第七十一話 地下
死の場所を離れた景虎達一行は、休息と今後の方針を協議する為、ひとまずリンディッヒ城へと向う。
その途上、シャルロッテが景虎にある質問をする。
「景虎さん、一つ確認しておきたい事があるのですが」
「ん? 何よ改まって?」
「景虎さんは、フルヒトを殺す為ならば、どんな事でもできますか?」
シャルロッテの問いに押し黙る景虎、その問いにはすでに答えを出していたからだ。
フルヒトは景虎だけではなく、クリスタやシャルロッテの大切な人も殺し、さらに多くの人々を無残に殺してきた。そんな奴を絶対に許せる訳はなく、景虎はフルヒトを殺す事をすでに皆に言い聞かせていた。
景虎はシャルロッテが改めて自分の意思を確認する為の問いだと思い、自信を持ってきっぱりとその問いに答えた
「ああ、何でもやってやるよ、あの野郎を殺す為ならな。けど出来る事だけだぞ。空飛べとか言われてもできねぇしな。あと死ぬ気もねぇぞ。死ぬ気ではやっけどな」
「景虎さんらしい答えですね。ですが、それを聞いて安心しました」
「何だよ、何か俺にやらせる気か?」
「いえ、景虎さんはフルヒトを殺す事だけを考えてくだされば結構ですよ。それ以外の事は全て私が考えますので……」
微笑むシャルロッテだったが、その顔に景虎は何か陰のようなものを感じぜずにはいられなかった。しかし難しい事を考えるのが苦手な景虎はそれ以上何かを追求するような事もせず、シャルロッテもまたそれ以上言葉を紡ぐ事はなかった。
それからしばらくして景虎達一行は無事リンディッヒ城へと辿り着く
城門には出迎えるリンディッヒの領主をはじめ、ヴァイデンの二人の王女を一目見ようという、多くの人々で溢れかえっていた。
「景虎殿!」
城に入ってきた景虎に声をかける人物はこのリンディッヒ領の領主の娘、カティア=リンディッヒだった。その横には少し涙ぐんでいるドワーフの子供のシャルが、景虎をじっと見つめていた。景虎はを二人を確認すると、馬をムラサメに任せて二人の下へと駆け寄った。
「よ! 戻ったぞ」
「お帰りなさい景虎殿、ほら、シャルちゃんも」
「ゴ、ゴシュジンサマ……、オカエリナサイ、デス」
景虎の顔を見た途端涙が溢れ出したシャルは、そのまま景虎に抱きつき力無く身体を預ける。最初はいつものように自分に甘えてるのだと思った景虎だったが、良く見るとシャルの顔が憔悴しきってるように見え、カティアにその理由をねた。
「実は景虎殿と別れた後、シャルちゃんが景虎殿が戻ってくるまでは食事をしないって言って、ずっと我慢してたんです」
「な! おいシャル、んじゃてめぇ二日も何も食ってねぇのかよ!」
怒る景虎に身体を震わせるシャルは、怯えて答えようとはしなかった。そんなシャルを庇うかのように、カティアが優しく、シャルの頭を撫でながら話を続ける。
「シャルちゃんは景虎殿の事をずっと心配していたんです。無事に帰って来る事を祈って。だからあまり叱ってあげないでください。それに怒られるのは私ですし、何とかシャルちゃんに食べてもらおうと頑張ったのですが、結局駄目でした」
落ち込むカティアの言葉に溜息をつくしかない景虎。こうなると必死にしがみつくシャルを怒る気力も消え失せ、わしわしと強めに頭を撫でてやる。
「ったくしゃーねぇな、んじゃ今から一緒に飯食おうな。けどもうこんな事すんじゃねーぞ。これからは俺がいなくてもちゃんと飯食う事、いいな?」
「ハイ……デス」
「よし! んじゃあともう一個、カティアにごめんなさいだ。シャルの為に色々心配させちまったからな、ほれ」
急に振られたカティアは少しびっくりしたものの、謝罪など必要ないといった手振りをするのだが、景虎に促されたシャルはカティアの前に来ると頭を深々と下げ謝った。
「ゴメンナサイ、デス、カティア、オネェチャン」
「う、ううんいいのよシャルちゃん、さ、もうご飯食べていいなら一緒に美味しいもの食べようね」
