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私+竜+俺=?  作者: 史華茉莉
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過去と現在と未来へ

 大穴の開いた風通しのいい謁見の間で三人の少女が二つの水晶球を覗き込んでいる。

 ドラグニール王国の国王レティシアとドラグニールの巫女レーナ、そしてエレンティアの専属侍女アリシアだ。

 時刻は正午を過ぎ、エレンティアとヴァルトヘルツの鬼ごっこが開始していた。

 レティシアは二人の持たせたお守りを通して、水晶球に映る二人の姿を楽しそうに眺めていた。

 頭の上に銀色のドラゴンを乗せたエレンティアは必死に走り、スタートの合図を待つ鬼のヴァルトヘルツは王城の前で仁王立つ。

「ひっふぁい、ふぁにふぁふぉーふぁってふんふぇふ?」

 唇を真っ赤に腫れ上がらせたレーナが何か質問をしている様だが、何を言っているのか分からない。

「ホント、魔法って便利ですね」

 アリシアは見慣れない現象にまじまじと見入って関心している。

「我ほどのドラゴンともなれば造作もない。と言いたいとこじゃが、これは持って生まれた特性じゃな」

「特性ですか?」

「魔法というのは素質さえあれば、ある程度の事は誰でも出来る様になる。しかし、特殊な魔法は生まれ持った特性――基本属性が適していなければ使う事は出来ん。

 この魔法は光と闇の応用技術でな。我の様に光と闇の両方に適正を持っておらんと使えぬ」

 魔法の素質を持って生まれる者は極めて稀。レーティッシュ王国で素質があると判断された者は百にも届かず、実用的に魔法が使えるという者はほんの一握りしかいない。

「私には関係の無い知識ですね」

 アリシアには、そんな適正はカケラも無い。

「なぁに、我の巫女になれば一国の兵団を壊滅させる程度の魔法を一瞬で使えるようになるぞ?」

 竜の巫女の特典ともいうべき恩恵。主たるドラゴンの力の一部を借り受け自由に扱う事が出来る様になる。

 曰く、自衛の為の力。

「…………」

「あのチビは本当に何の力も持っておらん。我の力でチビとエレンティアの居場所は常に把握しておるが、だからと言って不測の事態に即時対応できるワケではない。そんな時に我の力を持ったお主がエレンティアの傍にいれば話は変わって来ると思わんか?」

 エレンティアが巫女になった件について、アリシアはそれほど深く考えてはいなかった。が、事態は思いのほか深刻な状況になっていた。

 過去の歴史において、竜王種と手中に収めようと繰り広げられた戦争は幾つもある。それら全ては強力な竜王種の力の誇示やドラゴン達の結束によって鎮圧され続けていた。そしてドラゴンだけでなく、戦争という愚かな行為の抑止力としてドラグニール王国は誕生した。

 力の無い幼いドラゴンを守り、戦争を起こさせない。

 エレンティアを取り巻く問題は様式が異なる。

 エレンティアも銀色のドラゴンも力を持たない非力な存在。そして他国の人間であるエレンティアはドラグニールに滞在し続ける事は現実的に不可能。レティシアの話では、銀色のドラゴンが力をつけるのに上手くいって最低でも五年は必要だと言っていた。

 王宮に閉じ込めておく事は人道的に不可能であり、出歩く度に軍隊を引き連れていくわけにもいかない。

 そこで新たな抑止力としてアリシアに白羽の矢が立った。

 比較的にエレンティアの傍にいて、傍にいる事が不思議ではない存在。

 元々、アリシアは個人的に気に入られており巫女の誘いを受けていたが、侍女としての役目があるという理由で断っていた。巫女になるという事はレティシアに仕える事を意味する。それはエレンティアの侍女を辞めなければならないという事だ。

