45 誓約者
ドゥムジから使者の名乗りを受けた諸王軍は、その場を宿営地と定めた。
実際問題として、大魔導師同士の魔法戦によって軍勢が乱れに乱れた結果、とても移動どころではなかったのだ。
逃げ出した家畜を騎馬と牧羊犬で追い立てて連れ戻し、草原にゲルを展開し、今はようやく落ち着いて夕餉の支度を始めたところである。
昨日までは何も無かった草原に、エーギン族と諸王軍、十数万の難民が入り交じる大都市がが出現した。
その光景は実に壮観だったが、そんな都市で何処かへと走り去った一人の少女を探さなければならないドゥムジとしては、軽く目眩を覚える次第である。
かといって、大魔導師がどこへ走り去ったのかを聞いて回る事は出来ない。
何しろ先程まで上位精霊による激戦を繰り広げていた両者だ。
ドゥムジがエーギン族の大魔導師を探していると知れ渡れば、再戦を怖れた群衆が、再び狼に追われた羊の群れと化す。
「ついカッとなってやった。しかし反省はしていない」
大魔導師同士の争いは、周囲の牧民にとっては迷惑千万だ。
しかしあれだけやっても、ドゥムジやエーギン族の大魔導師が公の場で批判を浴びる事は無い。
そもそもドゥムジの場合は、攻撃されて反撃した正当防衛という建前がある。
エーギン族の大魔導師を批判する場合も、批判者が飛竜襲来時の大魔導師を省いた対処方法を示さなければならない。
(そして俺の場合は、サクレア半島の攻略を提案した事に対する責任があるか)
ドゥムジは渋々と片手を大地に翳し、精霊を呼び出した。
『土兎』
呼び掛けに応じた土兎が一羽、土の中から元気に跳び出した。
「この辺りで、土属性が一番強い所に向かってくれ」
強力な土属性を備える大魔導師を探すなら、土属性が強い場所へ向かえば良い。
暫く周囲を見渡した土兎は、やがてゆっくりと跳ね始める。
ドゥムジは土兎の後ろを追いながら、先程の想像を再開した。
3格級の風属性を持つ飛竜は、同等以上の精霊契約者でしか対処できない。
10万人規模のガロシュ族では、強竜を撃退可能な魔導師はドゥムジだけだ。
15万人規模のエーギン族でも、魔導師の比率が同等ならば多くて2人ほど。
南部諸王らは、未帰還の恐れがある自部族の魔導師派遣に慎重となるだろう。
そのため遠征してきた諸王軍には、3格級の飛竜に対処可能な魔導師は2名から、多くても4名ほどしかいないと推定される。
そして軍勢を4隊に分けている彼らは、魔導師も同様に分散させているであろうから、本隊で強竜に対応可能な魔導師は大魔導師しか居ないはずだ。
それを省いて対処できると言うであれば、ドゥムジとしてはぜひやって欲しいくらいである。
もっとも軍勢の脅威となる魔物は、飛竜だけでは無い。
多種多様な魔物に対し、大魔導師を上回る迎撃案など、容易く出せるはずがないのだ。
その有用性故に大、魔導師の序列が大戦士の上とされているのだ。
例え大魔導師の迎撃結果が失敗であろうとも、迎撃を行った大魔導師を公の場で批判できるのは、部族に全責任を負う族長だけである。
もちろん陰口の類いであれば、民族と部族を問わずどこにでも溢れているが。
暫く他愛も無い事を考えていると、目的地が分かったのか、土兎がゴーレムの生み出した砂漠に向かって一直線に進み始めた。
「…………見つけたか。しかし、どうして砂漠なんかにいるんだ?」
砂漠と言っても、大魔導師が土属性を吸い上げる前までは草原だった場所だ。
戦場跡であるゴーレムの墓場に赴けば、嫌でも先ほどの敗北を思い出すだろう。
エーギン族長から、ガロシュ族の大魔導師に完敗したと指摘された事がよほど悔しかったのだろうか。
しかしいくら悔しかろうと、その想いは結果に結び付かない。
同格の精霊同士でマナの削り合いをすれば、総魔力で上回る側が勝つのが当たり前だ。
そしてドゥムジと相手の大魔導師で争った結果は、既に出ている。
