第十六話 慟哭
その場にいるすべての者がその光景を刻み付けた。
歴史上今まで誰一人として成し遂げることができなかった事を。
目の前でたった一人の少年が成し遂げた事を。
倒れ弱りきったドラゴンの頭に少年は紅い斧を突き刺さすと、そのドラゴンは動きを止めた。
人間にとって恐怖の対象であったドラゴンに確実な死を与えるべく、その少年はドラゴンの首を刎ねる。
ドラゴンを倒した少年の名は出雲景虎と言った。
「ぐはああああ」
景虎はドラゴンの首を切断した後その場に倒れこむ。
ドラゴンの頭に斧を突き立てた時に首を振り回され、壁に激突させられたり、破片をモロに食らったりして全身打撲、骨も何本か折れているだろう、さらに額を切って血で顔面を真っ赤に染めて満身創痍の状態だった。
普通の人間であればその時点で即死なほどの怪我だったかもしれないが、今の景虎は元ドラゴンのフライハイトから得たドラゴンの力で、身体能力などが向上していた為、生き延びる事ができていたのだった。
「あー、疲れたわー」
『流石は景虎、……といいたい所ではあるが、もう少し上手くやれんものなのかお前は』
「うっせぇよ、考えるのは苦手なんだよ俺ぁよ、あーやべぇ、脳みそが動かねぇや……」
流石に疲労困憊の景虎は、朦朧とした意識のまま目を閉じる。
どのくらい経ったろうか、身体がなんとなくではあるが、楽に感じてきた景虎は暖かな光りに覆われていた。
すると、身体の痛みが徐々にではあるが無くなっていくのを感じる。
重い瞼をゆっくりと開いていくと、目の前に小さな手のひらが見える。
「治癒魔法」
その手のひらの主は、治癒魔法を使い、景虎の怪我を治療しているヴァイデン第四王女シャルロッテ。
「景虎! しっかりしなさい!」
「景虎ぁ」
さらにその横には、景虎の名前を呼ぶヴァイデン第二王女ヴィルヘルミナ、そして第三王女クリスタがいた。
特にクリスタは目に涙を溜め、必死で景虎の腕を握って声をかけ続けていた。
「あ……、何か、喉渇いた……」
意識があった事に歓喜したクリスタは、そのまま景虎に抱きつく。
ヴィルヘルミアもまたホッとすると、景虎の望みの飲み物がないかを瓦礫の中探しに行く。
そしてさらにディアーナが静かにやってくると、景虎の手をしっかり握り。
「ありがとう景虎、あなたのおかげでフリートラント王国は救われました。ほんとに何て礼を言えばいいのか……」
「だ、らよ……、任せとけって……、言ったろ」
「そうね、貴方は言ったとおりドラゴンを倒してくれた、ほんとに最高よ」
心の底から感謝する、自分に抱きついてるクリスタの重みが傷に触り正直辛かったが、今の景虎にはそれをどかせるほどの体力は残ってはいなかった。
シャルロッテが頑張って治癒魔法をかけてくれてるおかげで、痛みはだいぶなくなり楽にはなってきていた。
景虎はこのまま、ここでしばらくで寝ようと思い瞼を閉じようとした。
だが――。
「あれ、ドラゴン死んでるじゃないか、なんだよこれ」
忘れたくても忘れられない声が耳に入ってくると、景虎はクリスタが抱きついたままの身体を起こしその人物を探す。
そして、瓦礫の中、ブルードラゴンを突っついてるその人物を見つける。
「てめぇ……」
怒りを露にする景虎にその場にいた皆が驚く、そして目を追うと銀髪の幼い人物がいるのを見つける。
いつの間にその場にいたのか、誰もその気配に気づく事ができなかった。
そしてその人物が銀髪だったのに気付いた瞬間、シャルロッテが思い出す。
「あ! もしかして、景虎さんが探しているという銀髪の!」
その言葉にクリスタも思い出す、景虎はこの人物を探す旅をしていると言っていた事を、一方景虎はクリスタをどかせると、軋む身体をゆっくりと立ち上がらせ、その人物に向かいゆっくりと歩き出す。
「てめぇは、んな所で何……してやがんだ嗚呼コラ?」
「あれ、君確か…………えと、イヌマルなんとかさんだっけ?」
「出雲景虎だボケェ!」
気づいた銀髪の人物にツッコむ景虎、だがまだ身体中がボロボロだというのを忘れていたせいで、大声を出した時に全身に激痛が起こりその場に倒れこんでしまう。
「大丈夫?」
「黙……れ、糞ったれ! てめぇだけは……ぜってぇ許さねぇぞフルヒト!」
怒りに震える景虎に対し、そのフルヒトと呼ばれた銀髪の人物は我関せずという感じで飄々としているばかりだった。
そのあまりの温度差にシャルロッテ、クリスタ、ディアーナ、そして戻ってきていたヴィルヘルミナはどう対応していいのかわからなかった。
殺気でも放っていれば、ディアーナなどはすぐさま臨戦態勢で警戒もするのだが、今目の前にいる人物からはそういったものは一切感じず、まるで生まれたての赤子のような優しさすら感じるほどだった。
