第五十一話 エイデン砦
景虎達が北へ向っている頃、ウィリアムは死の淵を彷徨っていた――。
――時間は二週間前に遡る――
ドラゴン襲来の報を受け、ウィリアムは千の兵を率いて北へと向っていた。ドラゴンと戦うのが目的ではなく、現状の確認や、北方の蛮族がこの混乱に乗じ、アインベック帝国に侵攻してこないかの警戒。さらに死者の埋葬や身元調査、被災民が居た場合はその保護と、避難誘導などが主な任務となっていた。
「しかしこのような事に、わざわざ将軍が出向かなくてもよかったのでは?」
「言うなマーチス、人間相手ならともかく、ドラゴンが出るとわかって行こうと思う者はおるまいて。それに他の将軍も各々の領地を守るので精一杯であろうよ」
ウィリアムの言う通り他の将軍達はドラゴンを恐れ、自分の領地を防衛するという名目で今回の出兵に行くのを拒否していた。ウィリアムにも領地はあったが、帝都近辺の小さなものだったという事を理由に、出兵への指揮を押し付けられる形となったのだった。
しかしウィリアム自身は、最初からこの出兵の指揮を志願するつもりだった。危険な北への出兵を、若い騎士だけに任せるのが酷という理由だった。
「将軍が指揮を取られると聞き、騎士達は皆喜んでおります!」
「褒めてもドラゴン相手ではわしにはどうしようもないからな、出来れば遭遇せずに帰りたいものだが」
弱音を吐くウィリアムだったが、騎士達はその姿を尊敬の眼差しで見つめていた。
「もしドラゴンが現れたらとにかく逃げるようにな、徹底させておけよ」
「わかっております、将軍の言われた通り百人ごとに兵を分け、兵站拠点も分散させるように指示を徹底させております。ドラゴンが現れれば狼煙矢ですぐに気付けるようにし、逃げるようにとも」
六年前にただ一度見ただけではあったが、ウィリアムはドラゴンがどれほどの力を持っているのかを理解していた。剣も魔法も通じず、無限とも思える体力と回復力、空を自在に飛び、炎を操り全てを焼き払うドラゴン。
人間に対抗する術は無く、見つけたらただひたすら逃げるしかなかった。
しかしウィリアムは元の世界の知識を生かし、ドラゴンから身を守る為の防空壕の設置を提案する。しかしそのようなものを知らないアインベックの貴族達からは、モグラのような事ができるかなど様々な否定的な意見が出され、結局わずかな数しか作る事ができなかったのだ。
しかし再び現れたドラゴンにより、防空壕の有用性が認識されると、貴族達の間で我先にと自領に作る者が続出した。
「将軍の言われた事を真面目に受け取ってくれれば、被害ももう少し減らせたものを」
「言うな、終わった事を言っても死んでいった者は生き返らん。これから被害が少なくなるならば良しとしておこう」
副官のマーチスと会話をしながら、ウィリアムの率いる軍は、ドラゴンに破壊されたというエイデン砦に辿り着く。しかし、そこはすでに砦と言うには何もなさすぎた。
破壊された瓦礫の山と、焼き尽くされて焦げ臭い匂いの漂う地獄。六年前にウィリアムが何度も見た光景だった。
「酷いものだな、これでは再建もままならん」
「ですがこの地に砦を作らなければドラゴンはともかく、北方の蛮族に対しての防衛が困難になります」
この地は数は多くはないものの、度々北方の蛮族の襲撃がある場所だった。今までは砦があった為、たいした被害はなかったが、ここを更地にしたままでは内陸まで侵攻され、領土を荒らされる可能性があった。
「とりあえず警戒だけは怠るな、斥候は随時出して情報収集をするように!」
「はっ!」
命令を出したウィリアムは砦跡を本隊の拠点とし、目的であった調査と防衛、避難民の探索救助といった事を指示する。
その間ウィリアムは砦跡を探索し、今後についてどうしたものかと考えていた。と、しばらく行った所でウィリアムは防空壕の入り口にやってくる。
そこを調査していた騎士達が、ウィリアムの所に駆け寄り報告をする。
「外はこの有様だというのに中はわずかな被害だけでした。ウィリアム将軍の考案されたこの防空壕なるものは、本当に凄いものですよ」
「中を見ていいか?」
「はっ! 暗いですのでお気をつけてください!」
騎士から松明を受け取ると、ウィリアムは防空壕の中へと入っていく。大きな石と煉瓦で作られたソレは、入り口は狭いものの、中は二十人が入れるほどの広さだった。
