33 後始末
4頭立ての箱馬車が、視界の悪い小雨の夜道で襲われた。
それ自体は、そこまで大した問題でも無い。
都市ウルクの住民には元来のガロシュ族が少なく、最近民へ引き上げたばかりの元従属民と新規の従属民が入り交じって暮らしており、魔物や獣が徘徊していた営地に比べて危険が減ったとは言い難い。
夜間に出歩いて襲われるのは、昔も今も変わらないのだ。
だが犯人が大戦士スハルダ揮下の魔導師と、巡回兵の格好をした大戦士揮下の従属民たち十数名となれば、それは大事件となる。
ドゥムジは襲撃してきた魔導師と巡回兵を残らず打ち倒し、自らが住まう離宮の地下室へ分けて放り込んだが、イシュタルを送り届ける必要もあったために周辺の捜索までは出来なかった。
犯人は巡回兵の格好をしており、駆け付けた兵が犯人の味方という恐れもある。
戦闘後に駆け付けた都市兵たちにそれを明言して敷地内へは入れず、精霊達を敷地内に配して睨みを利かせ、族長への緊急伝令を出して確実な人員が手配されるのを待った。
当初襲撃してきた魔導師は、尋問の際に偶然居合わせただけだと否認した。
だがドゥムジが闇精霊によって闇魔法を感知して取り押さえたと主張し、実際にどこから闇魔法を放たれても正確に犯人を言い当てて見せたため、言い逃れは通じなかった。
結局魔導師は金目的の犯行で、従属民を手配したのも、巡回兵の装備を揃えたのも個人で行ったのだと白状した。
だが彼は魔導師という貴重な職能で金には困っておらず、大戦士スハルダにも従順な配下で、私的にも一族が恩恵を受けている。証言の信憑性は限りなく低かった。
巡回兵の格好をしていた従属民たちは、離宮から出てくる馬を狙うから、乗り手を一切逃すなと厳命を受けていたと口を揃えて証言している。
一人一人隔離されている彼らは口裏を合わせる事も出来ず、一致する証言にはそれなりの信憑性があった。
また彼らが決行を指示されたのはその日限りで、イシュタルの行動と合わせてあまりにタイミングが良すぎた。
巡回兵の装備は揃えられていたという話で、管理者を辿っていけば総責任者は大戦士スハルダに行き着くが、そちらに関しては決定的な証拠とはならなかった。
そして翌日以降、イシュタルが大魔導師の元で泊まったという噂が流れた。
噂を流したうち1人を捕縛して尋問したところ、金を貰って噂を流すよう事前に指示されたと話したが、実行犯が指示者の顔を見知らず犯人へは行き着けなかった。
事実としてイシュタルは泊まっていないのだが、他にも噂を流す者は居て、噂は面白おかしく広まってしまっている。
大魔導師が都市巡回兵たちに襲撃されたなどと正直に公表するのも躊躇われ、結局結論は幹部会議に持ち越された。
月一回の幹部会議の合間に、2度目の臨時会議が開かれるのは異例だ。
出席者は事を起こしたと思われるスハルダを除いた面々。
そして参考人として呼ばれたエリドゥ家当主ナンナルと妻ニンガルであったが、幹部以外を同席させるのも異例の事である。
「それで、スハルダは何と言っている」
「知らぬ事とは言え、揮下の魔導師が装備を盗み、従属民達を使って大魔導師を襲った事は極めて遺憾。損害はこちらで賠償したい。と言っているけどね」
「ちっ」
大婆が語尾のニュアンスで主犯を示唆し、直後にロジオンの舌打ちが続いた。
スハルダの誤算は、下位者に対しては使いの者を出すという常識を無視して、ドゥムジが自らエリドゥ家に赴いた事にある。
そのためドゥムジが遠距離から馬を襲った闇魔法に気付いて反撃し、本来は闇夜に身を潜めて掴まるはずの無かった魔導師が取り押さえられた。
それさえ無ければ馬を偶然として、従属民が貧しさで襲ったと逃げ切れただろう。
信用の高い魔導師を投入したが故、結果的に足が付いたわけだ。
「イシュタルは?」
「わたしたちに対しては、アッカド中魔導師に弟子入りするのは嫌だとずっと言っていた。聞いて貰えないから直接行ったと話しました」
イシュタルの母ニンガルが、アッカド中魔導師も出席する会議の場で、申し訳なさそうな表情を浮かべつつもそう明言した。
この場は裁判のようなもので、求められているのは偽りの無い報告だ。
誰かを慮って嘘を吐くのは、イシュタルのみならずエリドゥ家まで貶める悪手となる。
「タイミングが合いすぎる。兵を配し、噂を流す準備までしていたのだ。スハルダから嗾けられたのではないか」
「最近は会っていないはずですが、外出を禁じていた訳では無いので、接触していないとは言えません」
「父親の言う事を聞かず、大魔導師の家に乗り込んで直訴。送迎で襲撃に遭わせ、おかしな噂で迷惑を掛けた。もはやアッカド中魔導師への弟子入りは認められん」
「はい」
