白き魔ほろぎ何の欠片?-②
でも、わかったのはヴァスシードの国王様が急にこのお城に来ることくらいだ。詳しいことはエディオスさんが読み上げてくれないからわかんないけども。
アナさんやセヴィルさんは席から立って、エディオスさんの後ろに回り込んでお手紙を覗き込んでおられました。
「まあ、ユティリウス様。この前は後3日後と仰ってましたのに……?」
「どうやらファルミアにも異存はないようだな。この速さ……おそらく転移方陣を使って来るようだが」
「だよなぁ……」
エディオスさん頭痛がしたのか、こめかみを押さえておられました。
「っかし、ユティはともかくとしてなんでファルが止めに入らねぇんだ?」
「たしかに珍しいな。公務はあちらとて暇ではないはずだが……」
それは僕も思うね。
だって一国の王様と王妃様だよ?
お仕事ほっぽってこのお城に急いで来る理由ってあるのかなぁ? 来訪は前々から決まってたことらしいけど。
「あの……陛下。それが真でしたらば」
とここで放置状態になりかけてた給仕のお兄さんが割って入ってきた。
まあ、焦るよね。国王様からの電報?は勝手に見ないだろうし内容が内容だから。
お兄さんがオロオロしかけてる気持ちもわからなくもない。僕だって、元は接客業やってたからさ。
「ああ。今も聞いてただろうがヴァスシードの国王夫妻が夕刻にここに来ることになりそうだ。マリウスとライガーには食事は俺らと一緒にするように言っておけ。護衛や使用人らの方は中層を一部使っていいから対応は任せる」
「はっ」
お兄さんは一礼すると足早に裏へと行ってしまった。そんな粗相はこの場合誰も気にしていないから無視。
ただ、さらっと決まっちゃったけど初対面の僕やクラウが同席してもいいのかな?
「ん? カティアどうかした?」
話に加わってなかったフィーさんが僕が考え込んでたのを不思議そうに首を傾げた。
「あ、いえ。そんな大袈裟なことではないんですが」
「十中八九、君がユティ達と同席してもいいのか悩んでたんでしょ?」
「え、はい……」
やっぱりバレてたかぁ……まあ、初日から僕は顔に出やすいって言われてたしね。
すると、フィーさんがくすりと口元を緩めた。
「遠慮する必要はないと思うよ? 君ももうこの城の一員と言っても過言じゃないし」
「そ、そうでしょうか?」
「水くせぇなぁ、カティア。誰もお前が邪魔なんて思ってないぜ?」
「ああ」
「そうですわよ、カティアさん」
「あ、ありがとうございます……」
嬉しいお言葉に胸がなんだかこしょばゆい。
まだ出会って数日なのに、もう皆さんと過ごすのが当たり前になってきている。僕って、家族やツッコミ親友以外はコミュニケーションが乏しかったから、こんな親身になってくれる人達からの優しい言葉や態度には弱いんだよねぇ。
愛想がなかったわけじゃなくて差し障りのない普通のお付き合いと言うか。昔の僕からじゃ考えられないくらい毎日がとっても楽しい。
そ、それに、こ、婚約者まで出来たもの。お互いの気持ちは確認し合ってないけどさ。
「ん? エディオス、お前この間ユティリウスに識札を飛ばしていなかったか?」
「あ?」
セヴィルさんの問いに、エディオスさんは思い出すべく顎に手を添えて首を捻り出した。
しばらくうーんって唸ってたが、ややあってさぁーと血の気が引くのがわかるくらい青ざめていった。
え、どうしたんだろ?
「……直接的ではねぇが、カティアのこと知らせたな」
「おそらくそれだろう……」
「ですわよね」
「ぼ、僕のことですか?」
え、一体何をお知らせしたのかな?
ピッツァ? まさかセヴィルさんが僕の御名手になったとかじゃないでしょうねぇ⁉︎
「来たら美味いもん食わしてやるってくらいだ。ゼルとカティアの御名手のことは時期が来るまで秘匿すんのがいいだろ? いくらユティにだからって言うわけねぇよ」
「そ、そうですか……」
それにはほっと出来ましたよ。
セヴィルさんも小さく息を吐かれてた。
「ですが、それだけでしたらファルミア様がお止めになられない理由にはならないと思われますが」
「……たしかに」
「だよなぁ?」
「あの公務重視のミーアがユティと一緒くたになってそんな急いで来るほどでもないよねぇ?」
と、皆さん渋い顔色になってしまわれた。
僕はと言うと、王様と王妃様が来るからにはピッツァを振舞ってくれってエディオスさんに頼まれてたから、どんなのを用意しようか悩むしかなかった。
だって、あの王妃様が来るんだよ?
