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千の彼方  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第二巻 大河の支配者

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34 サニア襲撃

 サクレア王国は、国土の大半を海と大河に囲まれた半島国家である。

 そのため交易に占める海上輸送の割合は高く、大河や海に面した大半の町には、中型船が停泊できる港が作られている。

 そんな王国に多数ある港町の中でも、大いに発展した街は港街と呼ばれ、さらに突出した取引量と知名度を誇る都市は沿岸都市と呼ばれる。


 サクレア王国の最南端に位置するサニア地方は、ウルク王国や南西国家群と貿易を行ってきた国内有数の沿岸都市の一つだ。

 地理的にはウルクの大河を下った先に在り、南西国家群のライザス王国からも最短に位置しているため、昨年までは国内でも一二を争う貿易港であった。

 ウルクが南民に制圧されて以降、取引量の減少によって北に海路を繋げる国内最西端の沿岸都市ザメスに大きく水をあけられているが、サニアもライザス王国へ大型船を出している事から、沿岸都市の地位は未だに健在だ。

 沿岸都市サニアの人口は7万人。

 大型外洋船33隻を有し、多くの富を抱えている。

 そんなサニアで異常が観測されたのは、波が穏やかな出航日和の昼下がりだ。

 最初にそれを発見したのは、サニアに所属する沿岸警備隊の兵士である。


「中隊長殿、あれを見て下さい」


 サクレア王国における沿岸警備隊の役割は、港と海上での取り締まりだ。

 一般的な駐留兵が行わない密輸や海賊行為の摘発に特化し、王国民からは海の駐留兵と目される。

 そんな目聡い海の守り手たちの目前で、大河の上流で巨大な濃霧がたゆたい、徐々に下りながらサニアへ迫って来るのが見て取れた。


 これがよく冷えた冬の早朝であれば、霧の発生も理解できなくは無いだろう。

 だが今は真逆の夏の昼下がりであり、彼らの経験則ではこのような事は起こり得ない。可能性があるとすれば蜃気楼であろうが、どれだけ目を凝らしても、揺らぎなど蜃気楼特有の現象は見つけられない。