「すぐに我の元へ来いとは言わん。エレンティアの護衛が必要なくなってからでよい、アリシア」

「ここまで条件が揃うと私を手に入れる為の策略にさえ思えます」

「勘ぐるな。我はこんな回りくどい真似はせん」

「まあ、分かっていますけど……」

 アリシアは溜息を吐いてしばしば思考を展開した後、覚悟を言葉にする。

「それでは一つ、私と賭けをしませんか?」

 この鬼ごっこの勝敗の行方を――


「ふぁのー、ふひしはいでふははい」

 レーナは無視され続けるのであった。


「はぁはぁ、と、取りあえず、この辺りまで走っておけば、すぐには追いつかれないよね」

 走りつかれた私は近くの甘味処に入って一休み。

 個室で仕切られた座敷の机に倒れ込み、ひんやりとした温度でひと時の安らぎを得る。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

 肩で息をする私に慌てた様子もなく、他と変わらない接客をする店員さん。

「えっと、この白玉ぜんざいと」

 銀色のドラゴンが「キュオ」と小さな翼でメニューを指す。

「この三色団子をお願いします」

「白玉ぜんざいと三色団子ですね。少々お待ちください」

 会釈をして店員さんは奥へと下がっていく。

 普通な対応。

 冷静なプロの接客という面もあるかもしれないが、今のエレンティアにはレティシアから貰ったお守りの加護がある。座標探知と簡単な自動防御魔法、そして認識齟齬だ。

 辺境の村のレーナでさえ、エレンティアの素顔は知られている。そのまま外に出れば少なかれ騒ぎになる事は明白だった。その対応として周囲からの認識齟齬の魔法が掛けられている。これによりエレンティアを認識しても「あ、エレンティア様がいる」と頭の片隅で考える程度に留まる。

 そこに居る事、在る事が当たり前として認識されるとの事だ。

 現に必死の形相で全力疾走をしていても誰一人として振りむく事はなかった。

 誰にも認識されていない感じがして少し怖い感じもしたが、今はそれどこではない。

 正直、勝負の結果で被る影響はどうでもいいが、勝負である以上は絶対に負けたくない。

「お待たせしました。白玉ぜんざいと三色団子になります」

 白玉ぜんざいを私の前に、三色団子を銀色のドラゴンの前に並べると、やはり何食わぬ顔で会釈をして去っていく。

 小竜を連れている客というのは珍しくないのだろうか?

 周囲を見渡して観察するが、小竜連れの姿は見受けられない。

「まあ、気にしないで頂きましょう」

「キュ」

 二人して――一人と一匹して仲良く甘味にありつく。

 甘さの押さえられた小豆と柔らかくもしっかりとした歯ごたえのある白玉。そして甘くなった口内をリセットしてくれる付け合わせの塩昆布。

 昨日からの疲れが抜け出ていく感じがした。

『いらっしゃいませー。ご注文はお決まりでしょうか?』

『あー、少し考えさせてください』

 仕切りで区切られた隣の席にお客が来店したようだ。

 直感で入店したが、昼下がりの午後に賑わう店内から察するに人気のお店に違いない。

 そういえば――

「あの人とどこかで会った事あるんだっけ……」

 今まで勘違い家出騒動からバタバタとしていて、ゆっくり考えている時間が無かった。昨晩は昨晩でどんな顔をして対応していいか分からず、お酒の力で乗り切った訳だが……これからはそういう訳にはいかない。

 ヴァルトヘルツ=タリアフェルト。年齢は私と同じで二一歳らしい。隣のタリアフェルトの王子。立場上、何かのパーティーや式典で顔を合わせているに違いない。が、全く思い出せない。

 鼻に付く嫌味たらしいメガネ(メガネが悪い訳ではない。メガネは立派な視力矯正具なのだから)や身の程を弁えないデブ(デブという体型が悪い訳ではないが……生理的にちょっと無理ですけど)のような自分の事を棚に上げて他人を見下すような貴族や王族といった顔はポコジャカ浮かび上がってくる。一方でありのままの自分でいる様なヴァルトヘルツの顔はカケラも浮かんでこない。

 世の中、他人を見下す人間ばかりだと思って生きてきた私が人の事を言える訳もないのだが……。

 昨日の様な姫よ姫よと誰も扱わない気兼ねの無い一日はとても過ごしやすかった。

 ヴァルトヘルツも同じだ。自分が王子である事や私が姫である事を気にする素振りすらなかった。

 とても居心地の良い空間。

『すみませーん』『はーい。お決まりでしょうか?』『この白玉ぜんざいをお願いします』『かしこまりました。少々お待ちください』

 隣のお客は中々お目が高い。ここの白玉ぜんざいは素晴らしい一品ですよ。

「ドラグニールと言えば、パーティを抜け出して大騒ぎを起こした事があった様な……その時、誰かと一緒に抜け出して……アリシアだっけ?」

 あの当時はアリシアはオルフィアの専属侍女だったはずだ。その事件を切欠に私の専属侍女になったはず……なら、誰?

