第五十八話 師匠
景虎はヴィルスム教国ヴィスマルの港町からヴァイデンへ向う馬車の上で、一緒に旅をしているドワーフのシャルから、この先で何か戦いのようなものが行われていると聞かされる。
「シャル、誰か襲われてたりしてるのか?」
「ハイ、タクサン、ヒト、ケガシテル、デス」
「おっしゃ、何があんだか知んねーが、とりあえず行ってみんべーよ!」
シャルの言葉を疑いもせず景虎は馬車の速度を上げる。そして距離にして五百メートルほど走った時、フライハイトも何かに気付き景虎に知らせてきた。
『確かに戦いが行われているな、人と、魔獣の気配だ』
「へー、シャルすげぇな、糞ドラゴンより全然先見えんのか、しかもこんな暗がりで」
『ドワーフは元々暗闇に住む者達だ! このような暗い中では私より目が良いのも当然であろう! しかも今の私は斧なのだ!』
珍しく感情を露にするフライハイトに大笑いする景虎。と、景虎も戦いのような気配を感じるようになってくるとすぐさま馬車を止める。
「シャル、危ないからお前はここで待ってろよ! すぐに終わらせてくっからよ!」
「ハイ!」
元気に答えたシャルを置き、景虎は紅い斧を持って駆け出した。暗闇の林の中を進み松明の明かりらしきものが見え始めた時、景虎の耳に無数の金属音と悲鳴、そして無数の恐ろしげな唸り声が聞こえてきた。
「くっそ、暗くてよく見えんな、おい糞ドラゴン、魔獣どんくらいいるよ?」
『感じる気配は五十といった所か、人間は十六、いや、十五になった』
「くっそ、急ぐぞ!」
景虎が向かう先には七台の荷馬車があった。狭い道のせいか先頭の荷馬車の馬が殺され立ち往生している為、動く事もままならず魔獣の襲撃に応戦するのが精一杯だった。 人間側は荷馬車の上から必死で剣で防いではいるものの、戦い慣れていないのか魔獣にはほとんど効果がないように思えた。
しかしただ一人だけ、戦いに慣れた様子で次々と魔獣を倒す人物が居た。
「冒険者か何かかな? まぁいいわ、とりあえず魔獣はぶっ殺す!」
言うと景虎は魔獣の群れに突っ込み、紅い斧を叩き付けた。打撃音と共に大きく吹き飛ばされる魔獣達、その音と光景に荷馬車の上に居た人々も、そして魔獣達すらその動きを止めた。
「加勢してやんぜ!」
突然の援軍に荷馬車の人々は呆然とするばかりだった。しかし襲い来る魔獣を次々吹き飛ばしていく光景に、少なくとも敵ではないと認識したようだった。
そして景虎に続けとばかりに反撃を開始し、魔獣を撃退する事に成功する。
なんとか生き残れた事に安堵しその場に崩れ落ちる人々の中、五十歳ほどの偉丈夫が景虎に話しかけてくる。
戦いのせいか髪は乱れボサボサではあったが、高そうな身なりからそれなりに地位のある人物だと思われた。
「あ、ありがとう、た、助かったよ君! と、ところで君は一体何者なんだい?」
「旅のもんだよ、何か魔獣に襲われてるってのが見えたんでな、つい助けちまった」
「そ、そうか、何にせよありがとう! 私はこの先のライメン村の村長をやっているゲレオン=ゲルネットと言うものだ。首都ヴィスマルにお供え物を運んだ帰りに魔獣に襲われてしまってな、もはや神の元に旅立つのではと思っていた。いや、本当にありがとう!」
ゲレオンと名乗った人物は何度も景虎感謝の言葉を述べた。その後他の村人達も景虎の元にやって来ると同じように何度も感謝の言葉を述べる。
だが、ふと周りを見回すと魔獣の死体と共に殺された村人達の姿が見え、徐々に悲しみと恐怖が沸き起こってくる。
中には家族を殺された者もおり、死体を前に泣き崩れる者もいた。
ゲレオンによればこの荷馬車隊は全七台で二十六人の人間と、途中まで同道するのを申し出た冒険者の二十七人がいたとの事、しかしその内魔獣の襲撃によって十二人が殺されたとの事だった。
「何なら、死体埋めるの手伝いますけど?」
「いや、村まではあと半日ほどだし、死体は村まで持ち帰るよ」
「そっすか」
「ところで君、村まで来ないか? 是非助けてもらったお礼をしたいのだが」
「あ、マジっすか? んじゃ頼みます。しばらくずっと野宿だったもんで」
ゲレオンの誘いを景虎は素直に受ける事にした。その後連れがいるとゲレオンに伝えた景虎は、シャルの元へと急いで戻る。
馬車ではシャルが礼儀正しく座って待っており、景虎はその姿に微笑みつい頭を優しく撫でてやった。
「何かお礼してくれるそうだからよ、久々にベッドで寝れるかもしんねーぞ」
「…………」
「ん? どしたシャル?」
「ナンデモ……、ナイデス」
