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ドラゴンアックス  作者: kaz
白の章
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第六十一話 乗船

 ヴィスマルの街を出てから二週間、景虎(かげとら)達一行はクルフの街に辿り着く。

 巨大なヴェーザー川を渡るにはここから出る船に乗るしかなく、景虎達はその船に乗る為の行動を起こす。

 まず教会に寄付をする事で身分証明証のようなものを入手する。この国ではこの身分証明証がないと船に乗れない決まりだった。景虎達はそれを見せ、乗船料を払って船へと向う。

 船着場では向こう岸へ渡る大型の船が停泊しており、その前では屈強な船員が乗船客一人一人を入念にチェックしていた。


「やっぱすんなりとは乗れそうにないな」

「まぁ予想通りでござるな。ですがすでにシャル殿の準備は完了してるでござる! いつでも行けるでござるぞ!」


 自信満々のムラサメに景虎は少し呆れ顔だ。しかし問題を起こさずシャルを船に乗せるにはムラサメの偽装の術が頼りだった。一神教の教えで差別意識が強いこの国では、ドワーフを船に乗せる事は悪しき事だと思われていた。

 ムラサメの術でドワーフ特有の黒っぽい肌を白い肌に変え、耳は大きめの帽子で隠してシャルを人間として船に乗せる事を計画したのだ。

 大型船に向う一行、順番に客が乗船して行き、そして景虎とシャルの番が来る。


「そちらは?」


 乗船客をチェックしている船員が、シャルを見て何者かというのを尋ねる。景虎は一瞬偽装がバレたのかと心配したが、どうもそれはなさそうで、単に関係を聞いてるようだと認識した。


「あー、こいつは俺の妹だ」


 景虎が答えるとシャルは静かに頷く。片言の話し方をすれば怪しまれる可能性があった為、シャルには事前に話さないようにと言い聞かせていたのだ。

 話さないシャルを睨むように見つめる船員、怯えるシャルは必死で景虎の服を握り締めていた。さらにシャルに触れようとするのを、景虎が威圧するように声を荒げた。


「おいコラ妹怖がらすんじゃねえよ! こいつぁ人見知りが激しいんだよ、もしてめぇのせいで泣き出したりしたらただじゃおかねぇぞゴラ!」

「い、いや……」


 尋常ではないほどの景虎の睨みにさすがの船員もたじろぐと、周りもこの騒ぎに注目し始める。どう見ても船員が小さい子供を怯えさせている光景に、さすがにこれはいけないと感じたのか、船員はそれ以上追及する事なくシャルの乗船を許可する。

 景虎はそれでも船員の態度が気に入らなかったのか、シャルの手を引き船に乗船するまでその船員を睨み続けていた。


「し、師匠、もうその辺にしといた方が……」

「くっそ、あの野郎ワビの一言もねぇのかよ! シャル、大丈夫だったか?」

「ハイ、アリガトウゴザイマス、ゴシュジンサマ」


 小さく答えたシャルの顔はとても優しい顔をしていた。景虎とムラサメはその顔にお互い和み、シャルの頭を撫でながら用意された客室へと向う。

 部屋は三畳ほどの手狭なもので、右側の壁に二段ベッドが一つある部屋だった。荷物を上のベッドに置いた三人は下のベッドに仲良く座り、ようやく無事にヴィスマルを離れる事に安堵する。

 船が出航するまでは少し時間がかかっていた。聞けばヴィルスム教国でも名のある商人が、商売の為に大量の荷物を積み込んでいる為、その積載にかなりの時間がかかっているとの事だった。


「ちっ、まーだ出発しねぇのかよ」

「まぁ船旅ではこういった事は多々あるでござるよ。焦らず客室で待つでござるよ」


 ムラサメの言葉に景虎も仕方ないという感じで諦める。結局船が出港したのは景虎達が乗り込んでから二時間も経ってからの事だった。

 クルフの街から向こう岸の街アルストまでは、四時間ほどの時間がかかる航海だったが、その間景虎達は客室にずっと引きこもっていた。


「ワタシ、ルスバンシテマス」

「ばっかやろ、シャルだけ置いてはしゃげる訳ねーだろうが、余計な気ぃ使わずシャルも今のうちにベッドで休んどけ」

「そうでござるぞ、ささっ、下のベッドはシャル殿一人だけのものでござるぞ」


 術が解けてすでに元の肌に戻っているシャルが、外に出れないのを気遣う景虎とムラサメだった。手狭な部屋ではあったが、三人はアルストの街に着くまで楽しげに色々な話をした。その中で景虎は、何となく疑問に思っていた事をムラサメに尋ねた。