 二人でパーティを抜け出して、王城の裏手にあるお化け大樹に登って、帰り道が分からなくなって――最終的には大きな白黒のドラゴンが迎えに来てくれた。

 白黒のドラゴン……まさか、ね?

 私は代金を支払って甘味処を後にした。

 お隣の人、ゆっくり味わってくださいね!


「あやつはやる気があるのか?」

「ま、まあ、始まったばかりですし……」

「ほいひそう」


 白玉ぜんざいを食べながら、ふと昔の事を思い出していた。

 エレンティアと初めて出会ったのは十年前――このドラグニール王国の生誕祭のパーティでだ。エレンティアの「冒険」の二文字に唆されて、パーティ会場を抜け出し真っ暗な夜道を彷徨い歩いた。そして何処か高所に登り、星空を二人で見上げていた。

 あの時のエレンティアの笑顔は今でも忘れられない。

『また二人でここに来ましょ!』

 それが初恋であり、今も尚、継続しているのだから。

 想像しただけで顔が熱くなってきた。

「当時の俺は臆病で、エレンティア様の後ろに隠れながら付いて行ったっけな」

 だからこそ、男らしくあろうと胸を張って前に進んで来れたのだ。

「エレンティア様なら、ここに来ると思ったんだが……少し歩いてみるか」

 パンッと両手を合わせて、お店や農家の方に感謝を示して立ち上がる。


 王城の奥に聳える城よりも巨大な大樹。始まりの樹――フォレスト・オリジン。

 ドラグニール王国が誕生するより遥か前より存在し、世界創造と共に生まれたという真偽不明な伝承さえ残っている。

 頭に乗っかっている銀色のドラゴンを落とさない様に大樹を見上げる。

「確かあそこだよね……それよりも、ちょっと首が痛くなってきたから降りない?」

「キュー」

 可愛らしい声で鳴いて銀色のドラゴンは眠ってしまう。

「はぁ、気の済むまでどうぞ。この子の名前も考えないと、かっこいい名前の方がいいのかしら」

 心惹かれる惣菜屋から漂う誘惑を跳ね退けて歩みを進める。

 ――行き先はもう決まっている。


「店主、この昆布の佃煮と芋の煮たやつと白身魚フライを二人前つづお願いします。あー、あとおにぎりのセットも二人前で」

 エレンティアが立ち寄りそうだと思って惣菜屋を除いてみたら、除くだけのつもりが誘惑に負けて見事にミイラ取りになってしまった。

 収穫はなし。

 美味しそうな惣菜の収穫はあった。

「って、そんな事をしている場合じゃない!」

 気を取り直して走り出した俺を立ち止まらせる言葉が脳裏に蘇る。

『冒険ってどこへ行くのですか?』

『んーそうねぇ。お化け大樹に行きましょ!』

 見上げる。

 城を覆い隠そうと今も枝を延ばしているフォレスト・オリジンを。

「あの時……エレンティア様とオリジンに登ったのか」


 生活水路を跨ぐ小さな橋を越えて、しばらく歩くと目的地に到着した。

「近くで見ると無駄に大きいわね」

 頭の上の重たい帽子が落ちない様に両手で押さえて大樹を見上げる。

 記憶に掛かった靄が少し取り払われていく。暗い夜道を私の後ろにしがみ付くようにして付いて来ていた弱虫な男の子。

 それが誰だったのか、はっきりとは思い出せない。

 でも、レティシアが回りくどい『鬼ごっこ』なんてお膳立てをしてきたのだから、あの男の子はヴァルトヘルツなのだろう。

「とにかく登ってみますか」

 大樹の幹はうねる様に大きく隆起していて無数の迷路のような道が出来ており、その幾つかは柵で補強されて観光スポットとして開放されている。

「夜で子供だったし、それほど高いところまで登っていなかったはず」

 霞の掛かった暗闇の記憶をよく思い出しながら慎重に足を進める一方で、別の事をを考えていた。