シャルが少し寂しそうな顔をしたのが気にはなったが、景虎は特に追求する事もなく馬車を走らせ先ほどの荷馬車隊の元へと向う。すでに先頭の馬車はどかされ、道も開かれたものになっていた。
景虎はゲレオンのいる場所にまで馬車で近づき、荷馬車隊と一緒に行こうとした時の事だった。
「ん? あの、その荷台に座っている子供は?」
「あ、あーっと、まぁ成り行きで一緒に旅をする事になったんよ、まぁちっけぇけど大人しい子っすから」
景虎はシャルが面倒を起こさないという事を伝えたつもりだったのだが、ゲレオンは松明をかざし、シャルの肌と耳からドワーフだというのがわかると、見る目がみるみる険しくなっていく。
一方のシャルはずっと俯いたままで、わずかだが震えていた。
景虎は雰囲気が悪くなっているのを感じ、そしてそれがシャルに対するものだというのに気付くと、ゲレオンを鋭い眼で睨みつけた。
「あ? 何すか? 何か文句でもあるんすか?」
「い、いやいや! 君には何もないさ、私たちを助けてくれた恩人でもあるしな。だがまぁ、そっちのはな……、できれば村には連れて入らないでもらえないだろうか」
シャルをまるで臭いものでも見るかのようなゲレオンの言葉に、景虎は怒り心頭で文句を言おうとする。しかしシャルが震える手で景虎の服を掴んでそれを止める。
「ワタシ、ダイジョウブ、デス。ナレテマス、デス」
「こんなもんに慣れてんじゃねえよ! ムカついてんなら怒りゃいいんだよ!」
景虎はゲレオンを一瞥すると一緒に村へ行くのを断り、荷馬車隊を素通りして先への道を進んだ。後ろからゲレオンの声が聞こえはするものの、景虎はそれを無視した。
馬車の上では未だ怒りの収まらない景虎に、申し訳なさそうにしているシャルがか細い声で謝罪の言葉を述べる。
「ゴメンナサイ、ゴシュジンサマ、ワタシノ、セイ……」
「シャルのせいじゃねーよ! だから謝んな。けどくっそ、この国すげぇ感じ悪ぃな」
毒を吐きながら馬車を走らせる景虎、この国に入ってから露骨に行われるシャルへの差別に吐き気がしていた。一刻も早くこの国を出ようと決め、馬車の手綱を強く引こうとした時。
「ゴシュジンサマ、ダレカ、キマス」
シャルの言葉に後ろを振り向く景虎、しかしまだ遠いのかそれがわからず警戒する景虎。それからしばらく馬車の後ろ、暗闇の中をわずかな明かりを頼りに凝視すると、確かに誰かが走ってこちらに向って来るのが見えた。
「そ、そこな馬車! しばし待ってほしいでござる!」
「は? ご、ござる?」
ゆっくり走らせてるとはいえ、この馬車に走って追いつこうとする人物に景虎は驚きを隠せなかった。さらにその人物の若い声、というよりは子供っぽいという方が近い声と、時代劇のようなござる語尾にどう反応していいのか戸惑ってしまった。
景虎が反応に遅れている間にもその人物はスプリンターの如き速度で近づき、そしてあっという間に馬車と並走する。
「や、やっと追いついたでござる!」
「え、え? な、何お前?」
「や、これは突然申し訳ないでござる! 拙者冒険者をしているムラサメと申す者でござる! 実は貴殿に頼みがあって追って来た次第、是非馬車を止め話を聞いてはいただけないでござろうか!」
シャルが用意した松明の明かりでその人物の姿が見えた時、景虎は一瞬唖然としてしまう。ムラサメと名乗ったその人物、全身黒ずくめの服に少し長めのマフラーをし、背中に長めの直刀を下げた、まるで忍者の如き様相だったからだ。
景虎は訝しがったものの、それ以上に興味が沸いた為ゆっくりと馬車を止め、その人物を注意深く観察する。
背はシャルよりは大きいくらい、大き目のマフラーで顔は全部は見えなかったが、幼そうなその顔はとても冒険者とは思えないほどだった。
「かたじけない! 改めて、拙者は大陸の東の端に位置するジンゲン国のムラサメ。武者修行の旅で大陸の西に来ていたでござる! この度修行を終え国へ帰ろうとした矢先魔獣に襲われた次第!」
景虎はムラサメの話し方が元の世界で見ていた忍者モノのアニメみたいだったので、面白そうだなと思いついつい聞き入ってしまっていた。
「先ほど魔獣を何匹か倒しはしたものの、苦戦する有様! そんな時魔獣を瞬く間に蹴散らした貴殿の戦いぶり感服いたしたでござる! さぞや名のあるお方なのではないかと思い是非勝負をと思い追いかけてきたのでござる、どうか、是非お手合わせをお願いしたいでござる!」
「は? 手合わせ?」
「拙者は強くなりたいのでござる! 何卒! 一手お手合わせを!」
そう言えば先ほど魔獣に荷馬車隊が襲われていた時、一人だけ慣れた戦いをしている人物がいたのを思い出し、このムラサメがそれだと気付いた景虎。