「おいムラサメ」

「何でござろうか師匠?」

「おめぇ、男か女かどっちよ?」


 唐突な質問に一瞬動きを止めたムラサメだったが、すぐに景虎の質問に答えようとぎこちなく動くも、大量の汗を流しその目はかなり泳いでいた。


「と、とと唐突でござるな、ま、まぁどちらでもよいではござらぬか!」

「いやあ、会った時は男だと思って特に気にもしてなかったんだけどよ、何か良く見ると意外に可愛い顔してるし、声も女の子っぽいなと思ってよ、一応確認しておきてぇなって思ったんよ」

「か、かかか可愛い! せ、拙者がでご、ござるか!」

「うろたえ過ぎだろ、ってかその反応見るにおめぇ女だったのか?」

「んあっ!」


 マフラーで半分顔は隠れてはいたものの、それでも真っ赤な顔はわかるほどだった。言葉を詰まらせさらに涙さえ溢れ出し、必死で何かを訴えるかのようなムラサメに、景虎は何かヤバい事をしてしまったんじゃないかと反省する。


「あ、いや、忘れてくれ、もう気にしねぇようにすっから」

「い、いえ! こ、こちらこそ申し訳ないでござる! た、ただその……、拙者も年頃ですゆえ、優しくしていただけると……、嬉しいで……ござる」

「あ? 何だって?」

「な、何でもござらぬ!」


 ムラサメの最後の方の言葉が聞こえづらく、再度話すように促すも何でもないという仕草で誤魔化すムラサメ、景虎もこれ以上聞くのも可哀想だと感じ、それ以後この話をする事はなかった。

 そうこうしているうちに船はヴェーザー川を渡りきり、アルストの街へと到着する。ムラサメは再びシャルに偽装の術を施し、客室から出ようとした時だった。


「少しお待ちください! 荷物を降ろすのが先です!」


 船員が乗船している客が降りるのを制し、ヴィルスム教国の商人の荷物を先に降ろす旨を伝える。

 景虎は一刻も早く下船してヴァイデンへ向いたかったが、ムラサメになだめられとにかく荷物が降ろされるのを待つ、だがそれが中々終わらなかった。積載する時よりは作業は早く進んではいたものの、やはり量が多く、降ろすのにかなりの時間がかかってしまっていたのだ。


「くっそ、とっとと行けよ!」

「し、師匠落ち着いてくだされ! も、もう少しでござるよ、……しかしこれはちと不味いでござるな」

「ん? 何がよ」

「いえ、シャル殿の偽装の術の効果時間でござる。急がねば解けてしまうでござるよ」


 ムラサメの言葉に冷や汗が流れる景虎、偽装の術は一時間ほどしか効果が無く、それがすぎるとシャルは元のドワーフ特有の黒っぽい肌に戻ってしまうのだ。


「今のうちにもう一度偽装の術をかけなおせねーのか?」

「かけな直すにしても時間がかかりすぎるでござるよ、あまり客室にいると不審がられるでござろうし」


 二人のやり取りを聞いていたシャルは不安そうな顔で景虎を見つめる。その顔は今にも泣き出しそうな表情をしていたが、景虎はそんなシャルの頭を優しく撫でてやる。その小さな手をしっかりと握り、被っている帽子を少し深めに被らせた。


「言っただろ、何があってもシャルを守ってやるって。だから安心しろ。んでもって俺の手をしっかり握ってろ」

「……ハイ」


 その言葉にようやく安堵の笑みをこぼすシャル。何があっても離すものかと言われた通り景虎の手をしっかりと握った。

 それからしばらくしてもたついていた荷物の搬送がようやく終わったのか、船に乗っていた客が次々と下船し始める。景虎達もそれに続き、焦らず、しかし少し足早に下船して行った。