料理好きだから家庭的な奥様なイメージとかしてたけど、王妃様と言う立場上厳しい面も持ち合わせなきゃいけないだろうから多分違うかも?
だけど、舌が肥えてる上に料理上手な方に僕なんかがどんなピッツァ出せばいいのかなぁ。普通で大丈夫だろうか?
「ふゅぅ……」
クラウが眠たげな声を漏らした。
さっきから静かだなぁと思ってたら眠たかったんだね。僕は抱っこしてからトントンと翼上の背中を軽く叩いてあげた。
♦︎
結局、考えても仕方がないのとあまり時間もないからと一旦解散となりました。
エディオスさん達は王様と王妃様のお出迎え準備や執務の後片付けの為に執務室の方へ戻っていかれたよ。
僕はクラウを寝かしつける為に借りてるお部屋に戻っています。
「今日ーのご飯はなんだろなぁー?」
鼻歌まじりにルンタッタと軽くスキップしながらお部屋に戻っていってるけど、周りに誰もいないからいいよね?
「ふゅぅ……」
こてんと寝に入ってるクラウが答えてくれるかのように寝言をこぼした。
夢の中でもまだ何か食べてるのかな?
ちょいと覗き込めば口がもごもご動いてたし。
「ご飯はもう今日はお預けだよ?」
あれだけ食べたから、夕飯はお預けにした方がいいよね?
でも、さすがに一食は可哀想かな?
神獣や聖獣って、1日3食なのかしらん?
とりあえず、お腹がある程度満たされてお眠に入ってるからしばらくは寝かせた方がいいよね。
ゲストルームまで来たらスキップをやめてとんっと地面に足をつけた。
「到着ー。クラウもうちょっと待ってねー?」
お布団までもう少し。
中には誰もいないはずだから、僕は躊躇いもなくドアを開けて……すぐに閉めました。
「あ、あれぇ? 僕が借りてる部屋ってここだよね?」
廊下、隣はアナさんのお部屋などなど諸々確認したが、まだ泊まるようになって数日のゲストルームはここ以外僕は知らない。
もう一度ゆーっくりとドア半分を開ければ、黒い馬鹿でかい影がありました。
さっきは見間違いかと思ってたけど、やっぱりあるー‼︎
おまけにさっきは気づかなかった金色のでっかいお目々に背筋に悪寒が走った。
怖くなってもう一度閉めようとした時だった。
【何故閉める必要がある?】
耳というか頭の中に低っくい声が響いてきた。
後ろを振り返っても誰もいない。
クラウと意思疎通出来たにしては腕の中で寝ちゃってるこの子は動く気配はない。
まさかなーと、正面の金色の瞳をおそるおそる見上げてみれば、縦に伸びた瞳孔がわずかに動いた。
【何かこちらに用でもあるのか?】
クラウじゃないのは間違いない。
目の前の黒い影が僕の頭の中に話しかけてきたのだ。
(ぴぎゃぁああ⁉︎)
声にならない悲鳴を上げてしまった。
声が出なかったのは、口の中が渇いてたと言うかあまりの衝撃に忘れてた方が強いと思う。
声出してクラウを起こさずにすんだと言うのは良かったけれど、僕は怖くなって堪らずに固まってしまった。
だって、ディシャスの時とは全然違った。
あれは牙や鉤爪のトキントキン具合や圧倒される存在感で怖くなったんだと思う。
だけど、まだ姿がわからない目の前の黒い影はそんなもんじゃない!
今更になって、顎なんかがカタカタと震えだしてしまうくらいそれは『畏怖』のオーラを醸し出していたのだ。
【? どうかしたか?】
なんて事のない声掛けでも、僕はびくんびくんと肩まで震え出してきた。
バックターンしてセヴィルさんかエディオスさん達を呼びたい衝動に駆られてたけれど、足が地面に固定されたかのように動けないからどうしようもない。
だけども、僕は声をかけられたからには応えないといけないなと気を引き締めて、クラウを少し強く抱きしめた。まだ生まれて間もないこの神獣を守れるのは僕しかいないもの。
「……え……っと、あなたは?」
【こちらも聞きたいな。微弱ながらも稀な魔力を持っているな。何者だ?】
質問したら質問返しされちゃったよ‼︎
話しかけられる度に瞳孔がギョロっと動くのが怖いーー‼︎
だけど、質問にどう答えようか考えあぐねる。
僕の魔力が弱いのは十分承知だけど、稀なって希少価値って意味だよね?
腕の中に抱えてるクラウのことじゃないようだけども。
「あら、窮奇誰か来たの?」
凛として透き通った声が今度は耳に届いてきた。
お、女の人?
