第四十七話 出兵
景虎がクラウゼン家にやってきて一ヶ月が過ぎ去ろうとしていた――
イリスからも兄と認められ、学院でも人気者となった景虎は慣れない生活ながらも平和な日々を過ごしていた。だが、それはすぐに打ち砕かれる事となる。
景虎達が屋敷で昼食をとっていた時、アインベックの騎士が慌ててウィリアムに報告をしにやってきた。
「火急の用件なれば、ご無礼の程!」
「何があった」
問うたウィリアムにその騎士は言葉を選び、そして震える声でソレの名前を報告した。
「ドラゴンが現れました!」
クラウゼン邸にやってきた騎士の言葉に家の人々は動きを止め、緊張感に身体を震わせる。その言葉を聞いた後、ウィリアムは深く呼吸をした後その騎士に言葉をかける。
「仔細を話せ」
「はっ! ドラゴンが現れたのは五日前、北の砦の一つエムデン上空に飛来し砦を急襲、警備に当たっていた二百名のうち百八十名が戦死! ですが残った二十名はウィリアム様の考案された防空壕に逃げ延び、なんとか命を取り留めました!」
「それでも九割が死んだか……」
「いえ、防空壕なるものがなければ全滅していた所です! 生き残った者達も皆ウィリアム様に感謝しております!」
騎士の言葉には尊敬の念が込められていた。今まではドラゴンに為す術なく殺されるだけだったのに、その中で生き残る事ができたというのがこの世界の常識から考えれば、どれだけ奇跡的な事だったのかがわかろうというものだった。
「ウィリアム様には今後の事を決める為、至急登城せよとの命令でございます!」
「わかった、すぐに登城すると伝えてくれ」
「はっ!」
騎士が去った後、クラウゼン邸の人々は不安な目でウィリアムを見つめる。そんな中、ヒルダが震えるような声でウィリアムに話しかけた。
「あなた……」
「心配するな、別にドラゴンと戦うような事はせんさ、帝都防衛か、国民の避難や救護が主な任務になるだろう……」
「バーナードもそう言って死んだわ!」
初めてともいえるヒルダの大声に景虎は驚く、バーナードとはヒルダとウィリアムの息子でありイリスの兄、六年前戦死したとクラリッサから聞いていた。
「大丈夫だよヒルダ、私は大丈夫だ。だからそんなに心配するんじゃない、また身体を壊したらどうするんだ」
「でも……、あなた……」
今にも泣き出しそうなヒルダを優しく抱きしめるウィリアム、小さく何かを話した後くちづけをして離れると、すぐさま馬車の用意をさせる。
その後、支度を終えたウィリアムは馬車で城へと向っていった。
残された者達は皆不安を覚えつつも、今はただ自分のできる仕事を淡々をこなすしかなかった。
そしてその日、ウィリアムの北への出兵が決まる――。
クラウゼン邸――
その夜、ウィリアム出兵の準備で使用人達が慌しく駆け回る中、景虎はウィリアムからの呼び出しを受け、部屋へと向っていた。
扉を軽くノックし、返事を聞いて中に入った景虎の目の前には、荷物と書類のようなもので散乱した部屋の中、一人ウィリアムが何かを書き続けていた。
「ああすまん、もう少しで終わるから少しだけ待っててくれ」
「いや、別に暇だしゆっくりやっててくれて構わねーよ、待ってるから」
そう言うと景虎は近くにあった椅子に腰掛けウィリアムを眺めていた。いつもの馬鹿っぽい豪快な姿はそこにはなく、一国の将軍の風格を備えた人物がそこにおり、景虎はしばらくその姿に見入っていた。
「よし終わった。さて景虎、わしはしばらく帝都を離れるのでな、今のうちにお前に話しておきたい事があったのだ」
「ん? 何よ?」
「六年前の話だ」
「あ? 何でいきなりんな昔の話をすんだ?」
「今回現れたドラゴンが、六年前に現れたのと恐らく同じものだからだ」
その言葉に景虎は怪訝な表情を見せる。そんな景虎を見ながらウィリアムは言葉をさらに続けた。
「会った時に聞いた話で、景虎はこの世界に来てドラゴンと何やら因縁めいたものがあるように思ってな、話しておいた方が良いと思ったのだが、余計なお世話だったか?」
「ああ、そういう事か。そうだな、一応聞かせてくれ」
「わかった」
景虎の了承を得たウィリアムは一度軽い咳をした後話し始める。
「六年前、この国はまだ戦争の真っ只中にあった。わしの知識もあってか、小国だったアインベックは連戦連勝で版図を大きく広げたものの、逆にそれが防衛を困難にしてしまってな、さらに西方四カ国が連合を組んだ為苦戦を強いられる状況になった」
まず六年前の状況を説明するウィリアム。
「その後なんとか巻き返し、しばらくこう着状態が続いたが、そこにドラゴンが突如現れたのだ。そして、そのドラゴンは双方を無差別に攻撃し始めた」
ウィリアムは顔色を変えず話を続ける。
「現れたドラゴンは空を我が物顔で飛び、さらに炎を吐くレッドドラゴンだった。堅固な城砦は簡単に壊され、逃げ惑う兵士達はドラゴンの吐く炎で全て焼き尽くされた。いや、兵士だけではなく民も例外なく焼き殺された」