「アッカド中魔導師。族長家と繋がりは薄くなるが、弟子はベナテク家の方から見繕わせて欲しい」
「構わない」
アッカド中魔導師の元へは、代わりの娘が見繕われる事になった。
一度失敗した以上、今度は本人の同意が重要視されるだろう。
立場が弱くて道理が分かった従順な魔導師の娘であるとか、どうやっても文句が出てこない所から選ばれるに違いない。
もしドゥムジがガロシュ族へ来ずに見繕われたのであれば、イナンナが選ばれた可能性もある。今更選べないのは、既にイナンナがドゥムジの弟子であり、迷惑を掛けたエリドゥ家の娘でもあるからだ。
「アッカド中魔導師には誠に申し訳ない。後日改めてお詫びに伺わせて頂きたい」
「正式な決定前であった。詫びなど不要だ」
アッカド中魔導師はエリドゥ家からの謝罪を拒絶した。
詫びを入れられれば、弟子に逃げられたとして恥を掻く事になるからだ。
普段は冷徹なナンナルが、今日は若干顔を青白くさせている。
「スハルダも、大魔導師自身への襲撃は想定外だろうさね。魔導師1人と従属民の十数人だけで、契約精霊6体の大魔導師に勝てるはずが無いからね」
「では何が目的だ?」
「噂を流す手筈まで整っていたからには、大方イシュタルを夜中に招き入れさせて噂を流し、恥でも掻かせたかったんだろうさね。すぐに駆け付けた巡回兵も怪しいし、もしかすると他にも部下が張っていたかも知れないね」
「自分を高めるのでは無く、相手を貶める。そのために部下の魔導師も犠牲にする。結果は大魔導師への襲撃と権威失墜。その上罪も認めぬとあらば、もはやガロシュ族に留める理由も無い」
ベナテク老が検察となり、幹部へ言い聞かせるようにスハルダの罪状を並べ立てた。
幹部たちは弁護人にもなれるが、冤罪の可能性を主張する者は居なかった。
スハルダ自身は無関係を主張しているが、噂を流すために事前に金を与えられた者がいる以上、魔導師の個人的な強盗には無理がある。
動機に関しても、幹部会議で河岸や港工事の言い争いをしていた姿が、幹部達の目には焼き付いている。
ドゥムジが上位水精霊と契約して戻り、スハルダが族長から人員の準備をするように命じられた事がこの事件の引き金だったのだろうと容易に想像できる。
「それで、どうするさね。襲撃の実行犯は狼に喰わせるとして、命じたスハルダは部族から追放でもするかね」
「大婆、くだらん配慮は無用だ。主犯の罪を従犯より軽くする道理は無い」
「それなら堂々と罰するかい?」
「それで良い。後から事故死させても、今度は妻の親族がドゥムジの仕業だと騒ぐだろう。族長の俺が引導を渡す」
どうやら族長と大婆、ベナテク老の間で結論が出たらしい。
族長家の出自であるスハルダは、妻の親族も中戦士の上席者で、部族内での影響力は決して小さくない。
ロジオンはそんなスハルダの総合力と、上位精霊複数持ちの大魔導師であるドゥムジの価値とを秤に掛けて、後者を選択したようだ。
結局、力が有ってこそ正義を為せるというわけである。
素直に喜べる話ではないが、ドゥムジとしては幹部会議で煩わされる事が無くなると分かっただけで充分な成果だ。
次の大戦士はどうなるのか。
おそらくロジオンが揮下から選ぶはずだが、次はスハルダより悪くならない事を願うばかりである。
「最後にイシュタルはどうするかね」
イシュタルは、スハルダに唆されたであろう点と、ドゥムジと一緒に襲撃された点を鑑みるに、理解不足のまま利用されて使い捨てにされたのだろうと見なされた。
まさか10歳の娘が主体的な意思を持って従犯になったとは思いも寄らない。
処分としては、このままエリドゥ家で飼い殺しにするか、魔導師を産める娘として他の魔導師家へ適当に払い下げるのが順当となる。
せっかくの才能を潰えさせるには惜しいが、その力をガロシュ族の不利益に使うのであれば処分もやむを得ない。
両親としても一度目で言い聞かせられなかった監督責任があり、二度目で派手にやらかした以上、もはや三度目は許されない。
「その件だが、俺の弟子に貰い受けたい」
発言者を除く全員の視線が、族長の隣の席へ集まった。
ドゥムジがロジオンを見ると、とりあえず言ってみろと促される。
「イシュタルは俺の弟子になりたいと直訴してきた。最初に直訴されたのは俺がエリドゥ家を訪ねた時で、その時点ではナンナル殿に断った」
「その通りです」
「だが先だってイシュタルが直訴した時に俺の方からいくつかの条件を出し、イシュタルはそれを飲むと約した。そして俺は受け入れる事に決めた」
「条件ってのは何だい?」
「先に姉が弟子入りしているため、二番弟子になると認める事。姉が上位精霊と契約すれば敬意を払う事。イシュタルを上位精霊と契約させれば、側女でも納得する事」