 それはレティシアの思惑だ。

 「退屈」と言ってゲームを持ち掛けて来たのに、その本人がゲームに参加しないどころか、直接ゲームの状況を見守れない『鬼ごっこ』を提示してきたのだ。それも範囲を王都全体に指定している。

 退屈を紛らわせるなら、自らゲーム参加するか、範囲を戦況が見守れる王城内に指定しているはず。

 しかし、そのどちらでもない。

 ならば、裏があると考えるのが当然の事だ。

 真意まで読み取れないが、大方「忘れている思い出を思い出せ」と言ったところだろう。

「掌の上で踊らされいて釈然としませんけど……時間を与えて貰えた事には感謝しないといけないわね」

 そうこうしている内に分かれ道に行き当たった。

「右か左か」

 悩む暇もなく、私の足は自然と"そっち"へと向いた。


「うむ。良い傾向じゃな」

「レティシア様、こうなると分かってたんですか?」

「何の事かのう。それよりレーナ、少しお使いを頼む」

「ほふぇ?」


 分岐を過ぎるとおぼろげな記憶の中に残るの場所へとに到着した。

 隆起した幹が大きく飛び出ている行き止まりの小さな広場になっている場所。月と星の灯りだけの記憶で確証はないが、懐かしさにも似た既視感がここだと物語っている。

「ここだよね?」

 同意してくれる声はなかった。

 流石に首が疲れたので頭の上の銀色のドラゴンを降ろして、木の幹に背を預けて座る。銀色のドラゴンは不満そうな目で見上げてきたが、私の疲れを見抜いたのか首を丸めて目を瞑った。

「食っちゃ寝ばかりしていると、おデブちゃんになっちゃうわよ」

 寝息を立てる小さな背中を突いてやる。

 雲一つない快晴。風も殆どなく、ポカポカとした暖かな春の陽気は昼寝日和なのかもしれない。

「ふわぁあ、ちょっと歩き疲れ……あ、何か約束……」

 何かを思い出しかけた私の意識は、睡魔に負けて暗転してしまう。


 ポチャン

「うわぁぁぁぁ!!??」

「もう、川に石でも落ちただけでしょ!」

 私の背中にしがみ付いてきたヴァルトヘルツを窘める。

「で、でも……」

 退屈だったパーティを抜け出す時、男の子だから頼りになると思ってヴァルトヘルツを誘ったのは失敗だった。事あるたびに声を上げて驚いて、私の後ろに隠れているばかりで頼りがいが無い。

 誤算だ。

 楽しくなるはずの夜の冒険が、とんだ足手まといを拾ってきてしまった。

「ほら、もうすぐ着くから!」

 ヴァルトヘルツの手を引いてお化け大樹を登り始める。

 覆い茂った木々の隙間から漏れる月明りに照らされた薄暗い不安定な足場をパーティ用のドレスで登るのは思っていた以上に困難だった。

 これも誤算だ。

 観光地になっていると聞いていたから、登りやすいように舗装されているものだと勘違いしていた。現実は安全用の柵が作られているだけだ。

 分かれ道に到着して、私は迷わず左を選ぶ。

「こ、こっちで合ってるんですか?」

「知らない。何となくよ、何となく」

「えぇー、か、帰りましょうよ」

「大丈夫、だいじょうぶっ!」

 私の言葉に怖気づくヴァルトヘルツを引き摺るように先を進む。

 分岐を過ぎてから、大した時間を要さない内に冒険は終点を迎える。行き止まり。大人三人が横になれる程の広場になった場所に到着した。

 街の灯りを一望できる月明りに照らされた特等席。灯りは生きている様にゆらゆらを揺らめき不思議な光景でもあった。

「なにこれ……もうちょっと大きなハプニングとか起きても良かったんじゃないの!? 邪悪なドラゴンが襲ってくるとか、私たちを誘拐しようとする怪しげな一団とか!! そう思うでしょ?」

