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ドラゴンアックス  作者: kaz
赤の章
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第五十三話 交渉

 破壊し尽くされたエイデン砦跡――


 かろうじて残っていた地下の防空壕跡にウィリアムは倒れていた。その身体は怪我と飢え、そして寒さによって瀕死の状態だった。

 景虎(かげとら)とクラリッサは必死に回復させようとするがウィリアムが目を覚ます事はなかった。

 涙を溢れさせながらも必死で水を口移しで飲ませ続けるクラリッサ。景虎もウィリアムを目覚めさせる為、何度も声をかけ続けた。


「起きろよ、なあ、おっさん起きろよ!」


 防空壕跡に空しく反響する景虎の声、動かないウィリアムをただ呆然と見てるしかない自分に怒りが込み上げてくる。と、その時だった――。

 外からケモノの雄叫びのような声が聞こえ、次いで轟音が鳴り響いてくる。

 景虎はそれが何なのかを知っていた。おそらくレッドドラゴン(赤竜)が再びこの地にやってきたのだと。

 だが今の景虎にはドラゴンが来ようがどうでもよかった。今はとにかくウィリアムを何としてでも助ける事しか考えていなかった。だがどうすればいいのかわからない景虎、フライハイトが死の報告をしてこないのでまだ死んではしないのだろうとは思ってはいたが、いつ命を落としても不思議ではなかった。


『景虎』


 考えてた直後にフライハイトの声が響き焦る景虎。必死で祈りながら、フライハイトの続く言葉を聞いた。


『景虎、申し訳ないが私の治癒の力ではもうこの人間を救う事はできない』

「何とか……できねぇのかよ、頼むよ糞ドラゴン、助けてくれ」


 絶望に打ちひしがれる景虎、自分の無力さを呪いながらなおもフライハイトに必死で助けを乞うた。もう無理なのか、そう思い始めた景虎にフライハイトが言葉を続けた。


『この人間を救う方法が、一つだけあるのだが……』

「! 何だ! 言え糞ドラゴン! おっさんを助けられるなら何でもやってやる!」

『……何でもか?』

「ああ、だから早く言え!」


 急かす景虎に、フライハイトは突拍子もない事を言い放った。


『レッドドラゴンに助けてもらうのだ』

「は? な、何だそれ?」

『レッドドラゴンの力があれば、この人間を助けられるかもしれないと言った。もちろん容易(たやす)い事ではないと思うが……』


 フライハイトの言葉に呆然とする景虎、言われた意味が一瞬わからなかったからだ。だが今のままではウィリアムが助からないのは間違いない。だとすれば、どんな事であろうとやると言った以上はやると決める景虎。


「よくわかんねーが、それしかおっさんを助ける手はねーんだな?」

『可能性の話だがな、それもレッドドラゴン次第という博打ではあるが』

「やってやんよ! 先の事はそっから考える!」


 言うと景虎は紅い斧を持ち、泣き崩れているクラリッサに話しかける。


「クラリッサさん、俺ぁ今からちっとドラゴンとやりあってくる。それしかおっさんを助けられねぇらしくてな」

「……景虎……様?」

「少しだけ待っててくれ、ぜってぇおっさんを助けてやっからよ。その間おっさんの事頼んだぜ」


 笑顔で明るめに話しかけてくる景虎を見つめるクラリッサ、何かを訴えるような仕草をするものの、今は助けるとと言った景虎の言葉を信じようと思った。

 地上に出た景虎の目に映ったのは上空高く飛ぶレッドドラゴンだった。ブルードラゴン(青竜)のように素早くはないが、その巨躯の身体で我が物顔で大空を飛んでいた。


「時間ねぇし一気に仕留めるぞ」

『待て景虎、殺しては駄目だ、生かさねば奴に治癒の魔法を使えさせなくなる』

「んだとぉ! くっそめんどくせぇな!」


 苦虫を噛み潰したような顔で唸る景虎、大雑把な事なら問題ないのだが、細やかな決め事などはまったくと言っていいほど苦手だった。それでも今はウィリアムを助ける為、フライハイトに従いレッドドラゴンを生かす事を決める。


「とりあえずあのヤローを生かすとして、どうやって手伝わせんだ?」

『奴に私を突き立ててくれ、そうすればこの斧の身体でも奴と話ができる。しかし素直に聞くかはわからんが』

「んじゃちっとボコって、格の違いってのわからせてやんべーよ!」


 言うと景虎は走り出す。ウィリアムやクラリッサに被害が及ばないように砦から出来るだけ離れようと思ったのだ。一方のレッドドラゴンも景虎の姿を確認したのか、ゆっくりと羽ばたき景虎を追ってくる。


