第七十二話 策略
シャルロッテにフライハイトを預けた翌日、景虎はリンディッヒ城の食堂で、クリスタ達と食事をしていたのだが、その席にはシャルロッテの姿はなかった。
「シャルロッテの奴飯食わねーのか?」
「シャルロッテ様からは、地下の倉庫の前に食事を置いておくようにと言われてます。お皿は空になっていますので、食べられてはいるようですが」
カティアが申し訳なさそうに説明すると、クリスタは嘆息しながら手に持っていたフォークをテーブルに置くと、静かに立ち上がる。
「シャルを連れて来る」
少し不機嫌そうに食堂を出て行くクリスタを見ながら、やはり姉妹なのだなと微笑ましく見る景虎。残っている朝食を一気に片付けると、クリスタの後を追って地下へと向う。さらにカティア、ムラサメ、そしてシャルも景虎に続いて一緒に地下へと向う。
倉庫の前にはすでにクリスタが到着してドアを何度もノックしていたのだが、中から返事がなく、かなり苛立っている様子だった。
何か嫌な予感がしてクリスタに声をかけようとした景虎だったが、一歩遅かった。
「開けなさい!」
言った直後クリスタが倉庫の扉を蹴破っていた。古くなって多少脆くはなってたとはいえ、豪快な破壊音と埃で倉庫の扉部屋の中へと吹き飛んでいった。
呆然とするカティアやムラサメとは対照的に、景虎は諦めムードでクリスタと共に部屋の中へと入っていった。
シャルロッテが扉で怪我でもしてないかと心配ではあったが、それを予期してたかのように荷物やドラゴンの卵、そしてシャルロッテ自身も部屋の壁際に位置し、被害はほとんどない状態だった。
「さすがシャルロッテだな、クリスタの凶暴さを見抜いてやがったわ」
「きょ、凶暴じゃないし!」
顔を真っ赤に染めて必死で否定するクリスタだったが、誰もそれに同調する者はいなかった。と、景虎は紅い斧にもたれるように崩れ落ちているシャルロッテに気付くと、近づき大きめの声色で声をかける。
「おいシャルロッテ、おい! 大丈夫か!」
何度も声をかける景虎だったが、シャルロッテはまるで死んでいるかのように微動だにせず、起きる気配がなかった。嫌な予感が過ぎり、その場にあいるフライハイトにシャルロッテの事について声を張り上げ問うた。
「おい糞ドラゴン、こいつどうしたんだよ! 何か悪いもんでも食ったのか、それとも悪い病気にでもなったんじゃねぇだろうな! 何で言わねえ!」
『落ち着け景虎、この小さな人間は別に病気でも何でもない。かなり疲れているようだったのでな、私が眠りの魔法を使ったのだ。多少の事では起きないが、命に別状があるものではにから安心しろ』
「な、何だそういう事かよ、びっくりさせんなよ」
フライハイトの言葉に安堵する景虎は、同じくシャルロッテの事を心配して見ていた他の面々にも、シャルロッテが眠りの魔法で眠っている旨を伝えた。
皆が同じく安堵する中、カティアが隅に置かれているドラゴンの卵に気付く。最初は特に気にもならなかったのだが、気付けばまるで惹かれるように卵に近づいていき、そして優しくそのドラゴンの卵に触れる。
「あの、これは何でしょうか?」
「ん、ああ、そりゃドラゴンの卵だ。そういやカティアは見るの初めてだったな。どうよ? 中々珍しいもんだろ?」
「ドラゴンの……卵」
景虎の言葉にカティアはドラゴンの卵を見つめ続ける。何故かはわからなかったが、まるでドラゴンの卵がカティアを惹きつけるかのように、その手を離す事ができなかった。そして、その様子に違和感を感じた景虎が話しかけようとした時、ドラゴンの卵に異変が起こる。
「!」
「うお! た、卵が!」
驚く景虎に皆が注目すると、カティアの触れていた場所からドラゴンの卵にヒビが入り始めていた。驚く皆ではあったが、カティアだけはその様子を冷静に見る事ができていた。そして、少しずつヒビが大きくなっていき、小さく割れるような音と共にドラゴンの卵が割れる。
