第7話 ダンジョンの本当の怖さ
ダンジョンに入ってノアは真っ先に魔土術を唱えた。
「サーチライト<スキャン>」
するとダンジョン入口の地面を光がトレースしていく。そしてくっきりとソイラ表面の足跡が浮かび上がってきた。
「入口だからな。ティアがこのダンジョンに入ったなら、必ずここを通っているはずだ」
古くて掠れている大きな足跡が散見される中、真新しくくっきりとダンジョン内に入っていく小さな足跡を見つける。
「有った……えっと、それからこの足跡に……」
「サーチライト<マナスキャン>」
すると、足跡が青白く光る。ノアはこの足跡からかすかなマナの痕跡を感じ取った。
「これはティアの足跡だ。間違いない」
ノアはサーチライトでティアの足跡を追跡することにした。
「待ってろよ、ティア。必ず僕が助けてやるからな」
* * *
「ファイア!」
ドロイムが炎で焼けて消失する。
次々と出てくる魔物をティアは魔土術で倒してダンジョンを前進していく。
「ほら! 私だってちゃんと魔物を倒せるし、ダンジョンだって怖くないもん。お兄ちゃんに負けないくらいすごいもん」
十分な準備をせずにダンジョンに入ってどんどん突き進む無謀な冒険者は毎年必ず存在する。そしてそういったダンジョンを軽視する者は必ずダンジョンから生きて帰れない。今回のティアは正にその典型だった。
ティアが入ったこのE級ダンジョンは探掘されるアイテムやソイラが非常に少なく、採れたとしても質の低いものばかりの変わったダンジョンとして有名で、近年は特に冒険者もモグラーも出入りが全く無い不人気のE級ダンジョンだった。
そしてティアはダンジョンの下層を目指して進んでいく。
「私がすごいお宝をここで採ってお母さんとお父さんにプレゼントするんだ。そうしたら二人ともきっとティアのことをお兄ちゃんみたいに認めてくれるはずだから」
ティアはノアが製作した探掘刀を持ち出していた。そして行き止まりとなったので、地面のソイラをモグり始める。
「お兄ちゃんは確かこうやってた。私にだってできるんだから。こんなの簡単よ!」
そして、モグっては現れる魔物を倒し、さらにまたモグる。それを何回も繰り返しているうちにティアの体力が限界を迎えた。
「疲れちゃった。そろそろ戻ろうかな……」
ティアが上を向いた時、思った以上にモグっていたことに気付く。
「えいっ!」
ジャンプしてみるが全く届かない。5メートルはモグってしまった。
そして徐々に恐怖心がティアにまとわりつく。
「私……帰れないの?」
「どうしよう。深く掘り過ぎて、元の地面に戻れない」
ダンジョンの暗闇、突然現れるかもしれない魔物への恐怖、帰れないという絶望がティアの精神を脆くする。
「暗いよ……お父さん。 怖いよ、お母さん……助けて……」
涙が溢れだす。こうなるともう止まらない。
そして、不運な展開がティアを待ち受ける。脆くなっていたローソイラの層に亀裂が入り、一気に割れてティアがいる一体が崩壊してしまう。
「ウ、ウワァァ! な、なに! あ、あぁ!」
どれくらい下層へ叩き落とされたのだろう。粉塵で周りが全く見えない。
(……い、痛い。 動けない)
落下してきたところは少し明るかった。粉塵が徐々に薄くなっていき、ティアの目でも置かれた状況を捉えることができた。そして絶望する。
「あ、足が! ティアの足が!」
ティアの右足があらぬ方向に折れ曲がっていた。
「ウワァー!!!!」
泣き叫ぶが誰も助けに来てはくれない。
「あ……あ……あ……」
ティアが急に叫ぶのを止めた。いや、恐怖のあまり叫ぶことができなかったのだ。
目の前に巨大な蟻の魔物が現れてティアに向かって口を大きく開けていた。
「シェァァァァァァ」
「や……やめて……やだ……」
気色悪い音を出しながらゆっくりと近づいてくる。B級魔物のジャイアントソイラアントだ。
なぜかその時、ロイがよく言っていた言葉をティアは思い出してしまう。
<ダンジョンは常に成長している。ダンジョンとは生き物だ>
「あぁ、お父さんごめんなさい……お母さん、怖いよ。助けて……」
逃げようにも足が折れていて立ち上がることすらできない。ジャイアントソイラアントがティアを観察し、今の状況を理解する。全ての警戒を解く。そして……
ティアに向かって襲いかかってきた。
「助けて……怖い! 怖いよ! 助けて!」
「……お兄ちゃん! たすけて!」
ジャイアントソイラアントがティアを噛みちぎろうとしたその時!
「炎槍」
上から炎が猛烈な勢いでジャイアントソイラアントの首に直撃し、ズドンと衝撃音がダンジョン内に響き渡る。ティアは意識が朦朧とする中で蟻の頭が転がり落ちていることに気づく。
(……ティアは……助かったの?)
そして、ダンジョン上部から降りてきて、ティアの目の前に歩いてくる見慣れた姿を目にしたティアは涙が止まらなくなる。
「あ……あぁ……お……お兄ちゃん!」
「ティア、迎えに来たよ。一緒にお家に帰ろう」
炎のはずなのにあまりに鋭過ぎたのか、物理的に魔物の首に大きな穴を開けて貫通してしまった。その後遅れて体が燃え始め、大きな炎となってダンジョン内が明るくなる。
その明かりが逆光となり、ノアの姿が暗く影になってしまったが、ティアにはその時の手を差し伸べるノアの姿が神様のように明るく輝いて見えた。
(そうだ……私は絶対にノアお兄ちゃんには勝てない……いや、そうじゃない。
ノアお兄ちゃんの側に……いつかお兄ちゃんに頼ってもらえる様な存在になりたい)
ティアの手を掴んだが、折れた足を見て、ノアは少し考えてティアを再び寝かせる。
「まずは回復だね」
そう言って、ティアに向かって手をかざし、魔土術を唱える。
「ハイソイラ!」
回復上級魔土術のハイソイラだ。どうしてノアがそんなことできるのか、今のティアには疑問にすら感じなかった。ノアならなんでもできる。そう思えてしまう存在だから。
優しい光と共に、ティアの傷や骨折がみるみるうちに回復していく。
そして、ノアは腰に巻いてつけていた布袋から、何かを取り出してティアに差し出す。
「はいこれ。お水とお母さんが作ってくれたティアが好きなクッキー」
それを見たティアはお礼を言わずにごくごく水を飲み、パクパクあっと言う間にクッキーを食べ尽くす。
「……今までで、一番美味しいお水とクッキー」
「あはは。そうだろうね。お母さんも喜ぶよ」
(そうだ。お兄ちゃんはティアにいつも笑顔でいてくれる。どんな時も笑ってくれる……それなのにティアは……)
ティアの中で何かが変わった瞬間だった。
「じゃあ、そろそろ行こうか。ティア立てそう?」
「うん!」
ジャイアントソイラアントの頭のツノと殻が分厚い額部分を切りとって袋に詰めるノア。どこからこんなでかい袋を取り出したんだろうか。
「お兄ちゃん、何してるの?」
「ん? 研究素材の回収」
ノアは笑顔でそう言った。