「おうおう来たか! 糞ドラゴンあいつ火とか吐くらしいから気ぃつけて見てろよ!」

『わかっている、だが多分最初は(なぶ)るように襲ってくるだろう、奴はそういう奴だ』

「けっ、余裕綽々って感じだな、性格悪ぃわ!」


 フライハイトの言う通りレッドドラゴンは景虎を一気には襲わず、ゆっくりと楽しむかのように距離を縮めに来ていた。炎を吐けば瞬く間に炭化する矮小な生き物だというのがわかっているのだ。一方景虎は馬ほどの速さで砦跡から離れていた。

 そしてレッドドラゴンはその巨大な口を開け、景虎を捕食しようと襲い掛かる。


『景虎!』

「まずは動きを止めんぞ糞ドラゴン!」


 レッドドラゴンの口が地面に激突したと同時にその背中に瞬間移動する景虎。そしてそのまま紅い斧でドラゴンの翼の付け根を切り裂いた。

 突然の攻撃に甲高い声が響き渡り、レッドドラゴンが痛みにもがき苦しむ。翼を傷つけられ飛べなくなったレッドドラゴンは地面を這いずるように墜落した。

 

「大人しくしろってんだよ! ぶち殺すぞゴラ!」

『景虎、だから殺しては意味がない』

「ちっ! 忘れてたわ!」


 暴れるレッドドラゴンの背中の上で器用にバランスを取っている景虎、フライハイトに言われた通り斧を突きたてようとするが、直後熱風が襲ってくる。

 レッドドラゴンが地面に向け炎を吐き、その熱が体中を包み込んだからだ。


「あっつ!」

『気をつけろ景虎!』

 

 直後ドラゴンが片翼で羽ばたき大きくバランスを崩す景虎。必死で斧を突き立てようとするも一歩届かず、景虎はそのままドラゴンの背中から地面に叩きつけられてしまう。さらにドラゴンの手が景虎を襲う、それは何とかかわしたものの、続く尻尾の攻撃はかわす事ができず大きく吹き飛ばされてしまう。


「がっ!」


 何とか斧を手放す事は耐えたものの、起き上がったその眼前には炎を吐く寸前のレッドドラゴンがいた。痛みに堪えながら必死で逃げようとする景虎に向け、レッドドラゴンの炎が浴びせられる。轟音と灼熱によってその一帯が燃え上がり全てのものが焼き尽くされる中、景虎はフライハイトの力で何とかその場からは逃げていた。

 だが――。


『景虎!』

「で、でぇじょうぶだ、まだ右手は使えんよ! いくぞ!」

『だが、その手では……』

「今はおっさん助けんのが先なんだよ! それ以外の事は後だ!」


 必死で声を上げる景虎、だがその左腕は大きく焼け(ただ)れていた。炎の直撃は避けたものの、広範囲に吐かれたその炎全てを避ける事はできなかったのだ。激痛が襲う中それでも景虎の目はレッドドラゴンを見据えていた。一方のレッドドラゴンは片翼をもがれ、空を飛ぶ事ができず地を這いずっていた。その怒りは凄まじく、口からは常に炎が漏れ出していた。


「糞ドラゴン、いまからあの野郎に突っ込むから、合図で俺をあの野郎の頭に飛ばせ」

『無茶だ、炎は転移でも全てをかわす事はできん、今度浴びれば……』

「やれっつってんだ!」


 景虎の叫びにフライハイトはそれ以上の言葉は続けなかった。それを確認した景虎はレッドドラゴンと真正面から対峙すると、目標目掛けて走り出す。

 獲物が向こうから来る事に喜ぶレッドドラゴン、景虎が至近まで近づいた時灼熱の炎を口から勢い良く吐き出した。瞬く間に炎に包まれる大地、しかし浴びせかけたその場所には、目標とすべき人間はおらず、気付いたその瞬間レッドドラゴンの頭に紅い斧の一撃が加えられる。


「ちゃっちゃと話せ糞ドラゴン!」


 フライハイトの瞬間移動の能力でレッドドラゴンの頭上に降り立ったものの、やはり炎を全てかわす事は出来ず両足にも火傷を負う景虎。さらに斧を持った手も熱により焼け焦げていた。熱気で体中に痛みが襲う中、それでも景虎は斧を絶対に離すまいと踏ん張っていた。その姿にフライハイトも己が役目を果たすべくレッドドラゴンに話しかける。


『グルート! 私だ、フライハイトだ! 話がある。グルート!』


 その言葉は景虎の頭にも聞こえていた。グルートというのは恐らくこのレッドドラゴンの名前だろうと、朦朧とした意識の中で認識する景虎。一方レッドドラゴンからの反応はまだなかった。フライハイトはその後も何度もグルートという名を呼び続け、そしてその名を十回は呼んだ時、景虎の頭にフライハイトとは別の声が響いてくる。


