第2話 母なる大地<ガイア>
「ねぇ、父さん! 今日もダンジョン探掘に行っていい?」
「今日も行くのか? ノアは本当にモグるの好きだよな〜。ちょっと待ってろよ、今日のE級ダンジョンは……えっと……どのモグラーがいるかなっと」
ロイが壁のメモを見て何かを確認している。
「おっ、トッドさんのパーティーが参加するみたいだな。じゃぁ、昼ご飯食べたら一緒に行くか!」
「やったぁ! 楽しみだなぁ……今日は何が掘れるかなぁ……」
ノアが大喜びで家中を駆け回る。そしてロイがノアを片手で抱えて笑顔で話す。
「よし、じゃあ、午前中は魔土学の勉強するか!」
「もちろんする! 魔土<ソイラ>のこと、もっと知りたい!」
嬉しそうなノアの様子を見て妹のティアも興味を示す。
「ティアも行きたい! モグラーのお仕事見たいなぁ」
「ティアはダメよ。危ないし、小さな女の子が行くような所じゃないわ。お母さんと一緒に魔土術の訓練をしましょうね」
母親のリリカがティアをなだめる。不満そうなティアだったが、訓練後に市場に買い物に行くと知り、機嫌が良くなる。
冒険者パーティ【黄金の大地】のメンバーであるロイとリリカは結婚して娘のティアを産んだ。そして10年前に起こった神秘の樹海アルカマーナの戦いで天から授かったノアをロイとリリカは我が子のように大切に育てていた。
人族が平和に暮らせる唯一の場所、「ヒューマニア王国」は母なる大地<ガイア>に建国された人族国家である。ガイア中央に位置する聖域<グランサンクチュア>から遥か遠く西へ向かったその先にヒューマニア王国は存在する。
ロイとリリカはこのヒューマニア王国の庶民が住む地域<ブロッカ>に居を構えていた。ブロッカは6つのエリアに別れており、ロイたちが住む第一ブロッカは一般的な庶民が住む場所として知られている。
伝説となった冒険者パーティー「黄金の大地」のメンバーであるロイたちの功績を考えるなら、もはや国家の英雄レベルであり、王都リトルガイアに豪華な城を建てることなど容易いことだった。
そして国王ルドルフ14世もロイたちが王都に住むことを望んでいた。しかし、ロイは堅苦しい爵位や貴族生活を拒否し、冒険家を引退後は、もともと理想として掲げていたガイアの研究者としての人生を歩んでいた。また、妻のリリカもそんなロイの研究をサポートしたり、自身が興味を持つ魔土術学を研究していた。
そう、二人は冒険者であり研究者でもあった。
* * *
「その昔、大地に膨大な魔素の雨が降り注がれた。それは1000年以上の時を経てようやく鎮まったとの伝承から『永遠の魔素雨<エターナル・マナレイン>』と呼ばれているんだぞ」
ノアが目を輝かせてロイの話を聞いている。
「エターナル・マナレインを浴び続けた人族や他の生物のほとんどが命を失ってしまうんだ。普段の生活で無くてはならない存在の魔素も、ずっと身体に浴び続けると危険だってことだな。そんな強力な魔素を吸収し、一部で進化を遂げて生き残る生命が現れたんだ」
「すごいね! 人も? 人も生き残れたの?」
「もちろんさ! 人、獣や植物もまた同様に進化を遂げて絶滅の危機を乗り越えたんだ!」
「うんうん! それでどうなったの!」
「ちょっと難しい話になるんだけど、エターナル・マナレインによって大気のマソ濃度がどんどん高くなって、飽和状態から一定の環境下で凝固して魔素の土「魔土」がつくられたんだ。魔土の別の名前がなんだかわかるかい? ノア」
「ソイラだね!」
「正解だ! そう、魔土がどんどん広がって一つの大きな大地となった。
そのマナの大地のことをなんと言うか知ってるかい?」
「ガイア!」
「そうだ! 難しいのによくわかってるじゃないか。偉いぞ!
そしてこのヒューマニア王国の生活を支えているのはガイアであり、まさに人族にとってガイアは母なる大地なんだ」
「ワクワクするね! ガイアのこともっと知りたいなぁ」
「ノア、父さんのどが渇いたからお水を持って来てくれないか?」
「うん! ちょっと待ってね」
ノアはキッチンに向かい、蛇口上部の青いパネルに手をかざす。フワッと淡い光が手のひらから壁に伝わり、蛇口から水が出てくる。コップに入れてロイのもとへ運ぶ。
「ハイ! お水だよ」
「ありがとうな。ノアのマナコントロールも大したものだなぁ。まだ10歳なのに……」
ゴクゴクと水を飲みながらロイは息子の秘めた才能にワクワクしていた。ちょっと優秀すぎると思う節もあって、色々な意味で気になっていた。
(そしてノアは何より好奇心が旺盛で賢い。これは将来きっと……)
考えるうちに嬉しくてにやけてくる。
「父さん、なんでそんな変な顔してるの? 」
「え! あ、いや、なんでもないんだ。午後にダインジョンに潜ってソイラやアイテムを探掘してみようぜ!」
「うん! 今日こそは僕の手で神秘の魔土<ミステラ>を発見するんだ!」
ここ、ヒューマニア王国には3つの特殊職業が存在する。魔土に含まれる魔素を活用して魔術を唱える「魔土術士<ソレイジ>」、同じく魔土の魔素を活用し、武器や防具に特殊効果をエンチャントして戦う「魔土戦士<ソレイヤー>」、そしてガイアの地下洞窟「ダンジョン」で探掘、発掘、さらにはガイアに関する調査を行う「探掘調査士<モグラー>」という職業である。
「ソレイジ」、「ソレイヤー」、「モグラー」は王国の首都リトルガイアにある魔土術学院に入学し、3年間学び終えたものだけがなれる職業である。ちなみに入学の年齢制限はなく、若いものから年老いたものまで自由にチャンスが与えられている。
人々はこの3つの特殊職業のおかげで平和で快適な生活が成り立っていることを知っており、まさに王国中の子供達にとって憧れの存在であった。
そして王国にはこれら魔土術士、魔土戦士を管理する【冒険者ギルド】、商業を管理し国の発展を促す【商業ギルド】、モグラーとダンジョンを管理する【モグラーギルド】といった3つのギルドが存在する。
ダンジョンへ潜るにはルールとして冒険者ギルドかモグラーギルドのギルドカードが必要となる。もしくは冒険者パーティに同伴する形であれば一つの冒険者パーティで2名まで同伴可能となっている。
ロイは冒険者とモグラーの資格があり、ギルドカードを持っている。しかし、ノアは当然資格を持たないので、ロイとロイの知り合いの冒険者パーティに同伴させてもらい、E級ダンジョンに潜って知識と経験を積むことを日課にしていた。
「トッドさん! 今日もよろしくお願いします」
「やあ! ロイ! もちろんさ。 ロイがいてくれると俺たちも安心だしな」
「トッドおじさん。僕もいるよ! 今日こそミステラを発見してみせるからね!」
ひょこっとロイの後ろから出てくるノア。そしてノアを見て笑顔で答えるトッド。
「よーし! それじゃあ、ダンジョン探掘、始めようか!」




