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解決 -トリック解明篇-

「六時半、俺たちがリビングで解散した後。綱木、お前は北森を殺したときの証拠を隠滅しに現場へ戻ったんだ。そこでお前は、ちょうどその証拠を調べている磯前を見てしまった。そして衝動的に磯前の首を絞めて殺してしまう。お前は小柄だが運動能力が高く力もある。磯前を殺すのにもそこまで苦労はしないだろう。殺害後、お前は『このままでは静香が容疑者から外れてしまう』ということに気がついた。だから死体の後頭部を鉈で殴りつけ、傷を残したんだ。そのまま自室へ戻り、警察が来るのを待った。八時になり全員がリビングに集まろうとしていたところで、磯前の死体が見つかって……そして、守口と古坂のやりとりだ。あれを聞いたお前は、傷をそのままにしておくわけにはいかないと思ったんだよな。警察が遅れることになったのをこれ幸いと、俺たちが再び解散した後、お前は磯前の首を鉈で切断して暖炉で燃やしたんだ。北森のものも一緒に燃やしたのは目的を隠すためだ。

 何か間違ってるか?」

 そう言い終えた浦川先輩は、綱木くんを見た。

 彼の目には涙が滲んでいるような――と思ったら。はっくしょん、と彼はまたクシャミをした。クシャミがしたかっただけらしい。

 綱木くんは落ち着いた様子で言った。

「直子を殺したときの証拠を隠滅にし現場へ戻ったって言いますけど、直子の件では俺、しっかり容疑者から外れたじゃないですか。静香に罪を着せるために死体に傷を残したってのも然りで、先輩の推理は二つの事件の犯人が同一人物でないと成立しないはずです。それなのに、最初の事件では容疑者から外れている俺が磯前殺しの犯人っていうのはどうなんでしょうねえ。矛盾してませんか」

 言い終えると、彼はまた鼻をかみ始めた。

 浦川先輩はそれが終わるのを待ち、やがて口を開いた。

「北森を殺したのも、綱木。お前なんだろう」

「俺は容疑者から外れたんじゃなかったんでしたっけ。密室殺人なんて、俺には無理ですしねえ」

 浦川先輩はかぶりを振った。

「密室の謎も、犯人が綱木であると仮定して考えたら解けたよ。そして、綱木を容疑者から外した推理が間違いだったってことも分かった」

「へえ……聞かせてもらいましょうか」

「そもそもお前が容疑者から外されたのは何故か。それは、お前にとって現場が『二重の密室』だったからだ。玄関の鍵は閉まっていて、窓の近くに足跡の類はなかった。俺たちよりずっと後にここを訪ねてきたお前は、事件とは無関係に見える。しかし、実はそうじゃないんだ。結論から言うと……お前は北森の部屋に、()()()()()()()()()()()んだ」

 綱木くんは笑った。

「窓の近くに足跡の類はなかったんじゃありませんでしたっけ。入るときにしろ出るときにしろ、足跡は残ると思いますけど。入るときにも出るときにも足跡を残さずに済む魔法でもあるんですか?」

「じゃあ、今から説明しよう。入るときは簡単だ。ずっと窓の前で待っていればいい。今日は午後から雪が強かったから二時間も待っていれば足跡は消えるだろう。この別荘は木立に囲まれているから俺たちに気がつかれることもない」

「ちょっと待ってくださいよ。ずっと窓の前でって、それはどういう……」綱木くんの笑顔が少し曇った。

「どういうも何も言った通りだ。俺たちが別荘に戻ってくる二時間前から窓の前で動かずにじっとしていれば、窓の前まで歩いてきたときに残った足跡は消える。お前はそうなることを見越して、窓の前で待っていたんだ。天気予報でも今日、午後から強い雪が降ると言っていたしな」