淡々と話していたウィリアムが、その時だけ少し声が震える気がしたが、景虎はあえて追求する事なく話を聞き続ける。
「ドラゴンは二週間にわたり帝国と、西方四カ国連合を破壊し尽くした。その間両国の間で死んだ人の数は五万にも及んだ」
「な! 二週間で五万人も殺したってえのかよ! 一匹のドラゴンが!」
「負傷者はその倍以上とも言われている。結果として帝国も四カ国連合も多くの被害を出しすぎた為、戦争継続が不可能になった」
景虎にとってさすがにこれは予想外という感じで、ただただ呆然とするしかなかった。
「その後再びドラゴンが現れる事はなかったが、ドラゴンによって与えられた被害は想像以上でな、人間同士で悠長に戦争などやっている事などできなかった。その為、帝国と四カ国連合は戦いをやめ、休戦協定が締結され今に到るという訳だ」
話終えたウィリアムは置かれてあったカップに水を注ぐと、一気にそれを飲み干し喉を潤した。一方の景虎もまた、聞き終えて改めてドラゴンというものの行なった行為に怒りと共に、この世界でのドラゴンの脅威というものを考えてしまう。
そしてウィリアムがそれに立ち向かおうとする事に心配する。と、その時景虎は今朝の事を思い出す、ウィリアムがドラゴンの事について城へと向おうとした時、ヒルダの言った――。
――バーナードもそう言って死んだわ!――
その言葉が気になり、景虎はウィリアムに聞いてみる事にした。
「なぁ、聞いていいかおっさん?」
「何だ?」
「バーナードって人は、もしかしてドラゴンに殺されたのか?」
景虎の言葉にウィリアムの動きが止まる。目を閉じ、何かを想い出すようにじっと考えるウィリアムは、震えるような声で話し始めた。
「……バーナードは当時十五歳、騎士待遇ではあったが年齢も若かったのでな、後方で兵站護衛を主な任務としておった。前線からは遠い位置にいたが、その場所にもドラゴンが現れてな、全てを焼き払っていった」
「マジか……」
無念という感じで話すウィリアム、握り締められた拳からは、バーナードという人物がどれほど愛されていたかというのを感じずにはいられなかった。静けさが漂う中、ウィリアムがコホンと一度咳をした後、景虎に紙の束を見せる。
「景虎、これをお前に渡しておこう」
「ん? 何よコレ?」
「お前が頼んでいた紅い斧についての報告書のまとめだ。結局紅い斧のようなものは見つからなかったが、景虎が倒れていた日に何か変わった事がないかを兵達に探らせたのだ」
ウイリアムが渡したのは、紅い斧となった元ドラゴンのフライハイトについての書類だった。
「おおマジか! ありがとなおっさん! ちゃんとやっててくれたんだな」
「本来ならもう少し調べてからとも思ったのだが、ドラゴンのせいでしばらくここを空けねばならなくなったからな、今のうちに渡しておこうと思ったのだ。ほれ、そこに空から何か落ちてきたというのがあるだろう?」
「え、ええと悪い、まだ字が読めなくてよくわからん」
その言葉にウィリアムは少し頭を抱え、何かを考えていたようだが、ポンと手を叩くと呼び鈴のようなものを鳴らす。小さい呼び鈴ではあったが、その音は綺麗な音を奏でた。と、直後に扉がノックされ、ウィリアムが入るように命じ部屋の中に入って来た人物は――。
「お呼びでしょうか御主人様」
「クラリッサさん?」
「うむ、実はクラリッサに頼みたい事があってな、景虎と一緒にその紙に書かれている場所へ行って欲しいのだ」
「はぁ?」
ウィリアムの言葉に驚きの声を上げる景虎、一方命じられたクラリッサはというと深々と頭を下げ。
「了解いたしました」
「ちょっと待てぇい! 何でクラリッサさんが一緒に行く事になるんだよ!」
「クラリッサはこう見えて何でも出来る女性でな、グリムゼール学院も主席で卒業するほどの才女でもあるんだぞ、世事にも通じて旅の共としては一番頼りになるはずだ」
「いや、けどな!」
と、何かを言おうとした景虎を冷たい目でじっと見つめるクラリッサ、眼鏡をクイと上げ、いつものように事務的な口調で景虎に話しかける。
「私では何かご不満がありますか?」
「そ、そういうんじゃなくて、ほ、ほらクラリッサさんにゃメイドの仕事あんじゃん! 何日かかるかわかんねーし、無理しなくてもいーんじゃねーかなーって」
「ご心配には及びません、これも仕事の範疇ですので」
意に介せずという態度のクラリッサに反論できなくなる景虎。実際景虎自身もこの人選は正しいとは思ってはいた。クラリッサは見た目通りの人物で、まさに完璧超人と言ってもいいほどのメイドだろう、それだけに景虎としては必要以上に気を使わねばならないような気がして、旅の間中気の抜けないものになるのが凄く嫌だった。
