第四十五話 孤立
闘技会は二日目を迎えていた――
今日は集団戦闘訓練の日、男女に分れ、七年生から十二年生の生徒がAからDまでのクラスごとに別れて戦闘訓練を行う。
勝利条件は自陣にある旗を守りつつ、相手の旗を奪う事である。
まず女生徒達の部が始まる、A組とC組の戦いはA組が勝ち、B組とD組の戦いはB組が順当に勝っていった。そしてA組とB組の戦い、僅差ではあったがA組が勝利する。
「おお、イリスのいる所が勝ったかー」
「やっぱりA組は強い人たちが集まっているしね、クラウゼンさんもいるし」
頬を染めながら感想を述べるディルクは置いといて、女子の戦いを見ていた景虎は訓練だとしてもガチの戦いに久々に燃えていた。
「早くやりてぇなあ、くー」
「僕は早く終わって欲しいよ……」
しばらくの休憩の後、男子の部が始まる――。
A組とC組の戦いは実力通りの結果でA組の圧勝に終わり、そしてB組とD組の戦いもまた誰もが実力通り、B組の勝利と予想していたのだが――。
「オラオラ、どけやゴラァ!」
一人気を吐く景虎が、B組の生徒達を次々なぎ倒していた。体が一回り大きい上級生すらも叩きのめす景虎、しかし勢い余って何度も剣を破壊してしまい、代わりの武器を探す為に何度もオロオロする場面が幾度となくあった。それでも景虎の活躍もあってか、なんとか味方がB組の旗を奪い勝利する。訓練終了の鐘が鳴り響くと、場内は騒然とした空気に包まれていた。
「ん? なんかザワザワしてんな、なんだ?」
「そ、それはそうだよ! だってD組が勝った事なんて今までなかったんだよ! 学院始まって以来の快挙だよ!」
喜ぶディルクに対し、他のD組の面々は困惑気味という感じだった。特に上級生達はどうしたものかと何やら相談していたが、景虎は暴れればそれでよかったので、その時はたいして気にはしていなかった。
試合後、景虎がイリスの元にやってくる。
「よっ! どうよ勝ったぜ!」
「何て言うか、個人戦の時も思いましたが、貴方かなり強いですよね?」
「ちっと色々あったからな、まぁ次も勝ってダブルタイトル取ってやんよ!」
楽しげに話す景虎にいつしか笑みをこぼすイリス、相変わらず景虎の勉強はまったく駄目ではあったが、それでもイリスは根気良く毎日読み書きを教えていた。
「お、そろそろかな決勝かな、んじゃ行って来るわ」
「頑張って下さい」
「おう! 勝ってヒルダさんに面白報告してやんねーとな!」
笑顔でイリスと別れた後、D組の集合場所に戻ってきた景虎は何やら皆の様子がおかしい事に気付き、近くに居たディルクに尋ねてみた。
「どしたよ?」
「あ、景虎君、その、実は……」
「クラウゼン君、少しいいかな」
ディルクと景虎の間に割って入ってきたのはD組の上級生だった。怪訝な顔をする景虎に向かい、その上級生は少し睨むように景虎に言い放つ。
「次の試合、君は後ろにいて何もしないでほしいんだ」
「あ? なんすかソレ?」
「僕達は次の試合、A組に負ける事を決めたんだ、だからさっきみたいに暴れられると迷惑なんだよ」
言われた言葉に怒りが込み上げる景虎、上級生に詰め寄ろうとしたのをディルクや、九年生のクラスメイト達が止める。
「八百長とか恥かしーとは思わねーんかよ」
「元々僕らは一回戦で負けるつもりだったんだよ! 大体僕らは戦闘とか得意な訳じゃないし、この学院に入ったのも貴族達との間に人脈を築く為のものでしかないんだ! 君のように恵まれた環境にいる人間にはわからないだろうけど!」
「あ? 誰が恵まれてるっつ-んだよコラ」
「き、君はクラウゼン家の者じゃないか! なのに何でこのDクラスにいるんだよ! ここは君のような人間がいる所じゃないだろ!」
上級生の言い放った言葉に景虎は動きを止めてしまう。自分では気にした事はなかったが、確かに今の景虎にはこの国でもかなりの発言権を持つ、クラウゼン家という名前があった。何もせずに権力を得たも同然の自分とは違い、ここにいる生徒達は子供の頃から自分達の地位を守る事に必死なのだ。
そうとわかり、自分がどれだけ場違いな所にいるのかとわかった景虎、項垂れると上級生に向かい言葉を返す。
「俺ぁ、後ろでぼーっとしてりゃいいんすね……」
「あ、ああ、後は適当になんとかやるから、何もしないでくれよ!」
