記憶の彼方
「いやー、冬休みといえばスキーだよな」
ワンボックスカーの後部席で『鳩山 二』が笑っている。彼の横には、見慣れた美少女高校生、いや今は中学生の『服部 瞳』が返事をしている。
「そうね。でも、片桐先生にも感謝しなくっちゃ」
これまでにない、不思議な感覚だった。それは、目に映る二人の姿が記憶より幼いせいもあるだろう。しかし、理由はそれだけじゃない。
(なぜだろう。このシナリオにまったく覚えはないのに……)
どうしてここに来たのか、いま、誰と一緒にいるのか。それが不思議とわかっていた。まるで履歴書に描かれた『鳩山市白』を辿るように、彼女の断片的な記憶が散らばっている。
「そうだぞ、鳩山弟。スキーを教えてくれなんて、どういう風の吹き回しだか」
『先生』とは、運転席にいる学年主任の『片桐先生』。そして、助手席にいて煙草をふかしているのは、見覚えのある柔和な男……
「おい、なんで俺が中学生のお守しなくちゃならねえんだよ。片桐」
山口警視、いや、まだ警部補か。今年警察官になったばかりの新人のはずだ。
「お前も公務員だろ? 似たようなもんだ。手伝え」
「ぐぬぬぬ……」
(制限の解除……そして、探偵と被害者役か)
頭の中でこれまで体験してきた『ゲーム』のシナリオと、『鳩山市白』の断片が混在している。体感では最新の出来事なのに、時系列では一番古いからややこしい。
(とりあえず、確実なことから整理しよう)
いまの私は『鳩山市白』シナリオ開始時点では故人だったはずの人物。
山口警視を始めとした面々の容姿が若いことと、『鳩山市白』が生きているので、時系列は『ゲーム』開始時より前だろう。
(私が知っているのは、『ゲーム』開始後のシナリオだけ)
『これから何が起こるか』はわからないが、『ここまでの記憶』はある。つまり今は、『鳩山市白』の履歴と『ゲーム』開始までの隙間に位置する空白の期間。
今回の役回りは『探偵と被害者』、相反する二つの役割だ。殺される危険もあるが、犯人を捕らえることできる。
(多分、これから事件が起こる。その事件で、私は殺されるか犯人を捕まえるか)
『被害者』いつものことながら、ぞくりと背筋が冷える。ましてや、今回は未知のシナリオだ。何が起こるかわかったものじゃない。『セーブ&リセット』や『テレパス』のような能力も今回はなしだ。
とはいえ、事件を推理し、犯人を捕まえられるだけ、マシかもしれない。
(不可解なことが多すぎるけどね)
私自身に纏わることでも、一体自分が何者か? 『何か』の存在とは? そして、何が封印されてしまっているのか? と疑問が多い。
そして『兎本 葉』。彼女が言った言葉もわけがわからない。
四人の御心、試練、約束、そして、『五人目を止めて』、と。
何のことやら、と正直投げ出したくなりそうだった。ついでに言えば、五つの駒と二つの置物の件もある。
(一体、何をどうしろと……)
しかし、これらの謎には少し感じることもある。これまでの事件のように、これをヒントにすれば、犯人がわかる、と言ったものとは明確に立ち位置が違う。
(私が置かれている状況、そのものに関する謎だな)
突然もたらされた理不尽な状況。それを打破できるかもしれない。それを思えば、手を抜くことは考えられなかった。
(思い出せ、そして考えろ。『鳩山市白』はなぜ死んだ? 事件を解くんだ)
眉間にしわを寄せていると、鳩山弟、『鳩山 二』が話しかけてくる。
「姉ちゃん。なんでそんな怖い顔してるの? トイレ?」
「はあ? あんたねえ、こっちは真面目なのよ。わかる?」
不思議と自然に言葉が出てくる。まるで、本当に姉弟だったかのように。
「じんくん……もうちょっとデリカシー持ちなよ」
「そうだそうだ。もっと言ってやれ」
二人から責められ、ぶすっと膨れる鳩山弟。
こうして服部と話すのも、何度もしてきたような、妙に馴染む感覚だった。
「ほんとに仲いいよなあ。鳩山姉弟は」
私の隣にいる『角貝 勝』が笑いながら茶々を入れてくる。雪山に行くというのに、大事そうに白猫の『げんちゃん』を抱えている。彼は片桐先生が顧問の山岳部に所属している。
「あ、こら暴れるな」
角貝の懐から飛び出したげんちゃんが私の膝に飛び乗ってくる。捕まえようとげんちゃんに触れた時、頭の中で声が響いた。
『玄武と接触しました。制限を解除します』
何のことだ、そう思った時、鳩山弟の声がした。
「まさやん。そういうのは、家での姉貴を知らないから言えるんだ。この間なんて姉貴ときたら……」
「はいはい。あれは名前書いてない二が悪いんでしょう」
プリンのことだろう、と断片的だった記憶の隙間が埋まる感じがした。
(げんちゃんに触れたら、『記憶』が追加された?)
『鳩山市白』、彼女の家族のことを思い出した。いや、理解したのだろうか。父と母。そして、自宅のこと。冷蔵庫に入っていたプリン。てっきり余っていると思って食べたが、あれは『二』の物だった。
家族や学校などの記憶、げんちゃんに触れた市白には、それが戻っていた。私と彼女の境界が少しずつ曖昧になっている。
(なるほど。もしかしたら……)
『白虎』、『玄武』とくれば、『朱雀』、『青龍』、『麒麟』と続くと見るのは自然だ。『兎本葉』と名乗った少女と出会った白い空間を思い出す。
(テーブルにあった駒に関係する物に触れると記憶が戻る?)
鳥、亀、虎、龍、そして馬……駒は五つあった。要するに、あれは五獣を表していたことになる。仮にそうだとすれば、まだ埋まっていない記憶や残っている謎を解明する鍵は、あと三つあるのかもしれない。
(探してみる価値はある)
少しだけ、光明が差してきた。