優しく微笑むカティアにシャルも笑顔で答える。それを見た景虎はシャルを肩車してリンディッヒ城の食堂へと向った。その様子を見ていたムラサメが優しい笑みをこぼし。
「仲が良うござるなあ、まるで親子のようでござるよ」
そう言った瞬間赤毛の少女が凄まじいスピードで景虎の元へと走り出し、気付けば景虎の横にピタリとくっついて歩き出していた。その様子を呆然と眺めるムラサメに、シャルロッテがいつもの事ですよと優しくムラサメの肩を叩く。
翌日、旅の疲れを癒した景虎達は今後の事を決める為集まったのだが、この場所にはシャルロッテだけがいなかった。話によれば一人でやる事があるとの事で、後で向うとの事だったが、いくら待ってても来る気配がなかったのだ。
結局残った面々ではまともな話をする事ができず、ダラダラとお茶やお菓子などを食べながら他愛のない話をする事になる。この時景虎の傍にはクリスタとシャルがぴったりとくっつき、景虎はかなり窮屈な思いをしていた。
「おいクリスタ、てめーちっと離れろよ、いい加減暑苦しい」
「そ、そのちっこいのはいいのに、どうして私は駄目なの!」
「シャルと張り合ってんじゃねぇよ!」
何故かシャルに対抗心を露にするクリスタを一喝すると、景虎はシャルをカティアとムラサメに預けるとシャルロッテのいる部屋へと向う。今後の事やフルヒトの事を話し合うにはシャルロッテの知恵が必要だったからだ。
そして当然の如く景虎についてくるクリスタだった。
リンディッヒ子爵がシャルロッテの為に用意した部屋に来た景虎だったが、その部屋にはシャルロッテはいなかった。
「あのヤローどこに行った? クリスタ知んねーか?」
「し、知らない」
「便所か風呂かな」
景虎は落胆し、今日の会合は無理だと諦めかけた時、頭の中にフライハイトの声が響いてくる。
『景虎、あの小さい人間ならこの城の地下にいるぞ』
「は? 地下? 何でんな所に?」
『さてな、あとドラゴンの卵もその地下から気配を感じる』
続いた言葉に景虎は合点がいった。シャルロッテはドラゴンの卵の話をしてから少し様子が変だった。最初は違和感を感じるだけだったが、シャルロッテがあの卵に何か執着しているよう思えたのだ。
「ちっと行ってくっか」
「か、景虎どこ行くの!」
「地下、シャルロッテがそこにいんだと、てめぇも来るか?」
「行く!」
二つ返事で了承するクリスタに苦笑する景虎だった。リンディッヒ城は以前いた事もあってか、景虎にとっては我が家も同然だった。城の者も景虎と、そしてクリスタを怪しむ事もなく、地下室への道を進む。
地下といっても牢屋といったものではなく、荷物や食料の保存の為の倉庫のような部屋がいくつかある場所だった。
こんな所に大国の王女が何をやっているんだと疑問に思う景虎。
「ここか」
景虎が辿り着いたのは荷物を収める倉庫の一つだった。お世辞にも綺麗とは言えない扉をノックすると、中からシャルロッテの弱弱しい声が聞こえてくる。
「俺だ、入っていーか?」
「クリスタよ、入れなさいシャル!」
二人の言葉に返事をしなかったシャルロッテだったが、しばらくして中から鍵が開けられ、ゆっくりと扉が開かれると憔悴しきったシャルロッテが現れる。
景虎とクリスタはその姿に驚いてしまう、いつもの愛らしい姿はそこにはなく、何か思いつめた様子のシャルロッテがそこに居たからだ。
「シャルロッテ、どうかしたの?」
「いえ、何でもありませんお姉様、それで、何か御用でしょうか?」
「てめぇがこねーからどうしたのかと思ってな、後こんな所でドラゴンの卵と何やってんのかと思ってよ」
景虎の言葉に少なからず驚いた様子ではあったが、シャルロッテは平静を装い、二人を部屋の中へと招き入れた。
部屋の中は蝋燭の小さい明かりだけが灯る暗い部屋だった。荷物で雑然としてスペースもないような場所の真ん中に、白いドラゴンの卵が蝋燭の火に灯され、幻想的に映し出されていた。
「よく、ドラゴンの卵と一緒だというのがわかりましたね」