 しかし、私にとっては物足りないものだった。

 不満を垂れ流す私に対応に困ったヴァルトヘルツは乾いた笑いで相槌を打つだけ。

「あ、エレンティア様、見てください!」

「ん?」

 今までと打って変わって明るい声でヴァルトヘルツが真上を指さして、私の視線を誘導する。

「うわぁ、凄い」

「はい、綺麗です」

 広場の真上だけ木々が丸く切り抜かれた様になっていて、その先には月と星が光り輝いていた。

 それは天空の窓と呼ぶのが相応しいかもしれない。

 暫くの間、私たちは並んで寝転がり、天空の窓から夜空を眺めていた。

 街の灯りを一望できるだけでのつまらない場所かと思っていたが、これなら十二分の成果と言える。

「ねぇ、貴方さえ良ければ、また二人でここに来ましょ!」

 初めてだった。今までに誰かを誘って冒険をしたことはあった。でも、もう一度誘おうと思う事は一度たりともなかった。今度は臆病で足手まといのヴァルトヘルツの顔を恐怖で怯えさせて遊んでやろうという気持ちはゼロではなかったが、純粋に一緒に来たいと思っていたのも事実だ。

「は、はい! エレンティア様がよろしければ! 今度来る時には、もっと男らしくなっておきます!」

「それじゃあ約束ね! んじゃ、帰ろっ――」

 急に視界が暗闇に覆われた。

「うわぁぁぁ、な、何っ!?」

「動かないで!」

 周囲が真っ黒な闇で覆われている。眼下を見下ろせば、沢山の街の灯りが蠢いているのが見えた。視界が何かに覆われた訳ではなさそうだ。

 見上げると、そこには先ほどまであった月や星が無くなっていた。光を通さない程の雲の隠されてしまったようだ。

「大丈夫、月が雲に覆われただけみたい」

「そうですか……」

「でも、困ったわね」

「?」

「帰り道が分からない」

 月明りを頼りに歩いてきた道は闇に飲み込まれて消失していた。

「月が出るか、日が昇れば帰れるわ!」

「日が昇るって……最悪、朝までここって事ですか!?」

「うん」

「大丈夫、大丈夫。冬じゃないし、死ぬことはないって」

「エレンティア様って逞しいですね」

「まあ、普段から脱走してるから……」

「脱走ですか?」

「私、姫よ姫よって扱われるのが嫌なの。みんなと同じように普通に暮らしたい。特別であっても特別に扱われたくはない。みんな分かってくれないんだけどね。貴方にも分からないでしょ?」

「…………。いえ、その気持ちは少し分かる気がします。私も堅苦しいのは苦手なんですよ。けど、長男で一人っ子ですから、将来は国王として国を治めないといけないから、そう言い聞かせて王子らしく振舞っているだけです」