その言葉に景虎は答えなかった。上級生達はそれを了承の合図と捉え、自分達の場所へと戻っていく。残された景虎に、同じクラスの生徒達は言葉をかける事ができなかった。
しばらくの準備の後、A組とD組の集団戦闘訓練決勝が始まった――。
「お父様始まりましたよ!」
「がはは、イリスもすっかり景虎の事を好きになったようだな、初めは気に入らないと言ってどうしたものかと思っておったが」
「い、今も気に入ってはいません! 全然勉強しないのですから!」
そんな風に和やかに喋りながら訓練を見守るイリスとウィリアム、しかしその顔はすぐに訝しげな表情へと変わっていく。
始まった戦いはA組の圧倒的ともいえるもので、D組の生徒達は次々と離脱していた。
実力通りというものでA組を応援する側は大歓声が起こり、D組の関係者もまぁこんなものだなという感じで、頑張れという声援をかけていた。
しかしイリスとウィリアムはこの様相に疑念を感じていた。
「景虎はどこだ? 出ていないのか?」
「い、いえ、サボるとは思えません、でも、どこに……」
探すイリスの目が、D組の旗の前で立ちつくしている景虎の姿を見つける。しかし景虎はそこからまったく動く気配がなかった。
「何をやっているのですか! もしかしてやる気をなくして……」
続きの言葉を出そうとしたイリスはそれを止める、景虎の様子がおかしかったからだ。立ち尽くし動かなかったものの、その姿は戦う事をやめていないように見えた。
「何が……あったのですか」
自陣の旗の前で立ち尽くす景虎は、目の前で行われているものを冷めた目で見つめていた。すでにA組とD組の間で決め事が取り交わされていたのだろか、双方共”戦うフリ”を上手くして、それらしいやりとりで戦っていた。
訓練とはいえ所詮はただの学校行事、人が死ぬ訳でもなく、これで失うものなど誰も何もないだろう、景虎自身も何度も自分の中でそう言い聞かせていた。
「まぁいいんだろうな、こーゆーんで。強い者に媚びて、誰も彼も傷つかないで済む解決法、逆らって恨まれたり怪我なんぞするだけ馬鹿らしいし賢いやり方だわ。俺も上級生のにーちゃんらと同じ境遇だったらそうしたかもしんねーしな」
瞬く間にD組の生徒達は蹴散らされ、景虎の目の前にA組の生徒が迫る。
「面倒臭い事は性に合わねーし、このままのんびりすんのが一番だわな。一人はしゃいだ所で迷惑かけるだけだろーし、あいつらの立場も悪くしちまうかもしんねーしな。あ、イリスやおっさんにも迷惑かかっちまうか」
自陣の旗の周りには低学年の生徒しか居なかった為、A組の上級生が来たと知るとすぐさま逃げ去っていった。そして、気付けば景虎ひとりだけが取り残される。
「けどやっぱクッソつまんねーよなコレ。あー、ほんと、やっぱ俺にゃあ集団行動は無理だわ……、ほんとどーしようもねークソったれだよなぁ、俺って奴ぁよ……」
逃げなかった景虎の頭にA組の生徒の一撃が直撃する。まともに当たったそれは、模擬戦用の木剣だとしてもかなり痛いものだったろう。景虎の額から血が流れる、一方当てたA組の生徒も驚いたように、景虎に小さめの声で言葉をかける。
「お、おい大丈夫か? 何で逃げなかったんだよ、怪我人とか出さないようにしようって取り決めだったはずだぞ?」
心配するA組の生徒に対し、景虎は薄ら笑いを見せ。
「すんません、俺ぁ馬鹿なんで忘れてましたわ、でもって今ので完全に忘れっちまいました。なんで……」
直後、景虎の一撃がそのA組の生徒を吹き飛ばす。それを呆然として見つめる両クラスの生徒達の前で、景虎は言い放つ。
「もう、なんもかんも無茶苦茶にしてやりますわ!」
そして景虎は戦いに参戦し、A組の生徒達を次々叩きのめしていく。不意を突かれる形になったA組の生徒達、D組の生徒達に対し話が違うぞと怒り始める、一方のD組の生徒達は必死で弁明し、景虎にやめるように言うもまったく効果がなかった。
「くっそ舐めやがって、手加減なしだ! ぶっ潰せ!」
言うとA組の生徒達は景虎一人に向け襲い掛かる、それを見た景虎は笑みを浮かべ。
「ラスボスはここにいんぞ! 来いやあ!」
圧倒的に優勢だったA組の生徒達が倒れていく事に驚く観客達、だがそのあまりにも異様な光景に、歓声をかける事すら忘れてしまう。
