第5話 無詠唱の魔土術
「ノア、ティア〜! F級ダンジョンに行くわよ」
「「は〜い!」」
リリカが二人を呼んで行こうとしているF級のダンジョンとは一般の人族が自由に入って良いと王国が定めている安全なダンジョンである。
F級ダンジョンは生活に必要なものが貨幣を支払うことなく採取できる場であり、ブロッカの庶民にとってはまさに大地の恵なのだ。
早速3人は近くのF級ダンジョンへ向かった。中に入ると多くの平民が手探りでモグっている。野菜が採れて喜ぶ者や衣類の原料となる植物の葉などを求めてせっせとモグる者たち。更には主婦たちの世間話が始まったり……
ダンジョンは人族の日常に欠かせない存在であり、そういった意味でもそのダンジョンを生み出すガイアは「母なる大地」なのだろう。
ちなみに、F級ダンジョンは資格を持ったモグラーが探掘してはならないと王国が定めている。あくまで、庶民のための場なのだ。
「さて、どの辺りがいいかしら。ノア、薬草が欲しいからちょっと調べてもらっていい?」
「オッケー。任せて!」
そういってノアが地面に手を触れる。
「サーチライト!」
地面の比較的浅いソイラの層で薬草がどのあたりにあるかを探る。
「あった! 母さん、あの辺りにあるよ! 素モグりしてくるね」
「はいはい。ありがとうね。ほんとあの子、どうやってあんな魔土術を体得したのかしら……」
ティアが不満そうな顔でノアの方を見ている。
「お兄ちゃんばっかり……」
「ティア、私たちはあっちで粘質のローソイラを集めましょう。そろそろ食器を新しくしたいわ。あとでティアのファイアで作ってくれる?」
ティアの表情がパァッと明るくなる。
「うん! 任せて!」
せっせと必要なものを採取して3人笑顔で帰宅した。
* * *
次の日、リリカはノアとティアに魔土術を教えることにしてブロッカ地域の広場に向かった。
「魔土術とは誰でもいろんな術を使えるというわけではないの。人それぞれが持つ属性というものがあってね。使える属性に制限があるの。例えば、お母さんは火と水と風を使えるわ。それはお母さんが持っているマナによって決められる」
静かに頷いてリリカの話を聞く二人。
「あなたたちも15歳になった時、王都リトルガイアの大聖堂で大地神から神託<オラクルム>を受けることができるわ。その時に自分の属性を知ることができるのよ」
「ティアもお母さんと同じがいい!」
ティアを撫でながらリリカは笑顔で頷く。
「ティアにもきっとお母さんと同じ、もしくはそれ以上の才能があるわ!」
ノアが珍しく自身の手のひらを見つめて何か思い詰めているような表情をしている。
ノアはロイとリリカの実の子ではないと知っている。それは幼少期にすでに2人から聞かされていたからだ。ただ、その時ノアは全てを受け入れて笑顔でありがとうと言った。あの表情をリリカは忘れることができなかった。
「ノア……どうしたの?」
「あ、いやなんでもないよ。僕はどんな属性なんだろうって思って……」
「あなたはきっと私たちの想像を超えるものを神から与えられると思うわ」
笑顔でリリカがそう答える。
「母さんたちの想像を超えるもの?」
「うん。あの時天から降りてきたノアをみてなんとなくだけどそう思ったわ。そして私とロイは決めたのよ。グランサンクチュアの神から授かったノアを私たちの子供として立派に育て上げるって。だからノアはきっと私たちの小さな想像なんか超えてもっとすごいことを成し遂げるってね。勿論、ティアと一緒にね!」
「え? ティアと一緒に? ティアとずっと一緒なのはしんどいなぁ」
「ちょっと、お兄ちゃんそれどういう意味よ!」
「あははは、冗談だよ、冗談」
「さぁ、魔土術の練習よ。二人ともあの的に向かって撃ってみて」
「「はい!」」
ガイアに触れることでその魔素の力を利用して魔土術を解き放つ。それはどの属性でも同じ原理だ。
「まずはティアからね」
ティアは詠唱して両手をまとに向かって突き出す。
「ファイア!」
ボワっとそれなりの炎が的に命中する。
「すごいわ! ティアもうそんなに火属性を扱えるなんて」
嬉しそうにするティア。そしてリリカがノアに水属性で的をめがけて打つように指示する。
「水槍!」
ノアの手のひらからものすごい勢いで細くて長く、そして鋭い水柱が的に向かって飛び出す。あまりの鋭さに大きな的の真ん中を貫いてしまった。 的の中央部以外はまだティアの炎が残っている。手のひらサイズの大きさだが威力とスピードが桁違いだった。
「……へ?」
「ティアの火が……」
「ん? あ、ごめん。ちゃんと消したほうがいいよね……ウォーター」
適度な量の水が的にかかって鎮火する。
「ちょっ、ちょっと待ってノア! 今の何? スイソウってなんなの? しかもまた無詠唱ってどういうこと⁈」
「あ、やっぱり術名が変だったかな? もうちょっと考え直すよ」
「いや、そこじゃない! あの威力!」
「え? 水属性と風属性を掛け合わせて撃ったんだ」
ティアが泣きそうな顔で言う。
「お兄ちゃん、全部強すぎ!」
その日の夜、リリカはガイア調査から帰ってきたロイに昼間の出来事を話した。
ロイのリアクションは大きくない。むしろそうだろうなくらいのものだった。
「正直言って、ティアの状況ですら普通の9歳の子供と比べられないほどに優秀なの。今日だって30m先の的にファイアを当てたのよ」
「すごいじゃないか! 俺が子供だった頃よりもすごいぞ……そんなティアがノアと比較してしまうから自信を無くしているわけか」
ため息をついて頷くリリカ。そして解決策が無いとばかりにロイがここ一ヶ月のノアの規格外武勇伝をリリカに聞かせる。
「実は最近はE級ダンジョンを無双し過ぎて冒険者ギルドとモグラーギルドからクレームがきたんだ。『なんでA級の冒険者がE級ダンジョンで戦っているんだ』ってね」
「はぁ? それってロイが助けたわけではなくて? あのノアが一人でモンスターを?」
静かに頷くロイ。
「いや、モンスターを蹴散らすだけならまだいいんだけど……モグってみたらどんどんアイテム見つけちゃってさ。今度はモグラーたちから『なんでA級モグラーがE級にきてモグってるんだ』って……トッドさんなんかは笑ってモグラーの申し子とかモグラー革命とか言ってるくらいさ」
「試しにこの前トッドさんに相談してD級ダンジョンも初めて入ってみたんだけどさ、やっぱり無双しちまったんだ。あはっ、あははは……はぁ〜やばいなぁ」
ノア本人は至って礼儀正しくルールを守っていたものの、周りとのレベルの違いが問題となってしまったようだ。仕方がない。E級を出歩く冒険者やモグラーは生活に余裕があるわけではない。皆生きるために必死なのだ。そこで全ての宝をごっそりと持っていかれては困るということだろう。
「王都に目をつけられたら面倒だわ……」
「せめて魔土術学院に入るまでは平穏でいさせてやりたかったんだけどなぁ……」
「で、どうするの?」
リリカが丸投げでロイに重い問題をぶん投げる。
「いや、もうお達しがきてるんだよ。ギルドから。特別に試験受けて資格を取れって」
「冒険者ギルド?」
「いや、両方。モグラーも」
「「……はぁ」」
「「どうしよう……」」
この時、ロイとリリカは気づいていなかった。ティアが部屋の外で二人の話を聞いていたことを。




