第十七話 家族
その夜、フリートラント王国には雨が降っていた――。
崩壊した王城を前にして、前国王レオポルドは生き残っている城下の民、騎士達に向かい現国王ラザファムが死んだ事を伝える。
そして妻であり王妃ディアーナの死も――。
ラザフォムの死に対しては誰も何の反応も示さなかったが、ディアーナの死が告げられた時、国民の多くが泣き崩れ、ディアーナの冥福を祈った。
レオポルドはラザファムがドラゴンを使い、国を脅していた事など全てを話し謝罪した。
誰もが信じられないという顔をしていたが、現実にドラゴンが現れ王都と王城を破壊した事を見れば、それが全て事実だと疑わなかった。
そしてレオポルドは改めて国王の地位に着き、国政を振るう事を宣言する。
それを廃墟となった王城の中、わずかに残された部屋で景虎、クリスタ、ヴィルヘルミナ、シャルロッテは聞いていた。
その顔は皆憔悴しきっていた、大切な姉ディアーナの死は四人にとって何よりも辛いことだった。
『景虎、おい景虎』
景虎の中で呼び続けるフライハイト、だが景虎はその声に反応する事ができなかった。
今は何もやる気が起きなかった、だがそんな景虎を無視してフライハイトは声をかけ続ける。
『景虎、あの人間が死んで辛いのはわかるがそろそろ正気に戻るべきだ』
「黙ってろ、今日はてめぇの相手してる気分じゃねーんだよ」
『だがな景虎、いつまでもふせぎこんでる訳にもいくまい、それにお前にはやる事があるのだろう』
その言葉に景虎は思い出す、大切なものを奪ったあのフルヒトの事を、怒りが込み上げてくる、あの人物は必ず自分の手で殺そうと改めて決意する景虎。
「おい、改めて聞くぞ、てめぇあいつの事を知らねーんだな」
『うむ、この世に生を受けておよそ三千年になるが、奴のような者を感じた事は今までなかった。人間ではないのは間違いない、だが何者であるかは私にもわからぬのだ』
「まぁ何だろうと関係ねー、あいつだけは絶対にぶち殺してやる」
景虎がフライハイトとそんな話をしている時、シャルロッテが立ち上がり景虎の元までやってくる。
「景虎さん、話がありますが今大丈夫でしょうか?」
「ん? ああいいぜ」
「ここでは何ですので外に来て貰えますでしょうか」
珍しくシャルロッテは姉のヴィルヘルミナとクリスタには聞かせず、二人だけで話をしたいと言って来た。
二人はまだディアーナの死のショックで立ち直れてはいないのか、この提案には気づいていない、景虎とシャルロッテは二人で部屋の外の廊下に出て行く。
廊下は暗闇に包まれていた、明かりに使われる蝋燭といったものもなかった。
王城はほぼ半壊というくらい酷い有様で、人が住める空間は限られてはいた。 だが、すでにこの城に住む人間の半数は死んでいるという現状では、特に問題はないのかもしれない。
暗闇の中、雨の降り注ぐ音だけがする中でシャルロッテは話し出す。
「景虎さん、あのフルヒトという人物の居所を知っていますね」
開口一番、シャルロッテが聞いてきたのはフルヒトの居所だった。
景虎は確かにあの人物の居場所を知っていた、奴が去り際に言った。
”僕は・・・・・にいるからね”
この世界に詳しくない景虎にとっては、そこがどういう場所だかはわからなかった。
だがなんとしてでも探し出し、その場所に行くつもりだった。
「ああ、あのヤローが逃げる時に捨て台詞みたいに言ったのをな、多分奴はそこにいてまた何かくだんねー事を考えてると思うわ」
「そうですか、では景虎さんにお願いしたい事があります、どうかその場所の事を私以外の誰にも教えないでください」
シャルロッテの言葉に景虎はどういう意味かわからなかった。
躊躇う景虎にシャルロッテは一呼吸置き、その意図を話し出す。
「私以外に、という理由を説明いたします。ヴィルヘルミナ姉様とクリスタ姉様は今はディアーナ姉様の死がまだ受け入れられなくて塞ぎ込んでいますが、いずれ仇を討つ為にあの人物を探しに行こうとするでしょう」