「俺にゃ便利アイテムあっからな、おめぇの居場所もドラゴンの卵もここにいるって教えてくれたんよ」
「成る程、流石ですね」
景虎に感心しながら答えたシャルロッテだったが、ふと何かを思いついたらしく、それを景虎に尋ねる事にした。
「あの、景虎さん。その便利アイテムというのは、以前お話してくださった景虎さんが持っている、斧になったドラゴンの事ですよね?」
「おう、やたらウゼェ糞ドラゴンだ」
言った瞬間景虎の頭の中に当のフライハイトが何やら文句を言ってくるのだが、景虎はあえて聞かないフリをした。
「で、それがどうしたよ?」
「あの、一度そのドラゴンと話をさせてはいただけないでしょうか?」
「は? 糞ドラゴンと? 何でまた」
「実は確かめたい事がありまして、色々資料などで調べはしたのですが、実際それが正しいのかを、景虎さんのドラゴンに確認したいのです」
シャルロッテの瞳はまっすぐ景虎を見つめていた。その碧い目には決意のようなものが見え、景虎はシャルロッテの言葉をフライハイトに確かめるべく尋ねてみる。
「ってシャルロッテが言ってんだけどよ、てめぇ俺以外とも話とかできんのか?」
『ふむ、ドラゴンの身体の時であったなら景虎と会った時のように直接頭に話しかける事もできたが、斧である今の状態では少し難しいかもしれんな。景虎は私の力を少し分け与えてるのでこのように会話はできるが』
「んだよできねーのかよ」
『まぁ試してはみよう、景虎、斧である私をその小さな人間に触れさせてみてくれ』
言われた景虎は一旦自室に戻り紅い斧を持ってくると、それを地下室の床にドンと置き、シャルロッテに触らせてみる。シャルロッテは目を瞑り、静かな声でフライハイトに語りかける。
「初めまして、私はヴァイデン第四王女シャルロッテ=リュトヴィッツと申します。景虎さんのドラゴン様、もし、私の声が聞こえましたらお答えいただけないでしょうか」
『聞こえている、私の名前はフライハイト、よろしく頼む、王女シャルロッテ=リュトヴィッツ』
直接頭の中に響いてきた声に驚くシャルロッテ、一方その様子に上手くいったと理解した景虎は優しく声をかける。
「上手くいったみてぇだな」
「は、はい、頭に直接響いてくるというのは中々不思議なものですね。それにフライハイト様の声はとても重厚で優しい声で、何だか、とても驚いています」
『聞いたか景虎、これが本来の反応というものだ。お前も少しは私に敬意を払ってだな……』
「ああうるせーよ! てめぇは糞ドラゴンのままでいーっての!」
フライハイトとのやりとりが聞こえたのか、シャルロッテが小さく笑う。一方仲間はずれにされたクリスタは不機嫌そうで、自分も仲間に入れてほしいとシャルロッテの真似をして斧に触ってみるものの、上手く話せず、余計にふてくされる結果になってしまう。
「あの……、景虎さん、しばらくフライハイト様と二人だけで話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ん? ああいーぜ、斧てめぇの部屋に持って行こうか?」
「いえ、ここで構いません、まだやらなければならない事がありますので」
「そっか、んじゃ今日のミーティングはなしって事だな、また明日って事でいいか?」
「はい、申し訳ありません」
小さく頭を下げるシャルロッテを見ながら、景虎はクリスタと共に地下室の部屋から出て行った。残されたシャルロッテは再び紅い斧に手を触れると、フライハイトに話しかける。
「フライハイト様、いくつかお聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
『うむ、何でも言ってみるがよい、こういう風に尋ねられるのは数十年ぶりな事で久しいからな、何でも答えてやろう』
「ありがとうございます、では……」
そして、シャルロッテはフライハイトにいくつかの質問をする。
その内容は、フライハイトが興味を持つには十分なものだった。




