第1話 プロローグ
「敵襲だ! 魔族が侵入してきたぞ!」
「何だと! あの獣族国家ビースタニアを突破してきたというのか?」
妖精国家ボッタニカの国内が大きく揺れていた。
妖精族とエルフ族が緊迫した表情で頭をかかえる。聖地グランサンクチュアへの侵入だけでなく、更にその上層まで魔族が押し寄せてくるとは……
「侵入させてはならぬ! この神秘の樹海<アルカマーナ>は我ら妖精族の誇りにかけて守りきるのじゃ!」
ボッタニカの国王が号令を掛け、精鋭妖精騎士を含めた大軍が凶悪な魔族の侵攻に立ち向かう。
「妖精族を皆殺しにしろ! 魔土の祝福を我ら魔族のものとするのだ!」
「「「オォォ!!!!!」」」
「させるか! 邪悪な心を持つ魔族にこの聖域を明け渡してはならぬぞ! 妖精騎士団! 全ての力をかけて敵を殲滅せよ!」
「「「アルカマーナを死守するぞ!!!!!」」」
両軍の激戦は長期にわたって繰り広げられた。徐々に魔族が攻勢となり、いよいよボッタニカ王国へ魔族が侵攻しようとしていた。
「我々魔族の勝利が近い! 魔王軍よ。このまま進め! 我ら魔族こそが神の祝福を得るにふさわしい真の種族となるのだ!」
とうとう王国内へ侵攻し始めた魔王軍。そして勢いを止められない妖精騎士団。
「なんてことだ……王国が……」
「おぉ、我らがグランサンクチュアの神よ。どうかこの聖地をお護りください……」
妖精族が絶望と恐怖で押しつぶされそうになっていたその時、人族の冒険者パーティが目の前で王都に攻め込もうとする魔族軍を剣一振りで一掃する。
「我ら【黄金の大地】が妖精族に加勢する! 皆の者! 再び武器を持て! 今一度その残った力を絞り出して戦おう! この聖域アルカマーナを、そしてこのボッタニカ王国を共に守ろうぞ!」
突然現れた人族の……その男の頼もしい勇気ある言葉に士気が上がり、妖精軍が再び息を吹き替えす。
そして妖精騎士団は徐々に劣勢を押し返す。
「ロイ! お前は戦いっぱなしだろ! そろそろ休んどけ。身体がもたないぞ」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ! リリカ、急いで前方の援護だ。かなり押されてる。ルーカスが危ねぇ。ジェイドとアリスは劣勢の西側をフォローしてやってくれ!」
「グゲゲゲッ!! 死ねぇ!」
「ッ!!」
前方で戦う妖精騎士団団長、エルフ族王子のルーカスが魔王軍ボスから大きな一撃を喰らい、その場に倒れる。
(……もはやここまでか)
そのまま魔王軍がトドメの一撃をさそうとしたその時、ロイが咄嗟にルーカスを庇って左手で突き飛ばす!
ザシュッ!!!
「ぐあっ!」
引き換えに、ロイは左腕を切られてしまう。
「「「ローイ!!!」」」
しかし、ロイはその大振りとなった魔王軍ボスの2撃目がくる前に首を切り落としてなんとか凌ぐ。
「ロイ! なんということだ……すまない! 私のせいで…… あぁ……」
「気にすんなよ。腕一本くらい。友の命と比べたら安いもんだろ!」
「母なる大地の神、ガイアよ。今我らの力となり、その者の心と身体を癒したまえ……ハイソイラ!」
アリスが上級回復魔土術を試みるが、斬撃の傷口に強烈な邪気がまとわり付いて回復の邪魔をしている。ロイの切られた腕が治らない。
「くそ! まだまだわいて出て来るぞ! しつこい奴らだぜ」
ジェイドとリリカが焦りながらも襲いかかる魔族を迎撃する。
「何度やってもダメだわ! 私の聖属性ではこの邪気を払えない……一体どうすれば……」
「妖精騎士団! 誰か聖属性の魔土術を使えるものはいないか⁈ もしくはエリクサーを持っているものはここへ今すぐ来てくれ!」
ルーカスの声に誰も反応できない。この長い戦いの中で回復薬は既に使いきり、不運なことに高等魔土術士も既に戦死していた。
「クソ! なんでお前が! 」
「ロイ! 止血するわ、ちょっと起き上がれる?」
ジェイドとリリカもロイの側へ。
「イテテ……邪気ってほんと鬱陶しいよな。まぁ、右腕あるし戦えるから大丈夫だ!」
服で縛って止血して、再び剣を握って頭上に掲げで鼓舞する。
「魔王軍のボスは倒したぞ! 妖精騎士団よ! あと少しだ! あと少し耐えればこの戦いに勝てるぞ。残りの力を全て出し切って勝利をもぎ取るぞ!」
「「「オォォ!!!!!」」」
兵士たちの気迫が最高潮に達し、指揮官を失い勢いが弱まった魔族を一気に蹴散らす。
「へへっ。やったな……ルーカス」
「お主というやつは本当に……なんと礼を言えばいいのか……」
「気にすんな! 俺たちは友達だろ!」
ロイはその場でゴロンと倒れ込んで空を見上げる。邪気で覆われた灰色の霧が徐々に晴れて光が差し込む。
魔族が撤退し、勝利を知らせる雄叫びと共に喜びあう妖精族の騎士たち。そしてロイは空から差し込む光の先をずっと眺めていた。
ふと何かを見つける。
「ん? 何かが、落ちてくる……」
ロイはその何かをずっと見つめていた。淡くて柔らかな光に包まれてゆっくりと降りてくる……重力に関係なくゆっくりと。
ロイの表情に気づいたルーカスとリリカも思わず上を見上げる。白い卵のような形のそれはゆっくりと降りてくる。だが、なぜか誰も動けずにただその様子を見ているだけだった。
ロイは胸元にまで降りてきたそれをゆっくり起き上がりながら胸と右手で抱きかかえる。すると徐々に重みを感じ、光が消えていく。それと同時に元気な産声が鳴り響く。
「オギャー、オギャー」
「あ、赤子?」
「空から赤子が降ってきた……」
ロイの顔を見て、赤子が泣き止み、キャッキャと笑出だす。
「俺を見て笑った……」
「このグランサンクチュアの地で天から赤子が降りてくるなんて……まさに奇跡だ」
ルーカスが空を見上げて呟く。
「ねぇ。この子既に名前があるみたいよ。ここに。ほら」
銀のプレートには文字が刻まれていた。
【ノア・ルメス・アジール】
「ノア・ルメス・アジール? これ、名前か? 長げえな」
ジェイドがそう言って赤子の小さな手を触る。嬉しそうにジェイドの大きな指を両手で触る赤子を見て、その場にいた全員がなんとも愛おしい気持ちになり心が癒されていく。
「ノア……か。いい名前だ!」
ロイが右手で抱いたまま、ある決断をする。
「俺、この子の親になるわ」
「「「えぇ? 」」」
白い柔らかな毛布に包まれた赤子がロイの顔を見て笑っていた。
その日から10年の月日が流れた……




