94話・それは嘘ですから
「しばらく身動きするのに大変な気がするわね」
ため息つきながら言うと、膝の上に置いた手をドーラの手が包み込んだ。
「お手伝い致しますよ。ユリカさま。どんどん頼って下さいね」
「頼もしいわね」
「俺も手伝う。何でも言ってくれ」
「じゃあ、フィーにはまたホロホロ鳥の唐揚げを頼みたいわ」
「了解」
「でも、あなたここにいていいの? 他の使用人が見たら何て言うかしら?」
「大丈夫だ。今は皆、所用で出払っているから夕方まで帰らない」
「皆いないの? どうして?」
「一週間後にトロイルの陛下がお忍びでこの屋敷を訪問されるとかで、その用意で皆が忙しく走り回っているみたいだ」
「この国の陛下がこの屋敷へ? 何しに来るの?」
「さあな。アントンはこの国の陛下のお気に入りらしいから、陛下は遊びに来る感覚なんじゃないか」
お忍びと言いながら、前もってこの屋敷の使用人が知っているのだから妙な感じだ。お忍びにならないじゃないかと思う。リギシア国の王は個人宅を訪れることは滅多になかった。だから側妃である姉のマレーネも実家に帰省したことはない。
王達は何かあれば宮殿に貴族達を呼び寄せるのが当たり前だったから、このように個人宅を訪れるというトロイル国の王は珍しいように思われた。
トロイル国は特に内紛で揺れていると聞いていただけに、宮殿から抜け出して来てもいいのだろうかと思う。不用心のようにも思える。もしも、命の危険に晒されるようなことがあったならどうするのだろう?
でも伝え聞くトロイル国の陛下は、常に屈強の護衛兵を傍らに置いているそうだから、よっぽど身の安全を確信しているに違いない。
その中でアントンのもとを訪ねて来るということはそれだけ、アントンに気を許しているように思われた。
「どんな人なのかしら?」
「興味があるのか? 止しておけ」
アントンに興味を持つなんてもの好きな陛下に違いないと思うと、フィーに顔を顰められた。
「トロイル国の陛下の女好きな噂は聞かないが、あまり良い話は聞かないからな」
「こんな体で会おうなんて思わないわよ」
フィーが陛下に会おうなんて思うなよ。と、釘を刺してくる。トロイル国の陛下は戦い好きな男だと聞いている。そんな危ない男に好き好んで近付く勇気はない。
フィーはため息を漏らした。
「ユリカは何も考えず、体のことだけ考えてくれればいい。後のことは俺達に任せてくれ。きみの怪我が治ったならここから脱出しよう。それまで我慢できるか?」
「もちろんよ」
「無理はしないでくれよ。きみがあの馬鹿を庇ったって聞かされてどんなに心配したことか……」
「あ。それだけど、嘘だから」
「どういう意味だ?」
「あの人、アンナが襲い掛かって来た時、私を盾にしたの」
「……!」
フィーがそれを聞いて顔色を変える。私はアントンを庇う気などさらさらなかった。
「あいつ……! 許さない」
フィーの舌打ちが聞こえたような気がした。