 私は驚いた。

 足跡を残さないためにそこまでするなんて。

「俺にそんな根性があると思いますか」

「窓の近くに足跡を残してしまえば、仮に密室状況を作れたとしても別荘の外に居た人間に疑いの目が向いてしまうのは自明だ。当然、その中にはお前も含まれている。だから何としても足跡を残すわけにはいかなかったんだろう。……今日はクシャミが多いようだが、二時間も寒空の下で立ち続けてたんなら仕方がないな。病み上がりでなくとも風邪を引きそうだ。

 窓の前の、お前が待っていた一箇所にだけは足跡が残ってしまうだろうが、その部分はスノーダンプを使って消したんだろ?」

 綱木くんは言った。

「……部屋に入ったときのことは分かりました。じゃあ、出たときはどうですか。足跡は確実に残ると思いますけど」

「確かにそうだ。窓から外に出れば確実に足跡が残り、それを古坂と守口が気づかないはずがない。だから()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えるしかないわけだ」

「いやあ、それもおかしいでしょう。直子の部屋には誰も隠れていなかったんでしょう? それとも、他の部屋に隠れていたとでも言いたいわけですか」

 私は浦川先輩に言った。

「それはないと思いますよ。私、外に出る前にウェアと小物を取りに行くために、自分の部屋と乾燥室へ向かったんです。二階の廊下にも、乾燥室にも、隠れてる人はいませんでした。それから、守口くんがトイレに入ってましたから、トイレにもいなかったみたいですね。リビングには常に人がいたから入った時点でバレるだろうし……その他に隠れられそうな場所といったら脱衣場しかありませんけど、これもあり得ないんですね。っていうのも、脱衣場のドアは立て付けが悪いらしくて、コツを知らないと開けられないんですよ。綱木くんはまだ知らないはずですから、脱衣場に隠れることも出来ません。言うまでもなく他の部屋には鍵がかかってます。だから、隠れることが出来そうな場所なんてけっきょく、直子の部屋ぐらいしかなかったと思うんですけど……」

「直子の部屋は浦川先輩と磯前が探して誰も見つからなかった、と。そういうことですよ、先輩」綱木くんが頷きながら言った。

 が、浦川先輩はかぶりを振った。

「いや、綱木は隠れていたんだ。北森の部屋にな」

 綱木くんは肩をすくめた。

「だって、探して誰もいなかったんでしょ?」

「あの部屋はそこらじゅう探した……()()()()()()。一箇所だけ、探していないところがあったんだよ」

「へえ。隠し扉でもあったんですか?」

「もっと単純だ。探していないというよりは、調べていないと言った方がいい。あのときはまだ、出来る限り現場は保存するつもりだったからな。流石に死体をいじくるのはまずいと思ってたんだよ、俺も磯前も」

「何が言いたいのか分かりません。ミステリの読みすぎでもったいつける癖でもついたんですか」

 そう言う綱木くんの笑顔は少し引きつっていた。

「申し訳ない。……俺と磯前が調べていないものっていうのは、つまり北森の死体さ。あいつの亡骸にはいっさい手を触れていないどころかほとんど目に入れてなかった。見るだけでもおぞましい光景だったからな。だから気がつかなかったんだよ。()()()()()()()()()()()()なんて、な」

 私は混乱した。この人は、何を言っているのだろうか。

 死体の中に、人が隠れる?

 綱木くんは黙っている。浦川先輩は続けた。

「北森の死体の中に隠れていた、というのはおかしな言い方だったな。正確に言うと、お前は()()()()()()()()()()()()んだよ」浦川先輩は唇を湿した。「現場にあった首は間違いなく北森のそれだった。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()んだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のさ。お前は北森のスキーウェアに身を包み、頭を服の中に引っ込めてベッドに横たわっていたんだよ。北森の首を切断した一番の理由は、このトリックを成立させるためだったんだな」