ウィリアムは元アメリカ軍の軍人で、景虎と同じく元の世界からこの異世界にやってきた人間だった。元の世界の知識を駆使し、武功を積み重ねてあっという間に将軍まで上り詰めた。この防空壕も元の世界の知識から、空を飛び炎を吐くレッドドラゴンに対し、有効的だと判断して作らせたものだった。
「炎から身を守るには十分役に立つとは思っておったが、もう少し改良が必要かな」
脆くなった壁に触れ、もう一度ドラゴンの襲撃があれば、壁が崩れる可能性を考えるウィリアムだった。
その後ウィリアムと騎士団はその地に留まり、砦の後片付けや警戒任務に就く。
二日間は何事もなく、騎士達の間にも安堵の雰囲気が立ち込め始めた時、事態が動く。
時間は深夜、見張りの者以外は眠りについていたその時、騎士の一人がウィリアムの元に慌てて駆け込んでくる。
「ウィリアム様! ベルガーの隊が魔獣に襲われたと報告がありました!」
「魔獣だと! くそっ、迂闊だった。奴らの存在を失念しておったとは!」
ウィリアムは自身の判断の甘さを呪った。このアインベックにも魔獣は存在してはいるのだが、ほとんどを駆逐し、ほとんど現れる事がなかったからだ。
「数はどの程度か!」
「およそ二百! 現在アレンス隊が支援に向っています!」
「ベルゲンの隊もまわせ! 他の隊にも警戒をするよう伝令を走らせろ!」
しかしさすがに一兵卒から将軍まで上り詰めたウィリアムだった。即座に命令をし、自身もすぐさま動き出す。
最初に攻撃を受けたベルガー隊百人は、魔獣の急襲により最初は混乱したものの、増援のアレンス隊の援護もあってか、徐々にではあるが立て直していく。
さらにベルゲン隊、そしてウィリアムの本隊が駆けつけると一気に反撃に転じ、魔獣を瞬く間に蹂躙していった。
「一匹残らず駆逐しろ! 巣があればそいつも破壊するのだ!」
ウィリアムの命令に騎士達は喚声を上げ、追撃戦を始める。ウィリアムのそれに参加しようとするも、副官のマーチスがそれを諌める。
「これ以上は将軍が前に出る必要はありません! 後は我々にまかせて、将軍は後方で待機していて下さい!」
「しかしなマーチス、もし魔獣がまだまだいたら……」
「その時は改めて体勢を整え将軍に指揮を取ってもらいます! いいから将軍は後方でお待ちください! いいですね!」
部下から自制を促される将軍というのも中々いないだろう、アインベックでは将軍に逆らえば、極刑を命じられる場合もあるからだ。
しかしウィリアムはそういった事を一切せず、むしろ部下からの意見を積極的に聞いて信頼を得ていた。マーチスも基本ウィリアムの意見に逆らう事はしなかったが、たまに無茶をしそうになると、積極的に諌める役を担っていた。
「わ、わかった、しかし無茶をするなよ」
「わかっています! ベルゲン指揮は任せる! 敵が居た場合は報告を頼む!」
命じられたベルゲンという騎士は敬礼をし、すぐさま部下を率いて魔獣追撃へと向って行った。残されたウィリアムはそれを見届けた後、マーチスと共に拠点を置いている砦跡へと帰還する。
「魔獣の事は帝都に連絡しておかねばな、奴らはどこにでも沸きよるからのう」
「そうですね、しかしこうなると益々砦の再建が必要ですね」
マーチスとウィリアムが砦跡に帰還してしばらくして、ベルゲンからの伝令が戻り、魔獣討伐を完了したとの報告を受ける。
被害も少なく、騎士達も安堵の表情を作り、再び身体を休めようとした時だった。
暗闇の中に突如大きな爆炎の光が映し出された――。
「!」
誰もがその光に目を奪われる中、ウィリアム達に向ってくる轟音が響き渡ってくる。
暗闇の中、わずかな月明かりで照らされた真っ赤な身体、大きな翼を広げて空を飛ぶ姿は、騎士達を恐怖に叩き落すには十分なものだった。
「総員分散退避! 全力で逃げろぉ!」
ソレを呆然を見つめていた騎士達は、ウィリアムの声でようやく我に帰る。そして命令通り全力で逃げようと馬を走らせた。
だが反応するには少し遅すぎた。ソレは再び轟音を響かせると、真っ暗闇の空から地面へと急降下し、そのまま自身の身体を叩きつけて騎士達を吹き飛ばしていった。
松明によって地上に降り立ったソレの姿を見た時、ウィリアムは恐怖に震えながら、ソレの名前を呟いた。
「レッドドラゴン……」
