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第7話 弔い

本作はフィクションですが、着想の根には、作者自身が病気で身体の自由を失い、リハビリで取り戻した実体験があります(実録エッセイ「1年前に脳梗塞になった話」を同じアカウントで公開しています)。


性別不合の医療・制度の描写は、可能な範囲で現実に沿うよう努めましたが、物語上の脚色を含みます。現実の当事者の経験は一人ひとり異なり、この物語は誰の経験も代表しません。

村瀬家の墓は、電車で一時間の霊園にあった。


年が明けて、松の内も過ぎた頃。藤堂はバイクで、俺は電車で行って、霊園の入口で落ち合った。来てくれと頼んだのは俺だが、何をするのかは、自分でもよくわかっていなかった。


「墓参りだろ」と藤堂は言った。「わかってるじゃねえか」


区画の並びは覚えていた。当たり前だ。親父のときも、おふくろのときも、ここに来た。その隣に、見慣れない新しい彫りで、俺の名前があった。


村瀬亘。享年四十。


自分の墓というのは、思っていたより、ずっと静かなものだった。


花立てに、少し萎れた菊が挿してあった。正月に、誰かが来たのだ。……兄貴だろう。あの人は昔から、そういうことをきちんとする人だった。萎れた花を見て、俺は初めて、こちら側の景色を知った。俺が消えた世界にも、俺の花を替える人がいる。


「線香、持ってきたぜ」


藤堂が、コンビニの袋からロウソクと線香の束を出した。段取りのいい男である。火を借りて、線香を上げて、俺は墓石の前にしゃがんだ。


さて。


何を言えばいいのか、やはりわからなかった。四十年付き合った相手に、かける言葉が出てこない。手を合わせたまま、長いこと黙って、最後に出てきたのは、こんな言葉だった。


「……お疲れさん」


我ながら、ひどい弔辞だ。でも、続きは案外するすると出てきた。


腰痛、頑張ったな。目もよく保ったほうだ。最後の朝の横断歩道は、おまえのせいじゃない。四十年、文句も言わずよく動いてくれた。……ありがとうな。


それから俺は、ずっと言えなかったことを言った。


「おまえには、もう戻れない」


声に出すと、それは同意書の何倍も重くて、何倍も軽かった。


「戻れないけど、忘れない。俺がおまえの分も憶えてる。それが遺族の仕事らしいから」


立ち上がると、コートに線香の匂いが染みついていた。藤堂が、ぽんと俺の背中を叩いた。


「いい葬式だったな」


「参列者一名ですけどね」


「充分だろ。故人も来てる」


霊園を出る前に、一度だけ振り返った。俺の名前の彫られた石は、冬の日差しの中で、もう他人の顔をしていた。喪が明ける、というのは、こういうことか。悲しみが消えるのではなく、悲しみに、置き場所ができることらしい。


* * *


次の診察日、俺は同意書を、書かずに返した。


「ホルモンは、やめておきます」


柳田先生は、驚かなかった。たぶんこの人は、俺が待合室で番号を呼ばれる前から、もっと言えば秋のあの日誌の頃から、こうなる可能性を診ていたのだと思う。


「理由を、聞いてもいいですか」


「……探していたものが、治療の先にないと、わかったからです」


我ながら曖昧な言い方だったが、先生は頷いた。


「わかりました。では、こうしましょう」


先生はカルテに何かを書き込みながら、言った。


「診断を取り下げるのでは、ありません。あなたの訴えは八ヶ月、一度も揺れなかった。あれは全部本物です。ただ――あなたの苦痛の、名前が変わったんです。名前が変われば、処方も変わる。それだけのことです」


「……名前が変わると、何が処方されるんですか」


「時間と、生活と、話し相手」先生は初めて、冗談みたいなことを言った。「保険は利きませんが、実績のある処方です」


カルテは残すこと。扉はいつでも開いていること。もし違和がまた耐え難くなったら、何年後でも戻ってきていいこと。先生はそれを、事務連絡みたいに淡々と並べて、最後に言った。


「よく、ここまで通いました。あなたの一貫性は、私が診てきた中でも際立っていましたよ」


その一貫性の出どころだけは、最後まで言えなかった。すみません、先生。あなたの臨床経験の中で、俺はたぶん、ずっと未解決のケースであり続ける。


家に帰って、夕食の席で、俺は両親に言った。


「記憶は……たぶん、もう戻らないと思う。でも」


箸を置いて、ちゃんと二人の顔を見て言った。


「ここで、生きていきます」


母親は泣いた。もう見慣れた涙だったが、今夜のは、いちばん湿度が低かった。父親は例によって何も言わず、ただ、俺の茶碗に勝手におかわりをよそった。疎通確認の、新しいプロトコルらしかった。


* * *


春が来た。


俺は予備校の春期講習に申し込んだ。一年前に千尋が始めるはずだった浪人生活を、遅れて俺が引き継ぐ形だ。進路は情報系と決めている。十八歳の身体に四十年物の設計経験というのは、我ながら反則みたいな組み合わせだが、この業界、経歴より動くコードだ。文句は言わせない。


なにより、受験は人生で一度やっている。二周目にして初めて、攻略情報のある工程が来た。


そして三月の終わり、俺は病院の待合室にいた。


今日は、藤堂の手術の日だった。胸の手術。本人は「二十年待った工事だ」と笑って入っていった。家族は来ていない。来られない事情は、前に少しだけ聞いた。だから俺が座っている。


待合室で誰かを待つのは、初めてだった。いつも待たれる側だった。娘の目覚めを三週間待った人たちの気持ちを、その千分の一だけ、膝の上で知った。


手術は、予定どおりに終わった。


夕方、面会に行くと、藤堂は麻酔の抜けきらない顔で、それでも笑った。


「……おう。生きてるか」


「それはこっちの台詞です」


「生きてるよ。……あー、腹減った」


生きてる奴は、腹が減る。俺は売店で、ゼリー飲料と、自分用の菓子パンを買ってきて、ベッドの脇の椅子に座った。


「そういえば」と藤堂は言った。「やるもんがある。鞄、開けろ」


言われたとおりにすると、紙の束が出てきた。名刺だった。刷りたての、インクの匂いのする名刺。


早坂千尋。


名前だけの、シンプルな名刺だった。肩書きも、連絡先もない。


「……なんですか、これ」


「うちの会社の余り紙で刷った。名前ってのはな、自分でつけていいんだよ。俺のはそうやって作った」藤堂は天井を見たまま言った。「あんたのは、もらいもんだけどな。……もらいもんでも、名乗り方は自分で決められる。嫌なら捨てろ」


俺は名刺を一枚、指でつまんで、蛍光灯に透かした。


早坂千尋。十九歳。中身は四十一になった男で、村瀬亘の遺族で、母親の湿度の低い涙の宛先で、この春から受験生。名乗り方は、自分で決められる。


「……もらっておきます」


財布に、一枚入れた。四十年使った名前は胸の奥に、新しい名前は財布の中に。置き場所としては、まあ、悪くない。


帰り道、夕暮れの駅までの道を歩きながら、俺はノートの最後の報告を、頭の中で下書きした。


案件名:男に戻る計画。

状態:クローズ。

理由:要求の定義誤り。求めていたものは「戻ること」ではなかった。

教訓:正しく名前のついた課題は、半分解けている。残りの半分は、生きて解く。


桜はまだ、三分咲きだった。攻略情報のない人生二周目が、明日も続く。ただ、初回とちがって、今回は知っている窓口がいくつかある。それだけで、ずいぶん歩ける気がした。


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