「そんな事、本当に出来るのかい?」
暫しの間が置かれ、ドゥムジが発言を撤回させなかった事から大婆が発言を聞き直した。
属性値が満たされていても、精霊と契約出来るとは限らないというのが社会常識だ。故に他の誰かがそんな事を言っても、真に受けられる事は無かっただろう。
だがドゥムジは実際に全属性と契約をしている。ドゥムジが己を証拠として精霊と意図的に契約できると言えば、幹部としてであろうと魔導師としてであろうと、到底聞き流す事は出来なかった。
「精霊が居そうな人跡未踏の地を、飛竜に乗って回れば良い。精霊が確実に居て、属性値も条件を満たしているならば、イシュタルは確実に契約が叶うだろう」
「その候補地は、一体いくつあるのさね?」
「そう多くは無いし、探す手間も掛かるが、イナンナとイシュタルの二人分くらいはある。そしていずれはガロシュ族の役に立つだろう。故にこちらでイシュタルを貰い受けたい」
幹部達の視線が次々と交差する。
大魔導師のドゥムジがイシュタルを貰い受けると言うのであれば、エリドゥ家が迷惑を掛けた謝罪の意味を含められて、才能をガロシュ族の未来に活かす可能性も残る。
「アッカド中魔導師には、大魔導師の立場で強引に弟子の候補者を横取りしてしまう形になる。詫びと手打ちの品を幾らか包ませて貰いたい」
「…………分かった」
アッカド中魔導師への弟子入りを嫌がってドゥムジの自宅を直接訪ねた時点で、既に弟子入りが破綻していたのは明らかだ。
イシュタルを言い聞かせられなかったエリドゥ家には最大の落ち度がある。
しかし現実問題として、エリドゥ家の責任者にはイシュタルを送り込むことを決めた大婆や、イシュタルの母にして族長の姉であるニンガルらが含まれており、新参のアッカド中魔導師が彼女らを責め立てるわけにも行かない。
では誰の責任にして、どのような落とし処とするか。
そこでドゥムジは、大魔導師が中魔導師の弟子候補者を横取りしたという結論に持っていった。
弟子候補が逃げ出すのは、本来であれば大恥である。
しかし複数の上位精霊と契約している大魔導師が自ら獲得に動いたというのであれば、上位者に競り負けてもそれほど名誉は傷付かない。大魔導師が中魔導師に勝つのは、実力差を鑑みれば当然の事なのだ。
むろん横取りがルールに抵触していると批判を受けるのは免れない。
アッカドは実を捨てて名を取り、ドゥムジは名を捨てて実を取った。
「ナンナル殿は、この件に関して如何か。部族全体へ噂話が流れてしまった故、こちらとしてはイシュタルを受け入れるしか無いが」
「当主の言う事を聞かない者に、エリドゥ家を名乗らせる能わず。父親の言う事を聞かない者に、娘を名乗らせる能わず」
既にナンナルの中では結論が出ていた。
イシュタルをエリドゥ家の娘として扱い続けるならば、その責も負わなければならない。
しかし義弟スハルダによるシュメール大魔導師への謀略に娘を利用され、アッカド中魔導師にも大恥を掻かせた責は、魔導大家の当主に過ぎないナンナルに負い切れるものでは無い。
イシュタルを放逐すれば、他家との縁繋ぎには二度と使えなくなる。
しかしアッカド中魔導師との縁繋ぎは既に破綻しており、シュメール大魔導師やアッカド中魔導師から睨まれることを怖れる他家も、イシュタルを引き受けることは無いだろう。
それにイシュタルを切り捨てると言っても、本人の希望通りの進路だ。
今は幹部会議に名を連ねている大婆もやがては引退し、その次にはシュメール大魔導師とアッカド中魔導師を中心とした時代がやってくる。
これから立場が弱くなるエリドゥ家が、次世代の権力者たちから睨まれるような事は避けねばならない。
ナンナルには、既に選択肢など無かった。
「ではエリドゥ家ではなく、父親も居ないただの娘をこちらで引き取らせて頂く」
「大魔導師様のご随意に」
ドゥムジは父親のナンナルが放言したのを見て、椅子に深く腰を落とした。
叶うならばイシュタルに荷物を持たせてやって欲しいが、充分に支度金を持たせると言っても聞き届けられることは無いだろう。
なまじ親子関係を示せば、イシュタルが家を飛び出した後に起こした事にもエリドゥ家が責任を負わなければならなくなる。
言う事を聞かずに家を飛び出した時点で縁を切ったとするしか無いのだ。
そして以降、イシュタルに責任を負うのはドゥムジである。
(暫くは注意深く観察して、フォローに徹するか)
二度目の臨時会議は後味こそ悪かったものの、一応の終わりを迎えた。
出港準備は僅かに停滞した後、やがて溜め込んだ反動で加速していった。




