 出口には出航する時にいた船員が今度も同じように客のチェックをしていた。手続きを素早く済ませ、急いでその場から離れようとした時だった。


「アッ!」


 シャルが段差に躓きこけそうになる。幸い景虎が手を握っていたせいで転倒こそしなかったものの、深めに被っていた帽子がズレてしまう。

 シャルが必死に隠そうとするも一歩遅かった。ドワーフの特徴の一つでもある大きな丸い耳が、ズレた帽子から船員に見られてしまったのだ。


「お、おい待て! お前のその耳、ドワー……」


 船員がシャルを呼び止めようとして声をかけようとしたその瞬間、ムラサメがいつの間にか警備員の懐に入り込み、手でその口を押さえる。


「しー、っでござるよ。ここで騒ぎを起こさないほうがお互いの為になると思うのでござるぞ、このまま拙者達を見逃してはくれんでござろうか」

「な、何言ってやがる、お前らよくも船に……」

「もしそれを指摘すれば、それを見極める事ができなかった貴方も、罰を受けるのではないでござらぬか?」

「!」


 ムラサメの指摘に船員は息を飲む。確かに気付かずにドワーフを船に乗せてしまった事を咎められれば、自分にも何かしらの罰が与えられるかもしれなかった。

 顔から冷や汗が流れじっとムラサメを見つめる船員、一方のムラサメはニコニコと笑顔のままで言葉を続けた。


「ただでとは言わんでござるよ、ささっ、これは献身的に働いてござる貴方へのせめてものお礼でござる」


 そう言ってムラサメは船員の手に数枚の銀貨を握らせる。その感触に今までムラサメを睨みつけていた船員の目が瞬く間に和らいでいく。そしてさりげなくその銀貨をポケットに入れると、さっさと行けといった仕草で右手を振る。


「神のご加護を! でござる」


 ムラサメはそう言うと景虎達の元へと近づき、その場から離れていった。

 歩きながら先ほどのやり取りを聞いた景虎はムラサメに向かい。


「お前、結構な悪党だな」

「え、ええっ! な、何でそうなるでござるかぁ! せ、拙者はできるだけ穏便に済まそうと必死で頑張ったでござるのにぃ~!」

「シャル、ムラサメには気をつけるんだぞ、変な事教えられても嫌ってちゃんと答えるようにな」


 景虎の言葉に一瞬戸惑ったシャルだったが、静かに頭を下げて了解の返事を返す。


「シャ、シャル殿酷いでござるよ~!」

「ゴ、ゴメンナ、サイ」

「おいこらシャルを苛めんじゃねぇよ!」


 ムラサメを弱めにはたく景虎の顔は楽しげだった。その顔につられシャルも可愛い笑顔みを見せ、ムラサメも自分がからかわれた事に気付いて楽しげに笑い出す。

 景虎はシャルの右手を握り、ムラサメはシャルの左手を握り、三人は仲良く手を繋いでアルストの街の中心へと向って行った。


 景虎達は街で再び一頭立ての馬車を調達し、旅の準備を進める。シャルはできるだけ目立たないように帽子を深めに被せ、馬車で荷物の整理を手伝っていた。

 と、景虎が店で子供用の品が色々あるのに気付き、シャルの元へと戻ってくる。

 

「シャル、何か欲しいものはないか?」

「ホシイ、モノ?」

「おう、これからちっと長旅になるからな、今のうちに欲しいものあれば言っとけ」


 景虎の言葉に考えるシャルだったが、恐れ多い事だと思い、首を大きく横に振って欲しいものはないと伝えた。景虎もシャルがこういう反応をするのは予想していたみたいで、再び店に向うと何かを買ってそれをシャルに渡した。


「ほれ」

「? コレ、ナンデスカ?」

「シャルにプレゼントだ」

「プレ、ゼント?」


 驚くシャルが手に持った袋を開けてみると、そこには可愛らしい手袋が入っていた。

 ピンク色の子供用の手袋はシャルの手にぴったりと入るもので、シャルはそれをじっと見つめ、何度も顔に当てて暖かさを感じていた。


「寒くなってくるしな、それで少しは手が寒くならなくて済むだろ」

「…………」

「ん? 気に入らなかったか? 悪ぃな、こーゆーの選ぶのよくわかんなくてよ、別のもん探してくっから……」


 言いかけて景虎が再び店に行こうとするのを、シャルが景虎の服を掴んで止める。そしてそのまま景虎抱きつき、顔を埋めていく。


「アリガト、デス。トテモ、アタタカイ、デス」

「そっか、そりゃ良かった」


 喜んでくれた事を素直に喜ぶ景虎、一方シャルはずっと顔を埋めたまま景虎に抱きついてた。ムラサメはその二人の姿を暖かく見守りながら、一人旅の準備を整える。

 しばらくして景虎とシャルが馬車に乗り込むと、ムラサメが手綱を引いて馬車を走らせ始める。


「んじゃ、ヴァイデン王都に行こうかい!」

「了解でござる!」

「ゴザル」


 ムラサメのござるを真似たシャルの声に、景虎とムラサメはお互いに顔を見合わせ大笑いする。一方シャルは恥かしくなり、貰ったばかりの手袋で必死で顔を隠していた。


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