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ポナの季節  作者: 大橋むつお
26/92

26『母豊子、あの頃と今と』


ポナの季節・26

『母豊子、あの頃と今と』          



ポナ:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとった新子が自分で付けたあだ名




 気軽な気持ちで……と言ったらウソになる。


 まだ携帯はもちろんポケベルさえない時代だった。連絡するには、学校に電話して自分の名前と用件を伝え、場合によっては校内放送で呼び出してもらわなければならなかった。豊子は、この三月に高校を卒業し、今では考えられないことではあるが、一流商社の総合職で入社した。

 緊張の研修期間は一か月ほどで終わり、やっと明日から春のゴールデンウィークである。


 晴れ姿を見てもらいたかった。寺沢先生に……。


 豊子は、研修期間が終わると専務付きの秘書を命じられた。これも異例中の異例。大抜擢といってよかった。

 むろん大きな商社なので、専務の秘書だけで三人もいる。豊子は年度末で退職した中堅秘書の交代要員であった。先輩二人の秘書が、気位だけ高くて付き合いづらい大卒者よりも、無垢な高卒の豊子を一から育てようと思ったのである。


 地味な普段着で来たつもりだったが、一か月の研修で、高校生には無い華やぎを身に着けたのだろう、校門をくぐってから何人もの生徒が振り返る。親しいとは言えなかった先生たちも気軽に声をかけてくれた。


 正直気持ちが良かった。


「よう、すっかり一流商社の専務秘書だな!」

 寺沢先生は、期待通りに明るく迎えてくれた。

「ま、こんな掃き溜めみたいなとこで話もなんだ、ちょっと付き合え!」

 陽気に駐車場の自分の車に案内してくれた。当時でもクラシックカーに近かったホンダN360Zのハッチバック。 


 着いたところは、寺沢の友人が経営する多国籍料理の『TAKEYONA』というおもちゃ箱のように雑多なオブジェの多い店だった。

 後年、ジブリが『ハウルの動く城』を制作した時、ハウルの部屋を見て、TAKEYONAと一緒だと思った。


 寺沢は元担任として、一方的に喋る豊子の話を楽しげに聞いてくれた。

 でも勘のいい豊子は、オブジェや鏡に映る寺沢の後姿や横顔に屈託を感じた。

――相変わらず苦労してるんだ、あたしには元気で楽しそうな顔しか見せないのに――


 寺沢は、日の丸や君が代、数だけ多くて効果のない学校行事や慣習、生徒指導、教条主義的な組合などにいつも疑問を投げかけ、また自分独自で取り組み、その成果は、三年間の担任業務の中で、留年生を出さないことにも現れていた。生徒の進路選択に親身で。中退者にも次の進路が決まるまで付き添うことに現れていた。当然ストレスや校内での反発も大きい。


 豊子は、なんとか寺沢の力になりたいと思った。


 寺沢が本音で喋り距離が縮まるのに半年の月日がかかった。気づいた時には互いに師弟を超えた愛情を感じ、豊子は妊娠してしまった。


 あれから三十年。夫婦となった寺沢と豊子は、いろんな山を乗り越えて、自分たちにできるかぎりのことをしてきた。

「その一つが、優里と新子を引き取ったことなのよ……」

 母親と、ここまで話すのは初めてだった。感動はしたが傷は癒えないポナ。親友の由紀は涙まみれになりながら聞いていた。


「ねえ、新子……」

「うん?」

「お母さんとお父さん、他人に見える?」

「え、あたしにとって……」

「ちがうわよ、お母さんとお父さんの関係」

「……ううん」

「でしょ。でも元々は他人だったのよ。偶然あたしがお父さんの生徒になり、お互い真剣に生きていることを知って夫婦になった。新子とは血のつながりはないけど、お父さんといっしょ。もうとっくに他人じゃないのよ」


 その二日後、宅配便が来た。


「新子、ポチがペンダントになって戻って来たわよ!」


 ポチの骨は琥珀色の宝石のようになっていた。

「ポチが帰ってきた……」

 首に付けながらポナは思った。

 ポチとだって血のつながりはないんだ。でも姉弟みたい、少なくとも肉親と言ってよかった。


 ポナは、少し吹っ切れた気になれた。




ポナの周辺の人たち


父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師

母     寺沢豊子(49歳)   父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん

長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉

次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員だったが、乃木坂の講師になる。

長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官

次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ

三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )

ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。


高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)

支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子

橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長


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