 綱木くんは依然として何も言わない。

 私も言葉を失っていた。まさか、直子の胴体だと思っていたものが、綱木くんだったなんて……。

 でも、言われてみれば。綱木くんは身体が小さく、その割には手脚が長い。それに対して直子は、女子にしては高い身長の割に脚が短いのが悩みだと、いつも言っていた。身長は高いけど手脚は短い直子の胴体に成りすますには、身長が低く手脚の長い綱木くんが打ってつけだ。

 そして……私は直子の死体を見たときのことを思い出した。あの、胸元の膨らみ。直子の胸が大きいことは知っていたから何とも思わなかったけど、いま考えると、あの膨らみは胸ではなかったのだ。あの膨らみは、綱木くんの頭だったのだ。

「現場が密室だった理由ももう分かっただろう。『犯人はまだ現場に居る』という最初の考えが正しかったのさ。そして、外に足跡がついていなかった理由も同じだ。古坂と守口が調べていたとき、お前はまだ部屋の中に居たんだ。古坂と守口が調べ終えたのを見計らって外に出て、玄関からインターホンを押したんだろう」

 綱木くんは言った。

「俺が直子の胴体に成りすましていたというなら、本物の直子の胴体はどこにあったっていうんですか。部屋中探してもなかったんでしょ。俺の荷物やスキーの板だってそうです。現場にそんなものはなかったでしょう?」

 浦川先輩は頷いた。

「北森の胴体も綱木の荷物もスキー板も……窓の前の、雪の中に埋められていたんだよ。もともとスノーダンプはそのために持ちだしたんだろう?」

 綱木くんはふー、と長く息をつくと再び何も言わなくなった。

 浦川先輩は言った。

「おそらくお前は、旅行の前に北森に『二日目の夕方、自分の部屋に戻ったら着替えずに窓の鍵を開けてくれないか。二人だけで話したいことがある』……とでも言っておいたんだろう。少し不審に思われるだろうが、お前と北森は幼馴染だ。まさか殺されるとは思わなかったに違いない」

 そういえば磯前くんもそんなことを言っていたな、と私は思い出した。

 先輩は続けた。

「お前は二時間以上前から、窓の前で俺たちが別荘に戻ってくるのを待っていたんだろう。当然、物置から鉈とスノーダンプは持ちだしておいてな。北森は自分の部屋に入ると、お前に言われた通り窓の鍵を開ける。そしてお前は窓を開け、鉈で北森を殴りつけた。その時点で北森が死んでいたのかどうかは分からないが、そんなことはお前にとってもどうでもいいことだった。どっちにしろ首を切断することはトリックに必要不可欠だったからだ。

 お前は北森の首を鉈で切断し、北森の服を全て脱がせて胴体を雪の中に埋めた。自分の荷物やスキー板、そのとき脱いだ自分の服も一緒にだ。足跡はそれらを埋めたときに消えたんだよ。窓の前の雪面が乱れていたのはそのためさ。

 スノーダンプをそこに転がしておいた理由は、乱れた雪面を隠したかったからだな。よしんば乱れた雪面を見られても、スノーダンプがあれば『足跡か何かを消すために使ったんだろう』と思われると踏んでな。スノーダンプは本来、何かを埋めるのに使う道具ではなく雪を運ぶのに使う道具だ。だから、スノーダンプと乱れた雪面を見ても、そこに何かが埋まっているとは思い至らなかったんだ。そういうところまで踏まえて、お前は死体を埋める道具にスノーダンプを選んだんだよ。

 その後は、脱がせた北森の服を全て身にまとい、頭を服の中に引っ込めてベッドに横たわって発見されるのを待つだけだ。もちろん、窓にもドアにも鍵をかけておいてな。

 俺と磯前が部屋で犯人を探すのを諦め、古坂と守口が外を調べ終えたのを確認したお前は、雪の中に埋めた北森の胴体を掘り返した。濡れた北森の胴体を拭き、着ていた北森の服を再び着せ、ベッドに横たえておく。それから自分の服に着替え、荷物とスキー板を持って窓から外に出たんだ。そして古坂や守口の足跡をなぞりながら玄関に向かい、インターホンを押す。それがお前のやった犯行だ。そうだろ?」

