意地の悪い『何か』
(どうしてこう、私をゲームへ召喚した『何か』は意地が悪いんだ)
地雷に座って、一歩も動けないまま事件のヒントを出すことを強いられた『豪華客船『メリクリウス』爆破騒動。命の危機と社会的死の両方を何とか回避することに成功はした。しかし、次のシナリオでも例によって『被害者役』だった。
(うん。このゲームのシナリオは全部、知ってる。知ってるよ? でもさ、)
このシナリオは探偵役の鳩山が不在で、服部がその代役を果たす。主人公以外のキャラクターを活躍させるための舞台な訳だが、『被害者役』の私にとってはまったく嬉しくない。
(途中から来るはずの山口警視にも、せいぜいヒント出さないとな)
私は事件のあらましを思い返す。
舞台は高級ホテル屋上で行われる小学校の同窓会。服部が懐かしい顔と旧交を温める中、二人の男子が殺される。犯行は『毒』を用いて行われた物だった。
毎度の話で感覚が麻痺してくるが、私には命の危険がある。このままだと、私はその『毒』を口にして死ぬ。付け加えれば、その時に残された痕跡こそが、事件の犯人を特定する『証拠』となる。つまり……
(私が死なないと『証拠』がなくなるとか……どういうことだよ)
まったくもってふざけた話だ。今回の私のミッションは名探偵不在の中で何とか事件を誘導し、『毒殺されない』ように『証拠』をつくること。もちろん、『犯人を知っていると確信されたら即死亡』を始めとした縛りがある中で。
とはいえ、悲観することばかりではない。いや、冷静に考えれば憂う事態ではある。『一長一短』そんな言葉で言い表すのは、やや辛い。どういうことかと言えば、今回の私が縛りに引っかかることはまずないだろう。なにせ……
(動きにくいし、誰とも『話せない』からなあ……)
私はぼんやりと頭上に視線を向けた。
「げんちゃーん。今日もかわいいでちゅねえ」
途端に、『げんちゃん』と呼ばれる私は、頭を撫でられる。私の身体についた手足はとても小さい。抱きかかえられていると言えば、どのくらいの大きさか伝わるだろうか。
(相変わらず、理不尽過ぎるでしょうよ)
上手くできないため息の代わりに、私は小さい手足を動かして身をよじる。
(クリア特典の『テレパス』は便利そうだけど……)
『テレパス』それは、一度だけ、念で言葉を送れる能力。
シナリオクリアのために、『ここぞ』のタイミングで使うことになるだろう。
(美少女高校生にして、剣道国体級の『服部 瞳』。私の運命を……頼むぞ!)
こうして、探偵不在のシナリオは始まった。
◇◆◇
ただの制服がドレスに見えるほど落ち着いた色味のカーペット。ドラマの中で『イケおじ役』が座るようなロビーチェア。
(本当に、こんなに立派なところで良かったのかなあ?)
私のようなただの女子高校生には豪勢すぎる県内有数の高級ホテル。そこには、いくつもの懐かしい顔があった。その内の一人が話しかけてくる。髪型こそ昔とは違う。でも、顔を見ればわかった。
『朝比奈 玲』小学校の頃、剣道クラブでも一緒だった友達だ。
「ひとみんー、久しぶり!」
「ひなちゃん! 久しぶりだね! 小学校以来だから……五年振り?」
「あれ? 『くっつき虫』くんは?」
『くっつき虫』幼馴染の鳩山が、ひなちゃんからどう見えていたのか。それを今さら知って、私は苦笑する。
(じんくんと同窓会に来ていたら、何て言われてたんだろう?)
ことの始まりは、『同窓会をしたいんだけど』そんな旧友からの連絡。会場探しに悩む幹事の様子に、私は龍屋さんを頼った。
『龍屋 葵』バリバリのキャリアウーマンに見える彼女との縁は、三か月ほど前に巻き込まれた事件。豪華客船で起きた爆破騒動で始まった。
龍屋さんはその事件で命を狙われ、『くっつき虫』こと鳩山の推理によって、救われた。鳩山の推理力と、解決に繋がった私の知識は、『投資家』――つまり、値踏みを生業とする『龍屋 葵』の目に適ったようだった。
『何かあれば連絡なさい』とくれた名刺に、早速一報を入れると、電話の向こう側で龍屋さんはこう言った。
「どこでもフリーパスにしてあげるわ。命の恩人で『ユニコーン株』のあなたになら、いくらでもね」
そうして、紹介されたのがここ。屋上を貸し切り、さらに1階下をワンフロアフリーパス。しかも、格安。『学生割引』にはよくお世話になっているけれど、こんな割引を受けたことは、さすがになかった。
「じんくんは、今日来れないって」
「へっ? めずらしいねー。ひとみんと別行動なんて」
小学校時代の懐かしい顔を見て、『鳩山 市白』を思い出した。
『鳩山 市白』は、『鳩山 二』の姉だった人。過去形なのは、彼女がもうこの世にいないからだ。私と じんくんが中学校を卒業する直前、いちきよ姉ちゃんは亡くなった。
(まだ、犯人は捕まってないもんね)
鳩山が祖母から探偵術を習ったのは、姉が命を落とした一件、その真相を知ることがきっかけだった。
「うん。もうすぐ、お姉さんの命日だから」
「あ、そっか……」