 子供らしくない愚痴大会になりつつある私たちの会話を遮る一条の光が夜空を駆ける。

 それは銀色の小さな光。

「流れ、星?」

「でしょうか?」

 ゆらゆらの揺れ動きながら、銀色の光は王城の方へと消えていった。

「落ちたんでしょうか?」

「落ちたならもっと凄い事になってるんじゃ……」

 私たちが王城の様子を伺っていると、頭上から押し付ける様な風が降り注いでくる。

 その違和感に咄嗟に見上げた私の視界を巨大な何かが掠めていく。

 次の瞬間――

「エレンティア! 帰ったらきっつーいお仕置きだからねっ!!」

 怒りの混ざる聞きなれた声のと共に周囲が昼間の様に明るく照らされる。

 眩しさに目を細めながら声の方を見ると、

「お、オルフィアお姉ちゃん!」

 白黒のドラゴンに跨った侍女のアリシアと、その腰にしがみ付いて額に青筋を浮かび上がらせている我が姉オルフィアの姿があった。

「アンタねぇ、今回はちょっと容赦しないからねっ!!」

 こうして私達は無事に救助され、朝まで過ごすという最悪の事態は免れた。

 そして宣言通り、きっつーいお仕置きを私は甘んじて受けた。

 因みに眼下で蠢いていた灯りの半分は、居なくなった私達を捜索していた警備の兵士達だったらしい。


 心地の良い春風が吹き抜ける。

 銀色のドラゴンは小さな体躯を大きく広げて、翼をゆっくりと羽ばたかせて静かに飛び上がった。

 気持ち良さそうに眠る己の巫女を起こさぬように、春風に紛れる様に大空へと舞う。


「…………」

 フォレスト・オリジンを登り始めた俺は、いつの間にか頂上へ到着してしまった。

「どの辺りだっけか……うーむ、取りあえず戻ろう」

 日没までには余裕がある。

 まだ焦る必要はないが、この大樹を闇雲に探していては丸一日あっても足りない。

 下り始めた時、俺は一つの問題に直面した。

「ふっ、迷ったぜ」

 大樹は上の方に行けば行く程、隆起した木の幹だけではなく、重なりねじれ合った枝によって迷宮と化していた。観光パンフレットにアバウトな地図らしきものは記載されていたが、残念ながら地図としては全く意味をなさない。

 そして小さく注意書きがあり、

『※遭難・落下の危険がある為、登樹の際は必ず専門の案内役の手配を推奨いたします』

 既に時遅し。

「こういう大切な事は、もっと大きく書けよ! 登頂口に間所とか設けろよ!」

 俺の怒りは誰かに受け取られる事なく、大空に消えていった。

 どっちに行けばいいのかと、降れそうな方向を目指して適当に進む。進む。進む。同じところに戻ってきている様な気がする。

 パンフレットの見逃しそうになる文章の塊の中に『上層部はループしている場所も多く、毎年案内役をつけない無謀な観光客が遭難しています』とある。

 そういう事は注意書きに書けよ!

「あれ……俺、遭難した?」

 幾ら歩けど変わらぬ景色。高さも変わっている様には思えない。

 他の観光客ともすれ違わない。

 このままいけば勝負どこではなく、生命の危機では?

 バサバサーー

「ん?」

 重音感のある羽音に周囲を見渡す。

 銀色の物体が高速でこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

「キューーーー」

 それは叫び声の様な高い声を上げながら、

「ぐへっ」

 俺の鳩尾に吸い込まれる様に収まった。

 痛みを堪えながら鳩尾に突っ込んできた物体を引き抜くと、それは暴れて手から逃れて宙に浮いた。

「キュォ」

 飛来した物体――銀色の小さなドラゴンが翼を羽ばたかせて俺と目線を合わせてくる。

「ドラゴンの子供? そういえば――」

 宴会の机の上やゲームが始まる前にエレンティアの頭の上にいたのを思い出した。

 ドラグニール王国においてドラゴンというのは日常的な存在だ。当たり前に何処にでもいる。子供のドラゴンだって例外ではない。それが日常であると認識していたお陰で全く意識していなかった。

「いたな」

「ギャァ!」

 銀色のドラゴンは機嫌を損ねたらしく、ペチペチと小さな尻尾で頬を叩いてくる。

「すまん、すまん。意識していなかっただけで、覚えてなかった訳じゃないぞー」

「……ギュゥ」

 恨みがましい目で暫くの間視線を合わせた後、俺の頭の上を寝床とする事で折り合いをつけてくれたらしい。

「なあ、お前。帰り道って分からないか? 出来れば、エレンティア様の所まで案内してくれると嬉しいんだけど?」

 頭上に質問してみると、ポンポンと右足で頭を叩かれる。右に行け、という事なのだと何となく伝わった。

 俺はドラゴンナビゲーションを利用してフォレスト・オリジンの探検を開始した。


 人の気配がした。

 ゆっくりと瞼を押し上げると、真っ赤に燃える夕日で赤く染まる王都の姿が飛び込んで来る。

「私……ずっと寝てたんだ」

 ぐっ、と大きく伸びをして周囲を見渡すと銀色のドラゴンは何処にも居なかった。

「あれ? あの子……」

「キュァァ」

 銀色のドラゴンが来た道の方から翼を羽ばたかせて姿を現した。小さく旋回して私の膝の上に降り立つと大きな欠伸をして目を瞑ってしまう。

「いなかったからちょっと心配したのに……また寝るの?」

 我関せずと言った感じで、銀色のドラゴンはすやすやと規則正しい寝息を立て始める。

 ゲームの方はどうなったんだろう?