 理解が及ばない現象に怪訝な表情を浮かべた沿岸警備隊の第三中隊長は、一先ず部下たちに状況の確認を命じた。


「灯台から霧の範囲を確認しろ。状況次第で灯台に火を灯す。準備をさせろ」

「了解しました」


 中隊長の鋭い声が飛び、兵士3名が灯台に向かって駈け出した。

 駆けて行く兵士たちの後姿から視線を戻した中隊長は、大河の両端までも包み込み、河の水がそのまま流れ込んでくるようにサニアへ向かって来る濃霧を睨み付ける。

 その高さは船を覆い隠すほどに高く、まるで騎馬兵が土煙を上げながら迫ってくる光景を連想させた。


「どうにも嫌な予感がするな」

「単なる霧なのではありませんか?」


 沿岸警備隊の兵士が、至極真っ当な見解を示した。

 それもその筈で、あれほどの濃霧は人のなせる業ではない。

 可能性があるとすれば上位水精霊による霧か、上位闇精霊による幻覚であろうが、どちらの大魔導師もウルクには存在しない。

 南民が部族の営地に拘り、非隣接地域からの遠征が殆ど無いという点も併せて鑑みるに、あの現象は自然現象である可能性が高い。


 しかし中隊長の脳裏では、警鐘が一向に鳴り止まなかった。

 昨年ウルク王国は、隣接していない地域から火の大魔導師が襲いかかって来た事により陥落している。

 まさかという油断が、南民による北民の奴隷化という悍ましい結果へと繋がった。

 南民全体であれば、水属性もしくは闇属性の大魔導師も数名いるだろう。

 ウルクを落とした南民たちが1年近く船を出さず、蛮族は船も動かせないのだという結論に達して警戒は止んでいるが、1年かけて動かせるようになったならば。


 中隊長の脳裏には警鐘が鳴り響くが、内外からの苦情を想像して躊躇った。

 彼はサニア所属の3個沿岸警備中隊の1中隊長に過ぎず、都市には駐留隊長たちや都市長もいる。

 ただでさえサニアは海上交易が激減して沿岸警備隊を減らされたのに、この上問題まで起こせば、どのような嫌味を言われるか知れたものではない。

 それどころか最悪の場合、自身が田舎の港町へ左遷されかねない。

 だが都市には家族も住んでおり、それを考えれば己の為すべき事が自ずと見えた。


「第二種警鐘を鳴らせ。ウルク方面、異常有り」

「しかし中隊長殿、三種はともかく二種は戦闘配備命令です」

「第二種警鐘、ウルク方面異常。復唱しろっ」

「第二種警鐘、ウルク方面異常っ!」

「よし、回れ右。駆け足進めっ」


 中隊長の命令で翻った兵士達が、血相を変えて叫び声を上げながら、次々と警鐘台や各中隊の詰め所へ散っていく。

 そして中隊長自身も揮下の各小隊を指揮すべく、自らの第三中隊詰め所へと走り始めた。

 もはや確実に嫌みを聞かされる以上の事態へ陥った。この上は、事態が小事であることを祈るばかりである。


 やがてカンカン……カンカン……と、大河方面の警鐘が2回ずつ連続して打ち鳴らされ始めた。

 心臓に早鐘を打ち鳴らすが如き警告を耳にした港の兵士達が、途端に慌ただしく走り出す。

 まずは集合し、武装して定められた配置へ着くのだ。

 3個の沿岸警備中隊にそれぞれ配備されている計3隻のコルベット級戦闘艦へ乗員が駆け込んでいくが、その頃には既に濃霧が港を包み込み始めていた。


 そして次の瞬間には、港にドーンと強い衝撃音が響く。

 その衝撃で掻き消されるかのように、先程まで港を包み込まんとしていた濃霧が霧散し、霧の中から二十六隻もの大艦隊が出現した。

 現われた艦隊は、まるで海流が桟橋や岸へ導くかのように、滑らかに港の各所へと接舷していった。


「敵襲、敵襲!」

「何をしている。今すぐに第一警鐘を鳴らせっ」


 先程までの静けさから一転、港には大軍勢の雄叫びが響き渡った。

 既に第二警鐘を鳴らしていた兵士が打ち方を変え、カンカンカンカン……と交戦状態を知らしめる、けたたましい鐘の音を打ち鳴らす。

 非常事態を告げる鐘が沿岸都市サニアへ広く響き渡っていく中、接舷した多数の中型船から、武装した南民戦士たちが続々と飛び降りて港に侵入して来た。


 船上からの弩が、迎撃に出た沿岸警備隊員を射貫く。

 そして桟橋から海へ蹴り落とされた北民が空けた隙間を、無数の南民戦士たちの身体が埋めていく。剣を構えた北民の船乗りを火魔法が焼き払い、盾を構えた沿岸警備隊員を水魔法が押し流す。

 急転する状況の中、それでも北民たちがなんとか動けたのは、早期に第二警鐘が打ち鳴らされていたおかげであったろう。


 最初に接舷した船からは、既に50名近いの南民たちが上陸している。

 南民が乗員数を極端に偏らせていない限り、二十六隻の船にはそれぞれ同数程度の人員が乗っていると考えるべきだ。

 すると南民の攻撃部隊は、少なく見積もっても1,200名を下る事はない。

 翻って沿岸都市サニアの沿岸警備隊は、3個中隊の約300名。

 両者には4倍もの戦力差がある。


 港には軽く千人を超える船乗りや労働者が溢れているが、彼らを戦闘員と同数には数えられない。

 現に船乗りの半数ほどは逃げだそうと出港を図っている。

 だが急速に港へ流れ込む海流と強風とが船を押し留め、どの船も一向に沖へ進み出せなかった。

 その間に上陸した南民たちが、港から出港できない船へと乗り込んでいく。


「直ちに都市の駐留隊へ、救援要請を出せ」

「はっ!」


 青ざめた兵士が駆け出していく間にも、上陸する南民は加速度的に増えていった。

 北民兵士が南民戦士と斬り合う横合いから、事前に毒を鏃へ塗り込んだであろう弩が撃ち放たれる。

 悲鳴を上げて倒れる北民兵士の首へ剣が突き立てられ、その屍を上陸した南民達の足が弾き飛ばし、海に浮かぶ死体をまた1つ増やした。

 船から上陸してきた南民は戦力を集中させており、奇襲を受けた際に四方八方へ散っていた北民側は各個撃破されていく。

 大雑把に見積もって、南民を1人倒す間に北民が4~5人は倒されている。倒されている北民は、沿岸警備隊員よりも船乗りや港の労働者の方が多いが、非戦闘員を除いても被害は沿岸警備隊の方が大きかった。

 しかも倒れた南民は光属性を扱う魔術師が回復させ、倒された北民側は確実にトドメを刺されていく。


 これは国防上、想定外の事態だった。

 サクレア王国は海賊船との海上戦は想定していても、敵の上陸戦など想定していない。周辺国は軒並み貿易相手であり、漁村の男たちが海賊行為の果てに上陸してくれば、確実に捕虜を獲得出来て報復できる。