割れた卵の中から現れたのは、小さなホワイトドラゴンの赤ちゃんだった。
「う、生まれたでござる……」
「ま、マジかよ」
皆が呆然とする中、ただ一人カティアだけはその小さなドラゴンを優しく撫でてあげた。触れた手が心地良かったのか、ホワイトドラゴンの赤ちゃんは気持ち良さそうな声を上げる。
「だ、大丈夫なのかカティア?」
「はい、とても大人しくて可愛いですよ」
心配する景虎に優しく微笑むカティア、見れば確かにドラゴンの赤ちゃんはカティアの手に頬ずりをするような仕草で気持ち良さそうにしていた。それを見て景虎もドラゴンの赤ちゃんに近づき触ろうとする。だが触ろうとした景虎の手をいきなり噛もうとするホワイトドラゴン。咄嗟に手を引いて噛まれる事は回避したものの、その後もドラゴンの赤ちゃんは威嚇するかのように景虎を睨み、金切り声を上げていた。
『キーッ! キーッ!』
「あ? やんのかゴラ? 嗚呼?」
「か、景虎殿」
睨む景虎を必死で嗜めるカティアと、それを呆れ顔で見る面々。と、騒動にようやく気付いたシャルロッテが、目を擦りながらようやく眠りから目覚めた。
周りを見回し、クリスタや景虎を確認した後、カティアとホワイトドラゴンの赤ちゃんを確認すると、慌てふためき大声を上げた。
「ど、ドラゴン! どうして!」
「え? あー、わからんが、カティアが卵に触れたら生まれたみてぇだ」
「早く! 扉を閉めてください! ドラゴンは逃げられないように早く拘束をっ!」
珍しく声を荒げて必死なシャルロッテに景虎だけでなく、姉のクリスタでさえ驚いた様子だった。一方そのドラゴンに触れているカティアはどうすればいいのか戸惑うばかり、そんなカティアによろめきながら歩むシャルロッテ、気迫さえ感じるその様子に景虎が待ったをかける。
「落ち着けよ、こいつぁ生まれたばっかでまだそんな動けねーって」
「そんなのわからないじゃないですか! ドラゴンはどんな能力を持っているのかわからないのもいるんです! もしそのドラゴンが逃げ出したりしたら!」
「別に逃げてもいーじゃねぇか、こんだけちっさかったらそんな悪さもできねぇだろ」
「何を言っているんですかっ! 逃げたら、フルヒトを誘き出す事が出来なくなるじゃないですか!」
フルヒトという言葉にその場が静寂に包まれる。景虎はシャルロッテに向かい鋭い眼で睨みつけると、静かに、その言葉の意味を問うた。
「あの糞野郎を誘き出すってどういう事だ?」
「…………」
「黙ってちゃわかんねーだろが、おいコラ、てめ何考えてやがる?」
景虎が追求するも、シャルロッテは俯き口を噤んだままだった。
クリスタがシャルロッテに話しをするように問いかけても、やはりシャルロッテは口を噤んだままだった。このままでは埒が明かないと考えた景虎は、声を上げてフライハイトに問いかけた。
「おい糞ドラゴン、てめぇはこいつと色々話して何か知ってんだろ? 教えろ!」
本来景虎は、フライハイトに対しては頭に浮かべるだけで会話が出来るのだが、今はシャルロッテにも聞こえるよう、あえて声に出して問うたのだった。
それは効果覿面で、シャルロッテは見るからに焦りを露にして何かを言おうとする。震える手で必死に何かを耐えるようなシャルロッテだったが、ついに降参し、フライハイトが教える前に景虎の問いに答え始める。
「フライハイト様に、ドラゴンについての事を多く聞いたのです。その中に、ドラゴンの生態についてのものがあり、それを利用すればフルヒトを誘き寄せる事が出来ると考えたんです」
「ど、ドラゴンのせーたい?」
「ドラゴンは如何に生きているのか、どのような行動をするのかといった事です」
小学生レベルの景虎には生態という言葉ですら難しかったが、なんとなく理解したという風を装って、シャルロッテに続きを促した。