「あー、えーっと、あ! ほ、ほら俺ってエロいからよ! 旅の途中クラリッサさんに何するかわかねえし、危ないから俺一人で……」
「ご心配には及びません、性的にご奉仕するのも仕事の範疇ですので」
「うぉいマジかい!」
「冗談ですよ」
してやられたと膝をついてガックリと落ち込む景虎、その様子を楽しげに見ていたウィリアムは大声を上げ笑っていた。
「これなら心配ないな、頼むぞクラリッサ」
「はい」
「くっそおお」
結局景虎はクラリッサと共に旅をする事になる。さすがに今すぐという訳にもいかないので、出発は明日の昼という事でクラリッサは仕事へと戻っていった。
「はぁ、まぁしゃーねぇか、んじゃ俺も行くわな」
「あ、景虎」
言って景虎が出て行こうとするのを、ウィリアムが呼び止める。
「ん? 何か他にあんのか?」
「え、あ、いやすまん、何でもない……」
「? そーか、んじゃな」
「……ああ」
寂しげなウィリアムが気にはなったものの、景虎はそのまま扉を開けて自室へと戻っていく。部屋から出て行った景虎の閉めた扉を見つめるウィリアムだった。
――景虎の部屋――
部屋に戻った景虎は、フライハイトを探しに行くのをヒルダに言うか迷っていた。正直どのくらいで見つかるかわからず、下手をすれば何週間も家を空ける可能性もあったからだ。
「何も言わず出てったら泣くかなあ……、けど言っても泣きそうだしなあ、あーったく! くっそめんどくせー事悩むのはガラじゃねえわやっぱ!」
言うと景虎は部屋を出てヒルダの元へと向かう、ノックをし、部屋の中へと入るとそこにはイリスもいた。
「景虎お兄様何か御用ですか?」
「それやめーって! えとまあちっとヒル……、あーお袋に用があってな」
「私に?」
問うたヒルダに景虎は小さく頷き、頭を掻きながらヒルダの枕元に近づく。何かしらという感じで待つヒルダに、景虎は大きな溜息をつくと覚悟を決めて話し始めた。
「俺ちっと用事できたんでしばらく家を留守にします、何日かかるかわかんねーんで、言っとこうと思って」
「え! ど、どこに行かれるのですか!」
景虎の言葉に驚くイリス、一方ヒルダの方はというと景虎をずっと見つめ続けていた。気が引けるような態度の景虎に、ヒルダは優しく微笑んで言葉をかけた。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
「え? お、おう!」
てっきり反対されたり駄々をこねられるかと思ってただけに、予想外という反応に困る景虎だったが、ほっとひと息をつく。と、ヒルダが手を伸ばしてきたのでその手を握る景虎。触れられたヒルダの手はやはり冷たかった。しかしそこから伝わる想いのようなものは感じていた。
「必ず、帰ってきてね」
念押しのような言葉に何か違和感のようなものを感じはしたものの、いつものような心配だろうと景虎は考え、笑みを見せて返事をする。
「おう! 糞ドラゴン見つけたら必ず戻ってくるから待っててくれや!」
何気ない言葉だった、しかしその言葉に大きく反応したのはイリスだった。
「か、景虎お兄様待って! どこに行かれるのですか!」
「そのお兄様ってのキメェからやめーって言っただろうが!」
「いいからどこに行くのか聞かせてください!」
「ちょっとした用事だよ、いいからキーキーわめくな!」
イリスの問いを一切受け付けないといった感じで無視する景虎、しかしイリスもこのままではいけないと景虎に詰め寄ろうとするも、振り向いた景虎に頭を思いっきりはたかれてしまう。
「い、いたぁ! な、何をするのですか!」
「あんましつこいと今度は床に叩きつけんぞ!」
睨む景虎にさすがに怯むイリス、そして景虎が扉を開け出て行こうとした時、イリスが景虎に手を差し伸べようとする。だが景虎はそれをかわし、そして静かに優しくイリスに言葉をかける。
「お袋の事頼んだぞ、イリス」
「!」
静かに扉を閉めた後、景虎は自室へと戻っていく。
――翌日――
ウィリアムが皆に見送られて城へと向った後、景虎もまた旅立つ為に準備をしようとしていた、が……。
「用意は全て整っております」
そこには馬ではなく、馬車を用意したクラリッサが立っていた。
「馬車で行くんすか?」
「ウィリアム様から頂いた資料を見ました所、これで行くのが一番良いと判断いたしました。荷物も大量に積載できますし移動も楽ですので」
そんなに荷物いるのかなと思う景虎だったが、もう全てを任せようと割り切っていたので言う通りにする事にした。そしていざ出発の為乗り込もうと馬車の扉を開けた時、驚きの次に怒りが込み上げ、そして呆れるといった感情が続き、重々しく口を開いた。
「なんでてめーがいんだよ……」
睨む目の先には、馬車の中で姿勢良く座っているイリスがいた。
「私もご一緒します」
次回は1/21辺りの予定です




