豪華客船からの生還
(もう無理……。早く早く早く……)
尻の下には地雷。立ち上がったら死ぬ。でも、このまま待っていても、いずれ限界が来る。そんな思いに駆られながら、龍屋は名探偵の暗号解読を待っていた。
「龍屋さん! 爆破解除キー、見つかりましたよ!」
待ちわびた鳩山の声に、思わず龍屋は腰が浮かせそうになる。危なかった。
「お、お願い! 早く解除して!」
「わかってます。山口警視」
ニンジンスティックを咥えた山口がしゃがみ込む。山口は、龍屋が腰を下ろす椅子、座面の裏に発信機のような物を近づけている。
『ピピピピピ』
小さく響く電子音。龍屋からは見えないが、恐らく爆弾と解除キーで何らかの通信が行われたのだろう。
「爆弾のランプが消えました。恐らくこれで無力化できたでしょう。しかし、念のためあと三十分ほどお待ちください。爆弾処理班に確認させます」
(いや、そんなの待てない!)
龍屋は山口の言葉を無視して席を立った。
「ちょ、ちょっと! ば、爆発……!?」
「……は、大丈夫みたいだけど、龍屋さん……」
いきなり立ち上がった龍屋に驚いて、鳩山と山口が顔を両腕で覆っている。当然だろう。龍屋には地雷の無力化が『シナリオ的に』わかっているが、彼らはそうじゃない。
(悪いけど、構ってる余裕ない……!)
山口の抗議が耳を通り過ぎる。どちらかと言えばもう罵声だった。それでも、龍屋は走り続ける。ラウンジを飛び出し、上下へ続く階段を睨みつける。
(上と下……どっちが当たりだ? )
下の方が、重力がある分早い。そう判断して飛び降りる。ハイヒールが邪魔だ、脱ぎ捨て、裸足になった。まだ、まだ目的地は見えない。
たしかに、地雷は鳩山が暗号を解いてくれたお陰で無力化された。化粧道具とスマートフォンくらいしか龍屋の手元にはなかったおかげで、ヒントを伝えるのには苦労した。英語で略称を呟きながら実況したら、ゲーム内でも炎上するもんだと驚きもした。それでも。
(龍屋の評判が地に堕ちようが、SNSでどれだけ炎上しようが、私には関係ない! 龍屋は……ゲーム内のキャラなんだから!)
我ながら、身勝手な話だと思う。
山口警視にも失礼な態度を取っただろう。自覚はある。でも、それでも……
(トイレにいきたいから、しかたない!!)
恥を捨ててまで生き残るのは美しいだろうが、できなかった。
龍屋はトイレの通路へ転がるように、駆け込む。あと少し、あと少しだった。
だが、このゲームに私を召喚した『何か』は、嘲笑うかのように告げる。
『その先は、侵入禁止エリアです』
見えない壁に阻まれ、崩れ落ちる龍屋。待ち受けるのは、社会的な死の恐怖。
(ふっざけんなあああああ!)
龍屋は、切り札を切った。
「リロード!!!!!!」
景色がぐにゃりと歪み、時が遡る。場所は階段の前。
龍屋は、忸怩たる想いが胸に溜まっていくのを感じながら、上層へ走る。
(貴重なセーブ&リロードをこんなところで使うハメになるなんて……)
地雷からの爆死からは逃れた。
だが、トイレに間に合わないなんて社会的死を免れるには、これしかなかった。
「絶対に許さないからな……私を召喚した『何か』め!」
なんとか、尻の下の地雷を回避して、社会的死からも逃げきった。
雪山のコテージのクリア特典『セーブ&リロード』を犠牲にして。
こうして、豪華客船『メリクリウス』での爆破騒動は、幕を閉じた。