何度戦い直そうとも、属性値が変わらないように、結果もおそらく変わらない。
現状を覆したければ、新たな精霊と契約するしか無い。
まだ若い彼女であれば、今後新たな精霊と契約できる可能性も無いとは言いきれない。
しかし新たな精霊と契約しようにも、エーギン族の大魔導師が未契約である火と水の属性値は、風精霊や闇精霊と同じく11から12程度。上位精霊との契約に必要な16には、おそらく届かない。
力を見せていない光属性の方も、闇精霊同士の戦いに参戦しなかった点を鑑みるに未契約で、しかもそれほど高くは無いだろう。
ドゥムジと同年齢であれば魔力の成熟も近く、これから引き上げるのは難しい。
つまり悔しがるだけ無駄だ。
もっとも、それが分かった上で敗北を記憶に刻みつけているのだとすれば、その対象となっているドゥムジにとっては空恐ろしい限りであるが。
はたして尋ね人は、砂漠に向かうように一人で座り込んでいた。
茶色のサイドテールが、落ち込みを示すかのようにペタリと垂れ下がっている。
「………………負けたのは初めてだったか?」
どう声を掛けたものかと暫く迷ったドゥムジは、意を決して率直に問い掛けた。
振り向いた彼女は、声を掛けた相手がドゥムジである事を確認すると、納得したような表情を浮かべた。今の大魔導師にぶしつけな問い掛けを行える者など、部族にそう多くは居ないのだろう。
協議の時とは逆に目尻を下げている大魔導師は、再び視線を砂漠の側に戻しながら静かに呟いた。
「そうね」
何かを気負うでも無く、誰かに取り繕うでも無く、内心をそのまま吐露するかのように落ち着いた言葉が紡ぎ出された。
とりあえず会話は成立したらしい。
ドゥムジはそれを繋げようと、声かけを続ける。
わざわざ追いかけてきた理由は、サクレア半島攻略に理解を得る事なのだ。
「…………あれほどの土属性なら、確かに殆どの状況で負けないだろう」
「ええ」
「もっとも俺が北民の司令官なら、まず諸王軍を各個撃破して進軍不可能にする。それから孤軍奮闘する大魔導師を襲撃する」
「あたしは寝込みを襲われても死なないわよ」
「確かに土精霊は強くて、直接は倒せない。だが食糧に毒を混ぜてわざと奪わせ、あるいは毒の粉を撒いて術者を弱らせる事は出来る。もしくは家族を人質にして南民の子供を脅し、毒を塗った短針などを持たせて大魔導師に救出させる」
「あなたは最低ね」
彼女は振り返って、軽蔑の瞳でドゥムジを睨んだ。
「こんな事を好きで言っていると思うか?」
「じゃあ、何が目的よ」
「俺は両親を北民に殺され、何度も命令されてきた。だから上位精霊と契約した今も北民が怖いし、奴等を決して侮らない」
「それで?」
「俺も北民は倒したいが、このままテイヘムに北進するのは無謀だ。ウルクを除く全土から半包囲されて、民を守り切れない。だがサクレアに進めば…………」
「ねぇ」
「何だ?」
「話の途中に悪いけど、ここは人目があるから話したくないわ。あなたの飛竜に乗せてくれるかしら?」
「……………………ああ」
話を中断されたドゥムジだったが、周囲の視線が煩わしいという意見には同感だった。そして騎乗を断る特段の理由も無い。
ドゥムジは闇精霊の力で周辺を飛び回っているであろう凶竜に呼び掛ける。
『……悪いが乗せてくれ』
『……帰るのか?』
『いや、少し飛ぶ。先程の大魔導師も一緒だ』
『もう諍いを終えたのか?』
『元々は敵じゃ無いからな。さっきのは力比べだ』
『ほう。汝にしては珍しい』
凶竜はドゥムジと意志を交しながら、その間にも飛翔して砂漠に迫る。
そんな飛竜と乗り手の様子を興味深げに観察していたエーギン族の大魔導師は、不意に会話に割り込んで見せた。
『……こうやって闇精霊を介して会話しているのね。貴方が考えたのかしら?』
「…………そういえば闇属性は、俺よりも属性値が上だったな。先に自己申告してくれたのは誠意の表われと理解した」
「どう致しまして」
