40 交易開始
ガロシュ族とサクレア王国との間に、正式な終戦があったわけでは無い。
そもそも南民を蛮族と見下す北民が、ガロシュ族を対等な相手だと認めて国家間交渉を行う事自体が有り得ないのだ。
そのため終戦を迎えるためには、一方がもう一方を完全に叩き潰すしか無い。
ドゥムジはサクレア王国各地を飛竜で飛び回り、港を叩き潰して回った。
河岸や海岸沿いなどの水が尽きる事のない戦場において、北民が上位水精霊を阻む事は今のところ出来ない。
船を陸に逃がせないサクレア王国は、大型外洋船を水精霊に操船されて奪われ、あるいは官民を問わず中型以上のあらゆる艦艇を港ごと破壊し尽くされた。
同時に、大河の底へ沈めた北民艦隊から各種輝石や魔石も回収させた。
そのうち半数は回収したドゥムジに分け前として与えられたが、残る半数はガロシュ族船団の戦力と速力向上に役立つ事となった。
その結果、大河の支配権は完全にガロシュ側が制した。
「中々に容赦の無い事をするな」
ロジオンがそう口にするのも無理はない。
ドゥムジはサクレア王国があらゆる船舶を出せなくなるまで、上空からの攻撃を止めなかった。
大河流域の町々を焼き払い、時にはガロシュ船団に略奪を行わせ続けた。
その結果、大河流域に暮らしていた何十万かのサクレア王国民は難民と化しながら、ガロシュ族の攻撃と略奪から逃れて内陸部へ移動していった。
故郷を追われた数十万の難民全員に対して、生活物資や職の斡旋など出来ようはずも無い。
すると難民は生きるために、逃げ延びた先で食糧を奪い始める。
サクレア王国民同士で物資の奪い合いや殺し合いが多発し、急激な治安の悪化によって兵士が奔走し、海軍だけではなく陸軍もガロシュ族に対する軍事行動を起こせなくなった。
現在のサクレア王国は、艦隊と後続の輸送船団に乗っていた都市攻略部隊の全滅、全港の壊滅、数十万の難民発生によって建国以来の国難を迎えており、多発する混乱の中で完全に身動きが取れなくなっている。
「北民に土地を追われた南民の数は、サクレア王国の何十倍にも及ぶ。そのため食糧難になったガロシュ族が北へ進出した結果が現状だ」
「因果応報か?」
「これ以上攻められるのが嫌なら、降伏を申し出れば良い。もっともそんな気を起こされないように、内陸部には敢えて空襲をしていないんだけどな」
ドゥムジが手加減をしないのは、いずれ北民が南民を征服するからだ。
そして北民は南民の身分を優良、一般、農奴、奴隷の4段階に分けて、850年も続く支配を行う。
その間に人竜戦争が勃発し、ドゥムジの両親を含む数多の戦死者が出て、人類は滅亡の危機に瀕する。
それを防ぐためにも、ここで手心を加えるわけにはいかなかった。
「本当に容赦が無いな。だが奴等の港には、もう奪う物がろくに残っていない。適当な所で切り上げておけ」
「了解」
ロジオンの指示を受けたドゥムジは、少しだけ考えて作戦を即座に終了した。
それはサクレア王国を中途半端な状態にして混乱を長引かせるのも悪くないと判断してのことであり、決して気が変わったわけではない。
それでも一見するとドゥムジが大人しくなったように見えたロジオンは、彼を南西国家群の1つであるライザス王国への使節団として送り出した。
ロジオン自身は処分したスハルダの分まで仕事が増えて赴けず、大婆も都市の内政で動けなかったため、お目付役はベナテクとなった。
ドゥムジが交易相手として提案した南西国家民は、北民のように南部遊牧民を蛮族として扱ったりはしない。
かつて南北の民が対等な力関係であった時の北民であるかのように、南民を対等な他民族として扱う。
そして互いが対等である以上、使者が族長では無かったこともあって国王自身は交渉の席に着かなかった。
