エピローグ 春は、めぐる
桜が散ってから、
数日が過ぎた。
庭の景色は少しずつ変わり始めている。
若葉が風に揺れ、
去年より少し大きくなった薬草が朝露をまとっていた。
縁側では、
ハクが気持ちよさそうに眠っている。
その横で、リツカは薬草の葉を一枚ずつ確かめていた。
「おはよう。」
奈緒が縁側へ出てくる。
マグカップからは、淹れたてのコーヒーの香りが漂っていた。
「おはようございます。」
リツカも微笑む。
その「おはよう」は、もうどこにもぎこちなさがない。
毎日交わしてきた、当たり前の朝の挨拶だった。
「見てください。」
リツカが庭を指さす。
小さな薬草の芽が、
春の光を受けて揺れていた。
「大きくなりました。」
「本当だ。」
奈緒はしゃがみ込む。
「去年植えた時は、こんなに小さかったのに。」
「はい。」
「植物も、人も同じですね。」
リツカはやさしく葉に触れる。
「毎日は少ししか変わりません。」
「でも一年たつと、ちゃんと育っています。」
奈緒はその言葉を聞いて、思わず笑った。
「それ、リツカのことじゃない?」
リツカは少しだけ首をかしげ、
それから照れたように笑う。
「そうかもしれません。」
その時、
玄関が開く音がした。
「朝ごはんできたよー!」
フミの声が庭まで届く。
続いて、
「リツカさん! 早くー!」
みーちゃんの元気な声。
ハクも飛び起き、
一目散に玄関へ走っていく。
その姿に、二人は思わず笑った。
「行きましょう。」
リツカが立ち上がる。
「うん。」
奈緒も頷く。
二人で家へ向かって歩き出す。
玄関の戸を開けると、
焼きたての魚の香り。
味噌汁の湯気。
食器の触れ合う音。
「手、洗ってきなさい。」
「はーい!」
そんな何気ない朝が、
今日も始まっていた。
リツカは家の中を見渡し、
静かに微笑む。
異世界で生まれ育った自分が、
この町で迎える二度目の春。
もう、この景色は特別ではない。
だからこそ、
何よりも大切だった。
「いただきます。」
みんなの声が重なる。
窓の外では、
若葉が春風に揺れている。
季節は巡る。
花は咲き、
人は笑い、
また新しい朝が来る。
その繰り返しの中に、
幸せは、静かに息づいていた。
――春は、めぐる。
そして、暮らしは続いていく。
完