 各地の戦力は常識に則って配備しており、上陸してくる愚か者まで計算してはいなかった。

 だが海軍が不足しているとしても、都市内には駐留大隊が配されていて、緊急時には都市民も民兵に徴用できる。

 既に都市駐留大隊へ知らせは出しており、後はいかに現有戦力で持ち堪えるかだ。


「コルベット三番艦、緊急出港しました」


 泥沼へ嵌りつつある戦場から、飛び出した艦船があった。

 第三中隊長の揮下に属するコルベット級戦闘艦の三番艦が、風輝石や風魔石の加速を得て、南民の襲撃船団を抜け出したのだ。

 三番艦は港から出ると左舷回頭し、左右2門ずつ備えられている魔石砲の半数を南民艦隊へと向け、次の瞬間には勢いよく空気を噴き出した。

 魔石砲から高速で発射された砲弾が、南民の中型船に真後ろから突き刺さる。


「三番艦、敵艦隊へ回頭。砲撃を開始しました」


 これこそエアライフルの原型となった、風魔石による空気砲エアカノンである。

 原理は極めて単純だ。

 空気砲の筒に風魔石を詰め、その上に砲弾を入れ、空気砲の後部から振動を与えて内部の風魔石を割った爆発エネルギーで砲弾を飛ばす。

 以上である。

 使用する風魔石は他属性が混ざっても良く、筒と砲弾の大きさが上手く合って、爆発エネルギーを運動エネルギーに最大限変換してやる技術力があれば良い。

 そしてサクレア王国は、その技術が高かった。


 やがて時代を下れば、筒内が螺旋状の溝となって発射時に弾へ旋回運動を与えるライフリング形式となり、弾自体も単なる球体から長距離を安定的に飛ぶ弾丸へ変わり、銃口から詰め込む前装式から高速発射できる後装式へと発展していくが、この時代のサクレア王国の艦載魔石砲は単純に筒型に入れて撃つだけだ。

 それでも破壊力は凄まじく、砲弾には船舶に有効な火属性を使っていないにも拘わらず、直撃を受けた南民中型船は船体に大穴を空けた。


「敵中型船、1隻中破」


 悪戦苦闘で唯一の明るい報告に、第三中隊指揮所の息が詰まりそうな空気が若干和らいだ。

 南民側は焦るが、海上を移動しながら砲撃するコルベット艦に対しては、自動追尾が出来ない下位精霊魔法では命中すら不可能だ。


 コルベット三番艦の第二斉射が、次に狙いを定めた中型船へ叩き付けられる。

 側面2門の魔石砲から2つの砲弾が同時に噴き出され、港に接舷していた中型船の船尾に大穴を開けながら船体深く潜り込んだ。

 砲弾の一つは若干外れて水柱を上げたが、どうやら水中で喫水線より下側の船底に命中したらしく、船内が沈み始めた。

 慌てた南民が負傷者を抱えて船内から飛び出していき、その間にも中型船は傾きながら水中へ没していく。


「三番艦の第二射、敵中型船を撃沈しました」

「おおっ、やったぞ!」


 南民側に動揺が走り、一方的に押されていた北民側が歓声を上げて僅かに士気を取り戻す。


「よし。他のコルベットはどうだ?」

「一番艦、敵艦と衝突して中破。現在身動きが取れません」

「二番艦、蛮族の上陸部隊に進入されて現在交戦中」

「他艦は港の中で構わん。そのまま魔石砲を撃たせろ」

「連絡員、出せません。既に全桟橋が敵の手に落ちています」

「ならば指揮所から手旗信号を振れっ」

「「「はっ!」」」


 第三中隊の指揮所から、手旗信号が振られる。

 3隻のコルベット艦は各中隊長の揮下にあり、三番艦以外は第三中隊長の部下ではない。

 しかし現状では、各指揮所にまともな指揮系統が残っているかどうかも疑わしい。

 やがて港内で身動きが取れなくなっていたコルベット艦のうち二番艦が、第三中隊から出された手旗信号の指示通りに、係留されたままで右側面の魔石砲を撃ち放った。


 射程に入っていたのは、港の大半を制圧しつつある南民戦士たち。

 砲弾が数名の戦士たちの身体を文字通り吹き飛ばし、周囲の戦士たちの胴体や四肢の一部をもぎ取りながら港で跳ね飛んだ。


「二番艦、砲撃開始。上陸した蛮族10人ほどを撃破」

「一番艦にも砲撃を再通達。このまま押し返せ」

「了解、再通達します」


 第三中隊長指揮の下、ようやくまともな応戦が始まったかに思われた。

 だが反撃が始まった矢先、最大の戦果を挙げていた三番艦の上空から巨大な炎が降り注いでいった。


「三番艦、炎上!」

「どうした、何が起こった!?」


 このタイミングでのあり得ない報告に、中隊長は怒鳴り返した。

 海上を高速移動して遠距離から魔石砲で砲撃するコルベット艦は、敵の火矢や魔法攻撃による反撃を殆ど受けない。

 そして使用している魔石も風属性であって、火属性を持たないために取扱いに失敗したとしても燃え上がる事など無い。

 だが兵士は空の一方を指差し、指し示した腕を動かしながら必死に言い返す。


「あれです。太陽から突然飛竜が出現しました」

「まさか、ガロシュ族の大魔導師かっ」

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