「ところでさ、聞きたいんだけどー、このブルードラゴンっててもしかして君が殺したの?」
「だったら……、何だってぇんだよ!」
「んー、アースドラゴンも倒して、またせっかく用意したブルードラゴンも倒すって、君一体何者なのさ?」
「! てめぇ、まさかこの青い奴もてめぇの仕業か!」
景虎の放ったその言葉にディアーナが反応する。
「この子の仕業? どういう事? このドラゴンがどうかしたの景虎」
困惑するディアーナの問いに答えたのはシャルロッテだった。
「景虎さんがリンディッヒ領にいた時、アースドラゴンが現れたんです。そして多くの騎士達を殺し、その中には景虎さんのお世話になった人達も沢山いたそうなんです。そしてそのアースドラゴン操ってリンディッヒ領に出現させたのがこの……」
シャルロッテは息を飲み、その人物を見て言葉を続ける。
「フルヒトという銀髪の人なんだそうです。だから、もしかしたらこのブルードラゴンもこの人の仕業かもしれないのかと……」
「なんですって!」
話の中でディアーナが一番ひっかかったのは、アースドラゴンを操るという話の部分だった。
王位を簒奪したラザファムもまた竜を操る事ができた、何故急にそんな事ができたのかが疑問だった。
少なくとも王位を簒奪するまではドラゴンなど操れるはずはなかったはず、誰かが後ろで糸を引いているのでは? そんな謀略をずっと考えていた。
だがあのドラゴンを意のままに操れる者などいるはずはない、そういう考えもあった。
だがドラゴンを倒した景虎が現れ、そしてまたこのフルヒトなる人物の不気味さのようなものに、ディアーナの頭の中で全てが繋がっていく様な感覚に襲われていった。
それを確認する意味で、ディアーナはフルヒトの前に静かに進むと、その疑問をぶつけてみる。
「ねえ貴方、聞かせてほしいんだけど、ラザファムって人物の事を知っていないかしら?」
「ラザ…? ああ、あのおじさんか! 知ってるよ、それがどうかしたの?」
「そいつ……、ラザファムに貴方は何かしたの?」
「何をしたって? んーたいした事はしてないけど……、まぁ何か馬鹿そうだったから使えるかなって思ってさ」
小馬鹿にしたように語った後、続けられたフルヒトの言葉に――。
「このドラゴンをあげたんだよ、好きに操れるよーって、これさえあれば色んな事ができるよーって」
ディアーナの目に炎が灯る。
瞬時に距離を詰めその人物を掴みかかろうとする、だが、まるで何か壁があるかのように弾かれてしまう。
「!」
「もう、急に何するんだよ、怖いなー」
ディアーナは何が起こったかわからなかった、フルヒトに近づこうとしても見えない壁のようなものがあり、数メートルの距離をまったく進めなかった。
それを見ていた景虎は、笑顔のフルヒトの手に杖のようなものを確認する。
景虎はそれをリンディッヒでも見ていた、あれを使った後にフルヒトは姿が消え、取り逃がす事になったのだ。
「おい糞ドラゴン、フルヒトの持っているアレ何だかわかるか?」
『恐らくは魔法を扱う媒体のようなものであろう、だが力が桁違いだな、あれはドラゴン並みの魔力があるように思える』
「やっぱあのヤローは化けモンだってぇ事か」
フライハイトとの会話をしている頃、フルヒトは笑顔でその杖をおもちゃのように扱っていた。
一方そのフルヒトに必死で近づこうとするものの、まったく辿り着けないディアーナは、憤怒の表情でブルードラゴンを指差しながら言葉を搾り出す。
「こいつのせいで……、どれだけの人が死んだと思っているの!」
「そんな事言われても僕何もしてないしー、僕何も悪くないしー」
「貴様ぁ!」
再びフルヒトに近づこうと力をいれるもやはり辿り着けない、フルヒトの後ろに回りこんでいたヴィルヘルミナも、やはり壁のようなものに阻まれ近づけないでいた。
「無駄な事はやめた方がいいよー、絶対僕には触れれないんだしー」
「貴方は、一体何者なの!」
問うディアーナにフルヒトは笑顔のままではあったが、何か雰囲気のようなものが変わるのを景虎は感じた、それはとても不吉なものだった。
「ねーちゃん逃げろ!」
咄嗟に景虎は警告をするも、一歩遅かった。
フルヒトは杖を軽く振るとディアーナの周りを光りが包み込み、そしてそれがロープのようになって身体に巻き付き縛り上げていく。
「ぐっ!」
「ねーちゃん!」
「姉様!」
必死でその呪縛から逃れようとするディアーナだったが、それを嘲笑うかのように光のロープはさらにディアーナを締め付ける。
景虎は必死でディアーナを助けようとするも、身体が軋み、襲い来る激痛の為思うように動く事ができなかった。