姉達のいる部屋をちらりと見やり、言葉を続ける。
「ですが私にはあの人物が只者ではない気がするんです、もし戦えばヴィルヘルミナ姉様とクリスタ姉様も、ディアーナ姉様のように殺されてしまうのではと。私は、あの人物の対策ができるまでは戦うべきではないと思います、いえ、戦ったとしてもはたして」
そしてゴクリと息を飲み。
「はたして、あの人物は死ぬのだろうかと」
その言葉に景虎は言葉を失う、そんな事があるのだろうかと。
死なぬ人間、いや、フライハイトはあいつは人間ではないと言っていた。
ならば不死の存在というのもありえるのではないかと、考えもしなかった事に動揺を隠せない景虎は、シャルロットに尋ねてみる。
「何であのヤローが死なないって思った?」
「わかりません、ただもしかしたらという憶測の一つでしかありません、文献……というほど立派なものではありませんがおとぎ話や童話に出てくる化け物などにそういうのがいたのを思い出しただけですし、ですが参謀というのは常に最悪の結果を予測しておくものです。何をやっても無駄な事を外から見て楽しんでいる、そういう輩もいるかもしれないと」
「確かにあのヤローならやりかねねぇな」
「景虎さんは止めてもきっとあの人物の所に行くでしょうからもう止めはしません、ですが正直な話をするのであるならば行ってほしくはありませんが」
「よくわかってんじゃねぇか、俺はあのヤローの息の根を止めるまで追い続けるつもりだ」
景虎の言葉に陰りのある笑みを浮かべるシャルロッテ、最早何を言っても無駄なのだろうとわかっているのだ。
「誰にも言わねーってのはまぁわかったわ、そもそもあんま言うようなもんでもねーしな、特にクリスタなんかに教えた日にゃ何をするかわかったもんじゃねーや」
「あまり姉を酷く言わないでくださいよ」
「ははっ、すまねぇな、けどよ、何でおめ……シャルロッテだけはOkなんだ?
あの二人がおめー苛めてヤローの居場所聞き出すって事考えりゃおめぇにも言わねー方がいいんじゃね?」
「大丈夫です、私はどんな事があっても話しませんから、姉様達を危険な目に合わせるくらいなら自害する覚悟もできています」
「おいおい、物騒な事言ってんじゃねーよ」
さすがの景虎もシャルロッテから出た言葉に冷や汗がでてしまう、一方言ったシャルロッテも可愛くすみませんという仕草をする。
「あくまでモノの例えです、それでですね、私だけにと言ったのには訳がありまして、どうか私に景虎さんのサポートをさせていただきたいのです」
「サポートォ?」
「はい、景虎さんがあの人物を倒す為の力になりたいんです、景虎さんならあの人物を倒せるかもしれませんから」
「…………」
「ですから景虎さんも私には何でも聞いてほしいんです、私も出来る限りの事をするつもりです。如何でしょうか?」
景虎は今までヴィルヘルミナやクリスタの影に隠れてはいたが、このシャルロッテという人物も並外れた人間であると思っていた。
思えば二人のあの問題児の姉を相手に、的確にやりとりしてきた手腕など恐れ入る、百年に一人の天才というのも頷けるというものだった。
しかし景虎は少し考える。
「けどよ、そんな事したらおめーも危険な事に巻き込まれる可能性があるんじゃねーか? 大丈夫なのか?」
「ご心配していただきありがとうございます、ですけどその心配は無用でお願いします。私もディアーナ姉様が殺された事には憤っているのです。もし自分に景虎さんや姉達みたいな力があれば迷わずあの人物を探しに行くでしょう、ですが今の私では邪魔でしかない、だから行かない、でも……」
その時外で大きな雷が落ち暗闇の中に眩しい光が入ってきて景虎は目をつぶってしまう、雷鳴の鳴り響く中、その時シャルロッテの発した言葉――。
「あいつを殺せるのであれば私は何でもするつもりです」
それをどのような顔で言ったのかは影でわからなかったが、景虎は寒気のようなものを感じたのだった。
