盛り上がりを見せた、と私は小説コンクール主催者に感謝された。


 将来、作家になりたいと夢を見ていた私にとって、大きな自信に繋がった。そして、「来年も書きたいです!」と自信満々に言ってしまったのである。

 そして、次の年のテーマは、「友情」。大好きな親友とのドタバタ友情、を書いたつもりだった。

 でも、その努力も、無駄なのかもしれない。大好きな友達に祝ってもらえないかもしれない。そう思うと、胸が苦しくて、まるで吐きそうな感覚になってしまうのだ。


 だから、賞をとっても、意味がないんだ。



 私がそう思って間もない頃。

 

 私が最後に見た光景は、頭を撃ち抜かれた、秋枝ちゃんと、琴音ちゃんと、夏実ちゃんの姿。


 そして、走り去っていく本田君の背中と、先生の、不敵な笑み。

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