第七十三話 説得
フリートラント王国――。
ほぼ一年前、ヴァイデンの南に位置するこの国は王都が壊滅し、何百何千という死傷者を出す被害を出していた。それを行ったのは一匹のブルードラゴンによるもので、その裏ではシルバードラゴンのフルヒトが暗躍していた。
その中で元ヴァイデン王国第一王女にして、フリートラント王国王妃ディアーナ=フリートラントも命を落とす事になる。
誰もその悲劇を忘れてはいなかった。そして二度とこのような事をさせまいと誓った筈だった。だが――。
「もう一度聞くぞ、てめぇ、ここをあのフリートラントみてぇにする気だったのか!」
「それが最善だと判断しました」
「あ? 最善だあ?」
「このリンディッヒ城は元々辺境警備の拠点として建築された要塞なんです。城壁も高く、そう簡単には崩れないほどの頑強さで造られているのです」
淡々と語るシャルロッテに景虎はあえて口を挟まなかった。シャルロッテが何を考えているかをまず聞こうと思ったからだ。
「王都や北壁の城砦ほどではありませんが、ここならばドラゴン相手でも十分に耐えうる場所だと思ったのです。そして何よりここは王都から遠く、離れた場所にあります」
そこまで話したシャルロッテは一呼吸すると、景虎やクリスタの顔を見る事無く、静かに言葉を続けた。
「ここならば、ドラゴンの攻撃を受けても人的被害を最小限に抑えられます」
次の瞬間景虎はシャルロッテの胸倉を掴み、怒りを込めてその小さな身体を壁に叩き付けた。痛みで苦痛に歪む顔に、景虎は睨みつけながらシャルロッテを糾弾する。
「てめぇ、ドラゴンの卵を持ってこいって言ったのはこういう事をする為かよ! 最初からここにいる人らを戦いに巻き込むつもりだったのかよ!」
「…………」
「答えろガキ!」
「景虎殿!」
答えないシャルロッテに殴りかかろうとする景虎を、カティアの声が止める。振り上げた手を震わせながら、景虎は必死に自身を制止させた。
重く苦しい静寂が包み込み、このまま時間が過ぎ去ろうとした時、シャルロッテに語りかける凛とした声が響き渡る。
「シャル、答えなさい!」
「…………」
「もし答えないと言うのなら、ヴァイデン第三王女として、貴方を罰するわ。それでもいいのシャル!」
言葉をかけたのはクリスタだった。普段からは想像できないほど、その姿は王家の風格のようなものが感じられた。見つめる目は鋭く、しかし優しさすら感じるその視線にシャルロッテも大きく深呼吸をすると、静かに今回の作戦の事を話し始めた。
「ドラゴンが魔力を蓄える時間は数年単位だそうです。もしフルヒトがただ身体を休め魔力を蓄えるだけなら、それは何年かかるかわかりません。そして、時間が経てば経つほど私達はフルヒトを倒す事ができなくなると考えました」
「どういう事?」
「景虎さんが年老いていくからです。ドラゴンを倒す事が出来る唯一の人物である景虎さんが年老いて、あるいは病気や事故で亡くなられる様な事があれば、私達にはもう打つ手がありません」
「あ? 俺がじじいになるからこうしたってのか?」
シャルロッテの言葉にさすがに唖然としてしまう景虎、気付けば胸倉を掴んでいた手を離し、腕組をしてシャルロッテの続く話をじっと聞いていた。
「さらに言えば、この広大な大陸でドラゴンを探す事がどれほど難しいか……、見つけたとしてもそこに行くまでにどれほどの時間を要するかわかりませんし、行ったとしてもすでに立ち去っている可能性が高いでしょう」
「まぁ、確かにな」
「ですが今の私達にはドラゴンの赤子が居ます。フルヒトがこのドラゴンの事を知ればきっと現れるはずです。何故なら魔力の少ない弱った身体でも、この小さなドラゴンであれば捕食し、強大な魔力を得る事ができるからです!」
「何でそんな事言い切れるのよ?」
「フライハイト様によれば、ドラゴンは魔力を敏感に感知するそうです。その相手が強大なドラゴンであればあるほど。このホワイトドラゴンはまだこのように赤子ですが、フライハイト様によれば魔力は大人のドラゴン並みだそうです」
言われてカティアに寄り添うように懐いてるホワイトドラゴンを見る景虎、とても強大な魔力を持っているようには見えなかったが、この状況でシャルロッテが嘘をつくとも思えなかった。
「あいつは必ずここに来ます! それも疲れ果てた魔力が少ない状態ですぐにでも! その時こそあいつを確実に倒す事ができるんです景虎さん!」
必死で訴えるシャルロッテだったが、景虎の答えは変わる事は無かった。
「あのちっこいのはここから出してどっか人のいねぇ所に連れて行く、いいな」
「景虎さん!」