『フライハイト、懐かしい名だ。だが姿が見えんな、どこにいる?』

『今は斧に転生している。この人間の持つ紅い斧が今の私だ』


 その言葉にレッドドラゴンの動きが止まる。そしてゆっくりとその首を(もた)げていった。


『何を思ってそんなものになったのか、話を聞きたいものだ』

『まあ色々あってな、実は……』

「だべってんじゃねぇよ! いいからとっとと本題に入りやがれ!」


 二匹のドラゴンが楽しげに話している中に割り込んできた景虎。火傷の痛みを必死で耐えながら、それでも斧を放すまいと握り締めていた。


『今の声は誰だ? お前は誰だ?』

「俺は出雲景虎(いずもかげとら)、今てめぇの頭の上にいる人間様だ!」

『何だと』


 驚くレッドドラゴンは頭を少し動かす、それを確認した後、フライハイトに話しかけてくる。


『フライハイト、どういう事だ? 何故人間が我らと同じように話ができる?』

『景虎は私の命の恩人なのだ。転生の際我が力を少し与えた』

『たわけた事をしたものだな、フライハイト』

『そうでもないぞグルート、今の私は充実した生活をしている』


 再び談笑に入ろうとした二匹のドラゴンに対し、景虎はレッドドラゴンの頭に突き刺した斧に力を込め、大声を上げる。


「今度脱線したらてめえら二匹ごと叩き潰すぞ!」

『すまない景虎、グルートお前に頼みがある。お前の力で一人人間を助けて欲しいのだ』


 フライハイトの言葉に驚くレッドドラゴン、しばしの静寂の後、返事を返す。


『何故私がそのような事をせねばならぬ? 人間如きに我が力を使う必要がどこにある』

『そこを頼む、治癒をかけてやるだけでよいのだ』

『断る』

「んじゃてめぇはここで殺すだけだ!」


 言って景虎は斧を抜き、再び力一杯レッドドラゴンの頭に叩きつける。雄叫びを上げるドラゴンに対し、景虎は最後通告のように威圧的な言葉で脅した。


「これが最後だ赤い糞ドラゴン、やんねーならてめぇを殺す」

『人間如きに私を殺せるものか』

「こっちはもう三匹もドラゴン殺してんだよ。てめぇなんぞ殺すなんぞワケねぇよ!」

『グルート、景虎の言ってる事は事実だ。何故なら私が武器となっているのだからな』


 景虎に続いて発したフライハイトの言葉に、レッドドラゴンは言葉を(つぐ)む。人間相手であればいくら脅されようと怯む事などなかっただろうが、確かに武器となったドラゴンであれば自分を殺せる可能性があった。事実レッドドラゴンはすでに片翼を削られ、頭にも大きな傷をつけられていた。唸るレッドドラゴンはしばし考えた後、言葉を発した。


『フライハイト、一つ答えろ。お前は何故この人間を助けて私を殺そうとする?』

『先ほども言ったが景虎……、この人間は私の命の恩人だ。もし景虎がいなければ今頃私は土となってたであろう。だが今の私はこうして生きて世界を楽しんでいる。楽しみを与えてくれるのであれば、私は景虎の為に全てを抹殺する事も(いと)わない』

『同族であるドラゴンに対してもか?』

『悦楽の為に生きるのがドラゴンであろうが』


 フライハイトの言葉に再び黙るレッドドラゴン。動きを止めたドラゴンにイラつく景虎だったが、直後、レッドドラゴンが今度は景虎に話しかけてくる。


『人間よ、お前は何故そうまでして人間を助けようとする?』

「おっさんが死ぬのが嫌だからだよ」

『何故嫌なのだ?』

「てめぇらのような糞ドラゴン共には一生わかんねぇよ!」


 返した返事に大笑いをするレッドドラゴン、その巨躯の身体を揺らした為、頭の上で斧に必死で捕まっている景虎にはそれはかなり響くものだった。


『わからぬと言うか、人間よりも長く生きている私にわからぬと』

「てめぇらみてぇなインチキ生物に、ちっけぇ人間の生き死にがわかってたまるかよ! 知りたきゃそのインチキ性能無くして生きてみやがれ!」

『はははは! 成る程、確かにこれは楽しめそうな人間だなフライハイト』

『ああ、退屈をしなくてすむ』


 その答えにレッドドラゴンは首をゆっくりと下げ、地面につける。


『降りろ人間』

「あ?」

『力を貸してやる、だから私の上から早く降りろ』 

「やっとかい、だがまあありがとうだ。つってもやった元凶はてめぇでもあるがな」


 その言葉を聞いた景虎はレッドドラゴンの頭から斧を抜くと、二メートルほどの高さから地面に降り立った。いつもは何でもない高さではあったが、火傷で傷ついた身体には大きく響き、苦悶の表情を浮かべる。


『大丈夫か景虎?』

「ちっと痛ぇがどうって事はねぇ、後で魔法でもかけてくれ。とにかく今はおっさんを助けねぇとな!」


 景虎は傷ついた身体でゆっくりと砦跡へと向かう。それを追うようにレッドドラゴンも景虎に続いて地面を歩いて砦跡へと向う。


「おっさん、まだ死ぬんじゃねぇぞ!」


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