A組の生徒がほぼ全員で攻撃をしているのに対して、D組で戦っているのは景虎一人だけだったからだ。だがそれでも次々とA組の生徒を倒していく景虎、何十人という生徒からの攻撃を受けかわし、必死で反撃する。
その間D組の生徒はただ呆然と立ち尽くし、見ている事しかできなかった。
「何故、誰も助けてあげないのですか!」
声を荒げるイリス、孤軍奮闘の景虎を何故誰も助けないのだと憤る。景虎は強い、それも並外れて、しかしそれでも一人では限界がある、それは体力だけの話ではなく心の方でも。景虎は誰にも助けられずずっと一人で戦い続けていた。何故戦っているのかわからず、ただガムシャラに木剣を振るう。
ドラゴンや四百人の海賊と戦った景虎にしてみれば、同学年の生徒百人くらいと戦う事などなんて事はないだろう、だが、それも何かを守るものがあってこそだった。
今の景虎には何も守るものがない、そして、誰も守ってはくれない――。
この時の景虎はいつものような力が出せていなかった。体中に重しが付けられているかのように鈍く、普段なら軽々かわせる生徒達の木剣も何度も当てられ傷つけられていた。
景虎自身それが何故なのかはわからなかったが、頭の中が真っ白になっていた為、最後までそれに気付く事はなかった。
そして、一際大きな雄叫びを上げた時、試合終了の鐘が鳴らされる。
振り向けばA組の生徒がD組の旗を奪っていた。その周りにはD組の生徒達が無傷でいたものの、誰もそれを止める事はしなかった。奪われた旗を血で見づらくなった目で見た景虎は、大きな溜息をついた後静かに言葉を吐き出した。
「負けちまったかー」
その場で持っていた剣を落とし、傷つきふらつく身体で自陣へと帰っていく景虎、しかし誰もその周りには近づいて来ようとはしなかった。
一人顔を伏せがちに校舎に戻っていく景虎、その後ろからは勝ったA組の生徒達の喜びの歓声と、観客の拍手が沸き起こっていた。
人のいない中庭に辿り着いた景虎はその場に座り込む、あちこち血のついた跡があり、無数に叩きつけられた木剣の痛みが全身を襲っていた。
大きな溜息をつき空を見つめていた時、こちらに走ってくる気配を感じる。
「だ、大丈夫ですか!」
それは息を切らしたイリスだった。
「……何やってんのよおめー」
「それはこっちの台詞です! 先程のは何だったのですか!」
怒るイリスに景虎は苦笑いをする、そして再び空を見上げポツリと語る。
「なーんか無茶苦茶にしちまった。お前らに面倒かかるような事になったら、俺ぁいつでもここ辞めるから、心配すんな」
「貴方が何を言っているのかわかりません! とにかく、先程の訓練について他の生徒達の話も……」
「やめてくれ、頼むから」
乞うような景虎の言葉にに声を詰まらすイリス、一方の景虎は埃を払い、ヨロヨロと立ち上がるとイリスを見つめ、言葉を続けた。
「ちょっと俺が馬鹿やっただけだ、なーんも考えねーで自分の好き勝手やりたかっただけなんだよ、だからみ-んな俺が悪いんだわ」
「…………」
「だから、もう詮索みたいなんはすんな、いいな」
納得は出来なかったが、その言葉にイリスは小さく頷く。それを確認した景虎は荷物を取って来る為教室へと向う。と、その後ろからイリスが景虎について来る。
「荷物取ってくるだけだぞ?」
「その後家にもどるのでしょう? なら一緒に行っても問題ありません」
きっぱり言い放ったイリスに苦笑する景虎、歩きながら先程の結果を思い出すと、少し寂しそうに。
「ヒルダさんに面白話できなくなっちまったなあ、どうすっか」
「ご心配なく、景虎さんの事は私が面白おかしくお母様にお話しますから」
「面白い事なんか何もなかったろーが」
と、そこまで言った景虎は立ち止まりイリスを見つめる。
突然の事に身構えるイリスに、景虎は顔をほころばせてイリスに語りかける。
「名前呼んでくれたの初めてだな」
指摘されたイリスははっ! とする。ごく自然に景虎の名前を言ってしまった事に気付くと見る見る頬が染まっていく。しかしゴホンと一回咳をすると、何でもないと言った風に。
「長い事一緒に暮らしていれば名前も出てくるというものです! ですがそれだけです! ほんとですからね!」
「おう、まあ何でもいーわ、とりあえず気になっただけだし」
特に気にしないといった景虎に、何故か不機嫌になっていくイリス。しかしすぐに笑みを取り戻し、景虎の後についていった。