「てめえの言い分も作戦ちゅーのもわかったわ、けどな、だからってここの人らを巻き込んで良いって事にはなんねーんだよ! てめぇのケツはてめぇで拭くもんだ! これは俺の喧嘩だ! 俺がどんな事をしてでも片ァ付けてやる! いいなゴラ!」
景虎をその小さい目で鋭く睨むシャルロッテだったが、その意思が変わる事がないとわかると大きく項垂れ、大粒の涙を流して泣き始めた。
強く握られた手は赤くなり、嗚咽は暗い地下の倉庫に響き渡っていた。
そんなシャルロッテに手を貸そうかと迷うカティアとムラサメであったが、姉であるクリスタが、まるでそれを制止するかのようにじっとシャルロッテを見据えていた。そんなシャルロッテに景虎が語りかける。
「なぁシャルロッテ、てめぇが焦るのもわかるし、俺だってあの糞野郎を殺す為なら何だってやるって言ったけどな、このやり方は間違ってんだろ? 何の関係のない人らを巻き込んで殺しあうなんざ糞のやる事だ。あの糞野郎の為にてめぇまで糞になる事はねーんだよ」
「私が全ての責務を負います! 誰にも迷惑はかけません! あいつを倒せるのならば、私はこの命を捧げる事もできます!」
「なんで、そこまでやろうとすんだよ……」
問う景虎にシャルロッテは悔しそうな顔をすると、手を握り締め涙ぐみながら静かに声を絞り出した。
「何もできなかったから……、ディアーナ姉様が死なれた時、私は何も出来なかったから……、ずっと、謝りたかった。どんな事をしてでも償いたかった。だから……」
そこまで言ってシャルロッテは声を詰まらせた。
目からは涙が止め処なく溢れ続け、必死で言葉を続けようとするも口からは声が出る事はなかった。痛々しいほどのその姿に景虎も言葉を出せず、どう言ってやればいいのかがわからなかった。
この小さい身体で、どれほどの想いをずっと抱え込んできたのだろうかと。
そんな二人に近づく人物、しゃがみこんで泣き続けるシャルロッテ近づいたのは姉のクリスタだった。
そこには先程までの厳しい表情はなく、優しい笑みをこぼし、シャルロッテを優しく抱きしめた。
「シャル、ディアーナ姉様の事を一人で背負い込む事はないわ。私だってフリートラントでは何も出来なかったのだから」
「ねえ……さま」
「シャルがこんな事をやってもディアーナ姉様は喜びはしないわ。逆に悲しませるだけよ。そんな事をさせては駄目。姉様には静かに、幸せに眠って貰いたいのだから」
かけられた言葉にシャルロッテはクリスタへを強く抱きしめ、クリスタの胸の中で再び大声をあげて泣きじゃくった。二人の姿を見つめていた景虎は再びシャルロッテに近づく。
「そっか、てめぇディアーナのねーちゃんが死んだ事をずっと気にしてたんだな。てめぇで何とかしなきゃって」
問うた景虎に小さく頷くシャルロッテ、その頭を優しく撫でながら、景虎は改めてシャルロッテに今後の事を語った。
「てめぇはあの野郎を探すのは難しいって言ってるがよ、俺はそうは思ってねーんだ。野郎は多分俺を殺そうって思ってる筈なんよ。何でかって聞かれてもそう思うってしか答えられねーけどな、まぁ、だからそう難しく考えるなよ、な」
「景虎……さん」
「ディアーナねーちゃんの仇は俺が必ず取ってやる。だから、俺に任せとけ」
「……はい」
ようやく微笑んだシャルロッテに、カティア達も安堵し笑みをこぼした。
しかし言いはしたものの、具体的な事など何も考えてない景虎は、今後の事をどうしたものかと考える。まずは何を先にしてもホワイトドラゴンをリンディッヒの城から出す事を考えたのだが、ここで想定外の事案が発生する。
『キーッ! キーッ!』
「て、てめっ!」
「お、落ち着いて、ね」
『キー』
何故かカティアになついてるホワイトドラゴンに手を焼く景虎、無理矢理連れ出そうとするとカティアに危害が及ぶのではないかと考えると、強硬手段に中々出る事ができなかった。考え悩んでいる景虎に、カティアが提案をする。
「あの、景虎殿、私が言うのもどうかとは思いますが、まずはどこに行くかを考えてからホワイトドラゴンちゃんを連れ出す方がいいのではないでしょうか?」
「あ、ああまぁ確かにそうではあるんだけどよ、何かあってからじゃやべぇだろ? できれば早くそいつをこっから遠ざけてぇんだよ」
「そうですか、では私がこの子を連れてしばらくどこかに隠れています」
その言葉にその場にいる全員が驚いた。一方のカティアは笑顔で自分の言った言葉の意味が、それ程重要でもないといった感じだった。
「ば、馬鹿やろ! そんな事させられっかよ! そのちっけぇドラゴンがいたらあの糞野郎が来るかもしれねぇって所にカティアを置いておけるかよ!」
「ですがどうもこの子は私に懐いているようですし、私がここから離れる方がいいと思うのですが……」
「駄目だ駄目だ! とにかくてめぇを危険な目に合わせる事はできねえ!」