「痛い? ねえ痛い?」
問うフルヒトにディアーナは歯を食い縛り、鋭く見つめて決して屈するものかという意思を示す。
そんなディアーナに光のロープはさらに締め付ける。
「うああああああ!」
「てめぇやめろ! てめぇ!」
「ディアーナ姉様!」
景虎も、クリスタ達も、ディアーナに助けようとする、だがやはり届かない。
フルヒトは杖を振るい、まるでおもちゃで遊ぶかのようにディアーナを弄ぶ。
「きさ、ま……だけは、絶対……」
「あれ、まだしゃべれるんだ、凄いな、じゃあこれでどうかな」
言ってディアーナを縛る光のロープがさらに強さを増す、ディアーナは口から血を吐き、体中から骨の軋む音が聞こえてくる。
そして、ディアーナの身体から徐々に力が抜け、動かなくなっていく。
「あれ、壊れちゃった」
抵抗できなくなってきたディアーナを見て、フルヒトはつまらないといった表情を見せると杖を軽く振る、すると、ディアーナの前に光の剣が現れる。
「やめろ、おいこらてめぇ、やめろお!」
必死で叫ぶ景虎、だが、フルヒトは笑顔で杖を振る。
「どーん」
ふざけた言葉だった、だが、その瞬間フルヒトが作り出した光の剣は――。
「かはっ!」
ディアーナの胸を貫いた。
まるで時間が止まったかのように、その場にいた全員が動きを止めた。
ディアーナは胸から大量の血を流し、そして、静かに地面へと崩れ落ちる。
「ディアーナ姉様!」
「いやあああああ」
クリスタとシャルロッテの悲鳴が響く中、その様子を楽しげに見ているフルヒト。
「あはははは、かはって言ったかはって、もっとこうぐえーとかそういうの言うかと思ってたんだけどなー、けどまあいいや、いい暇……」
「うらああああああああ!」
瞬間、フルヒトを覆う壁を突き抜け、その顔面に景虎のパンチがクリーンヒットする。
吹き飛ぶフルヒト、しかし殴った景虎も力なくその場に倒れこむ。
「くっそ動けよ!、まだ俺はあの野郎をぶっ殺してねーんだぞ!」
軋む身体を必死に動かそうとする景虎、だがやはりドラゴンとの戦いでの疲労と傷のせいで思うように身体が動かない。
地面に這い蹲る景虎の前に、フルヒトが頬をさすりながら歩いてくる。
しかしその顔には先程までの笑みはなかった。
「君ほんと凄いな、僕に手を触れたのって人間じゃきっと君が初めてだよ、ついでに殴ったのもね、君ほんと何なのさ?」
「ぶち殺す、ぜってーにてめぇをっ!」
「うん、殺しにきてよ、その方がなんか面白いから、待ってるよ出雲景虎君」
そう言うとリンディッヒの時のように身体が消えていく。
「待て!てめぇ逃げんじゃねえ!」
「ゴメンね、ちょっとまだ用事があるから、けどね、僕の居場所は教えといてあげるよ、だからおいで、僕のところに」
「逃げんなああああああ!!」
「僕は・・・・・に、いるからね」
声は小さかったが景虎の耳にははっきりと聞き取れた、掴もうと出した手には何も掴むことはできなかった。
悔しさと後悔だけが後に残っていた。
「姉様! しっかりして姉様!」
クリスタの悲痛な声が聞こえる、ヴィルヘルミナとシャルロッテもまた姉を呼ぶ、だが姉のディアーナからは何も返ってはこなかった。
シャルロッテが必死に治癒魔法を使うも、光の剣に貫かれた胸を治す事はできなかった。
服は真っ赤な血で染められ、ディアーナが動く事はなかった。
「ね、ねーちゃん……」
身体を引きずりながらディアーナの元までやってきた景虎は、ディアーナに声をかける、しかし当然返事は返ってこない、誰もが絶望に打ちひしがれた時――。
「……ら」
ディアーナの声が聞こえた、その声を皆は聞き逃さなかった。
「ディアーナ姉様! ディアーナ姉様!」
「待っててください! すぐに治しますから!」
必死で治癒魔法をかけるシャルロッテと、声をかけ続けるヴィルヘルミナとクリスタ、しかしその声は届かないのかディアーナは虚ろなままだった。
景虎がようやくディアーナの元まで辿り着き、その手を掴み声をかける、そして、景虎はディアーナの最後の言葉を確かに聞いた。
――ありがとう――
優しい微笑みだった、初めて会った時から景虎はディアーナに惹かれていた。
只者ではない雰囲気をかもし出す彼女は戦えば誰よりも強く、そして誰よりも国や民や家族や妹の事を愛していた。
そして誰もが皆ディアーナの事が好きだった――。
ディアーナの身体から力が無くなっていく、三人の妹の悲痛な叫び声だけが響き渡る。
涙が溢れる景虎、自分の周りからまた大切なものが失われていく。
変わらない、何も変わらなかった、前にいた世界でもこの世界でも景虎は大切なものを失っていく。
それがとても辛かった――。




