遭遇
見渡す限りの白い広野。遠くに見えるは壮大な山々。太陽を反射してきらきら光る景色がとても眩しい。その割に客入りが少なく感じるのは、目玉となる温泉リゾートが改装中のためだろう。
「ふうん。ずいぶんと金のかかったスキー場だな」
車から降りるなり、山口警部補が白煙を吐きながら設備と景観を眺めて呟く。
寒いから息が白いのか、煙草の煙のせいかわからんぞ、とつっこみながら、市白も車から降りる。頬に冷たい空気を感じる。
「ここは新規気鋭の投資家が出資して作られたらしいよ。名前はなんだったかな」
「『龍屋 葵』?」
「あぁ、そうそう。さすが山口、よく知ってるな」
「『龍屋 葵』ねえ。てことはあの噂も本当かもなあ」
「ん? 何かあるのか?」
山口警部補が片桐先生を引っ張って何やら小声で話している。きっと、中学生には遠ざけておきたい話題なのだろう。彼女が強い野心を持っていて、時に命を狙われるようなことをするのは『豪華客船』の事件の時に身に染みている。
(探偵目指しているなら、この辺の話に興味引きそうなもんだけどな)
地獄耳で目ざといのも、探偵には一つの能力だ。ただ、いまの『鳩山 二』は探偵を目指そうなんて思ってはいない。
(『ゲームシナリオ』だと、姉……私の死がきっかけだったはずだけど)
ここで私が生き残ると、彼の決意はどうなるのだろうか? そんな疑問を浮かべて肩越しに車の中を振り返る。
何をしているかと思えば、角貝と二人して白猫のげんちゃんへ、ぐるぐるマフラーを巻き付けていた。げんちゃんは嫌だと手足を振り回している。子供っぽいこと、この上ない。
「ちょっと男子ー。かわいそうでしょ」
ひとみんは諫めを込めて座席を叩いた後、私に声をかける。
「すごい……綺麗な山ね」
「そうね。どんなところかと思ったけど、予想より新しいみたい」
空気が澄んでいるのか遠くの山もよく見える。
(山の麓には、あのコテージもあるのだろうか)
三年後、吹雪の中で閉じ込められ連続で人が殺されていく惨劇の場となるコテージ。あそこから、『鳩山 二』と『服部 瞳』が事件に巻き込まれる日々は始まるのだが、今はその気配すらない。
(不吉なこと考えるのはやめとこ)
しかし、先ほど山口警部補は『龍屋 葵』が出資していると言っていた。将来、被害者になる者たちが集っている気がするのは、偏見だろうか。
「いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました」
ホテルに入るなり、若い着物姿の男が丁寧に頭を下げてくる。瞬間、ふわっと、優しい香が鼻に触れた気がした。
従業員だろう。端正な顔つきに、聞きほれる爽やかな声。そっと筆先を垂らしたような黒子が、目元の印象を優しく印象を残す。有体に言って、千年に一人のイケメン。
「あー、チェックインしたいのですが……」
「かしこまりました。それではこちらへ」
男は洗練された振る舞いで、片桐先生から荷物を受け取った。彼の左腕にかかれば、くたびれた片桐先生の鞄さえ、格調が上がったように感じるのだから不思議だ。
(いやあ、すごいな……同じ人間とは思えない)
イケメンは着物に下げた懐中時計を、時折左手で眺めている。小物を衣装に合わせているのか、映画俳優だと言われても気づかないだろう。
「ずいぶんかっこいい店員さんですね」
服部がそっと耳打ちしてきた。ひとみんは年上好きだもんなあ、と男を横目で追っていると、着物姿の若い女が目の端に入った。
(え、マジ?)
見栄えのする男から、地味なその女に目を奪われる。見知った顔だった。
私は声を出しそうになるのを何とか手で押さえる。従業員の胸にある名札、そこには『雀部 由恵』と書かれている。
(おいおい。さすがに偶然とは言い切れないだろう)
『雀部 由恵』、『龍屋 葵』、『げんちゃん』、私が被害者として『生き残った』全員がここに関わっている。
付け加えれば、私こと『鳩山 市白』も被害者兼探偵役だ。
(もしかして、朱雀と青龍って雀部と龍屋か?)