代わりに出てきたのは宰相で、ガロシュ族のナンバー2が数え年で16歳のドゥムジであると知ると、あからさまに侮った。
外見年齢が若く見えても、アッカド中魔導師のように実年齢が高ければ侮られなかっただろう。あるいは戦闘であれば大魔導師を侮るはずもない。
しかしドゥムジは事実として若く、これから行うのは戦闘ではなく政治だ。
同じ南民でも16歳は侮るであろうから、これは民族差別とは別次元の話だ。
「すると貴殿らガロシュ族は、我らがライザス王国との海上交易を望むと?」
「如何にも。我らは多数の大型外洋船を有し、資料に示したとおり南民や旧ウルクの生産品、所持する金銀財宝などを取引品目として提示できる。求めているのは南西国家群に溢れる香辛料や加工品などで、互いに利があるだろう」
「ガロシュ族の人口は何万人だ?」
「10万の部族民と、10万の北民農奴や奴隷たちだ」
昨年春に8万人だった部族民は、現在10万人に増えている。
北民の進出域とウルクの領地は、ウルク侵攻から2年後には繋がると予想されていた。そして北東へ進出した大戦士ソレンギの元へは、北から避難してくる遊牧民の流入が続いているのだ。
そんな流入部族のうち、安全な南へ逃げたい者はそのまま通過させる。
残留を希望する部族も、即戦力や魔導師の比率が期待できなければ南へ逃がす。そして使える者だけを受け入れても、ガロシュ族は2万人が増えている。
ドゥムジがいない間にも人口は増えているだろう。もしかするとその中には、中魔導師も何人か増えているかもしれない。
幸いガロシュ族がウルク制圧時に獲得したのは、灌漑済みの広大な土地だ。
そこへ精霊魔法や家畜による開墾を組み合わせた結果、手に入る食糧は人口増加を補って余りある。
そのため各家で潰す羊もかなり減っており、さらに羊たちに食ませる牧草も充分だったために新生羊も過去最大で、ガロシュ族は食糧問題から解放されている。
今後も増加する従属民を食わせる事は充分に出来るだろう。
しかしライザス王国の宰相は、ガロシュ族が飢えさせずに維持できる20万人という数に失望を示した。
「我らの取引相手であったサクレア王国の10分の1にも満たない。そのさらに北に住む北民との窓口であった事も含めて考えれば大損だ。貴殿らへ販売する商品の単価は、上がらざるを得ないが?」
取引量が下がれば、単価が上がるのは確かに道理だ。
しかし胡椒は、南西国家群の内部では1瓶につき銅貨数枚程度の価値しかない。
外国への輸出に価格統制を行う彼らは、胡椒の値段を跳ね上げて差益から高い税を搾り取る。
そのため大型外洋船を出して危険な海を航海する都市ウルクでの末端価格は、銀貨5枚くらいにまで跳ね上がる。
「胡椒1瓶の仕入れ値は如何に?」
「銀貨3枚くらいだ」
「ならば胡椒の仕入れは、南のラバラン王国まで足を伸ばす事とする。次にメース(ナツメグを使った香辛料)はいくらだ?」
国内に統制を行える彼らも、他国の港や商人までは抑えられない。
現在交渉しているライザス王国と、その南のラバラン王国とは、海上貿易において商売敵の関係だ。
ラバラン王国側に取引を持ち掛ければ、喜んで応じるだろう。
「遠方のラバラン王国まで足を運べば、輸送に時間が掛かり、危険も一気に増える。失礼ながら大魔導師殿は、商いの経験はそう多くないようだ」
「胡椒は2~3年保つ上に一度で仕入れが出来るため、仕入れの頻度は多くない。仕入れ値次第では、ラムラス王国でも良い程だ。それよりもメースはいくらだ。そちらの価格次第では、ライザス王国と海上交易路を結ぶ事を諦める」
「そう急くこともあるまい。短気は損気という。共に来られた先達の魔導師殿からも意見を聞くべきだろう」
