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千の彼方  作者: 赤野用介@転生陰陽師9巻9/15発売
第二巻 大河の支配者

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39/62

39 殲滅

 ガロシュ船団と北民艦隊が激しい砲火を交える戦場の中心に、8羽の火鳥と16頭の水狼が次々と姿を現わした。

 8羽の火鳥にはそれぞれ火属性6と風属性4の力が割り振られており、その力は強飛竜の火力と弱飛竜の風力に匹敵する。

 16頭の水狼は、船団を押していた時の水属性4を保っていた。


『行け』


 号令は短かったが、魔力を混ぜた精霊達は契約者の意を完全に介した。

 火鳥8羽と水狼8頭は号令から数秒のうちに8組のペアを作ると、正面の敵艦隊に2組、左右両翼に各3組で襲い掛かった。

 残る8頭の水狼は各2頭でペアを作り、最後尾の4隻を北民の砲弾から守る。


 真っ先に襲われたのは、右翼最前列に位置していたコルベット艦だった。


「火精霊と思わしき新たな敵3羽、本艦に突入してきます!」

「総員防御態勢を取れ。対抗して水魔石を投げろ」


 慌てるコルベット艦に3羽の火鳥が群れながら飛んできて、1羽が飛び回りながら艦上に強風を撒き散らした。

 吹き荒れる風が艦上の兵士達を前後左右に煽り、彼らは吹き飛ばされまいとマストや積載している物資などにしがみつく。

 しかし2羽目がマストの上に飛び乗りながら炎を吐き出して帆を炎上させ、最後の1羽は全身で火羽の豪雨を降らせて艦体や積み荷を焼き始めた。

 周囲が燃え始めた兵士達はそれらにしがみつくどころでは無く、風に飛ばされまいと伏せながら、艦長の命令通りに水魔石を投げ付ける。


 しかし水魔石から発せられた水は、火鳥に届くことは無かった。

 艦の周囲で3頭の水狼が駆け回り、兵士達が投げた水魔石から発せられた水や、事前に甲板上へ撒かれた水を横から操って奪い取っていったのだ。


「さらに水中から、水精霊と思わしき狼3頭!」

「中位精霊が6体同時だと。くそっ、とにかく火を消せ」

「駄目です。放った水が狼に飲み込まれて、うわああっ」


 水狼は水を吸い取るだけでは無く、横合いから体当たりを喰らわせて兵士たちを次々と大河へ叩き落としていった。


 そんな精霊達の攻撃は右翼のみならず、同時平行して中央と左翼へも行われた。


「グラッシ大提督。敵の新たな精霊が多数、正面と両翼へ襲い掛かっています。正面へ2羽2頭の2組、左右へはそれぞれ3羽3頭の3組。形態は火鳥と水狼です」

「火鳥には水魔石で対抗。先ほどの爆発を再び起こさせても構わない。また後続艦は固定している魔石砲を外し、艦首へ運んで撃てるように調整しろ。砲身を壊しても構わない。前方への長距離砲撃を準備」

「しかしこちらの砲撃は、8頭の水狼に喰われて届きません」

「だからこそだ。同時に8発以上を撃って敵の防御を飽和させる」

「はっ、直ちに行います。各艦へ連絡船を出し、命令を入れた筒を投げ込め」

「なるほど、了解しました。魔石砲を取り外して正面へ、砲身破壊の超砲撃を認める。直ちに各艦へ連絡船を出せ」


 精霊に狙われる北民艦隊は、ガロシュ船団に近い順からだった。

 正面への攻撃は左右よりも薄かったが、そちらには元々大婆とベナテク老の中位精霊達もいる。それを合わせた攻撃力は左右を上回っており、フリゲート艦が破壊される速度は倍加していた。


 ガロシュ船団の足が鈍った以上に損害が増した結果、北民艦隊の砲撃数は一向に増えなかった。

 最後尾の4隻に付いた8頭の水狼達が砲弾を防ぐ間に、北民の各艦が次々と焼き払われていく。


「上位竜一頭だけだと思って巣に攻め込んだら、つがいだった気分だな」

「すると蛮族側は、水精霊まで上位精霊を持っているのですか?」

「仮にあれで中位精霊の力だとすれば、上位精霊持ちの蛮族とはなおさら戦うべきでは無いだろう。後続の都市攻略部隊と補給隊が乗船する船団に連絡船を出せ。大河流域から速やかに離脱し、本国へ撤退せよと」

