幕間 鐘の届かぬ先
王城の執務室で、王太子レオニス・フェルマティアは報告書から顔を上げた。
報告に来たのは近衛隊の副官だった。弟エリオンにつく護衛から上がった内容をまとめたものだという。
「電流、と呼ばれる雷に似た流れを銅線へ通し、離れた場所の鉄片を動かした。さらに、その動きに符号を与え、研究棟の廊下の端から端へ合図を送ることに成功した、か」
レオニスは、ゆっくりと報告の一節を読み返した。
弟が一人の特待生に強い関心を示していることは聞いていた。
エリオンは好奇心が強いが、他人に深く執着することは少ない。その弟が、ユリウス・ヴァルディエルという少年の研究室へ何度も足を運んでいる。
それだけでも気にはなっていた。
だが、今回の報告は、弟の気まぐれで片づけられるものではない。
「松明でも鐘でもない合図か」
レオニスは小さく呟いた。
城門。兵舎。港。軍務院。
王都の要所を結べば、伝令にかかる時間は大きく削れる。さらに距離を伸ばせるなら、国境砦との連絡すら視野に入る。
もちろん、研究棟の廊下で成功したものが、そのまま王国の通信網になるわけではない。
それでも、見過ごすには大きすぎた。
「この研究について、さらに詳しい情報を集めよ」
「はっ」
「ユリウス・ヴァルディエル本人、エルネスト教授、同席していた者の証言。使用した道具、距離、符号、失敗の有無。できるだけ具体的にだ」
「承知しました」
副官が頭を下げる。
レオニスは、報告書の雷魔術という文字へ視線を落とした。
「それと、ドルンベルク卿にも意見を求めたい。雷に関わる事象なら、あの方の見解は必要だろう」
「ジークフリート・ドルンベルク卿に、ですか」
「そうだ」
レオニスは報告書を閉じた。
「もし事実なら、これは早急に扱いを考えるべき研究だ。弟の遊び相手では済まない」
窓の外では、王都の鐘が時を告げていた。
だが、レオニスの手元にある報告は、その鐘よりも速く、遠くへ意味を届けるかもしれない技術について記している。




