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転生博士の魔術原論 ~魔術適性ゼロの子爵家に生まれた少年は魔術を再定義する~  作者: 式部 夜未
第一章 初期条件に光をひとつ

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第3話 名づけられた光

 柔らかな陽光が窓辺から差し込み、白い壁を淡い金色に染めていた。


 母リオネラは椅子に腰を下ろし、本を開いている。銀の髪が陽を受けてやわらかく光り、頁を捲る指先は静かだった。


「今日もご機嫌ね、ユリウス」


 生後七か月。母のそばに置かれた小さなベッドから、その声を聞く。


 言葉の理解はすでにかなり進んでいた。まだ自在に声を出せるほど身体は育っていないが、日常の会話なら大意を拾える。


 だからこそ、尋ねられないことへのもどかしさも増していた。


 母の指先に時折生まれる光。身体の内側を巡る見えない流れ。それに応じるように、空間で揺れる何か。


 生まれた日から何度も観察してきたが、いまだ正体は分からない。


 視線を母の本へ向けると、リオネラはすぐに気づいた。


「本が気になるの? 本当に……あなたのお父様にそっくりね」


 言葉を返せない代わりに、そのまま本を見つめ続けた。


◇


 数日後の朝、乳母に抱かれて廊下を進んでいると、一枚の扉に目が止まった。


 重厚な木の扉。その隙間から、紙と革の乾いた匂いが漏れている。


(……書庫か)


 乳母の肩越しに見つめていると、気づいた彼女が小さく笑った。


「坊ちゃま、書庫が気になるのですか? 本当に不思議なお子ですこと」


 その話は、すぐに母へ伝わったらしい。


 翌日、僕はリオネラに抱かれ、同じ扉の前にいた。


「ほんの少しだけよ。埃は吸ってほしくないから」


 扉が開く。


 壁一面を覆う本棚には、革装丁の書物や古い手稿が整然と並んでいた。紙とインクの匂いに、前世の研究室や図書館の記憶がわずかに蘇る。


(これだけあれば……)


 今は頁を捲ることさえ満足にできない。それでも、いつかここにある知識へ触れられる。その事実だけで胸が高鳴った。


 視線を巡らせていると、棚の一角にある一冊で目が止まる。厚い布張りの表紙に、円と幾筋もの光を組み合わせた図が刻まれていた。


 僕の視線を追ったリオネラが、わずかに動きを止める。


 ほんの一瞬だけ表情から柔らかさが薄れたが、すぐにいつもの微笑へ戻り、その本を棚から抜き取った。


「これは子ども向けの魔術書よ。あなたには、まだ早いと思うけれど……絵を見るくらいなら、きっと楽しめるわ」


 魔術。


 胸の奥が大きく鳴った。


 母の指先に灯る光。身体や空間を流れる、あの正体不明の揺らぎ。


 これまで追い続けてきた現象に、初めて名前が与えられた。


 母が頁を開く。鮮やかな挿絵の周囲には短い文章が添えられていた。


 文字へ視線を向けると、完全ではないながら、意味が少しずつ立ち上がってくる。


(……読める)


 毎晩の読み聞かせで、母の声と文字の並び、絵と単語を結びつけていたらしい。細部までは追えなくても、大意なら理解できた。


 ――魔力。


 人の身体に宿る、魔術を使うための力。その強さや扱いやすさには個人差があり、血筋による影響も大きい。


 ――術式。


 魔力を導き、望んだ現象へ形づくるためのもの。明確な像を持つほど、魔術は安定する。


 ――呪文。


 術式を正しく形づくるために唱える言葉。決められた言葉を正しく唱え、魔力を流すことで魔術は発現する。


 名称を知った高揚は、読み進めるうちに別の興味へ変わっていった。


(……どうして、それで現象が起きる?)


 書かれている内容が間違っているとは思わない。長い年月をかけ、成功する方法として残されてきたのだろう。


 ただ、そこに至る仕組みは分からなかった。


 なぜ血筋が魔力へ影響するのか。思い描いた像が、どう魔力へ作用するのか。


 決められた呪文の何が重要なのか。音そのものなのか、発音や呼吸なのか、それとも言葉を唱えることで意識や魔力の流れが整えられているのか。


 子ども向けの本一冊で、この世界の魔術研究そのものを判断することはできない。


 それでも、この本が主に示しているのは「どうすれば魔術を使えるか」という方法であって、「なぜそうなるのか」ではなさそうだった。


 視線を頁から上げ、母の指先を見る。


 光を灯す時には、いつも一定の順序がある。短い言葉が紡がれ、身体の内側にある流れが動き、その直後に周囲の揺らぎが反応して、光が生じる。


(言葉。魔力。外側の揺らぎ。光……)


 順序は近い。だが、それだけで因果関係までは分からない。


 呪文そのものが何かへ作用している可能性もあれば、母の状態を整えているだけかもしれない。


 考えているだけでは答えは出ない。


 前世でも、分からない現象を前にした時にすることは同じだった。観測し、仮説を立て、条件を変えて結果を見る。合わなければ仮説を組み直す。


(……実験してみよう)


 最初に試す現象も決まっていた。


 光。


 母が何度も見せてくれたため観測回数が多く、炎のように周囲を傷つける危険も少ない。比較する対象としては都合がいい。


 今の僕には、正確な呪文など唱えられない。ならば、まずは母を観察して覚えた魔力の動きだけを真似てみる。


 それで光が生じるなら、少なくとも声に出して呪文を唱えること自体は、絶対条件ではない可能性がある。


 一度では足りない。同じ条件で繰り返して、同じ結果が得られるかも確かめる。


 胸の奥に、前世と変わらない熱が灯った。


 答えを見つけた時ではない。答えにつながる問いを見つけた時の感覚だった。


「ユリウス?」


 母が不思議そうに顔を覗き込む。


「そんなに面白かった?」


 返事の代わりに、本と母の指先を交互に見つめる。


 リオネラは何かを察したのか、やわらかく笑った。


「本当に、不思議な子ね」


 開かれた頁には、術者の掌に淡い光が浮かぶ挿絵が描かれていた。


(まずは、これだ)


 言葉がなくても、同じ現象は起こるのか。


 確かめるところから始めよう。

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