必死で提案を拒絶する景虎に頬を染めるカティア、自分の事を大切に想ってくれている事がとても嬉しかったのだ。そんな景虎にカティアが改めて提案をする。
「景虎殿、私はリンディッヒの領主の娘であると同時に、ヴァイデンの臣下でもあります。国の為に命を捨てる覚悟は出来ておりますし、何より私のような者にも何かできるのであれば、それは喜ばしい事でもあるのです」
「ボケ! 簡単に命捨てるとか言うんじゃねぇよ!」
「大丈夫ですよ景虎殿、私はそう簡単には死にません。まだまだやりたい事がありますから。ですから、大丈夫です」
しっかりと言い切ったカティアの目に、強い意志のようなものを見て取った景虎は結局それ以上言葉を続ける事が出来ず、カティアに降参するような形になる。
出会った頃から変わらない、強い意志のようなものを持つカティアに溜息を吐く景虎は、改めてカティアに向きなおすと。
「はぁ……、ったくしゃーねぇな。わかったよ。 けど危なくなったらすぐ逃げるんだぞ? 出来るだけ早く何とかすっから」
「はい」
「ほんと、てめーは少しはビビるくらいの事をしろよ」
「景虎殿が何とかしてくれると信じてますから」
互いに優しく見詰め合う二人に見とれていたムラサメ達ではあったが、その中に当然の如く割り込んできたのはクリスタだった。
「わ、わたしも行く!」
こうなっては誰にも止められないとわかっている為、あえて誰も言葉を発するような事はしなかった。
その後、ここを出る準備やさしあたっての住処の選定をしていた時、ムラサメが周りを見回すとシャルが居ない事に気付く。
シャルロッテと景虎とのやり取りが怖くて上に行ったのかもと思い、その時はそれほど気にはしなかったのだが、以前シャルが居なくなった時の事を思い出し、すぐさま上へと向った。
地上に戻ったムラサメは周りを見回し、シャルを探すもやはり見つける事ができず、近くにいた使用人や騎士達に聞くものの、やはり知らないとの答えだった。
不安に感じたムラサメは景虎に相談すべく、再び地下の倉庫へと向う。
「し、師匠! シャル殿がいないでござる!」
「あ? どういうこった?」
「い、いえ、先程までそこに一緒に居たと思ったのでござるが、師匠たちのやり取りに見とれている間に気付けば居なくなっていて、先程上に行ったのでござるが誰もシャル殿を見ていないと」
困ったようなムラサメに一瞬何かを言おうとした景虎だったが、自分がここでやりあって逃げたのかもしれないと気付き、頭を掻きながらフライハイトにシャルの探索をさせる。
「どうよ? 近くに居たか?」
『いや、おらんな。少なくとももうこの近くにはおらんみたいだ』
「マジかい……」
頭を抱える景虎を心配そうに見つめるクリスタとカティア、シャルがいなくなったという事は聞いたものの、子供にはよくある事で、それぐらいで景虎ほどの人物がここまで頭を抱えるのがわからなかったからだ。
そんな二人に景虎は以前シャルが自殺しようとした事も伝え、また同じような事をするのではないかという事を話す。
「すぐに探しに行きましょう!」
「私、探してくる!」
「あ、ま、待って下さい。私も行きます!」
カティアに続いてクリスタとシャルロッテも上へと向って走り出す。
景虎とムラサメもそれに続き上に上がるとシャルを探しに城の外へと向った。
しばらく探したものの、シャルを見つける事ができず、景虎の脳裏にヴィスルム教国での事が思い出される。あの時はギリギリでシャルを見つける事が出来たが、一歩遅ければシャルは崖下に身投げしていた可能性があった。
そんな事はないと何度も心の中で言い聞かせる景虎の頭に、フライハイトの声が響き渡る。
『景虎、いたぞ、ドワーフの娘だ』
「どこだっ!」
『右手の丘の林の所だ』
指摘された場所へすぐさま走り出す景虎。林には他に人はおらず、一人立ち尽くしている小さな人物の影がすぐさまシャルだと認識できた。
「シャル!」
声をかけたシャルが景虎に反応し、こちらを向くとその顔は呆然としていた。
景虎が近づきシャルを睨むように見つめると、怯えた様子で目を潤ませた。
「ゴ、ゴメンナサイ……」
「あ? いやまぁ勝手にこんな所まで来たのは確かに駄目だけどよ、別にまあ怒ってる訳じゃねぇから」
「ゴ、ゴメンナサイゴメンナサイ……」
「だから謝んなって。ってかこんな所で何やってたのよ?」
「……ワカリ、マセン」
シャルの答えに呆れる景虎だったが、とにかく早く帰って皆を安心させるのが先だと考えそれ以上追及する事はなかった。
シャルはリンディッヒ城へ向う途中、ずっと景虎に謝ってはいたのだが、その度に景虎はシャルの頭を優しく撫でて気にするなよといった言葉をかけ続けた。