 ヴァルトヘルツの姿はない。

 太陽は七割ほど姿を隠しているが、期限にはまだ時間がある。

 街中を探し回ったとしても一度も遭遇する事がなければ、それ以外の場所を探しているはずだ。あの日の事を覚えているなら、ヴァルトヘルツはこの場所に来るだろう。

 もし辿り着いたのなら私の負けで構わない。

 ヴァルトヘルツと冒険をしたあの頃の私には友人と呼べる存在は一人もいなかった。アリシアも当時は姉の専属侍女で、必要最低限の会話しかした事が無かった。友人になろうと言ってくれる子は沢山いた。しかし、友人と呼べるような間柄になる前に離れていくか、自分といる事で辛そうにしていたから突き放していた。今も友人と呼べる存在はアリシアしかいない。

 だが、ヴァルトヘルツは違っていた。確かに臆病で私の後ろに隠れてばかりだったけれど、『もう一度ここに来よう』と言ったら私の目を見て頷いてくれた。ついでに『男らしくなる』という公約は立派に遂行され成し遂げられたようだ。

 私が忘れていた初めての約束。

「早く来ないと沈んじゃうわよ」

 夕日は殆ど海の向こうに沈み、頂点を僅かに覗かせているだけだ。

 数分の内に日没を迎える。

―――

――

 ぼんやりとした赤い残滓を残して、夕日は海の向こうへ沈んだ。

 日没だ。

「どうして出て来ないのよ、貴方は」

 そこに居るであろう人物に呆れて声をかける。

「バレてましたか……」

 苦笑いをしながら木の幹の影から紙袋を抱えたヴァルトヘルツが姿を現す。

 確証は無かった。

 微かに感じた人の気配。銀色のドラゴンが来た道から現れた事。そして約束の場所。

 何となく、近くにいるんだと思っていた。

「何で出て来なかったの? この状況で私が逃げると思った?」

「いえ、全く」

「ならどうして?」

「俺が勝利してはダメだからです」

 意味が分からない。

 ヴァルトヘルツが私の隣に腰を降ろして紙袋の中身を並べ始める。幾つかの惣菜とおにぎり。各二人分。

「貴方に認めてもらった上で、一緒に前へ進んで行きたいんです。俺が勝利すれば、どういう理由を付けても勝利した結果で齎された関係でしかありません。それでは本当の意味で俺を認めてもらった訳ではない。だから、敗北を選んだ訳です」

 ヴァルトヘルツが勝利した場合、勝利条件によってエレンティアはヴァルトヘルツの事を前向きに検討する。それでは例え私が、本心から前向きに考えていたとしても『勝利条件による』という前提が付きまとってしまう。

 その逆は違う。

「真面目というか、律儀というか……言っておくけど、まだ私は結婚する気とかないわよ?」

「その時まで待っているので安心してください」

 一周回って尊敬してしまうくらいの即答だった。

「それよりも、まだ時間がありますから、軽く食事でもいかがですか?」

 取り出された二本のフォーク。その一本を手渡される。

「キュァ」

 眠っていたはずの食いしん坊が声を上げて、膝の上から飛び降りるとヴァルトヘルツを見上げて催促の声を上げる。

「なんだ、お前の食べたいのか? よしよし」

 ヴァルトヘルツは銀色のドラゴンの首を撫でた後、小皿を取り出して食べやすいように取り分けてるとドラゴンの前に置いた。

「ねぇ、時間って?」

 日没はとうに過ぎて、ゲームは終わっているはずだ。

 フォークを顎に当てて不思議そうに首を傾けている私にヴァルトヘルツは言った。

「二人でもう一度ここに来る。星空を見上げながら約束したんですから、約束は星空の下でないと果たされないでしょう?」

 本当に律儀というか、生真面目というか……。

「ギュゥ!」

 バサバサと銀色のドラゴンが飛び上がり、尻尾でヴァルトヘルツを攻撃し始める。ヴァルトヘルツの言った『二人』という部分に自分がのけ者にされていると感じたのかもしれない。