「大提督……」

「本隊も逃がしたいが、相手が飛竜では無理だろうな」


 副官や艦長が青ざめながら反論を口にするが、グラッシ大提督自身は既に敗北を確信していた。

 艦砲の射程外となる上空から一方的に上位精霊を嗾けられる以上、どう足掻いても正面決戦での勝ち目は無い。

 上位精霊持ちなど天災と同様で、精霊魔法が使えない北民では防ぎようが無い。

 なればこそ天災の被害を軽減すべく南民を懐柔し、駆逐し、支配し、制御しようというのは道理だろう。

 グラッシ自身は上位精霊が2体存在するという事前の情報不足と、作戦行動自体に対する自由度の低さで制御に失敗したが、北民の『いかに蛮族を制御するか』という基本的な考え方には何ら変わりない。


「超射程で敵艦隊に一斉砲撃。損害を与えて水精霊の対応力を飽和させ、火精霊と切り離す。然る後に水魔石で攻撃し、損害を与えた上での離脱を図る」

「しかし大提督、我が艦隊に敗北は許されないのではありませんか?」

「我が艦隊に残された道は全滅するか、それとも逃亡するかの二択だ。前軍務卿は上手く逃げ果せたものだ。我々も是非見習いたいが、そのためには生き延びることだ。超射程の砲撃を開始させろ」

「…………了解であります」


 グラッシ大提督に敗北を確信させるに至った精霊達は、刺激的な三色の光を織り交ぜながら大河で舞い続けた。

 精霊達の洗練された複雑な動きは決して味方を巻き込まない。

 一体どうやったら敵味方が撃ち合う戦場で24体もの精霊を同時に参戦させ、敵だけを攻撃して、敵の砲弾だけを叩き落とせるのか。

 組み立てられた高度な法則に、イナンナは魔導師として強い関心を示した。


「師匠、どうやって敵味方の識別をしているんですか」

「最初に船団最後尾の4隻に水狼を8頭付けているだろう」

「はい、今も付いています」

「そんな水狼よりも後ろの艦と、そこから放たれる砲弾だけを襲うように、精霊に条件付けをしている。それに加えて俺が空から目視して、魔力で指示も出す」


 イナンナは師匠の説明を頭で理解し、実感は殆ど出来なかった。

 精霊と契約していない身では、契約精霊に委ねる部分が体感できていないために、自分が操る際のイメージが想像できない。

 但し条件付けだけでは無くドゥムジが補正もしているという部分には、味方に対する配慮をしているという納得と共に、そんなことが出来るのかという驚きを持った。


「8羽と16頭を同時に操って、指示が間に合うんですか?」

「中央と左右で僅か3グループだ。それぞれが1艦を撃沈するのに数十秒。目標が正しいかどうかの判断は、10秒に1回するだけで充分に間に合う。そして後の事は、精霊達が全てやってくれる」


 北民艦隊が大婆やベナテク老に対応して甲板上に水を撒いたように、ドゥムジも水魔石に対応して精霊の顕現と攻撃方法を変化させていた。

 仮に水魔石が水狼の妨害を突破して火鳥に命中したとしても、超高熱の炎翼虎と異なり火鳥は水蒸気爆発を起こさない。

 ほぼ自動化された火・水・風の三精霊は、一人の身体と両手であるかのように絶妙な連携を行い、焼き払う直前の艦体から水気を失わせ、渇いた箇所へ素早く火羽を降らせる。

 水気を失わされながら燃やされる木造帆船の軍艦は、瞬く間に乗員達が維持を諦めざるを得ないほどの大火災となって、煙を巻き上げながら焼け落ちていった。


「契約すれば、誰でも同じ事が出来るようになりますの?」


 イナンナはドゥムジに遠慮してなのか妹と質問の棲み分けをしているが、魔法の探求に貪欲なイシュタルは姉の質問にも遠慮無く入ってくる。

 法則性を保って北民艦隊を壊滅させて回る精霊達には、イシュタルも強い関心を示していた。


「どれだけの事が出来るのかは、精霊の賢さと契約者の力量次第だ。精霊に関しては格が高い方が賢くて、あとは契約者自身が精霊を上手く扱えるように、知識と経験を積み重ねるべきだな」