宰相はドゥムジの矛先を躱すべくベナテク老に話を向けたが、ベナテク老自身は冷然としていた。
「南西国家群との取引自体が、シュメール大魔導師の発案だ。部族の者は交戦したサクレア王国の物資接収で充分に満たされている故、発案者自身が見直すと言うのならば反対する者は居ない。交渉は大魔導師と為されよ」
「若者が無茶を言ってもかな。交易路が伸びれば、それだけ魔物との遭遇率も上がる。嵐に遭って船が難破する危険も上がる。最短の国との取引が最良だ」
「シュメール大魔導師は、サクレア海軍を全滅させた上位水精霊と契約している。船が嵐で沈むことも無ければ、魔物に破壊されることも無い」
「道中の危険は嵐と魔物のみでは無いぞ」
「それも問題ない。大魔導師は全属性の契約者で、船員の病を光精霊で治せる。そして海賊が来ようとも、闇精霊で背後関係を調べられる。あとは取引が折り合うか否かだ」
「………………」
こうしてガロシュ族は幾許かの納入価を値切ってライザス王国と交易路を繋げたが、同時にラバラン王国や、南のラムラス王国とも交易協定を結んでいる。
取引相手が1国ならば、どれだけ不当な値上げでも言いなりになるしかない。
隣接する2国のみであれば、談合される可能性も有り得る。
隣り合わない3国になれば、意思を統一するのも一苦労で、談合して利益を三分割するよりも単独で取引した方が儲かる。
3国としてもガロシュ族と取引する方が儲かるので、恨まれる筋の事でもない。商品を右から左に流す商売は、互いにどれだけ差益を得るかの化かし合いなのだ。
それらの交渉に時間を費やしたドゥムジはすっかり戦場から離れ、ガロシュ族とサクレア王国との戦争も事実上の停戦と相成った。
「いつの間にか冬も終わりそうだな」
「羊の出産期に一度も手伝わなかったのは、5歳になってからは初めてでした」
南西国家群へ連れて来たイナンナが、懐かしそうに故郷を振り返った。
実家と縁を切られたイシュタルはともかく、イナンナは実家であるエリドゥ家に預けておくことも出来た。
しかしドゥムジと離れると、契約精霊を用いた属性魔力の引き上げが出来ない。イナンナはイシュタルへの対抗意識もあってか、居残ることを断固拒否した。
そして父親であるナンナル氏がどういう風の吹き回しか同行を認めたため、南の果てまで連れて来た次第である。
南西国家群はサバナ気候で雨が殆ど降らず、土壌もラテライトや赤黄色土だ。
気候のせいで草原が非常に乏しく、牧草を食む羊は飼えない。ガロシュ族にとっては居るのが当たり前の羊が、南西国家群には居ないのだ。
その代わりに様々な香辛料があり、羊毛も売れるために交易が成立する。
そんな南西国家群の気候は、竜人達が生息している西島と似通っているらしい。
そのため竜人達にとっては過ごし易く、人竜戦争の戦場が本島に移ってからは、南西国家群の全土が征服されて中核拠点の1つとされた。
「随分遠くまで来たからな。珍しい物も沢山あっただろう?」
「はい、ヤシの木には驚きました」
「煉瓦の建物もですわ。同じ南西国家群でも、建て方が違いますのね」
現在ドゥムジ達が居るラムラス王国では、煉瓦造りが盛んだ。
天然素材の土輝石も豊富なため、立派な赤や黄土色の建築物が建ち並ぶ。
王都の広い大通りに敷かれた石畳は、王城まで延びている。上下水道も整い、大通りの深い側溝が馬糞を押し流して都市を衛生的に保つ。
そんな赤と黄土色の美しい街並みは、海沿いに整然と続いていた。
「ゲルと違って持ち運びや組み立てが必要ないから、建物の自由度が高いんだ。その中でもラムラス王国は、外観に相当の力を入れている」
「確かにとても綺麗だと思います。でもどうしてこんなに外装に力を入れるのですか」