属性マナを操る術は、基本的に属性値の高い方が長けている。
そして凶竜との意思疎通に用いている闇の属性値はドゥムジが11で、エーギン族の大魔導師が12だ。
彼女はドゥムジのマナを読み取った後、その気になればドゥムジが気付くまで盗み聞きを続ける事も出来た。
それを率先して指摘したのは、そう言った事をする性分では無いからなのだろう。
彼女はドゥムジの宣言に頷くと、飛竜に同乗して空へと上がった。
そんなエーギン族の大魔導師について、ドゥムジは改めて考える。
プタハ王に対して感情を露わにした時は、大魔導師になるほどの才能を持って周囲から我儘一杯に育てられた子供が、感情を上手くコントロールできず見境なしに噛み付いているのだろうかと考えた。
しかしドゥムジが北民の手口を語った時に叫ばず怒りを抑えた点を鑑みるに、感情の制御が不可能なわけではないらしい。
それどころか凶竜との意思疎通を分析する観察力があり、盗み聞きがどのような問題を生じさせるのかを理解して予め指摘する知能の高さも窺える。
勝敗を受け入れる度量があり、敗者として口を噤む事も出来て、どうやら誠実さも持ち合わせているらしい。
つまりドゥムジの第一印象は間違いであったようだ。
人馬が豆粒から麦粒に変わる頃、ようやく彼女が口を開いた。
「あたしの名前はセクメト。家名は無いわ」
前方から聞こえてくる声を反芻したドゥムジは、暫くしてようやく自分が名前を聞かれているのだと理解した。
セクメトと名乗った彼女はドゥムジに促すような事はせず、飛竜に乗せるように要求した時と同じように、回答を待ち続けている。
「俺は、ドゥムジ・シュメールだ」
返答まで随分と間が空いたが、セクメトはそれを責めるような素振りは見せず、単に頷いた。
もっとも回答しなかった間に、一挙手一投足を観察されていたようではあったが。
「ドゥムジは、どうして精霊たちと契約できたの?」
その問いは、ごく自然なものだろう。
ドゥムジの契約精霊数は、この時代では絶対にあり得ない。
仮に3格級の契約が出来る魔導師が部族内に居なかったのだとしても、3格級の精霊が6属性も揃う営地など無いのだ。
「俺は北の地から追われて、ガロシュ族へ来る前に沢山の土地を回った。一カ所に留まっても、そう簡単には契約出来ないからな」
「そう。実はあたしも北から逃げてきたの」
「…………エーギン族で育ったわけでは無いのか?」
「エーギン族の営地には、去年の夏頃に辿り着いたのよ。その時には、今の精霊達と契約していたわ」
その説明を受けたドゥムジは、セクメトが怒っていた理由の一旦をようやく想像出来た。
難民であれば、その立場に追い込んだ北民への憤りや、奪われた故郷の回復などを願うのは自然な事だ。
セクメトがあらゆる部族に歓迎される大魔導師でありながら、あえて逆侵攻の中核を担うエーギン族に加わったのは、過去に思いを馳せたからなのだろう。
エーギン族に協力する見返りに奪われた地の奪還という約束を交し、それをプタハ王が破ってサクレア王国方面へ進む意思を固めた事が、先程の怒りへと繋がったらしい。
しかしそれでは、誓約を破ったプタハ王に協力するよう説得するのは困難だ。
「もしかすると俺たちガロシュ族が防壁都市ウルクを陥落させた頃には、まだ北の地にいたのか?」
「そうね。あなた達がウルクを陥落させた後に、その辺りを通ったわ。あなた達が逃がした北民からは、随分と食糧も奪ったわ」
「…………そうか。それは良かった」
都市ウルクを制圧したガロシュ族は、外見年齢が50歳以上の北民全員に備蓄食糧を持たせて、北の地へと追い払った。
目的は進出してきた北民に老人たちを押し付けて、各地に負担を掛ける事。
しかし追い出した北民の一部は目的地まで辿り着けず、途中で遭遇した空腹少女の胃袋を満たす事に役立っていたらしい。
「あなたは上位精霊と契約してから、すぐにウルクを陥落して、サクレア王国も攻撃したのよね?」