 ドゥムジの知識や経験は、北民達が千年の間に人竜戦争などを経て昇華させたもので、この時代には本来存在しないものだ。

 そんなドゥムジが操る上位精霊2体に襲われるサクレア王国の北民艦隊は、北民の軍の中で最も不幸だろう。

 しかし既に南民への侵略を始めている北民という点においては因果応報であり、同情にも加減にも値しなかった。


 やがて北民艦隊から、艦首に移動させた魔石砲の超距離砲撃が開始された。

 一斉に撃ち出される数十発の砲弾は、8頭の水狼が作り出す水壁を軽々と突破し、魔導師が作る土壁も粉砕して、ガロシュ船団に次々と命中して損害を与えていった。

 それと引き替えに大量の風魔石が消費され、魔石砲の砲身が壊れていくのだが、艦が破壊されるよりはマシだとばかりに砲弾の雨が止むことは無い。

 だがそれは、北民艦隊が勝利を捨てた断末魔の叫びでもあった。

 艦の魔石砲を失えば、ドゥムジに対抗する手段を完全に喪失する。

 北民艦隊が長距離砲撃を行う度に、むしろ彼らは勝利から遠ざかっていった。


 もっともガロシュ船団の損害も、無視できないほどに大きくなっている。

 北民の戦意を完全に挫くには、さらなる大打撃を与える必要があった。


『集え』


 ドゥムジが新たな命令を出した直後、全ての水狼が水中に没した。

 各艦を襲っていた火鳥の支援も、船団の守りを行っていた水壁も、全てが一斉に消え失せる。

 その代わりに水面では巨大な影が揺らめき、北民艦隊の真下を泳いでいった。


「大提督、水精霊たちが姿を消しました」

「前方艦の乗員達が、頻りに水中を指差しております。当艦に何かが接近中!」

「旗艦から連絡船を出し過ぎたか。敵は本艦を狙っている。全砲門、水中から迫る水精霊に向けて、一斉砲撃準備」

「はっ。総員、水精霊に向けて砲撃準備を…………おおおぉっ!?」


 艦長の復唱を遮るように、艦の両舷に狼の大顎が現われた。

 大型戦闘艦を挟むほどに大きな上顎が右舷に、そして下顎が左舷に突き出す。

 いかに上位精霊と言えど、大型艦を両顎で挟めるほど巨大な顕現は出来ない。

 しかし顕現を頭部だけに集約すれば、それも不可能では無い。

 ドゥムジは胴体や四肢を大河で補う事で、巨大な狼の頭部を世界に顕現させた。


『噛み砕け』


 マストの半ばまで突き上がった両顎が、艦体を噛み砕かんと迫る。

 そんな巨狼の大顎に対し、艦長から悲鳴混じりの号令が発せられた。


「撃て、撃て!」


 左右20門からの砲撃が一斉に行われ、巨大な水狼の頭部を打ち抜いた。

 しかし穿たれた穴を、大量の水が即座に覆って塞いでしまう。

 大河には砲弾などでは消し飛ばせない膨大な水のマナが満ちており、さらに上流からの水流で無限に近いマナの供給まで得られる。

 北民の力では、大河に満ちる水のマナは消し尽くせない。

 この大河を戦場にする限りにおいて、上位水精霊を一撃で消し去れる力を行使するか、大河の全てを破壊し尽くす戦力を用意しない限り、北民には勝ち目が無い。


「駄目です、全く効きません!」

「うわああああっ!」


 巨狼の両顎は勢いを衰えることなく旗艦の両舷に喰らい付くと、頭部を左右に振ってフリゲート艦を振り回し、ねじ切るように水面へ叩き付けた。

 水上に艦より大きな水柱が立ち上がり、粉々に破壊されたフリゲート艦の木片が四方へ飛び散った。


『一隻も逃がすな。全て破壊し尽くせ』


 百隻の北民艦隊は、全て水狼の身体に乗っているようなものだった。

 大河の水が繋がる世界は、全て水狼の支配下にある。


 この日、ガロシュ船団と接敵した討伐艦隊は、一隻残らず木片と化した。

 後続の都市攻略部隊や輸送隊が乗船した船団も含めて、本国へ帰り着けた船は一隻もなかった。

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