「国王が権威を示すためか、それとも文化なのか。俺も詳しくは知らない」
「お師匠様でも知らないことがありますのね」
最近、二番目の弟子の過大評価が少し重くなってきたドゥムジである。
「詳しくは知らないが、ラムラス王国の加工技術は芸術の域だ。職人が洗練されているから、俺が中位土精霊で作るよりも立派な加工品も手に入る。例えばこれだ」
「それは髪飾りですか?」
「真銀で月を模していますのね。軽いのに鋼よりもずっと固くて、加工が大変だと聞き及びますわ。それと、宝石のように高価だと」
「正解だ。南西国家群では少量を産出していて、外交の贈り物などに用いられる。俺も交易開始の記念にと対で渡されたが、これは二人にやる」
ドゥムジは二対になっている、月を模した真銀の髪飾りを二人に渡した。
イナンナとイシュタルの姉妹は珍しく互いに見合って、微妙な表情を浮かべながら髪飾りを受け取った。
二人の女性に同じ装飾品を贈るのはあまり褒められたことではないが、二人ともドゥムジが何の考えも無くそのような事をするとは思っていない。
しかし仮に仲良くしろと言われても、強制では本心からは歩み寄れない。
二人はドゥムジの意図を伺うように言葉を紡いだ。
「ありがとうございます」
「お師匠様、宜しいんですの?」
「構わない。それとこれだけ大きくて純度が高ければ、二人に分けた腕輪の代用品にもなる。属性魔力上げの効率も元に戻るはずだ。頭部の装飾品だから水・風・光が良いだろう」
「そういう意味なんですね」
「納得しましたわ」
二人の表情は途端に安堵へと変わった。
それに対してドゥムジは、表情を変えないままに話題を逸らした。
「表面は土精霊の力で誤魔化して、真銀に見えないよう偽装しておくぞ。3国目との交渉も終わった事だし、そろそろウルクへ帰るとしよう」
「はい。帰路は私も送風をお手伝いします」
「わたくしもやってみたいですわ」
新暦3年。
サクレア王国を敗退させたガロシュ族は、南西国家群との交易を開始した。
都市に定住して諸国との海上交易を行うようになったガロシュ族は、既に単なる遊牧民の一部族という存在からは一線を画していた。
・2巻の主要人物(新暦2年時点)
ドゥムジ・シュメール 16歳 大魔導師 主人公
イナンナ・エリドゥ 12歳 魔導師 一番弟子
イシュタル 10歳 魔導師 二番弟子
ロジオン・ガロシュ 27歳 族長 ガロシュ族の長
ルキヤン・スハルダ 21歳 大戦士 族長の弟(処刑)
アリーサ・エリドゥ 97歳 中魔導師 火2格 属性値8
クリメント・ベナテク 72歳 中魔導師 水2格 属性値7
タンムーズ・アッカド 58歳 中魔導師 土3格 属性値11
ナンナル・エリドゥ 35歳 魔導師 イナンナの父
ニンガル・エリドゥ 31歳 魔導師 イナンナの母
ウトゥ・エリドゥ 14歳 魔導師 イナンナの兄
アルマンド・サクレア 37歳 国王
ジュスト・ロミテッリ 53歳 宰相 子爵
ジルベルト・カリーニ 51歳 前軍務卿 前伯爵
ドナート・モンテッラ 48歳 新軍務卿 子爵
アベラルド・グラッシ 36歳 大提督 士爵(戦死)
名無し飛竜 推定101~141歳 凶竜 肉食系女子
※年齢は全て数え年です。
(生誕年が1歳で、以降年が改まるごとに+1歳で計算)
・ドゥムジの契約精霊
火精霊 4格上位 属性値18 無垢な虎
水精霊 4格上位 属性値19 穏健な狼
風精霊 3格中位 属性値13 素直な鳩
土精霊 3格中位 属性値9 奔放な兎
光精霊 3格中位 属性値10 柔軟な驢馬
闇精霊 3格中位 属性値11 従順な狐
時精霊 5格以上 推測不能 不明




