六年前多くの人間を殺し、愛する息子バーナードを殺した憎っくきレッドドラゴンが目の前に居た。もし殺せるのであれば今すぐにでも攻撃をしていただろう、しかしウィリアムはその感情を押し込め、部下達の命を最優先に考える。
「とにかく逃げろ! 遠くにだ! 後ろを振り向くな! とにかく逃げるんだ!」
必死で叫ぶウィリアム、しかし騎士達はウィリアムを守ろうとレッドドラゴンに対し剣を向ける。
「何をしている! わしの事はどうでもいいから早く逃げろ!」
「将軍が逃げ切る事ができましたら我々も逃げます! ですから早くお逃げください!」
「馬鹿を言え! わしの事など構わず早く逃げろ!」
命令を下すウィリアムだったが、騎士達はドラゴンの前から去ろうとはしなかった。その間に副官のマーチスがウィリアムの手を引き、その場から引き離していく。
「マーチス!」
「将軍急いでください! 貴方はこの国にはなくてはならない存在なのです! まだ死なれては困るんです!」
マーチスに抗おうとしたウィリアムの後方で、巨大な爆炎が立ち登る。レッドドラゴンが炎を吐き出したのだ。
騎士達の悲鳴は一瞬だけだった。レッドドラゴンの炎は甲冑を着込んだ騎士達を、瞬く間に炭へと変えていった。
熱気の立ち込める中、ウィリアムは苦悩の表情でひたすら逃げるしかなかった。
しかしレッドドラゴンはそれを見逃さなかった。ゆっくりと羽ばたくと、ウィリアムを追うようにその巨躯の身体で追ってくる。
もはやこれまでと観念した時、副官のマーチスが何かに気付き、ウィリアムをその場所へと連れて行くと、力いっぱいそこに放り投げた。
急な事に何もできなかったウィリアムは、長い階段を転げ落ち、床に叩きつけられた。
「ぐあっ、マ、マーチス……」
「将軍今までお世話になりました! 必ず生きてお戻りください!」
マーチスがウィリアムを放り込んだのは防空壕だった。叩きつけられ体中に痛みが残る中、ウィリアムは出口がゆっくりと閉められていくのを、ただ見つめるしかなかった。
直後、爆音と共に轟音が鳴り響くのを聞きながら、ウィリアムは意識を失う。
ウィリアムが再び眼を覚ました時、すべては終わっていた。
暗闇の中周りを見回し、自分が防空壕の中にいるのを確認した時、ウィリアムは自分が生き延びる事が出来たのだと認識できた。
立ち上がろうとした時、足に激痛が走る。どうやらここに叩き落された時、足を骨折したようだった。
しばらく動けなかったウィリアムはその場にたたずみ、とにかくまずは中の様子を確認しようと眼を慣らし始める。
そしてようやくにして自分のいる位置がわかり、出口の場所に眼をやった時、絶望的な状況である事を認識した。
「これでは……出られんな……」
ウィリアムが見た先に見えたものは、巨大な瓦礫で完全に塞がれている出口だった。
自身の身体ほどもある瓦礫にただただ項垂れ、ウィリアムはその場に倒れこむ。
防空壕の中には多少ではあったが水と、ここに着いた時、いざという時の為に運び込んだ少量の食料などがあったが、それも何日もつかわからないものだった。
さらに体中が痛かった。足以外にもどこか骨折しているかもしれず、まともに動く事すらままならなかった。
「さて、どうしたものか……」
暗い天井を見つめながら、ウィリアムは自身の行く末を考える。
地上にはまだドラゴンが飛び回っている可能性がある、部下の騎士達もどのくらい逃げれたかはわからない、助けが来るのは絶望的だと言っていいだろう。
「バーナードの所に行くのだろうか……」
六年前に死んだ息子の事を思い出すウィリアム、次いで妻ヒルダ、そして娘のイリスの事を思い出し、その目にうっすらと涙があふれてくる。
元の世界ではウィリアムには家族と呼べるような人物は祖父と祖母だけだった。両親が早くに事故で亡くなり引き取られたのだ。
この世界に来てクラウゼンという老騎士の養子になり、家庭を持った時には大切にしようと誓った。全てが順風満帆という訳にはいかなかったが、この世界に来てからの三十年は幸せだったと思うウィリアム。これが運命ならばそれを受け入れるつもりだった。
ただ一つ心残りがあるとするならば、それは――。
「景虎に、父と呼ばれてみたかったな……」
寂しげな表情をし、ウィリアムは景虎の名前を口にした。
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