一方のムラサメはその場でDOGEZAをし、地面に頭をつけ必死に頼み始めた。その光景に景虎は度肝を抜かれたものの、あまりの必死さに正直心が揺れていた。
元々面倒臭い事が嫌いで、しかも手合わせの類となると相手を怪我させる恐れもあった為、拒否するつもりではあったのだが、ここまでする相手を無碍にする事など景虎にはできなかった。
「ちっ、めんどくせぇなあ、しゃーねぇ、相手になってやんよ」
「おお! かたじけない! では早速お願いいたすでござる!」
景虎は心配するシャルの頭を撫でて大丈夫だと安心させると、紅い斧を持って馬車から降り立った。夜の暗闇に中、シャルの持つ松明の光と、わずかな星明りだけの場所で景虎とムラサメの二人は静かに相対する。
わずかな静寂の後、最初に仕掛けたのはムラサメだった。身体の大きさを生かした小回りと、その目にも止まらないほどの速度で景虎に鋭い剣を無数に繰り出していった。
ムラサメの着ている黒い服は暗闇に紛れ、その姿はほとんど目視できないであろう動きで翻弄するムラサメ、しかし景虎は瞬時にムラサメを捉え、繰り出されるその全ての攻撃を見切っていた。
さらに反撃の為斧を素早く大きく振るう。ムラサメはそのあまりの速度に驚愕したものの、寸での所でギリギリ回避し難を逃れる。
「す、凄いでござる!」
「見た目通りすばしっこいな、もちっと速度あげっか」
先ほどの一撃がまだ本気ではないとわかったムラサメは一瞬たじろいだ。だがすぐに剣を向け戦おうと踏み出すも、景虎が一歩速かった。
紅い斧がムラサメの眼前に迫る。それを必死にかわし反撃に転じようとしたしたジャンプしたムラサメだったが、その下で大きな爆音と共に土煙が巻き起こる。
景虎が斧を地面に突き刺し地面を陥没させたのだ。
「ぬあっ!」
あまりの事に目を庇ってしまったムラサメ、地面に降り立ち目を見開いて景虎に反撃をようとしたその額に、景虎の紅い斧がピタリと当てられていた。
「勝負ありな」
「い、いつの間に……」
ムラサメはただただ驚愕するばかりだった。地面すら破壊するパワー、さらに素早く動くムラサメの攻撃をかわし、さらに攻撃を当ててくるスピード、そして何より戦い慣れた経験値、どれもムラサメでは敵うものではなかった。
ムラサメはその場で跪き、剣を置いて景虎に大声で言葉を発した。
「拙者の完敗でござる! これほどの腕とは、やはり拙者の目に狂いはなかったでござる! これからは師匠と呼ばせてほしいでござる!」
「あ? 師匠?」
師匠と呼ばれ戸惑う景虎に、ムラサメはさらに言葉を続けた。
「そういえば拙者師匠の名前を聞いていなかったでござる! どうか、是非お名前を聞かせてはいただけないでござるか!」
「その師匠とか言うのやめい! 仰々しいのは嫌いなんだよ! あー、俺の名前は出雲景虎だ、名前で呼べ名前で!」
「イズモ、カゲトラ殿、おお、なんと強そうな名前! 益々我が師匠としてお使えするに値する人物でござる!」
目をキラキラさせるムラサメに少し引く景虎、このままではさらに面倒臭そうになると思いムラサメを置いて立ち去ろうとするも、それを止める必死な声が響いてくる。
「ま、待ってくだされ! せ、拙者も師匠と共に行くでござる!」
「来んなよめんどくせー! てめーはてめーでどっか一人で行け!」
「そ、そんな! 拙者師匠に惚れ申したのでござる! お願いでござる! 拙者を師匠の弟子としてお使えさせてくだされぇ!」
「嫌だよボケェ!」
力いっぱい拒否して馬車に乗るとすぐさま走らす景虎、だが夜の道を走る馬車の後ろにぴったりとついてくるムラサメがいた。
「ゴ、ゴシュジンサマ……」
「後ろ見んなって、いいか、絶対声かけちゃダメだぞシャル」
「……ハイデス」
景虎自身意地悪のような事をするつもりではなかったが、ただでさえシャルを引き取ったばかりで旅が遅れているというのに、この上変な忍者もどきに色々と面倒を起こされヴァイデンに辿り着くのが遅れるのは避けたかった。
しばらくして睡眠の為馬車を止め寝る準備をしようとするも、木の陰からじっと見つめ続けられる視線に段々イラついてくる景虎、そしてその視線を向けている人物に向け大声で言い放つ。
「いい加減にしやがれてめぇ! とっとと消えろ! でねぇと今度は本気でぶちのめすぞゴラァ!」
「なんと! あれは本気ではなかったと! さすが師匠! 是非今一度お手合わせをしてくだされ!」
「来んなっていってるそばから来んじゃねぇよ!」
とりあえず一発殴ってムラサメを気絶させた後、木に縛り上げてからゆっくりと眠る景虎だった。




