初めて出会った女の子
「もぉぉおっ!ほんとに意味わかんない!!」
「流石に予定通りは気に食わないよね〜」
「それな〜」
茉莉と茉莉と仲がいい三人がそうやって騒いでいる。
私たちは今、職業体験の遊園地でバスを降りてアトラクションに向かっていた。
なぜ茉莉たちがここまで怒っているのかというと、道が渋滞して到着が遅れたからだ。
自由時間が二十分以上減ったのに、予定通りの日程で進むことが気に食わないらしい。
それは午前に自由時間がある生徒がみんな思っていることだった。
「意外だな。花奏がこういうトラブルに文句言わないなんて」
「ん?めちゃめちゃ鬱憤は溜まってるよ」
「めっちゃキレてた」
「だってさぁ!こっちは早起きして来てるんだよ!?なのに渋滞で時間削られるとか聞いてないんですけどぉ!!」
「いや、私に言われても」
渚が呆れたように笑う。
でもほんとに納得いかない。
せっかくの遊園地なのに 二十分以上も自由時間が減るなんて。
……まあ、渋滞は仕方ないんだけどさ。
「それで、最初どこ行く?」
茉莉の隣にいた女子が、スマホで園内マップを確認しながら言った。
「やっぱ最初はジェットコースターでしょ!」
「え、最初から行くの?」
「私は遠慮かもぉ、絶叫系無理だし……」
茉莉たちはどんどん話を進めていく。
私はその会話を聞きながら園内を見回した。
遊園地なんて久しぶりだ。
色とりどりのアトラクションに、楽しそうな声。
きてよかったな。
「ねえ、花奏はそれでいい?」
「え?」
また突然話を振られてびっくりした。
まずい、話を聞いてなかった。
聞き返すべきかな。
いや、聞き返すのはあんまり良くないんじゃ……。
「最初の乗り物、ジェットコースターでいい?」
「あ、うん!いいよ!」
「よし、決まり!そいじゃいくど〜!」
みんなが歩き出す。
意外と茉莉と会話しなくてもいけるな。
そう思った。
◇◆◇
「このジェットコースター、あんまり怖くなかった記憶あるんだよねぇ」
「花奏は乗った事あるの?」
「うん。いきなり下がったりするからびっくりはするけど」
私と渚はアトラクションの並び場までの道でそんな話をしていた。
この遊園地には去年家族で来たことがあった。
だから、大体の乗り物は知っている。
やっと着いた並び場に着いた時に真っ先に目に入ったのは、一人の少女だった。
「千紘……」
私は小さく千紘の名前を言った。
それは千紘にも、渚にも、誰にも聞かれなかった。
「茉莉ちゃん!このアトラクション乗るの?」
「うん。千紘ちゃんはここのアトラクション担当なんだね」
「そう!残念ながらまだ教えてもらってる最中だから私は案内できないけどね」
「えー、残念」
そういえば、千紘と茉莉は仲が良かったな。
すっかり忘れていた。
私と千紘と茉莉、この三人で一年生の時はよく一緒に遊んでいた。
でも、茉莉と疎遠になってから、三人で遊ぶことは減り、ついには千紘とも拗れてしまった。
昔みたいにはなれないのか。
いや、無理だ。
私が変わらなきゃ、変われなきゃダメだ。
でも、その先で……。
私が変わった先で、仲良くなれる未来はあるの……?
そんなことを考えていると、茉莉と話していた千紘がふとこちらを向いた。
私はすぐに目を逸らした。
また、逃げた……。
その日の校外学習は何事もなく終わった。
楽しくて、楽しくて仕方がなかった。
良くも悪くも何もなかった。
期待なんてしてなかった。
わかっていた。
◇◆◇
私はその校外学習の帰り道、家の近くの公園を通った。
渚とは別れ、そのタイミングでは私一人だった。
この公園で、何度も何度も茉莉と千紘とよく遊んだな。
「…………」
少し眺めてから家に向かおうとした時、ブランコに誰かいるのに気づいた。
あれは……女の子……?
しかも割と遠くの中学の子だ。
なんでこんなところに。
私は公園の中に入った。
誰かと待ち合わせをしているわけでもなさそうだ。
その子はブランコに乗りながらうずくまっていた。
「……ねえ、大丈夫?」
私は思わず声をかけた。
女の子は肩を振るわせて、顔を上げた。
目は赤く、頬には涙の跡があった。
「あなた、西中の子でしょ?なんでこんなところにいるの?」
「遠くに……遠くに行きたかった……」
何かあったんだろうな。
追求する気はないが、放っておくこともできない。
私はその子の隣のブランコに座った。
「私、南中の荻原花奏。あなたは?」
「西中の武市紅葉」
「紅葉ちゃんか。いい名前だね」
「…………」
「悩みがあるなら聞くよ?紅葉ちゃんが言いたくなければ言わなくてもいいから」
そう言うと、紅葉ちゃんは途切れ途切れだが自分のことを話し始めた。
クラスに馴染めずに孤立してしまったこと、いじめまがいなことをされても言い返せずにいること、声をあげても誰も助けてくれなかったこと、そしてついに自分と仲良くしてくれていた子にまでいじめられて距離を置かれてしまったこと。
「……そっか」
私はそれだけ言って、足元に視線を落とした。
何か言ってあげたい。
でも何を言えばいいんだろう。
大丈夫なんて、簡単には言えなかった。
だって私も知っているから。
大丈夫じゃない時に大丈夫だと言われても、何も変わらないこと。
頑張れと言われても、もう頑張っていること。
自分の気持ちを伝えたところで、相手に理解してもらえるとは限らないこと。
私は紅葉ちゃんの方を向いた。
「……辛かったね」
「…………っ」
紅葉ちゃんの顔がくしゃりと歪んだ。
「……うん」
小さな声だった。
「……辛かった」
その声は、今にも消えてしまいそうなくらい弱々しかった。
「私、何かしたのかな……」
「…………」
「私がもっとちゃんとしてたら、みんなと仲良くできたのかな……」
紅葉ちゃんは、膝の上でぎゅっと手を握った。
「最初はね、普通に話せてたんだよ。でも、いつの間にか話しかけても冷たく返されるようになって……」
「…………」
「それで、私が何かしたのかなって聞いたの。そしたら、『別に』って言われて。だから、私が気にしすぎなのかなって思ってた」
そこまで話して、紅葉ちゃんは一度言葉を切った。
「でも……やっぱり、辛かった」
私は何も言わずに頷いた。
「仲良くしてくれてた子もだんだん私から離れていって……。その子だけは味方だと思ってたのに。私がいないところでみんなと一緒に笑ってた」
紅葉ちゃんの目からまた涙がこぼれた。
「……私、どうしたらよかったのかな」
どうしたらよかったのか。
その問いに、私は答えられなかった。
だって、私もずっと考えていたから。
茉莉にどう接すればよかったのか。
千紘に何を伝えればよかったのか。
周りの人たちに、どうすれば私の気持ちを分かってもらえたのか。
考えて、考えて、考えて。
それでも、正解なんて見つからなかった。
「……分かんない」
私は正直に答えた。
それが、今の私が紅葉ちゃんにかけられる言葉だったから。