 綱木くんは、相変わらず黙ったままだ。

 彼は未だに笑っていた。それは、どこか投げやりな笑顔に見えた。

 長い沈黙の後。彼は口を動かすのも億劫だと言わんばかりにゆっくりと、言った。

「そうです。俺が……二人を、殺しました」

 浦川先輩は言った。

「お前が隠滅しに行った……磯前が掴んだっていう証拠は、()()()だったんだな?」

「そうですよ」綱木くんは答えた。「けっきょくは窓から出たんだから、窓の鍵が開いた状態になってるのは当然ですもんね。それで俺、早いとこ鍵を閉めにいかないとなーって思って直子の部屋に行ったんですよ。そしたら磯前が窓の鍵を思いっきり見てるんですもん、焦りましたよ。だから首を締めて殺しちゃったんですよね。いやあ申し訳ないことしましたよ。あいつには何の恨みもないのに」

 やけに軽い調子だった。酷く不気味だ。どこか狂っている。

「じゃあ、どうして直子を?」私は訊いた。呻くような声になってしまった。「私、動機があるとしたら静香だと思ってたのに」

 綱木くんは笑った。

「もしかして、直子が俺を寝取ったから、俺と静香が別れたんだって思ったわけ?」

 私が頷くと、彼は可笑しそうに、ますます笑った。

「まあ普通はそう思うか。でも違うんだなそれが。逆なんだよ。直子が寝取ったのは俺じゃない、静香の方だったのさ」

「え……」

 どういうことだろうか。まともに声が出なかった。

 彼は言った。

「気がつかなかったのか。あいつら、付き合ってたんだよ。俺と直子がじゃなく、直子と静香がだ。あいつら、俺にもバレてないと思ってるんだから傑作だよ。全く」綱木くんは忌々しげに舌を打った。「何か二人が怪しいなって思ってた矢先に静香のやつ、別れ話を切り出してくるんだもんな。昔っからそういうとこアホだったよ、あいつは。静香のやつ『やっぱり幼馴染同士の気楽な関係がいいよ』つって俺をフッたんだぞ。よくもまぁいけしゃあしゃあとって感じだよな。俺は気づかないフリをしてやっていると、マジでヘラヘラ接してくるから腹立たしいよ。静香はともかく、直子もだぜ。いつか殺してやるって思ったね。この通り、実行したわけだけど」

「本当に、二人はそんな関係だったのか?」浦川先輩が訊いた。

「ははは、俺も勘違いじゃないかなーとは思ったんですよ。だから今日、問い詰めたんです。そう、窓から直子の部屋に入ったときですね。それで土下座の一つでもしてくれたら勘弁してやろうと思ってたんですが、直子のやつ開き直りやがったんですよ。『選ぶのは静香だから。あたしは何も悪くない』ってね。もうぶっ殺すしかないと思いまして、鉈で一発がつんとやりました。そういや静香、直子の部屋にパーカー忘れたんでしたっけ。全く、二人で何をしていたんだか」 

 私は綱木くんが恐ろしくなった。言いようのない恐怖を感じた。

「直子を殺したのが俺だって静香が知ったら、あいつ怒るだろうな。よく考えるとそれも面白いかもしれない。あいつ、一生俺を憎み続けるだろうから。ざまあねえや。こんなことなら磯前()殺すんじゃなかったよ。悪いことしたなあ、ほんとに。それにしても静香の反応が楽しみだ。どんな顔して俺を見るんだろうなあ」

 彼は実に愉快そうな笑い声をあげた。

 壊れている。静香を奪われたショックがよほど大きかったのか、それとも元々こんな人間だったのに私が気がついていなかったのか……それは分からない。でも、彼は確実に壊れていた。人を人たらしめる大事なネジが外れていた。

 狂ったように哄笑を続ける彼を、私は哀れに思った。

お付き合い頂きありがとうございました。

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