数日後、景虎達がフリートラント王国を旅立つ事を決める――
フリートラント国王レオポルドは、旅立つまで景虎達を救国の英雄として遇してくれた。
レオポルドにはやる事が山積みだった、妻であり王妃であるディアーナの死を悲しんでいる暇はない、王城や王都の再建、そして新たな人材の確保や、ラザファムによって浪費された財源の補填などである。
幸い財源については、景虎が殺したブルードラゴンの身体を売ることでかなりの額を確保できるだろう。
ドラゴンは伝説に近い生き物で、その身体となると破格の値段がつくのは間違いないからだ。
ちなみに景虎は売りやすいように、ドラゴンの身体をフライハイトで細かく切り刻んでやった。
本来ドラゴンの鱗などは堅すぎて加工など絶対不可能ではあったので、これはありがたいことであった。
旅立つ日、レオポルド自らが出向き見送りをする。
しかし姉の死をまだ受け入れられないヴィルヘルミナとクリスタは、今だ曇った顔をして、レオポルドに軽く礼をするだけだった。
景虎が、さすがにいい加減切り替えろよと喝を入れようとすると。
「少しお待ちいただけないだろうか」
レオポルドが景虎達を呼び止める、景虎達は何事かと思い立ち止まると、レオポルドの後ろから二人の子供が現れる。
レオポルドの子供でありディアーナの子供であるアンナとカルラであった。
二人は四人の前までちょこちょこと歩いてくると、笑顔を向け。
「叔母様方ありがとうございました、私達は母様の分までがんばります」
元気にそうそう答えた。
その言葉に、今まで顔を曇らせていたヴィルヘルミナとクリスタは涙が溢れ、二人の子供を抱きしめる。
「頑張りますわ! 私もディアーナ姉様の分も頑張りますわ!」
「姉様……」
ディアーナの意思は受け継がれている、それは自分の子供達に、そして自分の妹達に。
情けない姿を見せてはいけないのだ、そんな事をすればディアーナの名を汚してしまう、ヴィルヘルミナとクリスタ、そしてシャルロッテは笑顔でフリートラント王国を旅立つ。
前を向き、もう決して姉の死を悲しむまいと――。
――ヴァイデン王国――
フリートラント叛乱の顛末が伝えられた時、この国のすべての国民が涙した。
ヴァイデン元第一王女ディアーナの死が伝えられたからだ。
彼女は誰からも愛されていた。
美しく強く、そして優しく聡明だった。
戦乙女として、各地の戦場を駆け抜けその姿は物語にもなった。
その彼女の死は、父であるヴァイデン国王アダム=リュトヴィッツの心を大きく砕く事となる。
悲しみに泣き崩れた彼はその日から寝込んでしまった。
彼の心労はディアーナの死ばかりではない、ヴァイデンの第二王女ヴィルヘルミナ、第三王女クリスタ、第四王女シャルロッテの三人も一月の間行方不明となっていたからだ。
正確には王妃であるヴィクトリアは、彼女達がフリートラント王国へ行く事を知ってはいたのだが、アダムに子離れさせる為にと黙っていた。
フリートラント王国にドラゴンが出たとの報に、母ヴィクトリアは娘達を行かせた事を深く後悔してはいたが、それから数日後、彼女達が無事ヴァイデン王都へと帰還してくると心から安堵する。
三人の姫が無事だと聞いた瞬間、国王アダムは元気を取り戻しすぐさま出迎える。
いつもは娘に抱きつき抱擁の限りを尽くすアダムではあったが、この時ばかりはそういう訳には行かなかった。
「三人共よく無事であった、と言いたい所ではあるが、王女ともあろう者が国事以外で国外に出て行くとはどういう事か」
その詰問に答えたのは第二王女のヴィルヘルミナだった。
「申し訳ありません父上、国政を蔑ろにし、あまつさえ長きの間国を開けた事はこの国に生まれた姫として許されざる行為、どうか私共に罰をお与えくださいませ」
すでに覚悟を決めていた三人、その言葉に国王アダムは顔を曇らせると、深い溜息を漏らし王として答える。