【む。すまない、どうやら客人のようでな】
きゅうきと呼ばれた黒い影は自分の後ろの方を振り返った。
「客人……? もしかしたら、今ここを使ってる人かもしれないわ。会わせなさい。詫びはこちらからしないと」
【そうか……?】
女の人の声にきゅうきさんはようやく体をずらして中の様子がわかるようにしてくれた。
ガチガチガクガクで動けない僕だったが、見えてきた光景に次の瞬間心を奪われてしまいました。
「ほわぁ……」
女の人は僕が使わせてもらっているベッドに腰掛けていた。何か読んでたのか、側には本らしきものが置かれてたけど。
って、そうじゃごぜぇませんぜ!
注目すべきは女の人の御姿だって!
思わず抱っこしてたクラウを落としそうになっちゃうくらい僕はぽかーんとしてしまいそうだったよ。
(ちょ、超絶美人さん⁉︎)
てなワードがすぐに出てくるくらい女の人は美人過ぎました。
血色は通ってるだろうけど、僕以上に真っ白なつるつるお肌にすっと通った鼻筋に小さな桃色の唇。ディシャスよりはもっと濃くて深いエメラルドグリーンのつぶらな瞳。
髪はとっても長くて地面についちゃうんじゃないかと思うけれど、傷んだ様子もない碧い艶やかなロングヘア。ところどころ髪飾り的な宝飾が付いております。
服は洋装というよりチャイナドレスなんかをイメージしてある薄緑のもので、スリットすっごいけどレギンス的なズボンはちゃんと履いておられましたよ?
美形や美人さんはセヴィルさんやアナさんで見慣れてきたと思いかけてたが、この女の人は一線を画していらっしゃいます!
まさしくお人形さん的な美人さんなんて僕見たことないよ⁉︎
「あら、子供……?」
お姉さんは僕を見るなり首を小さく傾げた。
そんな一挙手一投足だけでも様になるよね。
僕は相変わらずぽかーんって口開いちゃってるけれども。
するとお姉さんは、ベッドから降りて僕ときゅうきさんのところへと歩いてきた。
ふぉお⁉︎ お人形さんがこっちにやってくるぅ‼︎
「あなたが今この部屋を使ってる人なのかしら?」
「え、あ、は、はい!」
お姉さんが真正面までやってくると僕にそう質問してきたので、僕は慌てながらも返事をした。
この人女の人なのにアナさんよりも背が高いや。
「あら、ごめんなさいね。ここは以前私以外使う人がいなかったから勝手に入らせてもらったの」
「ほえ?」
以前は使っていた?
待てよ、初日にアナさんがそんな事言ってたような……思い出せ思い出せ⁉︎
『次にクローゼットですが……いつもはお隣の国の王妃様しかいらっしゃらないので、少し変えますわね』
うんうん、こんなことだったよね?
ってことはこのお姉さんはもしや……。
「えと……ヴァスシードの王妃様?」
「私を知っていて?」
やっぱり間違いないようです!
あれ? えぇっ⁉︎
なんでお出迎えされる側の王妃様がゲストルームにもう来てるんだ⁉︎
とは言え、ここは今僕が使わせていただいてる方なんだけども。
「あ、はい。アナさん……アナリュシアさんから伺って」
「リュシアから?」
なるほどと王妃様は顎に手を添えられた。
様になりますねぇ、美人さんは役得だよ。
じゃなくて、なんでここにいるんだろうこの人。
「そう……とりあえず、説明はするわ」
と言って、僕に中に入るよう促してきた。
「ぴっ⁉︎」
中に入った途端、きゅうきさん以外にも黒い影がいた事に僕は再び背筋に悪寒がはしった。
ハリネズミのようなトキントキンの毛が生えた牛の姿が、おそらくきゅうきさんだと思われる。他の3匹は熊のような手があるでっかい犬に、人面羊だけど虎みたいな牙を持ったのとか人面虎だけど猪みたいな牙を持ったのとかなんじゃこりゃ⁉︎な存在が部屋の中でくつろいでおられました。
「ん? ああ、原型のままで居座らせてたわね。皆、この子が怯えてしまってるから人型になってくれる?」
『【御意】』
王妃様がぱんぱんと手を叩き低い声が重なり合うと、目の前が真っ白に染まった。
反射で目をつむってしまったが、すぐに光は落ち着いて目を開く事が出来た。
「…………え?」
あのおどろおどろしい獣達の姿はなくて、代わりに男の人達がいました。
思わず『ホストかぁ⁉︎』とか叫びたくなるくらいの美形集団だったけれど。
横にいたはずのきゅうきさんも精悍な男前になっていたよ。