「そうだ」
「故郷を奪われたあなたの誓いは、何なのかしら?」
セクメトが真剣な眼差しを向け、随分と踏み込んだ事を問い質して来た。
もっとも彼女は、ドゥムジに対する強制力など持っていない無い。内面に踏み込みすぎだと指摘すれば、呆気なく引き下がるだろう。
しかし頭の悪くない彼女が敢えてそれを聞く理由は何だろうか。
ドゥムジはこの問い掛けに、それなりの意味があるように思えた。
仮に回答を拒んだ場合、セクメトとの交渉はおそらく終わる。
そして先程プタハ王の態度に見切りを付けて飛び出したように、ドゥムジに対しても一定の見切りを付けるだろう。
その後どのように動くのかは完全に想像の域であるが、目的があって諦めていない以上、おそらくそれを果たそうとするはずだ。
具体的には先程ドゥムジが指摘したような、無謀な行動に出るだろう。
上位精霊との契約者は、千年後の魔方陣を使える時代ですら数十万人に一人。この時代にあっては、百万人に一人も居ないかも知れない。
その中でも力のある属性値21の上位土精霊と契約を交わしたセクメトの才能は、もはや不世出のものだ。
それを無駄死にさせるのは、南部遊牧民にとっての大損失だ。
逆にその得がたい力を活用できれば、南民が有利になる。
そう考えたドゥムジは、己の利己心に従って回答した。
「俺の誓いは、北民に南民を征服させない事だな。そのためには、南北移動の要である都市ウルクを北民に陥落させない事が肝要だ」
「都市一つを守るだけなら、上位精霊と契約しているあなたが居れば簡単でしょう。そんな事があなたの目標なの?」
真っ向から否定的に問い掛けられたが、セクメトの疑念は二重の意味で間違っていない。
ウルクが陥落しなくても、北民がウルクを大きく迂回するなり、あるいは海路から進むなりすれば南へ向かう事が出来る。
北民に南民を征服させないためには、ウルクを守るだけでは不充分だ。
「確かに守るだけでは不充分だ。征服されないためには、いずれ奪われた土地も奪還しなければならない。だがそのためには、各地を着実に抑えていく事が肝要だ」
「それならあなたは、奪われた土地をどこまで取り戻すつもりなの?」
「現在の保有領域は、南民5に対して北民30だ。両勢力の釣り合いを取るには、せめて15対20くらいにすべきだ。オリシオ大山とラグニア大山、クラキアを挟んで南北で向かい合えば、丁度そのくらいになる」
それが実現すれば、竜人が住む西島へ繋がる港は、全て南部遊牧民の側で抑えることができる。
すると北民による西島へ進出する拠点が無くなり、侵攻自体が発生しなくなるかもしれない。
竜人王が魔方陣を用いて精霊契約を行うのは、この時代から約400年後。
その時点で人竜戦争が行われていなければ、竜人王が5格の上位闇精霊と契約する事もなく、南民を含む人類滅亡の危機は避けられる可能性が生じる。
「今の誓いは、貴方が生きている間に必ず成し遂げると、契約精霊だけじゃなくてあたしにも『誓える』?」
「………………ああ、『誓おう』。俺は己の命が尽きるまでに、南北両民族の保有領域を15対20以上にすべく行動する」
内に秘めていた思いを、セクメトに引き出された感はあった。
しかしドゥムジが北民に征服されない未来へ行き着くためには、そのように動く事が必然である。
北民による南民征服が成されれば、その後に西島侵攻と人竜戦争が連鎖的に発生するのは防げない。
それを止めるためには、セクメトに言った事はやらなければならない。
セクメトはドゥムジの内心を探るように覗き込み、暫く押し黙った。
そして真摯な表情と口調を以て、ドゥムジの誓いに応えた。
「それならあたしは、あなたが誓いを破らない限り、あなたに協力すると『誓う』わ」
ドゥムジがそれほど深く考えずに応えた誓いは、全く想像外の重さで返ってきた。




