「余はディアーナを失い、今また愛する姫を失わせる事はできぬ。此度の事は不問にはする、だが二度と無断で国を離れるような事は許さん、絶対にだ」
「はい」
国王アダムの言葉に三人は深々と頭を下げて答えた。
その後三人はフリートラント王国で起こった事を逐一報告する、そしてディアーナの死を看取った事も。
父である国王アダム、そして王妃ヴィクトリアもその話に涙を抑えることはできなかった。
その夜は久々に王と王妃、そして三人の姫達が共に過ごした。
その頃、一人部屋に戻った景虎はベッドに寝転がり天井を見つめ続けていた。
『どうした景虎』
頭の中に響いてきたフライハイトの声に景虎は答える。
「なぁ、あいつ……銀髪クソ野郎の目的って何だと思うよ?」
『奴の目的?』
「野郎はリンディッヒの時もそうだったがドラゴンを仕掛けてきやがったじゃねぇか、んで、せっかく探したのにとかもう死んじゃったとか言ってただろ」
『ああ確かにな、信じられぬ事ではあるが奴はドラゴンを操れるのかもしれぬ』
「もし俺がドラゴン殺してなかったら、今頃リンディッヒやねーちゃんの国は、ドラゴンにボコボコにされてたんじゃねーかと思うんだわ」
景虎の珍しく考えて話す話に元ドラゴンのフライハイトは驚く、だが景虎の語る話がそれほどのものだと考え、フルヒトという人物について考える。
『元来ドラゴンというものは自由気ままに生きるものだ、誰からも束縛されず
また剣や魔法も効かぬゆえ操られるという事もないはずだ」
「けどあの野郎はアースドラゴンやブルードラゴンを操っていた、どうやったかは知らねーがな」
『うむ、少なくともあのドラゴン達は正気ではなかったと私は思う。奴が如何なる意図を持って行動しているかはわからんが、いずれ奴とはまた出会う事になるだろう、景虎もせいぜい操られぬように用心しておく事だ』
「わかってんよ」
答えた景虎はそのまま深い眠りに落ちる。
翌朝、景虎は国王アダムに登城するよう命令をされる。
三人の姫を国から連れ出した大罪人として、処罰されるのではと覚悟も決めていった景虎ではあったが、国王から出た言葉は感謝だった。
「ヴィルヘルミナから話は聞いた、そなたがフリートラント王国に現れたドラゴンを討ち、我が娘が嫁いだ国を救ってくれたそうだな、礼を言う。もしドラゴンがそのまま暴れておれば、ディアーナの娘達も命を落としていたやも知れぬ、そなたには感謝してもしきれぬ」
「いや、俺はほんとやれる事をやっただけっす、けどあのねー……ディアーナさんを助けてやりたかった、それだけはほんとに……すんません」
項垂れる景虎に国王アダムは目を閉じ何かを想う。
ふと、景虎はポケットの中にあったあるモノの事を思い出す、そしてそれを取り出し握り締めると国王にそれを見せる。
「これ、ディアーナのねーちゃんに貰ったもんです、やっぱ俺にゃあ重過ぎて持てないんで、これ王様に返しときます」
「この指輪は……、そうか、これをお主にのう……、これはディアーナが嫁ぐ時に渡したものだ」
「そう聞きました」
「これはヴァイデン王国に代々伝わる儀式のようなものでな、家族の証の指輪なのだ」
「家族?」
「本来は新しく生まれた子や伴侶に渡すものではあるのだが、もう一つの意味として、家族と認めた者にも渡すのだ。そうか、これをお主に渡したのか……」
その言葉に景虎は黙ってしまう、ディアーナが自分を家族と思っていてくれた事に、どう反応していいのかわからなかったからだ。
「景虎よ、これを持っていてくれ」
「いや、けど俺は……」
「頼む」
景虎はそれ以上拒否する事はなかった、ディアーナの形見として、持つ事を決める。
国王はそれを確認すると、低く威圧感のある声で決意を語る。
「ディアーナを死に追いやった者をわしは決して許しはせん、地獄の果てまで探し出し必ず殺してくれる」
「俺も必ずあの野郎を殺します」
出た言葉に国王と景虎は互いに笑みを浮かべた。