名前に漢字が入っている点からもこの仮定は成り立つかもしれない。だとすれば、目の前にいる雀部とは一度接触してみる必要があるだろう。
「何してんの? 姉ちゃん。エレベーター閉じるよ」
「え? あ、ちょっと待って」
「なんで? みんな待ってるよ」
手を掴まれてエレベーターに引き込まれる。無情にも閉まる扉。
(あ、ああー……)
じろっと弟を睨みつけるが、彼はこっちの事情なんてまったく知らないから仕方ない。次のチャンスがあれば逃すまいと市白は眉間にしわを寄せる。
「姉ちゃん。何キメ顔してるの? イケメンでもいた?」
「なんだ鳩山姉。お前にも春が来たのか?」
「……」
二と片桐先生の言葉へ、どす黒い不機嫌オーラで対抗するも、山口警部補が何を勘違いしたのか乗っかってくる。
「はっ。最近の中坊はこれだから……」
(この野郎……)
決定。八つ当たりだ。平苗刑事のことには触れないだけ、まだ私は慈悲深い。
「ひがまないでください。大学時代、一人も彼女ができなかった、やまぐちさん」
ゲーム設定からでしか知りえない事情を暴露してやる。ちなみに、平苗刑事と山口警視は後々にいい雰囲気になる。しかし、まだ二人は出会っていないので伏せておく。
「え? なんで? お前、どっからそれを?」
「あれ? なんか電話したとき、女がどうのって……」
片桐先生が山口警部補の見栄張りを看破している間にエレベーターの扉が開く。こちらは温泉滞在用ではなく、スキー客向けの棟。水濡れや用具をぶつけたりしても破損しにくいことを考慮しているのか、シンプルな壁面と廊下だ。
「ふー、げんちゃん、いきなり暴れないでよ……」
「ケージに入れておけば良かったのに。ペット可だけど、ばれたら大変だよ?」
「さっきまで大人しかったのに、急にだからびっくりしちゃった」
角貝と服部は猫のげんちゃんを隠すのに懸命だったのか、大きく息を吐いた。
「姉ちゃん。あんまり人の弱み握るの良くないよ」
「だったら、二も変なところばっかり見るのやめなよ」
観察力ばっかりよくなっていく弟の二。名探偵に成りうる素養かもしれないが、今はただ、目ざとい男としか言いようがない。
「最近、なんか細かいことが気になっちゃってさー……」
「ふーん。だったら、もうちょっと乙女心ってのを見極めなさいね」
「えー……」
ぶつくさ言っている弟を放ってリノリウムのクッションフロアを進む。荷物を置いたら、『雀部 由恵』のところへ行かねばならない。適当な質問をしてどこか触れれば終わるだけの、簡単な確認作業だ。
(生き残りながら謎を解く、か)
自分の置かれている状況に、思わず笑みが零れてしまう。これまでは生き残るのに必死だった。でも、今回は違う。
(考えてみれば、当たり前のことをするだけじゃないか)
決意を込めて、呟く。
ずっと他人に握られていた運命、それが今は、この手にある。
「謎なんて、さっさと解いてやるよ。この名探偵の姉が」
不遜な決意でロビーに降りるが『雀部 由恵』の姿はなかった。休憩なのか、それとも何か用事でも仰せつかったか。さっきのイケメン着物男を捕まえる。
「お客様は……山口警視さんのお連れ様、でしたか? 何かご用でしょうか? え、雀部さんですか? 先ほどまではいましたが……」
どこに行ったのかはわからないとはイケメンの言。何たることか。謎を解こうと盛り上がっていた気持ちが急激に萎んでいく。
「姉ちゃんー。イケメンナンパしてないで、早くスキー行こうよー」
(ぜったい……雪玉ぶつけてやるからな)
無邪気に笑う弟の声が、市白の心にむなしく響いた。