「その中で、ドラゴンは魔力を源として生きているというのを教えていただきました。魔力が無くなれば、生きていく事ができないと」
「え? 魔力無くても飯食ってりゃ生きていけんだろ?」
「ドラゴンにとっての食というのはあくまで欲を満たすものであって、それほど重要視するものではないそうです。もちろん空腹にもなりますが、それは十年に一度程度のもので、それも魔力を補えれば収まるそうです」
「あー、そういや糞ドラゴンもそんな感じの事言ってたな」
初めて出会った時、腹が減ってフライハイトは十年食わなくても問題ないと言った事を思い出す景虎、同時にドラゴンにとって魔力というものがどれほど大事なものなのかというのも理解した。
「で? ドラゴンの魔力云々がどうしたんよ? それがあのちっけえドラゴンで糞野郎おびき出すのとどう関係すんのよ?」
「景虎さんは言いましたよね、フルヒトは力を蓄える為に大陸の東にいると」
「おう」
「ドラゴンが力を蓄えるというのは、枯渇した魔力を補充するという意味なのです。そしてその方法は魔力の源のある場所で時間をかけて蓄えるか、もしくは……」
「もしくは?」
「魔力を秘めたものを食らう事なんです」
ゆっくりと搾り出したシャルロッテの言葉に、景虎は意味がわからなかった。
それを補足するかのようにシャルロッテは言葉を続ける。
「魔力を秘めたものとは様々なものがあります。魔法を使える人間、魔力を帯びた武具や道具、精霊石のようなもの、そして……同じドラゴンなどです」
「あ、ああ! そういう事か」
ここに到ってようやく景虎も理解する。シャルロッテがフルヒトを誘き出すといったのは、魔力を持つこの小さなホワイトドラゴンを使ってフルヒトを誘き出すのだと。
「なんだよ、そーゆー事なら早く言えよ、別に隠すような事ねーじゃねーか。あの野郎を誘き出せるって言うならすげぇ名案じゃねぇか、さすがシャルロッテだぜ!」
褒める景虎だったが、シャルロッテは苦しそうにずっと俯いたままだった。その様子を怪訝に思う景虎はシャルロッテに理由を問おうとする。
「話せなかった理由があるのでござるな」
二人の会話に入ってきたのはムラサメだった。その顔はマフラーで隠れてはいたが、かなり険しいものだった。いつもの雰囲気とは違うムラサメに戸惑う景虎は、その理由をムラサメに問うた。
「話せない理由って何だよ?」
「師匠、ドラゴンの卵……、いや、ホワイトドラゴンは今どこに在るでござるか?」
「あ? てめ俺馬鹿にしてんのか? 今ここにいんだろが!」
「そうでござる。今この、リンディッヒ城の地下にいるでござるな」
意味深に放った言葉にシャルロッテの身体は小さく震えた。一方ムラサメの放った言葉の意味がまだわからない景虎は、ムラサメの続く言葉を待った。
「師匠、拙者フルヒトなるモノにまだ会った事はござらぬが、聞いた話ではドラゴンというので良いのでござるな?」
「ああ、俺もドラゴンの姿のヤローは見た事はねーがな」
「では師匠、シャルロッテ殿が言った言葉を思い出してくだされ。シャルロッテ殿はそのドラゴンをこの小さなホワイトドラゴンで誘き出すと言ったのでござるぞ」
「ああ、言った」
「つまり、フルヒトなるドラゴンをこの……、リンディッヒ城に誘き出すという事でござる、そうなればどうなるでござろうか?」
続いた言葉にカティアも理解したようでシャルロッテを見つめた。一方景虎は再度考え、頭の中で順に話を組み立てていき、そして、その結果が見えた時、シャルロッテを怒りに満ちた目で睨んだ。
「てめぇ……」
怒りが込められた声にシャルロッテは返事をしない、ただじっと俯いたままだった。
そんなシャルロッテに近づいた景虎はその胸倉を掴み、怒気をはらんだ言葉で糾弾した。
「てめぇ! このリンディッヒをフリートラントの時みてぇな地獄にするつもりだったのかよ!」
片付けないといけない案件が出来たので、1,2週間休みます。