まずいこと言っちゃったな、と旧友の顔が曇る。
結局、真相はまだ闇の中。もちろん、忘れてはいないけれど、引きずっているばかりのじんくんと私でもない。それに、私が同窓会へ来たのは、筆不精の『鳩山 二』が健在なのを伝えるためでもある。
「ほら、久しぶりなのにそんな顔しないで! 楽しもうよ、ひなちゃん!」
「うん、そうだよね!」
私は荷物置きの貸し切りフロアから、ひなちゃんと屋上への階段を登った。
(『いちきよ姉ちゃん』また会えたらいいのに)
◇◆◇
「こんな屋上貸し切りなんて、贅沢だね!」
抜けるような八月の青空の真下。開放的な屋上だったが、決して日差しで焼けることもない。目につくのは、ぐるりと囲む新緑の壁、そしてせせらぐ流水。解放的でいて涼し気。日光と片影が調和した見事な空間。
両親から聞かされた、『結婚式の会場にも使われる』との評判はさすがだった。
「ね。こんなところでバーベキューだなんて……腕じゃなくて、お腹鳴っちゃう」
「あはは。相変わらず食べるの好きだねえ、ひなは」
優しく日陰を作るタープの下では、何人かの元同級生が楽し気に談笑している。目に入ったのは女子高生には似つかわしくない『ある物』だった。
「まほ?」
「あー、ひとみん。ひさしぶりー!」
ひと際大人びていた同級生は、どこか落ち着いた雰囲気で振り返った。
(あ、なんだろう。この感じ)
私は彼女の傍らにあるベビーカーと、その中で泳ぐように手足を動かす小さな幼子へ、目を向ける。
「これって、もしかしてまほの?」
「へへへ。そう『源規』っていうんだー」
小学校の頃は、男子からも人気で女子の仲でもリーダー格だった『まほ』。彼女は、私の高校での同級生とも違う、何かを醸し出していた。一つか二つ、数にすれば小さく、実際にはとても大きな差。『人生の壁』それをいくつ乗り越えれば、彼女のようになれるだろうか。
(まほ……すごく大人っぽい)
その時、男子の方からどよめきが聞こえた。
「お前、またそいつ連れてきたのかよー!」
「こいつがいないと盛り上がらないだろう? あ、待てよ!」
白い猫がひらりと身を翻す。何度先生に怒られても、めげずに餌をやり続けて飼育係『まさる』くん。彼が拾ってきた学校非公認の飼い猫。確か、名前は……
「あれ? 『ひろし』じゃん。来たのかよ、あいつ」
「あいつも幹事の一人みたいだぜ」
ずっと不登校だった痩せぎすのひろしくんは、かつての面影もない程、身体に丸みを帯びていた。『元気にしてたのか?』そんな風に囲まれているのが、耳に入る。
(なんか、みんな随分変わったんだなあ)
皆、めいめいにわかれて楽しんでいる。
肉焼きに全身全霊をかける彼は、眼鏡からコンタクトになっていた。昔話に花を咲かせ記念撮影をする女子は、きらきらと目尻にラメを貼り付けている。そんな女子へアピールをし始める男子は……あ、水路に落ちた。
「チョコパン作るから、女子は手伝ってー!」
幹事が声をあげている。
「ひな、久しぶりに一緒にお菓子作ろうか」
「いいねー! じゃあ、行こっか」
私はひなを誘って、屋上隅にある調理スペースへと向かう。
「あ、じゃあ、俺も」
ひろしくんだった。きっと、彼も昔と違って甘い物には一家言持つようになったのだろう。いや、決めつけるのは良くない。作りながら聞いてみよう。
そんなことを思いながら、同窓会は過ぎて行った。
◇◆◇
「うーん、チョコパンもハーブティーもおいしい!」
焼きたてのパンとチョコレートの甘い香り。ピザ焼き窯まで備え付けられているのは驚きだったが、ワイルドなバーベキューとはまた違うラグジュアリーさの演出にはぴったりだと思う。
「最近、ハーブに凝っててさ。けっこうリラックスできるでしょ? いてて……」
「大丈夫?」
子供を連れた『まほ』にも変化を感じたけれど、この『ひろし』くんにも私は明らかな変化を覚えていた。記憶の中にある彼は地味で大人しく、痩せていて学校で顔を見た記憶はほとんどなかった。でも、今の彼はひなとも楽しそうに会話をして、何かわくわくを抑えられないという様子だった。
「うん。撫でようと思ったら引っかかれちゃったよ。あんまり学校で顔を合わせてなかったからかなあ?」
「人懐っこいんだけどなあ。おい、こいつめ! どうしたどうした」
飼育係のまさるくんがぐしぐしと白猫の頭を撫でる。
白猫は嫌そうに頭を振って「にゃー」と鳴き、さっと身を翻していった。
「あ、待てよ!」
そのとき、ひと際大きな泣き声がした。
「どうしたの、源規。泣かないで。おー、よしよし」
『まほ』が我が子をあやしている。その姿を不思議そうな顔で見つめる白猫。
何が起こったのかとその様子を見ていると、前振れもなく白猫が振り返った。
(え? いま、何を?)
がしゃん、と何かが割れる音がした。私は慌てて振り返る。
「きゃあああああ!」
「な、なんだ?」
「どうした? しっかりしろ! 佐々木? 倉田!!」
耳に入ったのは悲鳴だった。そして、目に入ったのは。
二人の男子が、泡を吹いて倒れている光景だった。