「お前の事を忘れてる訳じゃないって……俺の分も食っていいから」

 ヴァルトヘルツが銀色のドラゴンを捕まえて地に座らせると自分の分のおにぎりや惣菜を差し出している。

「ホント、良く食べるわね、この子。ほら、私の分も食べていいから」

 銀色のドラゴンの前に差し出すと、美味しそうに次々と平らげていく。

 その小さな身体の何処に入っているのかと呆れてしまう。

「そういえば、このドラゴンは何なんですか? 子竜が親から離れているなんて珍しいですが……」

「あれ? 言ってなかったっけ? 私、この子の巫女になったのよ」

 てっきり、アリシアやレティシアが説明しているものだと思っていた。

「…………。へ? 巫女になった?」

「うん」

「えぇぇ、そ、それって一大事じゃないですか!? というか、巫女って事はこのちっこいのは高位のドラゴン……?」

「竜王種らしいけど?」

「えぇぇぇぇぇ、国家規模での一大事じゃないですか!?」


 ヴァルトヘルツが落ち着きを取り戻した頃には、すっかり夜の闇も濃くなっていた。

 枝がくり抜かれた様にぽっかりと空いた丸い穴から月と星の明かりが頭上から降り注ぐ。

 天空の窓。

 今更だが、なんとも恥ずかしい名前を付けてしまったものだ。

 二人で横になって窓から見える夜空を見上げる。銀色のドラゴンは食後の運動なのか、夜空を自由に飛び周りキラキラと光り輝いていた。

 満天に輝く月と星々と流れ星の様に夜空を駆けまわる銀色のドラゴン。

「あの時の流れ星って、もしかして」

「あの時の流れ星って、まさか」

 その光景は十年前のあの夜に見たままだった。

 胸の内ですっと言葉が浮かび上がる。

 ずっと考えていたドラゴンの名前だ。

「決めた!」

 私が両腕を広げて伸ばすと、それに気づいた銀色のドラゴンが勢いよく飛び込んで来たのを抱きとめる。

 夜空に広がる星々は常に同じ方角にある。道に迷ったとき、夜空の星を頼りに進めば目的の場所に辿り着ける。

 私たちが過去の約束を忘れていても、この場所まで導いてくれたこの子に相応しい名前。

 導きの星――アステル。


「今回の一件、全てオルフィア様の企みだったんですね?」

「アリシアちゃん怖いわ。私はお父様とエレンティアの勘違いを少しばかり利用しただけよ」

「それを企みと言うんです!」

「まあ落ち着くんじゃ、アリシア。それよりも我との重要な約束は忘れておるまいな?」

「くっ……初めからヴァルトヘルツ様がエレンを捕まえない確信していたんですよね? これって八百長っていうんじゃないんですか!?」

「酷い言いがかりじゃな。やつの人間性を考慮しただけに過ぎん。ほれ、はよう巫女の契約をするぞ」

「あの二人って放っておけば自然と和解してたって事ですよね……つまり、これって私の一人負けじゃ?」

「なぁにをぐだぐだ言っておる。さっさと契約するぞい」

「これで皆幸せで大団円ね、ふふふ」

主役二人の物語という事もあって、メイン外のキャラクター達の色々は大幅に省いています。

二人のその後、アリシア関連、これからの物語、一応は考えてあるのですが、

二人の再会をテーマとした物語はここで終わりになります。

無いとは思いますが、あそこが気になる、続きが欲しい等の要望があれば書いていきたいと思います


追伸

若干1名忘れ去られている始祖様がいますが……一度は書いたのですが……省いても問題の無いものなので省略しました。

言及するのであれば、悲惨な状況で発見され、臭いが消えるまで幽閉されました。

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